May

樫野 珠代

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side 琴未

4-2

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夏の日差しがアスファルトを照りつけている。
夕方と言っても外の景色がはっきりと見える程、明るい。
そんな景色を横目に、冷房の程よく効いたカフェで二人。
一見、普通のカップルに見えるだろうが、実際は先程あったばかりの気心も知れない相手。
相手は藤堂 宗人。
彼は注文したコーヒーを飲みながら優雅に夕暮れの一時を過ごすかのように落ち着いていた。
一方、私はそんな彼とは対照的で居心地の悪さで体が萎縮し、逃げてしまいたい衝動に駆られそうになっていた。
「ねぇ琴未ちゃん、聞いてもいい?」
「・・・なんでしょうか。」
口調は警戒心丸出しだった。
そんな私に苦笑いしながら彼はそれでも聞いてくる。
「ははは、そんなに畏まらないで。別に君をどうこうしようっていうんじゃないんだから。」
「どうこうって・・・。」
「まぁまぁその辺は気にせずに。でさ、もし壱が君を好きになったら君はどうする?それでも彼を拒絶するの?」
「壱也さんが私を好きになるなんてまずありえません。」
「断言するねぇ。」
「だって彼は女性不信なんだもの。女性を愛することができない人なんですよ?」
すると彼はやけに驚いていた。
何か私、変な事言った?
「君、それ知ってたんだ。へぇ、それはそれは。じゃあ、その原因も?」
「ええ、本人からなんとなくですけど。彼の周りにいる女性の方達が原因なんですよね?」
「そこまで知ってるんだ、驚いたね。それ、知ってる人間ってごく身近な人間くらいだからさ。壱の親父さえ知らないはずだよ。」
「そうなんですか?」
「君の言うように壱は女性を信じていない。でも君の事は少なくとも信じているんじゃないかな。だって信じてない人間に自分の弱点って見せないでしょ。ただでさえプライドが高い壱だけに。しかも相手は女性である君だ。信じてなかったら彼の行動は説明できない。」
「仮に私を信用しているとしても、根本的に彼は人に対して関心がないと思うんです。そんな彼が人を好きになるなんて・・・考えられない。」
「ま、その気持ちはわかるよ。俺だって長い付き合いでアイツが女に夢中になったところを見たことないしな。だから、なおさら見てみたいんだよな。アイツが女性に振り回される姿。面白そうだろ?」
目を輝かせて私に聞いてきた。
明らかに楽しんでいる宗人を見て、苦笑するしかなかった。
「だからさ、琴未ちゃん。ね?」
私を見ながらにこにこと眩しいばかりの笑顔を向けてきた。
その笑顔の奥に嫌な意図を含んで。
つまり・・・私に頑張れと?
眉が思いっきり歪んだ。
「む、無理ですってば!さっきも言いましたけど、これ以上は望んでないんです!」
「どうして自分の気持ちを押さえようとするの?それともそこまで好きなわけじゃないってこと?」
「そういうわけじゃ・・・。」
「じゃあ何かワケがあるわけだ。」
彼の言った言葉に体がビクっと反応した。
徐々に追い詰められていってるのがわかる。
痛いところをどんどん突いてくる。
さすが藤堂家の血を引いている。
私の返事も聞かず、それが当然だという素振りで次の質問を繰り出す。
「それって壱の家柄のこと?」
「そうですね・・・。彼と私じゃあまりにも不釣合いだってことは自分でもわかってます。彼には、他にもっとお似合いの女性がいるはずですし。それに・・・今は私、誰も受け入れる気はありません。」
「ふ~ん・・・わけアリってことか。なるほどね。でもね、琴未ちゃん。人には止められない気持ちってあるんだよ。今はまだそこまではないかもしれないけど、そのうちきっと君は壱也への気持ちを止められなくなると思うよ。ちなみに俺はそのクチなんだけどね。」
「藤堂さんが?」
「ちょーっと待って。その藤堂さんって呼び方やめようよ。紛らわしいからさ。壱のことは壱也さんって呼んでるんだろ?じゃあ俺は・・・宗人君でいいや。どう?」
