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高校1年-10月
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しおりを挟む夕暮れの駅前、賑やかな通りを眺めながら祐介は前回と同じ場所で同じ人物を待っていた。約束、と言っても今までに守られたことのないものではあるが、その時間はすでに過ぎている。祐介は喧噪を見つめながらちっと舌打ちした。それを聞いていたかのように待ち人は突然現れた。
「悪いわね、呼び出して。」
言葉とは裏腹に全く悪びれていない表情の女性を祐介は冷めた目で見据えた。
「俺とは連絡を取らないって言ってなかったか?」
祐介の言葉に答えず、千鶴子はバッグからたばこを取り出し、祐介の目の前で平然と吸い始めた。白い浮遊物がゆっくりと祐介の周りに広がる。その匂いが体内に入り込んでくるのがわかり、祐介は自然と眉間に皺が寄った。ちょうど千鶴子がたばこの煙を吐き出したところで、
「つぐみと会ってるようね。」
急に本題に入ってきた。祐介はゆっくりと千鶴子から視線を外した。今日呼ばれた理由はおおよそ予想がついていた。毎週末、つぐみと会っているからだ。一応、つぐみには内緒にするように言ってあるが、所詮子供だ。つい口が滑ることもある。それに、いつかはばれると思っていた。こんなに早いとは思ってなかったが。
つぐみと俺が会っていると知ってこいつが良い顔をするわけがない。何よりも俺の存在が相手にばれるのを嫌っているのだから。
「言ったでしょ?あんたの存在は言ってないって。困るのよね、色々と。」
「はっ、それはそっちの勝手だろ。俺には関係ない。」
「関係なくはないわよ。あんたの生活費と学費はあの人のお金で払ってるんだもの。」
そう言ってたばこを灰皿に押し付けた。
「とにかくつぐみとはもう会わないでちょうだい。ルール違反はこれまでにして。言いたいことはそれだけ。じゃあお店があるから行くわ。」
そう言ってバッグを手に持ち、千鶴子は立ち上がった。
「待てよ。」
祐介はすぐさま口を開いた。
「俺はそんな約束守らねーから。」
「なんですって?」
千鶴子が顔を強張らせ次の言葉を浴びせようとしたが周りを気にしてか、表情を戻し椅子に座りなおした。そして感情を押し殺したような声で、
「冗談でしょ?」
苛立たしそうに千鶴子は言った。しかし祐介は飄々とそれを受け流す。
「冗談じゃねーけど。あんたも好きなようにしてんだから俺もしていいだろ?」
「バカ言わないで。誰のおかげで今の生活が出来てると思ってるのよ。それを台無しにする気?」
言い終わると千鶴子は苛立ちを紛らわそうともう1本たばこを吸い始めた。暫くして多少気分が紛れたのか千鶴子の声にも落ち着きの色が見えた。
「あんただって今の生活に満足してるんでしょ?だったらそれでいいじゃない、わざわざつぐみの為に時間を割いてやらなくったって。」
「そうさせてんのはそっちだろ?この前の家出にしても結局はそっちがつぐみのことをちゃんと気にしてやってねーからじゃねーか。あげくに俺に連絡入れてくる始末だからな。ルール違反はそっちだろ。」
「あんたもわかってないわね。今からでもあの子には自分の状況をきちんとわかっていてもらわなきゃ困るの。いずれは私の代わりにお金を稼いで貰わなきゃいけないんだし。」
その瞬間、祐介の表情が一気に険しくなった。
「なん、だって?」
千鶴子の言葉に、祐介は怒りが込み上げてきた。
「あら、驚くことじゃないでしょ?当然じゃない。お金を稼げるようになるまで私が育てるのよ。その恩を返すのは当然じゃない。長男であるあんたはこんな感じで頼りにならないし。つぐみにはその分も頑張って稼いで貰わないとね。」
