May

樫野 珠代

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side 琴未

2-1

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お見合いをした翌日、とても憂鬱な気分のまま出社した。
週明けというだけでただでさえ気が滅入るのに、昨日のことが頭から離れず仕事にも集中できなかった。
それに気付いた明美は、お昼休みに屋上へと誘ってきた。
お見合いの事は話していたので、だいたいは察しがついてたらしい。
「どうした?なんか暗いぞ!お見合いで何かあった?」
明美はいつも直球で聞いてくる。
決して遠まわしな言い方や変な気遣いなどしない。
それが私には嬉しかった。

彼女に昨日の事を全て話して聞かせた。
私の話す事を彼女は黙って聞いてくれた。
一通り話し終わり、空を見上げると明美はゆっくりと口を開いた。
「昨日一日でそんな事になってたんだ。お見合いするって聞いた時もびっくりしたけど、今、さらに驚いたわ。相手があの『藤堂グループ』の後継者とはね・・・。しかも、向こうから話を持って来たってんだから驚きだわよ。それに、服を一式もらったんでしょ?ひぇー、やることも一味違うわねぇ。」
食いつく部分はソコですか・・・。
さすが明美だわ、男第一主義。
「それでどうするの?このまま、ゴールインしちゃう?」
「それ、有り得ないからっ!あんな人と結婚なんてしたら私、一生自分を恨むわ。」
「そこまで言う?」
「明美は彼を知らないからそんなことが言えるのよ。自分の立場を鼻にかけてるし、会ったばっかりの人間の名前をいきなり呼び捨てよ?おまけにいかにも人を見下してるみたいな態度なのよ?」
「まぁ、他が揃ってるんだから性格ぐらいは大目にみなきゃね~。」
「・・・私はイヤ。そもそも私は男を選んだりしてる場合じゃないのよ。」
「あ・・・そうか。身近な問題が残ってたわね。」
すっかり忘れていたと言うような反応。
はぁ、明美は男のこと以外あまり興味を示さない事は知ってるけど。
「過去の男が原因なんでしょ?訴えたら?」
冗談なのか本気なのかわからない言い方はしないで。
それに今更訴えることなんて無理だし。
証拠も何もない。
それ以前にそんな気はないけど。
「私ね、別にこのままでもいいかなって思ってるんだ。だって今までだってそれでやってこれたし、何も支障はないし。誰かに迷惑がかかるわけじゃないしね。」
「何言ってんの。人間は一人じゃ生きられない生き物なのよ?女性は男性を、男性は女性をパートナーに迎えて余生を過ごす!・・・まぁこの世の中、同性をパートナーに迎える人もいるけど・・・っと、そんなことはどうでもいいのよ!言いたいのは、そのパートナーを見つけるのも時間と労力をかなり費やすの。今のうちにトラウマ克服しなきゃ、あんたの人生、パートナーも見つからず。枯れたものになるわよっ!」
人差し指をビシっと私に向けて、そう言い放つ。
つまり、それが明美の理論なわけだ。
ここまでビシっと言ってのける彼女はさすがだと思う。
私は彼女の理論に圧倒され、何も言えない。
呆気に取られている間も彼女の熱弁は続いた。
「だいたい琴未はモトがいいんだから、もっと積極的になるべきなのよ!トラウマがどうしたっ!そんなもの数をこなせば、なんとかなるわよっ。琴未がその気になれば、逆ハーレム状態よ!」
まるで自分の事のように胸を張って言う。
「ははは、そんなことあるわけないじゃない。今までモテたことなんてないよ?自分のことなんだから、そのくらいちゃんと自覚してマス。」
「甘い!琴未はホントーに甘い!歩いてて視線とか、感じた事ない?私、一緒にいてかなりビシビシ感じてるんだけど。」
「それは明美に向けられてるんだよ。明美は美人だし、性格もいいし。」
「はぁ・・・ここまでいくと天然ね。まぁ、いいわ。とにかく今日から琴未は変わること!男に対して逃げない、逸らさない、無視しない。コレは絶対、守るのよ!いい?」
危機迫る勢いで彼女は私に近づき、手で私の顔を挟み、無理やり頷かせた。
うう、怖いです明美さん・・・。
彼女の手が離れるのと同時に休憩終了のチャイムが鳴った。
ほっ・・・チャイムに感謝。


