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樫野 珠代

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中学3年-2月

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3年間見続けてきた校舎が今日はなぜか清々しく見えた。
春菜が学校に到着する頃、同じような学生がそれぞれの思いを胸に戻ってきている。もともと春菜の住んでいる地域は、地元思考が強く、高校受験で他県の学校を選ぶような人間は毎年数人しかいない。
ほとんどが自宅から通えるような近い高校を選び、結果ほとんどの受験生が同じ日程で行動をする。
その為、合格発表の日は午前中に各自志望校の合格発表を見に行き、その後、母校へと戻って報告。お昼前にそれぞれのクラスに戻って担任から今後のスケジュールを聞き、解散。
春菜も当然、そのスケジュールに従う。


職員室の中および廊下は、合格の報告をしようと生徒が押し寄せていて人垣ができている。
冬だと言うのにあまりの人口密度の為、熱気でうっすらと汗をかくほどに。
「こりゃ、担任のとこに行くのも一苦労だね・・・」
額の汗を拭いながら優香が呟いた。
春菜も軽い溜息をつきながらちょっとずつ前進を試みる。
が、その場から去ろうとする人間よりも入ってこようとする人間が多い為、力ある者だけが前進し、春菜達弱者は前進してるつもりが気が付けば元の位置に引き戻されていた。
「だぁ~、もう!報告終わった奴はさっさと教室行けッつーの!!」
隣りで優香は怒りを露にし始めた。
「仕方ないよ~、なんてったって合格発表だよ。嬉しいんだよ、皆。」
「だからって、人の迷惑も考えないっつーのは、どーかと思うけど?」
眉間に皺を寄せて、あくまで冷静な優香に春菜は笑みを溢さずに入られなかった。
「何、笑ってんのよ~?」
前へと人を押しのけながら進む優香は、春菜が自分をみて笑っているのに気が付いた。
「ごめん、なんだか優香らしいなぁと思って。」
「だから、何がよ?」
「う~ん、気が短い・・・とか?」
「ちょっと、それは聞き捨てならないわ。春菜、後で覚えときなさいよ!」
「あはは残念。なんだっけ?もう忘れちゃった!」
「は~る~な~!」
このぉ~、と言いながら優香は春菜の腕に肘で小突く。
「何やってんだ?おまえら・・・」
後ろから低い声が流れてきた。
その声の方を振り返ると、見知った男性の顔が頭1個分以上の所にあった。
春菜は、身長、高いなぁ・・・と目の前の、高橋 正臣をしげしげと見上げる。
ずっとバスケをしていたからだろうか、この身長の高さは。
正臣とは、面識はあるがしゃべったことはない。
優香と話をしているのを見るぐらいだ。
一応、現在同じクラスなのだが・・・。
春菜の性格が禍しているのもあるが、優香が俄然として話をさせなかったということが一番の原因だ。
正臣と優香は、小学校からの付き合いらしい。
だけど 会えばいつもケンカらしきものをしている。
まぁ、ケンカするほど・・・という言葉もあるわけで。
「見てわからないの?職員室に報告しに行ってるのよ!」
優香は、憮然としながら相手の方に体ごと向きを変えた。
「さっきから見てたけどさ~・・・一向に職員室に向かってるようには見えないんだけど?」
笑いを抑えながら、優香を見下ろしていた。
「正臣!あんたねぇ、見てる暇があるならなんとかしてやろうって思わないの!?」
「おまえこそ、なんとかして欲しいなら俺に『お願い』でもすれば?」
「ムカツくぅ~。あんたになんかお願いなんてするもんですか!」
優香にしては珍しく、息を荒げていた。
春菜は、そんな2人を見てつい笑ってしまった。
そんな春菜をギロっと軽く睨み、はっと何かを思いついた優香は春菜に耳打ちした。
ぎょっと目を見開きながら、春菜は手を胸の前で左右に振った。
「む、無理だよ。私・・・た、高橋君と、し、喋ったことない、し・・・。」
小声で優香に向かって反対の異議を唱えている。
焦っているのか、緊張しているのか、春菜は口がうまくまわっていない。
「大丈夫、ね?お願い!」
優香は、目を(わざと)潤ませながら春菜に頼んでいた。
そんな顔をされると春菜は何も言えなくなる。
はぁ~と重い溜息をつき、覇気のない声でわかった・・・とつぶやいた。
そして、精一杯の勇気を振り絞って長身の男性を上目遣いに見上げた。
「た、高橋君。あ、あの~、お願い・・・します。一緒に・・・し、職員室に連れて・・・行ってください。」
ちょうど正臣は優香から春菜に目線を移したとき、春菜と目が合った。
瞬間、正臣は固まっていた。
いや、正確には見惚れていた。
その様子を隣りで見ていた優香はフフンっと鼻で笑っていた。
春菜に上目遣いで頼まれちゃ、拒否れないっしょ・・・どうだ!?
優香は心の中でよっしゃ!と叫んでいた。
「あ、あのぅ~・・・高橋君?」
はっと我に返った正臣は、慌てた。