「宗人君?」
「そうそう。俺の奥さんが学生の時にそう呼んでたんだ。懐かしいなぁ。うん、それで行こう。」
「でも・・・。」
「あ、奥さんの事、気にしてる?大丈夫、理解のある女性だから。それに今は子育てで俺の相手してくれないからちょっとくらいヤキモチ焼かせなきゃね。」
「ヤキモチ・・・。」
「そう。そういうことで俺への愛情を確認できるだろ?」
「それって結構、ひどい気が・・・。」
「大丈夫。その後、きちんと奥さんを可愛がってあげてるから。」
可愛がる?
それって・・・
思わず顔が赤くなってしまった。
「あ、今変なこと考えたでしょ?」
「へ?あ、いえ!」
「ははは、否定しても顔に出てるよ。それに間違いじゃないし。」
「は?」
「君の想像通りって言えばわかる?」
「はぁ・・・。結婚しても仲がいいんですね。」
「そうだね。よく言われる。でもね、これでも結婚まで大変だったんだ。君も気付いてるとは思うけど、俺も藤堂家の一員で親父は支社長なんてやってるし、俺だって本社専務の秘書だろ?当然、周りの人間は俺の相手にそれ相応のお嬢さんが選ばれるんだと思ってたらしい。でも俺は今の奥さん、唯って言うんだけど、彼女を選んだ。唯はごく普通の家庭で育った女性で、俺の幼馴染だった。小さい頃から絶対に俺の結婚相手は彼女だって決めてた。誰がなんと言おうとね。彼女も最初は喜んで俺を受け入れてくれた。でもやっぱり俺の家柄を気にして、俺から離れようとしたし、親父達が無理矢理、別れさせようとした。でも俺はそれでも彼女と一緒にいたいと思った。だから周りを納得させる為に、俺はいろんなことをした。親父に無謀な条件を出されても彼女と居れるならと受け入れたし、苦にはならなかった。それくらい本気だった。親父達もさすがに俺の気持ちが変わらないと思ったらしい。渋々納得してくれた。そんな親父が今では、孫が出来たって週末ごとに俺の家に押しかけてくる始末だ。」
彼は苦笑しながら外の景色を眺めた。
きっと私には想像できないくらい様々な壁が彼らに立ちはだかっていたのだろう。
それでもこの人は唯さんを選んだ。
自分が苦しい立場になっても、それでも一緒にいたいから。
すごいと思った。
そんな一言で片付けちゃいけないんだろうけど。
「本当に好きなんですね、唯さんのこと。」
「ああ。俺にはかけがえのない存在だな。って、今日会った初対面の人に何を言ってるんだか・・・。」
彼はクスクス笑って、照れを隠していた。
そして自分のコーヒーを一気に飲み終えると立ち上がった。
「今日は突然悪かったね。もし、気が変わったら連絡して。絶対、悪い様にはしないからさ。あ、このことは壱には内緒ね。じゃあ。」
彼は軽く手をあげ、その場を離れようと歩き出した。
それを座ったまま見送っていると、ふと彼が立ち止まった。
不思議に思って彼の背中を見ていると、彼は振り返った。
「君は何を基準にして壱にお似合いかどうかを決めるの?」
「え?」
「少なくとも俺は、壱の隣りにはアイツ自身を好きでいてくれる子が一番似合うと思う。」
言い終わると彼はにっこりと笑って出て行った。
暫く私はその場を動けなかった。
彼の言葉がやけに胸に焼きついていた。
何を基準に・・・。
聞かれるまで私はずっと彼と同じような家柄の人が似合うと考えていた。
それが常識的な考えだと思うし、お互いの価値観もきっと同じだと思うから。
彼と一緒に行く食事は決まって、高級レストランと呼ばれる所だった。
それだけじゃない。
他愛のない彼の動作も。
例えば、彼の車に乗る時、彼が助手席のドアを開けて私を待っていてくれる。
私にとって珍しい事も彼にとっては日常なのだ。
そんなことが続くと、否応なく彼は別世界の人なのだと思い知らされる。
だから彼の隣りは同じ価値観の人のほうが彼も楽なはずだと思っていた。
それは違うというの?
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