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高校1年-10月
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しおりを挟む体育館から早々に出てきた祐介は人を避けるように校舎の裏に向かった。すると、
「待って。」
後ろから呼び止められ、祐介はちらりと顔だけ後ろに向けた。しかしそこにいた人物を目にすると再び前を向き足早に歩きだす。
「ちょ、ちょっと待ってよ。」
由梨は慌てて祐介の腕を掴んだ。
「・・・なんだよ。」
うっとおしく思いながら祐介は立ち止った。由梨は祐介をようやく捉える事ができて満足そうに微笑んだ。
「久し振りなのにつれないのね。」
「人違いだって言っただろ。」
「そんなわけないわ。これでも私、記憶力だけはいいの。それに・・・。」
由梨は自分の携帯を取り出し、ピピっと操作を始めた。すると祐介の体から携帯の震える音がした。祐介は舌打ちすると自分の胸元から携帯を取り出し、電源ボタンを押した。
「ほーらね。」
「なんであんたが俺の番号知ってんだよ。」
「ふふ。前に会った時、あなたが寝てる間に番号を登録しといたの。」
由梨はさらっとそう言った。その言葉に祐介は嫌悪感が一気に増す。
「それにしてもすっかりと変身してるわよねー。前に会った時はいかにもナンパな奴だったけど。」
そう言って由梨は祐介を上から下までじっくりと眺めた。
「今はちょっとまじめな高校生ってとこね。」
「あんたさ、俺を評価するためにわざわざ呼びとめたわけ?」
「そんなわけないじゃん。ねぇ、今から抜けられない?また前みたいに・・・ね?」
「悪いけど、今もこの先もあんたに付き合う気は全くない。だから付き纏わないでくれ。」
「あ、そんな事言うんだ。いいのかなー。今ここで私達の関係を大声で言っちゃっおうかなぁ?ふふ。」
そう言って祐介の首に腕を絡ませ、ゆっくりと顔を近づけた。互いの唇が重なり、祐介が拒まないのを確認すると由梨はさらに奥深くを望み押し進めた。その様子を冷めた目で見ていた祐介の脳裏に一人の女性が浮かんだ。アイツと同じだ。自己満足の為にどんな事でもするあの女。
反吐が出る。
祐介は力任せに由梨の体を引き離した。それと同時にすぐ近くでカサっと物音が聞こえてきた。祐介と由梨がその方向を見ると、春菜が目を見開いたまま固まっていた。
「春菜・・・。」
祐介の声で春菜ははっとして、
「あ・・・ごめんなさい!」
頭を下げ、すぐにその場から駆け足で去って行った。その後姿を見ている祐介の表情を見て由梨は、
「ふぅーん・・・ユースケの好みってあんな感じなんだ。意外。」
「勝手に言ってろ。」
「否定しないんだ。」
ウザイ。
今更ながらアイツと同類の人間を抱いた事が悔やまれる。アイツとの事を忘れるために色んな奴を抱いた。けど決して消えなかった。アイツの感触も。そして記憶も。どんなに足掻いても結局は、『元のまま』だった。そんな自分が馬鹿馬鹿しく思えて最近はそんな生活を止めてつぐみの事を一番に考えるようになった。つぐみが出来るだけ傷つかない、幸せな日々が送れるようにと。そうしたら俺の中で少しだけ何か肩の荷が下りたような軽い気持ちになった。そんな簡単な事になぜ今まで気付かなかったのか。たぶん・・・俺は自分が過去から逃れる事を第一に考えていたからだ。ようやく自分なりに落ち着いてきた今、もう誰にも邪魔されたくない。目の前のこの女にも。
「最後にもう一度だけ言っとく。もう二度と俺に付き纏わないでくれ。」
言い終わると祐介はその場を離れようと歩き出す。そんな祐介に向かって、
「私、諦めないわよ。」
由梨が告げた。
はぁ、はぁ。
春菜は無我夢中で走っていた。どこかに向かって行くわけでもなく、ただあの場所から出来るだけ離れたかった。
見たくなかった。
どうしてこんな目に合うのだろう。
どうして・・・。
ドンっ。
誰かと肩がぶつかり、よろけてようやく足が止まった。
「っ・・・。ご、ごめんなさ・・」
「春菜?」
聞き覚えのある声に春菜は顔を上げた。
「優香・・・。」
その瞬間、こらえていたものが一気に目から溢れだした。
「ふ・・・っ。」
「な、何?一体、どうしたのっ?」
優香はあたふたした。一緒にいた秋緒も驚きながら春菜のそばに近づいた。言葉にならず、春菜はただ首を振りながら涙を流し続けた。噂だけなら、ただ人から聞くだけならまだ心に余裕があった。どこかで期待していたのかもしれない。でも、自分の目で決定的な場面を見てしまった今、何も言い訳はできない。
私は拒絶され・・・あの人のことは受け入れた。
その現実がどうしても辛かった。
胸が痛くて、苦しくて。
自分が惨めで悲しくて。
優香と秋緒は春菜の肩を抱きながら、人のいない教室へと連れて行った。春菜が落ち着くまで二人は話を聞き出そうとはせず、ずっと背中や頭を撫でるだけだった。ようやく涙が影を潜めた頃、
「心配かけてごめんね。」
最後の涙を拭き取り、春菜は弱弱しく笑った。
「バカ。そんなこと気にしないの!私はそれよりも春菜が悲しんでる理由を知りたい。」
「優香・・・。」
「皆で軽く打ち上げしようって話をしてた時、いつの間にか春菜がいなくて。私と秋緒、ずっと探してたんだよ?どこに行ってたの?」
