May

樫野 珠代

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side 琴未

4-4

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席替えをしたことで周りの雰囲気も一気に攻めのムードに突入していた。
しかしそんな雰囲気に囚われることなく、のんびりとした空気の中に私と彼はいた。
「年齢、聞いてもいいかな?」
少しだけ控えめに彼が聞いてきた。
「私?24です。ごめんね、若くなくて。」
ちょっと拗ねたような口調で言ってみた。
「い、いや!そんなことないよ!」
慌てて彼がフォローしてる。
「ごめん。俺、蛯澤さんって20くらいかと思ってた。だからずっとタメ口だったんだ。って今もか。」
ちょっと照れて、髪をかき上げていた。
「北島さんはおいくつなんですか?」
「俺?23。だから年下だね。ってまたタメ口だし・・・。」
「あはは、気にしないで下さい。そのままでいいですよ。」
「いや・・・うん、と言うか蛯澤さんが敬語っていうのも・・・。」
「あ・・・。」
言われてみるとそうだ。
お互いに目が合い、二人で噴き出した。
「じゃあ、私もタメ口で。」
「ぜひ。あ、さんずけも止めようよ。ほら、俺の方が年下なんだし。」
「年下って言ってもほとんど変わらないし・・・。」
「でも、さんずけってやけに他人行儀じゃない?もっと気楽な感じでいこうよ。」
「気楽にかぁ・・・。北島君。でいい?」
「んー、まぁいっか。じゃあ、俺も!琴未さん、でいい?」
「えっ、名前?」
「ダメかな?」
「いや・・・ダメではないけど。」
「・・・やっぱりダメかぁ。残念。じゃあ、やっぱり蛯澤さん、でいくか。」
そう言って、ちょっと項垂れている彼がなんか可愛く見えた。
うーん、弟みたい。
それにそんなに落ち込まれても・・・。
「いいよ、名前で呼んでも。あ、でもあまり呼ばないでね、照れるから。」
「え!いいの!?よっしゃ!」
いきなりガッツポーズ。
さっきまでの落ち込み様はどこへ?
ひょっとして・・・。
「いやぁ、フリをするのも時にはアリだね。」
にこりと笑う彼が私には悪魔に見えた。
やられた・・・騙された。
彼を軽く睨み、そして視線を窓の外へと向けた。
一応、さっきのお返しで怒ったフリ。
「ごめん!怒った?」
彼は慌てて謝った。
やっぱり可愛い。
私が耐えられずにくすくすと笑うと彼もそれに気付いたらしく唖然とした。
「あ、騙したな?ひでー。」
「最初に騙したのは北島君でしょ?」
彼を下から覗き込むようにして見上げた。
すると彼は肩を竦めた。
「そうだった。これでおあいこってわけだ。」
「そういうこと。」
そうしてまた笑い合った。
彼の醸し出す柔らかい雰囲気が私を和ませてくれた。
おかげで彼に対して変な気遣いとかせずに接する事が出来た。
砕けた会話が続き、帰る頃には驚く事に彼を『要君』と呼ぶようになっていた。


コンパが終わって各自解散になり、私は一路駅へと向かう為、一人で歩き出した。
「待ってよ、琴未さん。送るよ。」
そう言って呼び止めたのは、要君。
「いいよ、電車だし。」
「だーめ。駅から歩くでしょ?夜だし、危ないよ。頼りないかもしれないけど、一応ボディーガードってことでお送りします。それに帰り道だしさ。」
そう言って私の隣りを確保した。
「帰り道って言っても駅一つ違うじゃない。」
「たった一つだろ?歩いてでも帰れる距離だよ。」
「でも・・・。」
「いいから!ね?」
彼の半ば強制的な口調に、根負けした。
仕方なく一緒に駅のほうへと歩き出す。
でも少しだけ嬉しかった。
夜一人で外を歩く事に不安だったから。
仕事が終わるといつも、なるべく早く帰るようにしていた。
暗くなる前に・・・そう自分に暗示させて。
冬なんて日の入りが早くて、本当に辛い。
定時ぴったりに仕事を切り上げてもすでに暗いし。
そう言うときは、明るい道選んで早足で帰っている。
時々思う。
会社の近くに引っ越そうかと。
でも親が許してくれない。
いや、親よりも叔父さんが断固拒否。
時計を見るとすでに11時。
こんなに遅い時間に帰るのって初めてかも。
あ、1度だけ遅くなったことはある。
でもあの時は藤堂さんに車で送ってもらったんだ。
遅くなった原因は私にあるんだけど。
あの日、気絶しちゃって目が覚めたらすでに遅い時間だったんだよなぁ。
「・・・琴未さん?」
ふいに呼ばれて、声をかけたのが要だと気付く。
そうだった、要君と一緒にいたんだった。
すっかり考え事に夢中になって、彼の存在を忘れてたわ。
「あ、ごめん。ぼーっとしてた。」
「考え事?」
「え、あ、うん。ちょっとね。」
「ふ~ん・・・ひょっとして彼氏のこととか?」
にやっと笑いながら、私に聞いてきた。
彼氏?
「ち、違うよ!私、そんな人いないし。」
慌てて手を振って否定した。
「うっそ、いないの?もったいない。琴未さん、絶対モテるでしょ?だから信じられない。」
「モテないよ。それに・・・・・・今はいらないかな。」
「どうして?」
「んー、毎日が充実してるし、今の生活を壊したくないから、かな。」
「へぇ・・・変わってる。でもさ、それって・・・。」
そこで彼の声が途切れた。
怪訝に思い彼を覗き見ると、彼は私を通り越した車道の方に視線を向けて固まっていた。
つられて私もその方向へと目を向けていくと、一人の人物で目が止まった。
「あ・・・。」
「あの人、知り合い?」
「知り合いと言うか・・・。」
なんと言えばいいのだろう。
でもそんな迷いよりも、鼓動の高まりが増していくほうに頭が流される。
なんでここに?
車道の脇に止めてある車から出てきた壱也がゆっくりとこっちへ近づいてきた。
彼が近づいてくる速度と私の胸の鼓動のそれとが比例していく。
彼の視線はずっと私に向いたままだった。
その視線に耐えられず、俯いた。
「琴未さん、俺、退散した方がいい?」
「え?」
要君は困ったような顔をして私に小声で聞いてきた。
「いや、なんだか俺って邪魔者なのかなぁって。彼って琴未さんの知り合いなんだろ?」
「一応、知り合いだけど・・・。でも要君、邪魔なんかじゃないよ。一緒に帰る約束でしょ?」
とにかく要君に傍に居て欲しかった。
彼と・・・二人きりになるのがなんとなく辛かったから。
でもそんな私の希望は届かなかった。

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