May

樫野 珠代

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side 琴未

5-4

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私がバタバタと出掛ける支度をしている間、彼は次々とどこかに電話をしていた。
そして私の準備が全て終わる頃には、彼の支度も終わっていた。
女って本当に支度に時間がかかるのよね。
「沖田と連絡が取れたよ。会うまでに少し時間があるからその間に軽く何かを食べに行こう。」
そう言って私を促し家を出た。
彼は相変わらずスーツ姿。
はっきり言って私は彼の私服というものをほとんど見たことがない。
彼が私服というものを着たのは私が買ったあの時くらい。
でもあれは私の好みで選んだのであって、彼の好みではない。
私が見てきた中で彼の生活感を窺えるようなものは、私に貸してくれた部屋着と今朝彼が着ていたものだけ。
そこまで考えて、私は気付いてしまった。
私、彼のこと本当に何も知らないんだなって。
以前、車の中で彼のことをいろいろ聞いたけど、それはほんの少しだけだし・・・。
車に乗り、そんなことを考えていると、
「気になるのか?」
「え?」
「これからのこと。」
「あ・・・違います。そうじゃなくて・・・。」
否定したはいいけど、続きが言えない。
あなたのことを考えてました、なんて。
思わず、顔が赤くなった。
それを知られたくなくて、慌てて彼から顔を逸らした。
でもすでに遅かったみたい。
彼の低い笑い声が聞こえてきた。
「くっくっくっ。昨日、君は言ってたな。目を逸らすのは照れてるだけだって。しかも顔を赤くしてるってことは・・・・・・。」
彼はその先を言わず、私の様子を窺っているようだった。
それに耐え切れず、彼の方を向いた。
私の顔が自分の方へ向けられたことを確認すると彼は続けた。
「変な想像をしてたんだろう?」
「なっ!?」
その言葉に目を見開いた。
へ、変な想像って!?
「違ったか?じゃあ・・・俺のことでも考えてたのか?」
「そ、そんなこと・・・。」
一気に顔が熱くなった。
その表情で彼は全て理解できたらしい。
嬉しそうに微笑んで手を伸ばし、私の頬を優しく撫でた。
「本当に君は正直だな。すぐに顔に出るから、嘘をついてもすぐにわかる。これで口も正直になれば最高なんだが。」
一言、余計!
今度は、腹が立って顔を背けた。
するとまた彼が笑い出す。
もうっ!