屋上から戻ってくると机の上にメモが挟まっていた。
部長である叔父から内線がかかってきたようだ。
席につき、叔父に連絡を取る。
「おじ・・・部長、蛯澤ですが、お電話頂いた様で。」
『あぁ、仕事中、悪いね。ちょっと話があるんだが、第2会議室に来てくれないか。』
「かしこまりました。すぐにお伺い致します。」
なんだろう・・・。
昨日の見合いのことかな。
あれから叔父さんと話をしてないしなぁ。
とりあえず、第2会議室へと向かった。
コンコン。
「蛯澤です。失礼します。」
扉を開き、中を窺う。
中には叔父さんが一人で私を待っていた。
扉をきっちりと閉め、叔父さんの方へと歩み寄る。
「叔父さん、どうかしたんですか?」
「あ、あぁ・・・。まぁ、座りなさい。」
そう言って、叔父さんは自分の隣りの椅子を引いた。
そこに私は座り、叔父さんの方に顔を向けた。
「昨日のことなんだが・・・。あの後、何かあったのか?」
「え・・・?」
「いや・・・ちょっと気になってな。帰ってきたと思ったら、すぐに部屋に篭っただろう?様子もおかしかったし。」
ずっと気にかけていてくれたのかな。
なんだか申し訳ない事をしたような気になった。
「別に何もないわ。ただ昨日は・・・ちょっと疲れただけ。」
「ホントに?何もなかったのか?」
叔父さんは、身を乗り出し、食い入るように私を見つめた。
なんかいつもの叔父さんと違う。
そりゃ、叔父さんは私に対してすごく過保護なところがあるけど、それとは雰囲気が違った。
「どうしたの?叔父さん。なんか・・・叔父さんの方が変よ。」
「え?あ・・・いや、何もなかったのならいいんだ。」
慌てて叔父さんは目を逸らした。
何か、あったんだ。
ひょっとしてあの人が関係してるの?
「叔父さん、何があったの?もしかして・・・藤堂さんと仕事のことでトラブルがあったとか?」
彼なら絶対、やり兼ねない。
きっと叔父さんの仕事の邪魔をしてきたんだ!
叔父さんは目を見開きながら、首を横に振った。
「い、いや違う。その逆なんだよ。」
「逆?」
「あぁ。藤堂グループはうち以外にも同業社と取引をしてるんだが、今度からうちの会社に全てを依頼すると言ってきたんだ。」
なんで?
何が目的なの?
おかしい・・・
「しかも今朝、連絡がきたんだ。昨日の今日だろ?だから私は、おまえが藤堂さんと結婚を決めたのかと・・・。」
「やめてよ、叔父さん。そんなことあるわけないでしょ?思いっきり断る気でいるんだから。」
「そ、そうか。そうだよな。いや、悪かった。わざわざ呼び出して。」
そう言って叔父さんはようやく普段の叔父さんに戻ってくれた。
それを見計らって、昨日から気になっていた事を聞く事にした。
「ねぇ、叔父さん。お見合いの話って、藤堂さん本人から直接きたの?」
「あれか?あれは秘書を通してきたんだ。ほら、ちょっと前に下で私と偶然会っただろ?」
「うん、叔父さんに軽く声をかけた時だよね?」
「そうだ。その時、藤堂さんも一緒にいたんだよ。一目おまえを見て気に入ったらしい。」
彼が一目で気に入った?
有り得ないんじゃないかな、ああいう性格だし。
でも・・・あの時、あそこにいたんだ。
お見合いの席が初めてってわけでもなかったってことか。
「どうして藤堂さんの見合い写真とか資料とか見せてくれなかったの?」
「いや、見せようにもなかったんだよ。」
「なかったの?」
「あぁ、相手が当日の第一印象で決めてもらいたいと言ってきてね。私もさすがにそれは常識に欠けるとは思ったんだが、本人立っての希望でね。」
「ふーん。」
やっぱりおかしい。
こんなに怪しい事ってある?
「叔父さん、このお見合い断ったら、どうなると思う?」
その問いかけに叔父さんはひどく困った顔をした。
まぁ、叔父さんに聞かなくてもはっきりしているんだけどね。
叔父さんは身を乗り出して、私に言った。
「おまえはそんなこと気にしなくていい。自分の幸せだけを考えればいいんだ。あとは営業部長の私の仕事だ。」
「叔父さん・・・。」
きっと叔父さんの職も危なくなるだろう。
それでも私を最優先してくれるんだ。
嬉しいけど辛いよ、叔父さん。
「叔父さん。私、断るのは確実だけど、相手を逆撫でしないようにうまく断るから。」
それしか言えない自分がイヤ。
もっと叔父さんの為に何かしてあげたいのに。
そんな私に叔父さんは優しく笑ってくれた。
「琴ちゃんは優しいなぁ。琴ちゃんの叔父さんでいられるなんて本当に幸せだよ。」
うわぁ、久しぶりに叔父さんの溺愛表現を聞いたわ。
これ以上いたら、延々続くのは目に見えてる。
早々に退散しないと。
「お、叔父さん。そろそろ仕事に戻るよ。休み明けでかなり仕事が溜まってるから。」
立ち上がりながらそう言うと、叔父さんはいかにも残念という顔をした。
「そうか・・・。仕方ないな。・・・仕事だからな。頑張れよ。」
「うん、じゃあ行くね。」
名残惜しそうに手を振る叔父さんを置いて、私はササっと会議室を後にした。
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