May

樫野 珠代

文字の大きさ
上 下
48 / 109
side 琴未

6-6

しおりを挟む
時間というものは、どんな時でも流れていく。
世の中で一番流動的なものは、時間ではないだろうか。
壱也の部屋に来てからすでに3時間が経っていた。
先にシャワーを浴び、壱也の着替えをまた借りた。
昨日の夜は、壱也にどう切り出すかをずっと考えていた為、着替えを準備することをすっかり忘れていた。
この部屋の住人は今、入浴中。
そして今、私は広いリビングのソファにいる。
何をすればいいのかわからず、ただ座っていることに居心地の悪さを感じた。
さっきから胸がざわついている。
落ち着かなきゃ。
そう思ってもこれからのことを考えると、どうしても緊張してしまう。
私は何をどうすればいいのだろう。
こういうことは初めてだから全くわからない。
それ以前に私と壱也さんが・・・。
考えるだけで顔が、いや体全体が熱くなる。
な、何を想像してるんだろう。
こんな自分が恥ずかしい。
両手を顔に当て、火照りを沈めようとした。
「どうした?」
急に後ろから声をかけられ、驚きのあまりビクっと体を震わせた。
「悪い、驚かせたか?」
声のする方を振り返り、彼の顔を見ようと顔を上げた私は、暫く固まった。
彼があまりにも絵になっていたから。
緩く羽織ったバスローブは胸の辺りが少しだけ肌蹴ていて、そこからチラッと見える浅黒い肌に見ているこっちがドキドキしてしまう。
何よりも普段はきっちりとセットされている髪が、今はその跡形もなく崩れ去り、やや長めの前髪の合間から私を射抜く視線に釘付けだった。
その間も留まりきれなかった髪の雫が彼の鎖骨へと消えていく。
初めてかもしれない。
男の人の肌をこんなにも間近でしっかりと見るのは。
呆然とした私に彼は不思議そうな顔で近付く。
「琴未?」
彼の言葉で我に返り、同時に恥ずかしさや照れで一気に体の温度が上がる。
「な、なんでもないんです。ごめんなさい!」
慌てて彼から目を逸らし、俯いた。
彼が近付いてくる音がする。
「なるほど、琴未はなんでもないのに謝るのか。」
そう言って俯いたままの私の顎を持ち上げ、自分の方を向かせた。
思った以上に近い距離にいた彼に少し驚きながらもそのまま彼をじっと見つめた。
彼もまた私の瞳を見つめ返し、フッと微笑む。
「緊張しすぎだ。」
私の頭をポンポンと軽く撫で、彼は離れた。
「軽くアルコールでも飲むか。少しは落ち着くだろう。」
そう言って彼はキッチンへと消えた。
しばらくして彼が戻ってくると手には二つのグラス。
その中に琥珀色の液体とカランという音で存在をアピールする氷。
その一つを私に差し出す。
素直にそれを受け取ると口に少し含んだ。
それが喉を通り、体に浸透していく。
一口でも十分、度数の高さがわかるくらいキツめのお酒だった。
私の隣に座り、彼もグラスの中身をグイっと飲んだ。
男らしい飲み方。
そんなことでも見惚れてしまう。
「ん?どうかしたか?」
私の視線に気付いた彼が私の方へ顔を向けた。
「壱也さんは・・・こういう時、その・・緊張とかしないんですか?やっぱりこういう事って慣れなんでしょうか。私、こういう経験ないし・・・。」
「そうだな・・・慣れだろうな。あとは各々の体質もあると思うが。言っておくが、俺だって少なからず緊張はしている。」
「壱也さんも?」
「当たり前だ。俺だって初めてなんだ。」
「え?」
初めてのはずがない。
だって私は彼の口から直接聞いたもの。
今までの女性達への扱いを。
怪訝に思い彼を見上げると、彼はくすっと笑った。
「今まで俺は女性を好きになることはなかったことは知ってるだろう。つまり好きな女性を抱くのは琴未が初めてということだ。最初で最後の女性だろうな。」
その言葉に顔が燃えるように熱くなった。
嬉しいけど、恥ずかしい。
こうも面と向かって言われると、どうリアクションをしていいのか困る。
彼は私から飲みかけのグラスを奪うと、それをテーブルに置き立ち上がった。
「さて、話は終わりだ。」
そう言って、抵抗する間もなく私を軽々と抱き上げ、寝室へと運んだ。
ふわっとベッドの上に寝かせられ、私の横に彼が横たわった。
「本当にいいのか?」
彼が真剣な表情で尋ねてきた。
私は静かに頷き、彼の瞳をじっと見つめた。
私のその応えを確認すると、彼は着ていたバスローブの紐を外した。
「琴未。君の体は正直だ。だから怖がっていることも辛いということも体を通してすぐわかる。もしそれがひどくなるようならすぐに止める。いいか?」
きっぱりと彼はそう言って私の髪を撫で、そのままそっとあたしの額に、まぶたに、頬に、キスをする。
とてもソフトなキス。
私を怖がらせないために、彼は様子を見ながら触れていく。
着ていた服を脱がされ、その合間も耳、うなじ、肩先へとキスが降りていく。
くらくらと眩暈がした。
それは発作とかではなく、好きな人にこうやって優しくされていることに気持ちが高ぶってきて。
「・・・あっ・・・。」
壱也の指があたしの胸に優しく触れる度に身体が震えるように跳ねた。
その反応を見ながら、彼が胸に顔を埋めてく。
ふいに頭に過去の映像がチラつく。
そしてそれが壱也とダブっていく。
駄目・・・消えて!
ギュッと目を瞑り、その映像を追い払おうとする。
「琴未、目を開けるんだ。」
壱也の声が聞こえてきた。
すると過去の映像がすーっと掻き消えていった。
瞼を持ち上げ、声の主を見下ろす。
「今、君の傍にいるのは俺だ、藤堂壱也だ。豊田じゃない。しっかりと目を開けてそれを焼き付けておくんだ。」
そう言って彼はじっと私を見たまま、唇を重ねた。
角度や深さを変えて何度も彼は私にキスをする。
抱いているのは壱也だということを胸に刻み付けるかのように。
壱也さん・・・。
どうしてこの人はなんでもわかっちゃうんだろう。
苦しんでいる時、必ずそばにいてくれる。
悩んでいる時、真っ直ぐな言葉を私にくれる。
辛い時、温かく私を包み込んでくれる。
彼の気持ちが痛いくらい、私に伝わってくる。
嬉しさがこみ上げ、自然と涙が溢れてきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