叔父さんと会ったのは、それから1時間後。
場所は、叔父さんの家。
私が一緒に来た事にすごく驚いていた。
リビングに案内され、叔父さんが私に話し掛けようとするタイミングを見計らい、壱也さんが話し始めた。
「沖田さん、今日はお話したいことが2点ありまして、ここに来ました。」
「それはいいが・・・・・・どうして琴未が?」
怪訝そうに私と彼を見比べていた。
彼はその言葉を待っていたかのように、微笑んだ。
「話の内容が、琴未さんのことだからです。」
さらに叔父さんの表情が曇ってくる。
「琴未の?琴未が何か・・・その、問題でも?」
私がここにいることが叔父さんにとって本当に謎なのだろう。
本当は叔父さんを今すぐにでも問い詰めたい気持ちでいっぱいだった。
でも初めから感情的になっていては、話が進まないと思い直し必死に耐えた。
それが壱也にも伝わったのかもしれない。
ギュッと私の手を握ってくれた。
俺が傍にいる、そう私に知らせるように。
「いいえ、琴未さんが何かしたとか、そういうお話ではありません。琴未さんの過去のことで少しお話をお伺いしたいと思いまして。」
「琴未の過去を?」
叔父さんの眉間に皺が寄った。
そして私を見つめ、どういうことだ?と言うような視線を投げかける。
その視線を無視するかのように私は彼の言葉に続けた。
「叔父さん、私に隠してる事ない?」
きっとその時の私の表情はとても強張っていただろう。
緊張してた。
とても。
真実を知りたいと思う気持ちの一方で、壱也に聞いたことが嘘であって欲しいと願う気持ちもどこかにあったから。
それでも叔父さんから視線を逸らさず、じっと見据えていた。
視線に耐えられなくなったのは叔父さんの方だった。
叔父さんは視線を私から壱也の方に向けた。
「藤堂さん、一体どういうことですか?琴未に何か余計な事を吹き込んだんですか?もしそうなら私は許しませんよ!」
苛立たしげに叔父さんは、声を荒げながら壱也に告げた。
「余計な事、ですか。残念ながらそれは違います。お聞きしたい事は俺や琴未さんにとって、非常に重要かつ必要な事です。豊田清史をご存知ですよね?彼に会ってきました。もちろん、私一人で。」
「な、なぜ奴なんかに・・・。」
「琴未の過去を知る重要な人物だからですよ。本当はこの話し合いにも呼びたかったのですが、琴未の気持ちを考えてそれは止めました。」
淡々と話す壱也とは対照的に叔父さんの顔は見る見る間に青ざめにいく。
「豊田は、あなたに手紙を渡したと言ってましたが、本当ですか?」
「し、知らん!そんなもの受け取った覚えはない!奴の、豊田のでっち上げだ!」
息を荒くしながら叔父さんは立ち上がる。
今にもこの部屋から出て行きそうな勢いだった。
「叔父さん!教えてよ、本当の事を!私、知りたいの。」
必死に叔父さんに訴えた。
叔父さんはぎゅっと握り締めた手を震わせながら、何も言おうとしない。
ただ目を瞑って、唇を噛んでいた。
どうして何も言ってくれないの?
私のことなのに・・・。
するとその様子をじっと覗っていた壱也が静かに口を開いた。
「沖田さん。あなたはご存知ですか?琴未さんが今でも精神的な問題に苦しんでいる事を。」
ピクっと眉を一瞬吊り上げ、叔父さんは瞼を開いた。
「彼女は今も苦しんでいる。豊田との事がトラウマとして未だに残っているんです。彼に裏切られたことが余程、ショックだったんでしょうね。あれが裏切りでなければ、彼女もこんなに苦しまずに済んだかもしれないのに。」
その言葉で叔父さんは目を見開き、ストンっとそのままソファに崩れた。
「トラウマ?・・・琴ちゃん、それは本当か?だって精神科の先生はもう大丈夫だって言ってたんだろ?」
「叔父さん・・・ごめんなさい。病院は私が行かなくなっただけ。普通に生活できるようになってたし、病院に行くことでまたあのことを思い出すのが嫌だったの。でもそんなこと言えなくて、叔父さん達には治ったって嘘ついてたんだ。それにトラウマになってるなんて最近まで知らなかった。壱也さんと会うようになって、気がついたことなの。」
私がそう言うと叔父さんは黙り込んだ。
いや呆然として何も言えなかったのかもしれない。
もっと叔父さんに強く言いたい。
どうして真実を話してくれないのかを。
もっと叔父さんを責め立てたい。
そういう気持ちでいっぱいなのに言葉が出ない。
叔父さんの気持ちも少しはわかるから。
私が言い終わると、壱也はゆっくりと説得するように続けた。
「沖田さん。あなたが隠してる事、それが彼女のトラウマを引き起こした原因かもしれないんですよ?それでもあなたは隠し通すおつもりですか?彼女はこうして事実を知りたがっている。トラウマを治そうと必死で辛い事でも耐えようとしてるんです。それをあなたは無視するおつもりですか?」
叔父さんに向かって、彼はそう言い放った。
私が言いたい事をどうしてこの人は察してくれるのだろう。
私は彼のこと何もわかってないのに、どうして彼は私の事をこんなにもわかってしまうのだろう。
目の前では、叔父さんが頭を抱え、唸り声を上げた。
「叔父さん・・・。」
私は立ち上がって叔父さんの隣りに座り、そっと叔父さんの手を取った。
「叔父さんが苦しむ事なんてないよ。全て話して、楽になってほしい。」
「琴ちゃん・・・・・・。」
叔父さんは私を見上げると、そのまま自分の胸に私を引き寄せた。
「ごめんな・・・琴ちゃん。」
小さい声で叔父さんがそう呟いた。
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