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メイド編
18
しおりを挟む言っておきますが・・・私は元使用人で、今は秘書見習い。
決してどこぞの令嬢などではありません!
なのに・・・どうして私は今、会場のセンターに向かっているのでしょうか。
誰か説明を・・・いえ、この際説明はいいから誰かここから今すぐ助けて出して欲しい。
状況をささっと説明すると、只今、私は二階堂家の御子息である二階堂恭介に手を取られ、『ささやかなパーティ』の会場のど真ん中に向かってます。
しかも私達の花道を作るように半径1m以上離れた周りの人の突き刺さるような視線を浴びてます。
これから一体、何をするのか。
それはただ一つ。
彼・・・二階堂恭介とダンスを1曲踊る・・・らしい。
ただでさえ人前でしかもこんなに大勢の前に立つのは初めてのことで、さらに社交ダンスなんて奥様に誘われて一緒に習ったというだけの腕前。
そんな私がなぜ・・・。
一歩ずつ進みながら何度も自分に問い掛けていた。
目的の場所に到着するとそんな事さえ考えられないくらい緊張していることに気付く。
足が思うように動かない。
恭介の手が身体に回り、二人の距離が縮まった。
う・・・近すぎる。
ただでさえ大勢の前にいるのにその上、こんなにも身近に彼がいる。
赤くなる顔を見せないように俯くと、
「緊張してるのか?」
ふいに頭の上から声が聞こえた。
顔を上げると恭介が朱里を窺っていた。
「当たり前です。このような大勢の人前に出ることさえ初めてなんですから。」
あなたと密着してるからです、なんて絶対に言えない。
あくまで人目に晒されているということを強調しつつ、彼に訴える。
すると彼はなるほど、と頷き、周りを見回した。
「意識しすぎなんだよ。人に見られてると思うからいけないんだ。ここには俺達以外にいないと思えばいい。」
決して意識のしすぎではないと思うんだけど。
明らかに見られてるし、さらに女性陣の鋭い視線がビシビシと突き刺さってるんですけど・・・。
溜息を吐きながら朱里はその視線を受け止めていた。
曲に合わせ、彼のリードに支えられなんとか足が動いていた。
おそらく傍から見たら明らかに不恰好だろう。
う・・・やっぱり私は裏方の方が性に合ってる。
朱里はそんなことを考えていた。
すると触れている恭介の体が僅かに震えていた。
朱里は怪しげに見上げると、恭介が必死に笑いを堪えていた。
朱里の視線に気付いた彼は無理やり笑いを押し込めようと視線を逸らして緩んだ口元を引き締めた。
「すまない。初めて気弱な君を見たんで、つい。」
その言葉に朱里はむっとした。
誰だってこんなに大勢の前じゃ萎縮するわよ!
「煌びやかな世界に慣れている貴方とは違って、庶民の私はこうやって実践で踊るのは今日が初めてなのよ。でもそんな私の気持ちをわからない貴方を責めたりしないわ。」
皮肉混じりにそう言うと、彼は急に真剣な表情で告げた。
「俺だって慣れているわけじゃない。元々、こういう事は嫌いなんだよ。」
「嫌いだとしても仕事上、こういう機会は多いでしょ?」
「少なくはないな。けど、嫌がっている俺にそれを無理強いさせるような命知らずな奴は滅多にいない。最後に踊ったのだって実に4年も前だしな。」
「そんなに嫌っているのにどうして・・・。」
「どうして今こうやって踊ってるのかって?」
「ええ。」
私でなくても誰もが疑問に思うことだわ。
嫌いなのに現に今、踊ってるんだもの。
でも・・・・・・落ち着いて彼を見ればちょっと納得。
なんだかやる気のないダンス。
仕方なしに踊ってますって感じを隠しもせずに表に出してるし。
それにも気付かなかった私ってホントに緊張で何も見えてなかったって事よね。
そう一人納得している朱里に恭介は言葉を続けた。
「俺に聞かれても困る。母に聞いてくれ。」
「さっきもそう言ってたけど奥様がそうお願いしたってこと?」
彼はその言葉に一瞬だけ困惑の色を示した。
しかしすぐにそれは掻き消え、ほっと息を吐き再び口を開いた。
「母と・・・賭けをしてたんだよ。あまりに他愛ない賭けで俺も忘れてたくらいのね。」
「それで貴方がそれに負けて踊る羽目になった、ということ?」
「さすがに察しがいいね。」
彼は目を細めながらそう言った。
賭け・・・ねぇ。
チラッと彼を捉え、なんだか無性に可笑しくなった。
彼が賭けに負けるなんて。
しかもその罰ゲームで踊ってるなんて。
クスクスっと朱里が笑い始めると、恭介の眉間に皺が寄った。
「何がおかしい。」
「だって・・・。」
駄目だ・・・止まらない。
笑い続ける朱里に恭介の表情も次第に渋くなる。
「いつまで笑う気だ。さっきの弱々しい態度はどこへ行ったんだ?」
その声の低さに朱里の笑いも一気に消えた。
やばっ、すっかり立場を忘れてた。
そっと彼を仰ぎ見ると、ムッとした表情で淡々と踊っている。
これはどうしたものか・・・。
彼の機嫌を直す方法なんて知るはずもない。
ちょうどその時、穏やかな曲が終わりを告げ、華やかな曲が流れ始めた。
それを合図に周りで踊っていた人達が散り始めた。
よかった、終わった。
朱里はほっとして恭介と距離を取ろうと彼の体にまわしていた手をゆっくりとはず・・・せない!