地味な私が天敵俺様イケメン部長に娶られそうなんですがそれは

天野 奏
恋愛
地味でドジな新人OL・三谷 凛(22歳)と天敵の仲の俺様系モテモテ鬼部長・杉村 一華(自称27歳)。 部長の秘密を知ってしまった私に……求婚!? 「それは……どういう意味ですか!?」 ファンタジー要素ありのコミカルなお話です。 ※1話につき1000字程度の為、内容が小分けになってます。 9/15 更新再開。

王様のいいなり!

まぁ
恋愛
人生最大のピンチ!  多くの会社が入る、五十階建てのビルの中にある会社の一つに努める普通のOL霧島加奈は、不慮の事 故で同じビルの最上階にある外資会社の会社員南条明人の利き腕を骨折させてしまった。  全治一か月の大怪我を負わせてしまった加奈は、謝罪と慰謝料を払うと申し出たが、明人はそれらを断った。だがその代わり、加奈に怪我が治るまでの間介護をしろと言ってきた。  容姿もよく仕事も出来て語学堪能な明人だが、それとは裏腹に中身はかなりのマイペースで俺様な性格で、ドSと言うよりは王様気質。そんな明人のセクハラじみた嫌がらせに翻弄される加奈だが。 ※一応₍?₎TL物です。R18要素高めです。

一途な溺愛が止まりません?!〜従兄弟のお兄様に骨の髄までどろどろに愛されてます〜

Nya~
恋愛
中立国家フリーデン王国のたった一人の王女であるプリンツェッスィン・フリーデンには六つ上の従兄のヴァール・アルメヒティヒがいた。プリンツェッスィンが生まれてこの方親のように、いや親以上にヴァールが彼女のお世話をしてきたのだ。そしてある日二人は想いが通じるが、一筋縄ではいかない理由があって……?◇ちゃんとハッピーエンドなので安心して見れます!◇一途な溺愛が止まりません?!シリーズ第二弾!従兄×従妹の話になります!第一弾の「一途な溺愛が止まりません?!〜双子の姉妹は双子の兄弟にとろとろに愛されてます〜」(https://www.alphapolis.co.jp/novel/721432239/761856169)の続編になります。第一弾を見なくても一応話は通じるようにはしてますが、第一弾を読了後だとなお分かりやすいと思うので、是非第一弾も読んでみてください!◇※本番以外の軽度描写は☆、本番Rは★をタイトル横につけてます。

Calling

樫野 珠代
恋愛
住み込みのメイドとして働く朱里、25歳 次に雇われて行った先は、なんと初恋の相手の実家だった。 あくまでメイドとして振る舞う朱里に、相手が取った行動は・・・。

【R18】熱い一夜が明けたら~酔い潰れた翌朝、隣に団長様の寝顔。~

三月べに
恋愛
酔い潰れた翌朝。やけに身体が重いかと思えば、ベッドには自分だけではなく、男がいた! しかも、第三王子であり、所属する第三騎士団の団長様! 一夜の過ちをガッツリやらかした私は、寝ている間にそそくさと退散。まぁ、あの見目麗しい団長と一夜なんて、いい思いをしたと思うことにした。が、そもそもどうしてそうなった??? と不思議に思っていれば、なんと団長様が一夜のお相手を捜索中だと! 団長様は媚薬を盛られてあの宿屋に逃げ込んでやり過ごそうとしたが、うっかり鍵をかけ忘れ、酔っ払った私がその部屋に入っては、上になだれ込み、致した……! あちゃー! 氷の冷徹の団長様は、一体どういうつもりで探しているのかと息をひそめて耳をすませた。

男友達の家で寝ていたら、初めてをぐちゃぐちゃに奪われました。

抹茶
恋愛
現代設定 ノーマルな処女喪失SEX

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

美形軍人に連行された少女の末路 ~辿り着く先は見知らぬ夫の元か、投獄か!?~

当麻月菜
恋愛
『アルベルティナ・クラース。悪いが何も聞かずに、俺たちに付いてきてもらおうか』  パン屋で店主を泣かせるほど値切った帰り道、アルベルティナことベルは、突然軍人に囲まれてしまった。  そして訳がわからないまま、鉄格子付きの馬車に押し込まれどこかに連行されてしまった。  ベルを連行した責任者は美形軍人のレンブラント・エイケン。  人攫い同然でベルを連行した彼は人相が悪くて、口が悪くて、いささか乱暴だった。  けれど、どうやらそうしたのは事情があるようで。  そして向かう先は牢屋ではなく、とある人の元らしくて。  過酷な境遇で性格が歪み切ってしまった毒舌少女(ベル)と、それに翻弄されながらも毒舌少女を溺愛する他称ロリコン軍人(レン)がいつしか恋に発展する……かもしれない物語です。 ※他のサイトでも重複投稿しています。 ※2020.09.07から投稿を始めていた作品を加筆修正の為取り下げ、再投稿しています。

処理中です...