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side 琴未
4-9
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やはり彼には勝てない。
これ以上、自分の気持ちを偽るのは無理。
彼の目を捉え、今の自分の気持ちを彼に告げた。
「私、壱也さんが好き。この気持ちは大事にしたい。だけど・・・壱也さんとのお付き合いはできません。」
本当は目を逸らしたかった。
そうすれば、多少なりとも苦しさを紛らわせる事ができる。
だけど彼の目がそれを許さない。
しっかりと私を捉えて離さない。
「・・・私、ダメなんです。」
彼は無言で私に先を続けるように促す。
「壱也さんも知ってる通り、私は普通の家庭で育った普通のOLです。そんな私が壱也さんの隣りに立つ事は許されないんです。壱也さんは取引先の専務で将来は社長という地位に納まる方。あまりにも身分が違いすぎます。私も自分の身の程は知ってます。」
「そんなことが理由か?それくらいのことで諦められるのか?」
「そんなこと・・・ですか。やっぱり価値観も違う。私にとっては『そんなこと』という言葉で片付けられないほど大きな問題です。」
彼から目を逸らした。
彼に諦められるのかと聞かれた時、正直、無理だろうなと自分の中で認めていた。
自分の気持ちに気が付いてから一気に彼への気持ちが膨れ上がっていた。
自分では止めようがないほど。
気付かなければ良かった。
こんなことになるのなら、気付かないまま終わって欲しかった。
「『そんなこと』だろう?俺は君が手に入るなら、喜んで今の地位をくれてやる。君が俺の傍に居てくれるなら、何もいらない。会社やこの部屋だって、君に取って代わる事は出来ない。もし君と他の事を選べと言われたら、俺は迷わず他の何よりも君を採る。」
この人はどうしてこんなにも強いのだろう。
自分の信念に自信を持っている人だ。
私がちっぽけに見える。
悩んでる私が間違いであるかのような錯覚さえ起こしそうだ。
「無責任です、そんなの・・・。」
「そう思うのであれば俺を素直に受け入れろ。そうすれば万事うまく収まる。」
「そんな!・・・できません。」
「まだ言うか。身分など関係ない。もしそのことで何か問題が発生することがあれば、どんなことがあっても俺が君を守る。約束する。」
「違うんです。・・・きっと壱也さんが辛い思いをするから・・・。」
「俺が?」
なるべくは言いたくなかった、自分の過去を。
それを聞いた彼の反応が怖かった。
何より、そんな過去を持ってる自分がイヤだった。
でも言わなければ・・・。
「私、トラウマを持ってるんです。今までにも何度か壱也さんの前で倒れてますよね?全てトラウマのせいなんです。」
「俺は・・・」
「いつ倒れるかわからないんですよ?倒れるだけじゃないのかもしれない。まだ・・・どう言う状態の時に何が起こるかもわかっていないんです。ただなんとなくわかるのは、男性が近くに居る時に起こるんだということだけ。それに・・・それだけじゃなくて・・・。私・・・・・・以前、元彼に襲われたんです。」
「もういい、言わなくて。」
彼は聞く事を拒絶した。
でも私はやめない。
「聞いてください!でないと壱也さんも納得できないと思うんです!・・・彼とは最初、ただの友達としての付き合いでした。気が付けばいつも一緒にいて、食べ物の好みも好きな映画も一緒。自然な流れでした。彼から告白してきたけど、私も同じくらい好きになって・・・そして恋人になった。本当に嬉しくて、毎日が幸せだった。でも・・・・・・たった2ヶ月でその夢のような生活が終わってしまいました。」
思いのほか、自分が落ち着いていることに驚いていた。
今までは思い出す事さえ避けていたのに、こうして話しながら元彼との出会いや一緒に過ごした日々を懐かしく思い返している自分。
あの頃が一番幸せだったのかもしれない。
しかしこれから話す内容は今までとは異質なものだ。
数年経った今でさえ、自分を恐怖に陥れる過去。
息を一度、大きく吸い込み、そして吐き出す。
しっかりしなきゃ。
発作が起こらないように祈りながら口を開いた。
「付き合い始めて2ヶ月経ったある日、いつものように彼とデートで出掛けてたんです。普通に食事して、映画を見て・・・。彼は私の手を取って、薄暗い、知らない部屋へと連れて行きました。中に入ると何もない部屋で、そこで初めておかしいと気付きました。そしていきなり後ろから・・・必死に抵抗しました。泣いて叫んで足掻いて・・・でも無理でした。後はひたすら早く終わることを祈るだけ。痛みに耐えながら・・・。」
「琴未、もういい。」
彼は、低い声で私を止める。
その声で、彼がすでに苦しんでいるのがわかった。
もっと早くにこの事を言えば、彼を傷つけずに済んだのだろうか。