朱里の動きを読んで彼が先にその手を引き寄せていたから。
「なにを・・・。」
「まだ終わってない。今からが本番。」
口の端を上げ、恭介はさらに朱里の身体を密着させた。
「え?・・・え?えぇ!?」
テンポアップした曲に合わせ、恭介が踊りだす。
動きも先程とは比べ物にならないくらい速い。
初心者には無理ですってば!!
速いステップに足が追いつかず朱里は恭介にしがみ付く形となった。
それから暫くはバランスを保つ事だけで精一杯だったが、次第にリズムに慣れてきた。
というよりは全て恭介のおかげだった。
前曲の際にあれほど嫌そうに踊っていた彼が今はその雰囲気の欠片も見られず、むしろ意欲的な姿勢で朱里をしっかりとリードしている。
朱里が次のステップに入り易いように彼が誘導したり、ふらつきそうになると彼の腕がしっかりと朱里を支えていた。
恭介のあまりの変わり様に朱里も戸惑っていたが、考えても始まらないと自分を納得させ彼にその身を任せていた。
そうしているうちに朱里も周りが見えだし、今度は現状に対して意識し始めた。
体に感じる恭介の温もりがやけに生々しく、煩く鳴り響く鼓動に相手が気付くのではないかとヒヤヒヤしながら踊り終えるまで赤い顔を隠すように俯くことを余儀なくされた。
曲が終わると朱里はゆっくりと恭介から離れ、ようやくほっとした。
しかし次の瞬間、体中に鈍い痛みが走った。
踊っている間には気付かなかったが、知らず知らずに余計な部分に力を入れていたようだ。
う・・・絶対にコレは筋肉痛になるわ・・・。
彼に促されるまま会場の外へ歩いていると、
「さて、そろそろ君の休憩も終わりにしないとな。」
「・・・へ?」
彼の言葉の意味がわからずぽかんと彼を見上げていた。
そんな朱里に動じずに恭介は口を開く。
「体を動かしてきっと脳の働きも良くなっただろうから、そろそろ君は自分の本分に戻るべきだ。」
ちょーっと待ったぁ!
それって・・・まさか・・・もしかして・・・今から私に勉強を始めろ、なんて言うんじゃないでしょうね。
朱里の眉間に必然的に皺が寄った。
恭介はそんな朱里に平然と言葉を投げた。
「後で書斎の方に何か軽い食べ物を用意させよう。風立さんは心置きなく勉強に集中していいから。」
・・・返す言葉が見つからない。
けれど無言でこの場を去るなんてそんな大それた事は出来ない。
仕方なく・・・とーっても仕方なく挨拶を交わす事にした。
「さっきはありがとう。ダンスなんてたぶんこれが最初で最後になると思うけど、いい経験になったと思うわ。」
「それは良かった。俺としても君が敬語を使わずにこんなにも長く話してくれた事は貴重な経験になったよ。」
そう言われて初めて気が付いた。
いけない!うっかり普段の言葉で話してた!
すっかり自分の立場を忘れていたことに朱里はかなりショックを受けた。
今までそういう事をきちんとしてきたはずなのに・・・。
「ごめんなさい。いえ・・・申し訳ございませんでした。自分の・・・。」
「別に責めているわけじゃない。」
朱里の言葉を最後まで聞かずに恭介は遮る。
「君はもう使用人じゃない。それにまだ秘書になったわけでもない。今は旧友として接して構わないんだ。」
「そんなわけにはいきません。今後の事もあります。今のうちにしっかりと弁えておかなければ。」
朱里はきっぱりと言い切った。
いずれは彼の部下になる・・・予定だ。
今のうちから彼とは一線を引くべきなのだ。
恭介は朱里の強い眼差しに肩を竦めた。
「君は相変わらず強情だね。まぁ、好きにするといい。」
そう言って彼は腕時計を見た。
「そろそろ社に戻らないと。」
「では、お見送り致します。」
「いや、いい。木島、車を用意しろ。」
「かしこまりました。」
いつの間にか後ろに控えていた木島がすぐに恭介の前までやって来た。
そして私に一礼をして玄関の外へと向かっていった。
「君はこのまま上に行くといい。母には俺から言っておく。」
「・・・わかりました。では、お言葉に甘えて失礼致します。」
朱里は恭介に会釈をしてゆっくりとその場から離れていく。
ちょうど階段に足をかけた時、恭介の声が後ろから聞こえてきた。
「そのドレス、似合ってるよ。」
一瞬、誰に言ったのかわからず朱里はゆっくりと振り返った。
すると真っ直ぐに自分を見つめる恭介と目が合った。
彼は微笑んで軽く手を上げ、そのまま玄関の先へと消えていった。
そこでようやく朱里はさっきの言葉が自分に向けられた事に気付き、体温が一気に上昇した。
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