May

樫野 珠代

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side 壱也

4-10

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俺の言葉の効果があったのかはわからないが、彼女は拒絶する事を躊躇い始めている。
それだけでも進歩したと言うものだ。
「すまない。また君を追い込んでいるな。どうも君のことになると頭で考えるよりも体が先に動いてしまう。」
彼女の困った顔を見て、つい正直に言ってしまった。
そんな自分が可笑しく苦笑した。
「君が俺を受け入れてくれるまで待つよ。だからゆっくりでいい。俺との事を考えてくれないか?」
焦る必要はない。
そう思った。
彼女のペースで少しずつ前に進めばいいんだ。
「壱也さん。私・・・。」
「頼むから今すぐに断ろうとしないで欲しい。君が何に悩んでいるか、少しは俺も理解してるつもりだ。それを一つずつ一緒に解決していこう。それら全ての蟠りがなくなったら、・・・その時は俺との事を真剣に考えて欲しい。」
そうこれが俺の本心だ。
最終的には俺の隣りにいる、それが一番の願い。
その為ならどんな犠牲も払うつもりだ。
彼女は少し間をおいて、ゆっくりを俺を見上げると静かに頷いた。
それを見た瞬間、俺の胸は考えられないくらいの高鳴りが響く。
思わず笑みを溢してしまう。
「よかった。これで断られたらどうしようかと不安だった。琴未、ありがとう。絶対に君を守るから。」
「壱也さん・・・。」
今すぐにでも抱きしめたい衝動に駆られた。
しかし怖がらせてはいけない。
焦らないと決めたばかりだ。
「琴未・・・今、俺が怖いか?」
「え・・・。」
彼女の肩をそっと掴みながら聞いた。
「いや・・・さっき言ってただろ?トラウマのこと。いつ、どこで発作が起こるかわからないと。でもその一つはなんとなくわかった。おそらく琴未が過去と同じ恐怖や不安を感じた時に発作が起きる。あくまで俺の見てきた限りでの話だが。どうだ?」
しばらく考えた後、彼女は頷いた。
「壱也さんの言う通りかもしれない。気絶する瞬間、過去のあの出来事を思い出すの。だからすごく怖くて、辛くて・・・。」
「そうか・・・。」
「でもっ!今は怖くない・・・です。」
慌てて彼女は付けたし、そのまま顔を真っ赤にして俯いた。
その仕草が俺を駆り立てる。
本当に琴未は俺を困らせるな。
君を抱きしめたくて仕方ないのにそれが出来ない俺を試すようなことばかりをしてくる。
これを素でやるんだから、本当に困りものだ。
もう笑うしかないだろう。
また彼女が怒りそうだが。
案の定、俺が必死に笑いを堪えているのに気付くと彼女はムキになった。
「な、何を笑ってるんですかっ!」
「くっくっ。悪い。君があまりに可愛い反応をするんでね。」
「か、かわ・・・。」
再び顔を赤くしてそれを隠そうと両手で押さえる彼女をどうしてくれよう。
少しは琴未にも俺の気持ちを察してもらわねば。
「そういう反応は、むやみに男の前でするもんじゃない。」
そう言って彼女の顎を持ち上げ、彼女に迫った。
「こうやって、襲われるからな。」
これくらいは許して欲しい。
彼女の唇にキスを落とし、すぐさま離れた。
あまりに性急なものだと彼女の発作が起きる可能性がある。
「わかったか?」
事も無げに俺がそう尋ねると彼女は、さらに体中が赤いのでは?と思うほど、真っ赤になっていた。
「い、壱也さん!からかわないで下さい!」
「別にからかってるわけじゃない。本当のことだ。無防備な君を見てると理性も吹き飛んでしまいそうになる。だから気をつけた方がいい。」
「気をつけろと言われても・・・困ります。」
「だろうな。」
「わかってるなら言わないで下さい。」
「わかってても言わずにいられないんだよ。それだけ君が無防備だということだ。」
そう言いながら、俺は彼女から離れた。
理由は二つ。
これ以上、近くにいると本当に理性が限界を突破しそうな予感がしたから。
そしてもう一つは、早く彼女を休ませてやりたいと思い、風呂の準備をするため。
バスルームに入り、浴槽にお湯を溜めながらほっと一息ついた。
「俺はいつまで我慢すればいいんだ・・・。」


彼女に着替えを渡し、バスルームへと押しやった。
ベランダに出て、深呼吸をする。
彼女の言っていた過去と豊田の言っていたそれとは矛盾があった。
彼女は豊田から何も言ってきていないと言っていた。
しかし豊田は手紙やメール、そして電話もしたと言った。
さらに家にまで行ったと。
どちらが正しいのだろう。
・・・・・・いや、どちらも正しいのかもしれない。
それを知るキーマンが一人いる。
沖田だ。
おそらくアイツが全てを握っている。
それが琴未をより傷つける原因となっていることも知らずに。
「壱也さん?」
不安そうな声が聞こえてきた。
振り返ると彼女がリビングに戻ってきていた。
俺は一旦、彼女から視線を逸らし、ベランダを後にした。
「お風呂、ありがとうございました。あと、先に使わせて頂いて・・・。」
「ああ。」
感情のない返事だな・・・。
そう自分で思いながらも俺の頭の中はすでに明日の行動を描いていた。
「明日は仕事、ないんだろ?今日はもう遅い。ゆっくり休むといい。」
「あ、はい。・・・おやすみなさい。」
琴未は踵を返し、部屋へ戻ろうとした。
なんだかそれを寂しく思う気持ちが芽生えた。
この俺が・・・。
心の中で自分を自嘲した。
「琴未。」
彼女の名を呼ぶ。
その声に彼女が振り返る。
そんな他愛のないやり取りも嬉しくなる。
本当に俺は彼女に嵌ってしまったらしい。
「明日・・・予定は?」
「明日、ですか?いえ、何もないですけど・・・。」
「そうか。」
明日、彼女と話をしよう。
そして彼女の判断で行動に移そう。
そう心に決め、自然と顔も引き締まった。
彼女は不思議に思いながらも素直に頷いた。
俺が君を守るから。
胸の中で彼女にそうささやいた。
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