「それは・・・。」
春菜は言葉に詰まった。
何をどう話していいのか、全くまとまらない。
何より言葉にするのさえ、辛い。
話すことで全てを受け入れることになるような気がして。
こんな状況になった今でさえ、まだ心の隅で受け入れることを拒む自分がいた。
「赤城・・・祐介、でしょ?」
いきなり口を開いたのは秋緒だった。それに驚いたのは春菜だった。
「秋緒、どうして・・・?」
「ホントなの!?春菜。」
春菜が問いかけるのを遮るように優香が割って入った。しかしそれを秋緒が押しとどめ、真っ直ぐに春菜を見つめる。
「そんなの愚問でしょ。生まれる前から春菜とはずっと一緒だった。だから春菜の考えてる事、想い、行動。手に取るようにわかるもの。春菜が私の事をわかるように。」
そうだね。
お互いに知らない事はないんじゃないかって言うくらい分かり合える存在だもんね。
だから、私の気持ちを秋緒が薄々気付いていても何も不思議じゃない。
「打ち上げは皆でしたいって思ったの。」
春菜はぽつりと話しだした。
「でもあの時、彼だけいなかったから知らせようと思って探してて・・・。」
「ユリと一緒だったんでしょ?」
秋緒の言葉に春菜は驚いた。
「知ってたんだ。」
「ユリと私、一緒に劇を見てたんだ。それで彼が体育館の脇から出てくるのをユリが見つけて追いかけていったから・・・。」
「そっか。」
「え?何、ちょっと話が見えないんだけど。」
優香は秋緒と春菜の顔を交互に見ながら言った。春菜が何も言えないことを察して、秋緒は溜息を吐きだし、春菜の代わりに話しだした。
「ま、一言で言っちゃえば、春菜に好きな人が出来てその相手があの赤城祐介だってこと。で、たぶんユリと彼が一緒にいるところを見て、ショックを受けた・・・って感じ?」
秋緒のさっぱりとした発言に固まってしまった優香は途中から何も聞いていないようだった。現に口も半端に開いたまま、目も瞬きすらしていない。呼吸もしてるかどうかあやしい。
「ちょっと優香。何止まってんのよ。近くにいたんだからそれくらい察してたでしょ?・・・って、気付いてなかったの!?」
秋緒に大きく揺さぶられ、ようやく優香は大きく呼吸を始めた。
「ほ、ほ、ホントなのっ!?春菜、答えて!」
春菜は俯き、少しだけ首を縦に振った。その瞬間、優香はその場に崩れていく。
「なんてこと・・・・・・よりによってアイツなんて。他にいくらだっているのに・・・よりによって・・・。」
ブツブツと呟きながら床にぐいぐいとこぶしを押しつけている。
「ゆ、優香?あの・・・隠しててごめんね。でも・・・私もつい最近気付いたというか、ようやく実感したというか。」
すると優香はぴくっと体を一瞬震わせた。
「でもね・・・自分の気持ちに気づく前に見事に玉砕というか・・・。」
すると優香はすくっと立ち上がり、春菜に顔を近づけた。
「・・・今、なんて言った?」
「え?」
「私の聞き間違いかしら?春菜が振られたってようなことを聞いたけど?」
そう聞き返す優香の表情はあまりにも恐ろしく春菜も委縮してしまった。声さえもままならず、ただコクコクと頷くことしかできなかった。その瞬間、優香の怒りが頂点に達した。
「あんのぉボケカスがぁ!自分を何様だと思ってんのよ!事もあろうに春菜を振っただぁ?」
「ゆ、優香、落ち着いて。ね?」
「落ち着いてられるかっての!春菜が傷つけられたのよ?!・・・って、ちょっと待って。さっき泣いてた原因も、まさかアイツ絡みなわけ?」
「そう。」
優香の怒りを煽るかのように秋緒があっさりと肯定した。
「秋緒!」
「もう許さない!傷つけた挙句にさらに泣かせるなんて。アイツは今どこにいるのっ?!」
今にも教室を出て殴りに行きそうな優香を春菜は慌てて止めた。
「優香!これでいいの!私はこれでいいの!だから落ち着いて!」
「止めないでよ、春菜!私は腹が立って仕方ないんだから!私の大事な春菜をここまでコケにされたのよ!我慢できないっ!」
必死に優香を食い止める春菜の横で秋緒は頭を抱え、はぁっと深い溜息を洩らした。
「ねぇ、優香。考えてごらんよ。これでよかったんじゃない?」
「何が!」
「だって春菜はあんな男に取られなくて済んだわけじゃない?もしさ、万が一アイツが春菜の告白を受けて、春菜とアイツが付き合うことになったらそれこそ私達、毎日気が気じゃないって。いつ春菜が傷つけられるか、ヒヤヒヤしっぱなしだよ、きっと。しかも傷つけられるのが1度だけとは限らないでしょ?」
秋緒がそう言うと優香は唇を噛みしめ、両手をぎゅっと握りしめた。そして大きく深呼吸をして、優香は自分を沈めた。ようやく苛立ちが少し薄れたのか、優香の体から力が抜けるのがわかり、春菜は優香からゆっくりと離れた。
「・・・・・・そうよね。」
「そうそう。」
二人の会話に春菜は何も言えなかった。
祐介君はそんな人じゃない!
何度もそう叫びそうになる。その度に押し殺し、無言を貫く。今、二人にそれを言ったとしてもかえって心配させるだけだ。それがわかってるから。でもいつか祐介君のことをわかってもらいたい。そう思うのは彼を想う私のエゴだろうか。
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