May

樫野 珠代

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side 琴未

2-2

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2週間が過ぎた。
見合いをしてから2、3日は藤堂さんから連絡があるんじゃないかとビクビクする日々を送っていた。
しかし有り難くも何も事は起きず、現在に至っている。
彼も一時の気の迷いだったんだわ。
そう思い始めた頃、パソコンに向かっていた私の目の前の電話が鳴った。
表示画面に映し出される内線番号。
叔父さんからだわ・・・
私の所にかかってくる内線なんて、数人しかいない。
その中でも叔父さんが圧倒的な数を占めている。
おかげで内線番号もしっかり覚えたわよ。
静かに受話器を取り電話にでると、叔父さんの戸惑った声が聞こえてきた。
『蛯澤さんか?』
「お疲れ様です、部長。」
『今、大丈夫か?』
「はい、どうかなさいましたか?」
『あ・・・いや・・・・。』
そう尋ねる私に、叔父さんは少しの沈黙を返した。
そして受話器の向こうで、叔父さんの溜息が聞こえてきた。
『・・・第3会議室に来て欲しいんだが、来れるか?』
「はい、大丈夫です。」
『いや、忙しいなら無理しなくていいんだよ?こっちもそれで話はつける。』
「え?」
話をつける?
何を言ってるんだろう。
『実は・・・藤堂さんが来てるんだ。今日、たまたま仕事の打ち合わせがあってね。今、その打ち合わせが終わったんだが・・・君を呼んで欲しいと言ってきてね。』
なるほど・・・とうとう来たか。
だから叔父さんの態度が変だったのか、納得。
「私、今から会議室にお伺いします。」
『いや、しかし・・・。』
「部長。ご心配なさらなくても大丈夫です。それに私が行かない理由を部長は先方にどう説明するおつもりですか?」
『それはなんとでも・・・。』
「部長にそんなお気遣いをさせる訳にはいきません。それに相手は、あの藤堂様です。ご機嫌を損ねるわけには参りません。では。」
『お、おい・・・。』
このまま話をしても埒があかない。
叔父さんは必死に私を止めようとするだろう。
叔父さんの声を受話器を置く事で断ち切った。
私が藤堂さんに会いに行くのは、叔父さんや会社の為だけじゃない。
私も藤堂さんと話がしたいから行くの。
彼の謎の行動を問い質しに。


深呼吸をして、自分を落ち着かせる。
これから起きる事への緊張感からなのか、手に汗を掻いていた。
扉をノックし、中へと進んだ。
第3会議室は、小規模の打ち合わせに使うような小さめのスペース。
それでも20人くらいは余裕で入れる。
そんな中に、今いるのは私と・・・そして彼のみ。
叔父さんは?という疑問が頭に浮かんだがすぐに、目の前の人物が下がらせたのだろうと容易に答えが出た。
彼は窓際の席に座り、私の方をゆっくりと振り向いた。
「ひさしぶりだな。」
馴れ馴れしい口ぶりが気に入らない。
私はムッとして、彼を睨んでやった。
しかし相手は、一応、見合い相手なのだ。
ぐっと自分を抑え、抑揚のない声で応えた。
「お久しぶりです。何かご用でしょうか?」
「用がなかったら、君に会ってはいけないのか?」
彼は涼しそうな顔をしてくすっと笑った。
それが余計に私を煽らせる。
彼のペースを乱してやりたい。
「申し訳ございませんがただ今仕事中なので、ご用がないのなら失礼します。」
そう言って出て行くフリをした。
さぁ、どう出る?
私がドアノブに手を伸ばした時、後ろから楽しそうな声が聞こえてきた。
「出て行ってもいいが、また来る羽目になるぞ。君に来るように‘俺’が沖田にまた話をするだけだ。」
彼の意図を瞬時に察した。
ようするに、得意先だってことを鼻にかけたいわけね。
本当に性格悪すぎよ!
叔父さんの手を煩わせることなんて出来るはずもなく、私は項垂れてゆっくりと部屋の奥、つまり彼のいる方向へと戻っていった。
ムカツク・・・。
彼の方が何枚も上手だ。
彼は自分の隣りの席を指差した。
「こっちに来て話をしよう。」
抵抗を諦めた私でも、さすがに彼の隣りに座ろうとは思わない。
一つ間を置いた席に座り、彼の方を向かず前を向いたままでいた。
彼はそんな私を可笑しそうに見ていた。
「君も天邪鬼だね。まぁいい。さっき聞かれたけど、用ならある。この前別れ際に約束しただろ、ドライブ。今度の週末にしよう。迎えに行くよ。」
約束なんてしてないわ、一方的に誘ったんじゃない。
しかも私の予定は無視ですか・・・。
眉間に今まで生きてきた中で一番多い皺を作り、彼を睨んだ。
「藤堂さん。一体、何を考えてるんです?全く意味がわかりません。」
「何って、今言ったじゃないか。ドライブの誘いだ。俺達がドライブに行くのに意味なんて必要あるのか?」
「からかわないでください。」
「俺は本気で誘ってるんだけど?」
「そうじゃなくて・・・。」
「そうじゃなくて?」
彼はあくまでシラを切っていた。
話が進まない上に、彼の表情が全く変わらないことに苛立ちが増す。
ダメだ、これじゃあ彼のペースだわ。
話を変えなきゃ。
「藤堂さんはどうして私を見合い相手に選んだんですか?」
彼の少しの変化も見逃すまいと真っ直ぐに見据えた。
「沖田に聞いてないのか?以前、この下の玄関で君を見かけたんだよ。」
「それは聞いてます。その時に私を見て気に入ったって。でもそれは嘘ですよね?他に何かあるんでしょ?」
「なぜ嘘だと思う?他に何があると?」
「私が先に聞いてるんです。」
「くくっ。そんなに熱くなるなよ。君と見合いをしようと思ったのは、もう一度君に会いたいと思ったからだ。そうしなければ、君と話なんてできなかっただろ?ただでさえ接点が全くない上に、君は俺を知りもしない。違うか?」
彼の言うことは間違ってない。
ただのOLと得意先の専務なんて、まず間違いなく話をするなんてことはないし、会う事自体もないだろう。
でも、本当にそれだけなんだろうか。
なんだかうまく乗せられているような気がするんだけど。
「じゃあどうして服のサイズを知ってたの?初めて・・・じゃなかった、会うのが2回目なのに・・・。」
「あぁ、そんなこと。君の身辺を調べたんだよ。これでも一応、肩書きが専務ってやつだからね、相手の素性ぐらいは調べておかないとまずいだろう。」
「身辺を・・・?」
身震いした。
体が自然に反応していた。
瞬間によぎったのは、元彼の事。
ひょっとしてこの人は、私のあの過去も知ってるんだろうか。
だったらお見合いなんてしないはずだ。
そんな過去を持つ女を見合いの相手にするほど、専務という肩書きをもつ彼はバカではないはずだ。
もっとも遊びで見合いをしているなら話は別だけど。
「どうした?」
急に黙った私を不審に思ったのだろう。
「いえ・・・なんでも。」
きっと顔は引き攣っていただろう。
それでも平静を装おうと努力した。
彼は少し目を細めたが、何も聞かなかった。
「とりあえず今度の土曜日、10時に迎えに行く。それまでに行きたい所があれば決めておくんだな。」
そう言い残して、彼は去って行った。
残された私は、深い溜息しか出ない。
結局、何もわからなかった・・・彼の事。
何やってんだ?私・・・。
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