「自分が何言ってんのかわかってのかっ?!自分の娘まで金儲けの道具にするつもりかよ!」
祐介は目の前に座る母親に声を荒げた。
「馬鹿ね。世の中はお金がすべてなの。そんな事もまだわかってないの?まさかあんた、お金よりも大事なものがあるなんて、そんな幼稚な発想を持ってるなんて言わないわよね?」
千鶴子はそう言って鼻で笑う。それが祐介を余計に煽ることになっていた。
「ふざけんな!何が当然だよ!あんたが母親ってだけでどれだけこっちが迷惑してんのかわかってねーのかよ!俺はまだ男だからいい。けどつぐみは女の子なんだ。母親ならこれ以上、つぐみに辛い思いをさせんなよ!」
「あんたもまだまだ青いわねー。まぁ、だから私とやりまくった後、逃げだしたんだろうけど。ははっ、おっかしー。」
ケタケタと笑いながら千鶴子は話す。そんな母親に我慢ができず、祐介は無言で立ちあがった。そして、
「話になんねー。」
そう言ってその場を立去ろうと一歩踏み出した。するとその背中に千鶴子の冷めた声が聞こえる。
「残念だけど、あんたもつぐみも私の子であることには変わりないの。同じ血が流れてるのよ。どんなに足掻いたってその事実は変えようがないの。あんた達も私と同じ道を歩む運命なのよ。」
それに祐介は反応し、相手を睨もうと視線を巡らせた時、駅前に見知った顔を見つけ、はっとした。
春菜・・・?
向こうはすでに自分の存在に気付いていたらしく、立ち止まっている。祐介はその視線を避けるように顔をそむけた。そして千鶴子にも視線を合わせず、
「つぐみを不幸な道に引きづり込んだらゆるさねーから。」
そう言って千鶴子から立ち去った。
「・・・るな、春菜?」
優香の声に春菜は意識を戻す。ちょうどお昼になって皆が移動を始めている。優香は春菜の前の席に座り、机の上にお弁当を置いて春菜を怪訝そうに見ていた。
「あ、ごめん。ちょっと考え事してて。」
「もう!今日一日なーんか変!」
「そんなことないよ。」
そう言って春菜は微笑んだ。しかし頭の中では昨日見た光景がずっと離れない。祐介君とそして年上の女性。ちょうど祐介君が帰るところだったようけど。なんだかとても引っかかっていた。その時の彼の表情があまりにも怖くて。いつもとは明らかに違っていた。
何かあったのかな。でも今日はいつもと変わらず他の男子と話してたし。
「ほらまた!聞いてるの?」
優香が呆れていると、
「ねぇねぇ、私も一緒にいい?」
そう言って恭子がやってきた。
「あれ?恭子っていつも学食じゃなかったっけ?」
「そうなんだけどさー。今日はそういう気分じゃなかったから買ってきたんだ。」
そう言って春菜の隣りの席の椅子を移動してきた。
するとそれを見た未久も、
「私も入れて!」
嬉々としてやってきた。そのまま恭子とは反対の席から椅子を移動してくる。4人が春菜の机を囲む形で食事をすることになり、その光景に優香が苦笑した。
「なんか変な感じ。」
「何が?」
未久が尋ねた。
「ほら、いつもは私、春菜と二人で食べてるじゃない?だから4人で食べてるってのが違和感がある。」
「何よー、私達が邪魔だっていいたいのー?」
頬をふくらませ、未久が言うと優香は慌てて首を振った。
「そうじゃないって。慣れてないって言うか、新鮮な感じがするのよ。春菜は感じない?」
「あ、うん。・・・ごめんね、優香。私が人見知りしちゃうからこういう機会がなかったんだよね。優香一人だったら皆と一緒にまざって食べてただろうし。」
「こら、春菜。そんな事言わないの!私は春菜と一緒に食べたいからここでこうして食べてるの。」
「そうそう。優香は五十嵐さんを独占したかったのよ、きっと。」
優香の言葉に続き、未久がそう言うとさらに恭子も