だけど、今となってはあとの祭りだ。
「壱也さん・・・お願い。最後まで聞いてください。私ね、その事件で一番ショックだったのは、彼に襲われたことじゃないんです、彼に捨てられた事。襲った直後、彼、我に返って私を見下ろしたんです。そして彼の取った行動が・・・私を置いて逃げ去った。何も言わずにただ走って逃げていった。とても悲しかった。辛かった。付き合っていたのだから、そういう関係になるのは自然だわ。無理矢理したということを除けば、普通の恋人がすることと何も変わらない。だから一言謝ってくれたらそれでよかった。次からは優しくしてねって笑って言えたのに。だけど彼は謝ることさえしませんでした。私は体中に傷を負ってしばらく家から出られなかった。その間に彼は私の前から消えたんです。学校からもいなくなっていました。何も言わず。私に知らせず。その瞬間、捨てられたんだと実感しました。本当に彼の事が大好きだったから余計に、裏切られた事がショックで暫くは食べ物も受け付けないほどでした。」
彼の表情を見るのが怖かった。
だからずっと俯いて目を瞑っていた。
彼は今、どんなことを考えているのだろう。
この状況から早く逃れる事を祈ってるのだろうか。
それとも好きだといった事を後悔しているのだろうか。
穢れてしまった私を見るのも嫌になっているのかもしれない。
それでいいと思った。
彼が私を忘れるには、これくらいダメージの大きな材料の方がいい。
「私のトラウマはその事件が原因。それ以来、男性を受け入れる事を体自体が拒否しているんです。」
「だから?」
「え?」
彼の口から出てきた言葉は意外なものだった。
思わず、顔を上げ彼を見返した。
「だからどうした?」
彼はなんともないような、そんな表情をしていた。
それがどうした、とでも言いたげな。
「君は何か勘違いをしてないか?」
「え?」
「一体、俺をどんな奴だと思ってるんだ。君のトラウマや過去を聞いて、尻尾巻いて逃げるようなつまらない男だと思ってるのか?俺の君への気持ちはそんなものじゃ動じない。他の何よりも君を選ぶとさっき言ったばかりだろ。それはつまり・・・君が一番大事だと・・・そういうことだ。」
最後の方は照れを隠しながら、彼が私に告げた。
その言葉は私の心に響いて、胸が苦しくなった。
彼を受け入れたい気持ちと、彼には相応しくないという気持ちがぶつかり合っていた。
彼の視線が痛いほど、突き刺さる。
私の返事を静かに待つ彼。
私はどうしたらいいの?
これ以上、自分の気持ちを偽るのは無理。
彼の目を捉え、今の自分の気持ちを彼に告げた。
「私、壱也さんが好き。この気持ちは大事にしたい。だけど・・・壱也さんとのお付き合いはできません。」
本当は目を逸らしたかった。
そうすれば、多少なりとも苦しさを紛らわせる事ができる。
だけど彼の目がそれを許さない。
しっかりと私を捉えて離さない。
「・・・私、ダメなんです。」
彼は無言で私に先を続けるように促す。
「壱也さんも知ってる通り、私は普通の家庭で育った普通のOLです。そんな私が壱也さんの隣りに立つ事は許されないんです。壱也さんは取引先の専務で将来は社長という地位に納まる方。あまりにも身分が違いすぎます。私も自分の身の程は知ってます。」
「そんなことが理由か?それくらいのことで諦められるのか?」
「そんなこと・・・ですか。やっぱり価値観も違う。私にとっては『そんなこと』という言葉で片付けられないほど大きな問題です。」
彼から目を逸らした。
彼に諦められるのかと聞かれた時、正直、無理だろうなと自分の中で認めていた。
自分の気持ちに気が付いてから一気に彼への気持ちが膨れ上がっていた。
自分では止めようがないほど。
気付かなければ良かった。
こんなことになるのなら、気付かないまま終わって欲しかった。
「『そんなこと』だろう?俺は君が手に入るなら、喜んで今の地位をくれてやる。君が俺の傍に居てくれるなら、何もいらない。会社やこの部屋だって、君に取って代わる事は出来ない。もし君と他の事を選べと言われたら、俺は迷わず他の何よりも君を採る。」
この人はどうしてこんなにも強いのだろう。
自分の信念に自信を持っている人だ。
私がちっぽけに見える。
悩んでる私が間違いであるかのような錯覚さえ起こしそうだ。
「無責任です、そんなの・・・。」
「そう思うのであれば俺を素直に受け入れろ。そうすれば万事うまく収まる。」
「そんな!・・・できません。」
「まだ言うか。身分など関係ない。もしそのことで何か問題が発生することがあれば、どんなことがあっても俺が君を守る。約束する。」
「違うんです。・・・きっと壱也さんが辛い思いをするから・・・。」
「俺が?」
なるべくは言いたくなかった、自分の過去を。
それを聞いた彼の反応が怖かった。
何より、そんな過去を持ってる自分がイヤだった。
