May

樫野 珠代

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side 壱也

2-7

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彼女をベッドへと移動した。
まただ。
毎回、彼女は体調が悪くなる。
俺のせいか?
こうも毎回起こると、自分を疑いたくなる。
彼女の額に手をあて、熱を計る。
熱はないな。
とりあえず彼女に布団をかぶせ、俺はジャケットを脱いだ。
そのジャケットを手にした時、服を選んでいる時の彼女の顔が浮かんできた。
文句を言う俺に嫌々ながらも服を選び、最後の方は楽しんでいるようだった。
彼女を見ていて、女が恋人と買い物に行きたがる理由がなんとなくわかった気がする。
本当に『なんとなく』だが。
冷蔵庫から水を取り出し、一口飲むと彼女の眠るベッドの端へと座った。
彼女の顔は青白かった。
あの時と同じだ、初めてここへ連れてきた日と。
部屋の中をゆっくりと見回す。
今まで数え切れない程の女をホテルで抱いた。
だがそれらの記憶はすでにかき消されている。
いや元から記憶しようとはしなかった。
しかし・・・あの時のことは今でも鮮明に思い出せる。
この部屋で彼女と一緒に過ごした。
言葉どおり、本当に過ごしただけ。
それなのに、はっきりと覚えている。
インパクトが強いと言えば強いだろう。
だがそれだけなのだろうか。
もう一度、彼女の顔を見下ろした。
少しだけ落ちた化粧。
それでなくても元から化粧は濃くはない。
最低限のメイクとでも言うのだろうか。
彼女は俺に決して媚びない。
化粧で自分を良く見せようともしない。
今日の服にしてもそうだ。
変に着飾ったものでなく、普段着と言える物。
俺への接し方も作られたものではなく、あくまで自然体。
得意先というものが頭のどこかにあるのだろう、敬語だけは使っていたが。
彼女の額にかかる前髪をそっと横へ流す。
うっすらと汗を掻いていた。
熱が出てきたのか?
再び額に手を当て、確認する。
少し熱いな・・・。
その時、彼女がゆっくりと瞼を上げた。
「大丈夫か?」
「私・・・。」
現状を把握し切れていない様子だった。
「全く君は・・・。」
本当に俺を困らせることばかりしてくれる。
でもよかった、気が付いて。
「毎回、毎回、そんなに俺を困らせて楽しいか?」
悔しさを皮肉ってそんな言葉を吐く。
彼女は不思議そうに俺を見上げていた。
熱のせいか、彼女の瞳が潤んでいた。
そんな目で見るな、俺を煽る気か?
その場を離れ冷蔵庫から持ってきた彼女に水を差し出す。
体を起こして彼女は水を飲みながら辺りを見回していた。
あの時の事を何か思い出したのか?
しかし彼女の様子は以前と変わらない。
「落ち着いたか?」
「ごめんなさい、ご迷惑をかけて。」
「全くだ。これじゃあ、最初の時と何も変わらない。」
「最初の時?」
「ああ。君は覚えてないようだがな。」
すると彼女は目をぱちりと見開いて俺を見た。
あまりに純粋な反応に思わず笑いが漏れる。
「ごめんなさい。本当に何も覚えてなくて。」
「全く?」
「ええ。友達と飲みに行って別れた所までは覚えているんですけど・・・。」
なるほど、事故の直前までは覚えてるわけか。
つまり俺と会った部分がすっぽりと抜け落ちてるわけだ。
はぁ、なんとも理不尽な話だ。
とりあえず彼女の目も覚めた事だし、そろそろ本題に入ろう。

ゆっくりと初めて会った日の事、そして見合いをする事になった経緯を話した。
話の合間で彼女は表情を変えながら俺の話に聞き入っていた。
一通り話し終わり窓辺に立って最後の一言を彼女に伝えた。
「安心してくれ。見合いの件はもう終わりだ。今日で君を解放するよ。」
今まで背負っていた肩の荷がようやく下りた感じだった。
しかしそれと同時に胸の中に広がっていく新たな霧が俺を悩ませる。
彼女を振り返りながら、そのもやもやと戦っていた。
全部話したんだ、すっきりするはずだろ?
何がそれを妨げる?
そう自分に問いかけていた。
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