「うんうん。絶対にそう。他の誰にも邪魔されたくなかったのよね?」
ニヤリと口の端を上げながら言った。
「当ったり前じゃない。春菜は私にとって癒しなの。その癒しの場を奪われるなんてごめんだわ。」
「はいはい。言わなくてもそれはわかってるわよ。それに優香だけじゃないわよ。五十嵐さんはこのクラスにとって癒し系のマスコットなの。いつまでも独占なんてさせません。」
「そうよねー。最近まで五十嵐さんのことあまり知らなかったからちょっと近づけなかったけど。今はもう優香以上に一緒にいたいくらいよ。」
「ちょっとぉ、それは聞き捨てならないわねー。」
「あら、私達だけじゃないわ。このクラスの全員がそう思ってるはずよ。ね?未久。」
「うん。あ!一人だけそうじゃない人いるわ。ほら、このクラスの異端児。」
「あぁ、赤城君のこと?」
思い当たった人物がそれぞれの頭に浮かんだ。
「他に誰がいるっていうのよ。」
「でも彼の場合、癒しなんて必要ない気がしない?だっていつも自分の好きなように生きてるじゃない?女遊びもお盛んなようだし。」
「あ!そうそう!聞いた?彼の噂。」
「いつも聞いてるわよ、彼の噂なら。」
肩をすくめた後、優香はお弁当のふたを開けた。すると、
「そうだけど・・・でもね、私が言いたいのは最近の話。夜遅い時間に浅葱駅の先の繁華街で彼がお水系のおねーさんと一緒にいるところを隣りのクラスの子が見たんだって。」
「そんなのいつものことじゃない。」
優香は詰まんなそうに突っ込んだ。それでも未久は食い下がる。
「でもさ、他の子も浅葱駅付近で見てるのよ。ここから浅葱駅って結構離れてるじゃない?なーんか怪しいわよねー。」
「それもいつものことじゃない。ナンパする場所を変えただけでしょ。」
飽きたというような顔で優香はあしらう。
「そうなのかなぁ。」
「他に何があるってのよ。」
すると、
「実はさぁ・・・私も昨日の夜見たんだよね。」
恭子がおずおずと口をはさんだ。
「うそ、ホントに?いつ?」
「予備校が浅葱にあってさ、その帰り。赤城君、ホテル街の方へ歩いていってた。」
「マジ?」
「マジ。でも一人だった。」
「なーんだ。つまんない。」
未久はそう言って乗り出していた身をあっさりと引いた。
「つまんないって・・・。」
未久の態度に優香は呆れていた。そして恭子が、
「ま、結局、彼はいつまでたっても噂がつきないってことね。」
そう言ってこれでおしまいといわんばかりにまとめる。そして3人はその後も会話を続けてたが、それを静かに聞いていた春菜は机に突っ伏している祐介をちらりと見た。最近授業中もずっと寝てるけど、何かわけがあるんだろうか。祐介と最後に会話を交わしたのはあの時・・・つぐみが泊まった次の日の朝。それ以来、また以前の二人になってしまった。会話はもちろん、視線を合わせることさえもなくなった。彼の言葉が今も胸に突き刺さったまま、少しも外れない。
『もう俺達に関わらないでほしい。』
『プラスにはならない』
そう言われた時、本当にショックだった。存在を否定されたようにさえ思えた。
確かに私には何もできない。それは自分でもよくわかってる。それでも・・・少しでも何かしてあげたかった。だって私は彼に何度も救われたから。
けど、彼はそれを拒んだ。そして彼は言葉通り、私との関わりを絶っている。近くにいるのにすごく遠く感じる。気にしなければいいのかもしれない。けど、すごく気になる。今のこの状態は一体いつまで続くのだろう。そんなことを考えれば考えるほど、胸が苦しくなる。
もしかして私、祐介君のこと・・・
春菜は自分の辿り着いた答えに戸惑いを隠せずにいた。
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