でも言わなければ・・・。
「私、トラウマを持ってるんです。今までにも何度か壱也さんの前で倒れてますよね?全てトラウマのせいなんです。」
「俺は・・・」
「いつ倒れるかわからないんですよ?倒れるだけじゃないのかもしれない。まだ・・・どう言う状態の時に何が起こるかもわかっていないんです。ただなんとなくわかるのは、男性が近くに居る時に起こるんだということだけ。それに・・・それだけじゃなくて・・・。私・・・・・・以前、元彼に襲われたんです。」
「もういい、言わなくて。」
彼は聞く事を拒絶した。
でも私はやめない。
「聞いてください!でないと壱也さんも納得できないと思うんです!・・・彼とは最初、ただの友達としての付き合いでした。気が付けばいつも一緒にいて、食べ物の好みも好きな映画も一緒。自然な流れでした。彼から告白してきたけど、私も同じくらい好きになって・・・そして恋人になった。本当に嬉しくて、毎日が幸せだった。でも・・・・・・たった2ヶ月でその夢のような生活が終わってしまいました。」
思いのほか、自分が落ち着いていることに驚いていた。
今までは思い出す事さえ避けていたのに、こうして話しながら元彼との出会いや一緒に過ごした日々を懐かしく思い返している自分。
あの頃が一番幸せだったのかもしれない。
しかしこれから話す内容は今までとは異質なものだ。
数年経った今でさえ、自分を恐怖に陥れる過去。
息を一度、大きく吸い込み、そして吐き出す。
しっかりしなきゃ。
発作が起こらないように祈りながら口を開いた。
「付き合い始めて2ヶ月経ったある日、いつものように彼とデートで出掛けてたんです。普通に食事して、映画を見て・・・。彼は私の手を取って、薄暗い、知らない部屋へと連れて行きました。中に入ると何もない部屋で、そこで初めておかしいと気付きました。そしていきなり後ろから・・・必死に抵抗しました。泣いて叫んで足掻いて・・・でも無理でした。後はひたすら早く終わることを祈るだけ。痛みに耐えながら・・・。」
「琴未、もういい。」
彼は、低い声で私を止める。
その声で、彼がすでに苦しんでいるのがわかった。
もっと早くにこの事を言えば、彼を傷つけずに済んだのだろうか。
だけど、今となってはあとの祭りだ。
「壱也さん・・・お願い。最後まで聞いてください。私ね、その事件で一番ショックだったのは、彼に襲われたことじゃないんです、彼に捨てられた事。襲った直後、彼、我に返って私を見下ろしたんです。そして彼の取った行動が・・・私を置いて逃げ去った。何も言わずにただ走って逃げていった。とても悲しかった。辛かった。付き合っていたのだから、そういう関係になるのは自然だわ。無理矢理したということを除けば、普通の恋人がすることと何も変わらない。だから一言謝ってくれたらそれでよかった。次からは優しくしてねって笑って言えたのに。だけど彼は謝ることさえしませんでした。私は体中に傷を負ってしばらく家から出られなかった。その間に彼は私の前から消えたんです。学校からもいなくなっていました。何も言わず。私に知らせず。その瞬間、捨てられたんだと実感しました。本当に彼の事が大好きだったから余計に、裏切られた事がショックで暫くは食べ物も受け付けないほどでした。」
彼の表情を見るのが怖かった。
だからずっと俯いて目を瞑っていた。
彼は今、どんなことを考えているのだろう。
この状況から早く逃れる事を祈ってるのだろうか。
それとも好きだといった事を後悔しているのだろうか。
穢れてしまった私を見るのも嫌になっているのかもしれない。
それでいいと思った。
彼が私を忘れるには、これくらいダメージの大きな材料の方がいい。
「私のトラウマはその事件が原因。それ以来、男性を受け入れる事を体自体が拒否しているんです。」
「だから?」
「え?」
彼の口から出てきた言葉は意外なものだった。
思わず、顔を上げ彼を見返した。
「だからどうした?」
彼はなんともないような、そんな表情をしていた。
それがどうした、とでも言いたげな。
「君は何か勘違いをしてないか?」
「え?」
「一体、俺をどんな奴だと思ってるんだ。君のトラウマや過去を聞いて、尻尾巻いて逃げるようなつまらない男だと思ってるのか?俺の君への気持ちはそんなものじゃ動じない。他の何よりも君を選ぶとさっき言ったばかりだろ。それはつまり・・・君が一番大事だと・・・そういうことだ。」
最後の方は照れを隠しながら、彼が私に告げた。
その言葉は私の心に響いて、胸が苦しくなった。
彼を受け入れたい気持ちと、彼には相応しくないという気持ちがぶつかり合っていた。
彼の視線が痛いほど、突き刺さる。
私の返事を静かに待つ彼。
私はどうしたらいいの?
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