Calling

樫野 珠代

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メイド編

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今日は朝から大騒ぎ。
それもそのはず。
とうとう『ささやかなホームパーティ』が始まるのだ。
朱里は重い溜息を天井に向かって放った。
さすがに今日は勉強ができる環境ではなくなっていたので急遽、朝から会場のお手伝いに借り出されることになった。
なんだか嫌な予感がするのは私だけ・・・?


パーティ開始は午後6時半。
朝9時から朱里は休みもほとんど取れずに忙しく働いていた。
ちょうど開始2時間前、そんな朱里を飛び止めた人間がいた。
珠子だ。
「朱里ちゃん、そろそろ着替えなきゃ間に合わないわ。」
「え、でもまだ・・・。」
「大丈夫よ。他にもメイドはたくさんいるんだから。でも朱里ちゃんは一人しかいないの。さ、一緒に私のお部屋に行きましょう。」
急かすように朱里の背中を押しながら階上に押しやる。
朱里は仕方なく近くを通りかかった別の使用人に自分が途中にしている仕事の続きをお願いした。
それから2時間、珠子の部屋で朱里は人形同然の扱いで飾りつけられた。
珠子もまた朱里と同様に隣りの部屋で準備に取り掛かっていた。
自分という作品が出来上がった頃には朱里はバテバテになっていた。
そんな朱里に構わず、隣りからやってきた珠子が両手を組んで目を輝かせている。
「まぁまぁ!朱里ちゃん、かわいい!きっと今日の主役は朱里ちゃんで決まりね!」
「はぁ・・・。」
いえ、主役は結構です・・・喜んで辞退させていただきます。
朱里は心の中でそう呟いた。
珠子の歓喜ぶりを横目で見ながら、改めて今の自分を鏡に映した。
ヘアメイクも一流なのだろう。
綺麗に仕上がっている。
この前の試着なんて当てにならないくらいに。
全くの別人だ。
こんなに化粧をしたのは初めてかもしれない。
それにこの衣装・・・嬉しいというよりも恥ずかしい。
丈も短いし、露出も多い。
あまりにも普段の自分とはかけ離れている為、朱里は居心地の悪さを感じていた。
しかしこれらは珠子の厚意の賜物。
こういう機会をくれただけでも非常に有り難い事なのだ。
ただ・・・本来、私は表舞台に立つ人間ではない。
だから今日一日だけ。
シンデレラと一緒よ。
パーティが終われば、またいつもの自分に戻る。
シンデレラと違う点は、気持ちが全く逆ということ。
普段の自分に戻れる事がどんなに嬉しくて、幸せなことか。
その時を思い、朱里はじっと作られた自分を見つめた。


「朱里ちゃん、そろそろ下に行きましょうか。お客様ももう到着しているはずだわ。」
珠子のその一声に朱里は即座に反応した。
彼女の先を行き、ドアを開けて待つ。
先に通路へと出た珠子に続き、朱里も後を追う。
階段を1段降りたところで、階下から人がやってきた。
「まぁ、恭介。おかえりなさい。今日は仕事を早く切り上げてきてくれたのね。」
その声の主に恭介の眉間に皺が寄ったのを朱里は見逃さなかった。
恭介は歩みを止めず、階段を足早に上ってくる。
「お母さんとの約束を果たしに来ただけです。用が済めば、すぐに仕事に戻ります。用もないのに長居は無用でしょう。」
そう言って珠子の横を通り過ぎる。
「はぁ、本当に困った子ね。」
そう言って珠子は降りて行こうとした。
すると
「そうだ、お母さん。彼女を少し借ります。」
そう言って恭介は朱里の腕を取った。
「へ?」
驚く間もなく、朱里は恭介によって連れ去られていった。
その様子を最初は呆気に取られて見送っていた珠子だったがすぐににっこりと微笑んだことを2人は知らない。


朱里は恭介に引っ張られるまま、彼の部屋へと引き入れられた。
パタン。
扉が閉じられると同時に恭介はくるっと朱里に向き直った。
「それは君の趣味?」
「は?」
それ?趣味?
なんのこと?
そう思い、朱里は彼の視線の先を追う。
そしてそれが自分の衣装に向いている事に気付く。
「こ、これは!奥様から頂いたもので・・・。」
朱里は慌てて、彼の問いかけに答えた。
「ま、たぶんそうだろうとは思ったけどね。」
そう言って彼はさらに奥の部屋へと入っていった。
なんなの、今の・・・。
部屋に一人取り残されて、朱里は初めて入った恭介の部屋を見回していた。
思っていたよりも・・・シンプル?
と言うよりもほとんど物がない。
ふかふかの絨毯。
その上にやや大きめのテーブルを囲むようにソファが置かれて・・・終わり。
ま、ちょっとした絵画などが飾られていたりはするけど。
ただでさえ広い部屋なのにそれだけしかないから余計に寂しく感じるのは私だけだろうか。
そんな事を考えていると気配が近づく。
振り向けば、後ろに恭介が立っていた。
手には彼が着るのだろう、タキシードとネクタイが収まっておりそれをソファにどさっと置いた。
そして彼は朱里に目もくれず、今度は部屋の電話を使ってどこかへと電話をかけていた。
その様子を朱里はただ呆然と見守る事しか出来ない。
すぐに彼は電話を切って朱里を隣りの部屋へと促した。
そこは彼の衣装室らしく、部屋の側面一面がウォークインクローゼットのようになっていた。
「すごい・・・。」
朱里は思わず声を漏らし、慌てて口を押さえた。
恭介はそれにも関心は示さず、その部屋の隅に向かって歩き出す。
そこにはこの部屋には不似合いな箱が数点置かれていた。
「とりあえずすぐにこれに着替えて。」
意味がわからず朱里が立ちすくんでいると、彼は痺れが切れたように箱を開けた。
「これ・・・。」
そこには水色のロングドレス、そしてやや高めのヒール、装飾品がそれぞれの箱に入っていた。
「今日の為に用意しておいた。二階堂主催のパーティにはそれなりに似つかわしい服装で出席して欲しい。」
「それって・・・。」
この衣装が似つかわしくないって言ってる?!
思わず眉が上がる。
「恭介様。申し訳有りませんが、今着ているこの衣装は私の為に奥様が選んでくれたものです。そのお気持ちを無下には出来ません。」
朱里のその言葉に今度は恭介が眉を吊り上げた。
ふん、いつも私がすんなりと言うことを聞くなんて思わないで。
恭介はすぐさま元の表情に戻すと、
「そう。それなら・・・。」
彼は部屋の中央にあるテーブルまで行き、そこに置かれてる水差しに手を伸ばした。
容器をそのまま朱里の方まで持ってくるといきなり、その中身を朱里のドレスに向けてぶちまけた。
それには朱里も固まった。
な、なに?
恭介の行動が理解できずに、呆然と自分の濡れた衣装を見下ろした。
「これで君は着替えざるを得なくなった。理由には十分なものだろう?」
「なっ!」
「急いでくれ。もうパーティは始まっている。俺は書斎にいるから終わったら声をかけて。」
そう言って朱里の言葉を遮り、恭介は自分の衣装を持って出て行った。
取り残された朱里は怒りをぶつける人間がいなくなり、当て所のない怒りを溜息に変えるしかなかった。



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