「い、いや五十嵐さんがお願いする必要はないよ。優香だったらお願いされてもシカトだけどさ。」
「なんですって?」
「どうせおまえが無理に言わせたんだろ?ったく、行くぞ!」
そう言って、正臣は職員室の方へスタスタと歩き出した。
慌てて残る2人はその背中を追いかけ、ちょうど正臣の後ろに春菜、
その後を優香が続く感じで1列に並んで進む。
さすがに背の高い正臣が来れば、嫌でも話し込んでいる生徒達に視界に入ってくる。
「あ、正臣君だ!ど~だった?受かった?」
「きゃ~、正臣君。今、戻ってきたの?」
「正臣君、この後ってなんか予定ある?よかったら一緒にお昼たべよ~よ!」
う、すごい。あっという間に女の子達に囲まれてしまってる。
後ろにくっついていた春菜はその勢いに圧倒され、正臣との距離がだんだんと離れていく。
ふいに勢いに任せて春菜の方へ誰かがぶつかってきた。
「・・・っあ・・・」
体がフラッとしてバランスを崩し倒れかけた。
ひゃっ、倒れちゃう!
思わず春菜は目を瞑って無意識に手を前に伸ばし、廊下との衝撃を減らそうとした。
が、いきなりその腕を引っ張られ、暖かいものに包まれた。
しっかり瞑られた目を恐る恐る開けてみると、目の前には紺色の布が。
これは制・・・服?
「大丈夫?」
頭上で労わる様な声がしてきた。
声に誘われ、視線を上に向けると、さっきまでやや離れた距離にいた正臣の顔があった。
「五十嵐さん?」
正臣は一向に返事をしない春菜を心配そうに見ていた。
高橋君が助けてくれたんだ・・・とほっとしたと同時に、自分が今、正臣に抱きかかえられしっかりと自分も正臣にしがみ付いている事に気がついた。
その瞬間、顔の温度が一気に上がり、慌てて正臣の体から離れた。
「っぁ!わ、私、ごめんなさい!あ、あの、迷惑かけちゃって!け、怪我してない?ホントごめんなさい。」
日本語もアヤフヤになりながら、正臣に頭を下げた。
その姿を見た正臣はほっとして、周りにいた女の子達に視線を向けた。
「おまえら、通行人の邪魔だ!友達と話なら教室に戻ってからにしろよ。」
辺り一面、その大声をが響いて、周りは一瞬だけし~んと静まり返り、それからざわざわとした空気のまま、ゆっくりと人の波がそれぞれの教室へと消えていく。
「用もないのにここにいる奴が、あんなにいたなんて・・・」
あとに残ったのは、先程いた生徒の数の3分の1くらいの人たちで・・・
それを見た優香は呆れていた。
ようやく落ち着きを取り戻した春菜は、先程の正臣の周囲に起きた蟻の巣状態を思い返していた。
「そ、それにしてもすごいね、高橋君って。人気があるんだね」
そう言いつつも、ついさっき抱きしめられたことを気にしてか、目線を正臣に合わせられず戻っていく生徒に向けていた。
「そんなことないって。あいつらはたまたま暇つぶしに声かけてるだけ。」
「そう、なの?」
と、優香の方に顔を向けて、確認をした。
「んなわけないじゃん。今の騒動でわかるでしょ?それにしても春菜、あんた今頃になって気付いたの・・・?」
やや呆れ気味に優香が聞いてきた。
春菜は、え?っと言う顔をして優香の顔を見返していた。
はぁ~っと優香は息を吐いた。
「いや、なんでもない・・・ま、私もなんでこいつがこんなにモテるのか謎だけどさ。口も性格も悪いし。」
「悪いな。俺は女性には優しいからさ。声をかけられるのもそれが原因かもな」
「それってもしかして私が女じゃないって言いたいの?」
「あれ?もしかして自分で気付いてなかった?俺が保証してやる、おまえは女じゃない。」
「なんですってぇ!?」
優香の眉がピクっと跳ね上がる。明らかにお怒りのようだ。
「うわ!こわっ・・・。五十嵐さんも大変だね、こんな奴につき合って・・・。」
正臣は春菜に視線を向け、哀れむかのように首を横に振りながら手を振った。
一方、優香はコブシを握り締め、自分なりに一生懸命落ち着かせようとしている。
「そ、そんなことないよ?優香は、私にとって大事な親友で・・・いつも私の方が頼ってばかりで・・・迷惑ばかりかけてて・・・私の方こそ、優香に申し訳ないくらい・・・だし」
まだ目の前の正臣に慣れてないのだろう。
俯きながら、やや震えがちな声で必死に話した。
その仕草を見た優香が、がばっと春菜を抱きしめた。
「あぁ、春菜ってなんてイジらしいの!もう、離したくない!私が男だったら迷わず春菜を彼女にして、誰にも渡さないし、誰にも触れさせない!」
抱きしめられたままブンブン揺らされて、春菜は首が痛くなった。
その様子を呆気に取られながら正臣が見ていた。
春菜もだんだんと恥ずかしくなって、なんとか優香から離れようとしてもがく。
ふっと優香の腕が春菜から離された。
気がつけば春菜は正臣に腕を引かれ、優香から引き裂かれた状態になった。
「優香、おまえくっつきすぎ。五十嵐さんだって、嫌がってるだろ?こんなとこでレズるな!」
「あら、正臣君。レズって言うことは、私を女と認めるの?」
今度は、優香が勝ち誇ったかのように鼻にかけてフフンと笑っている。
「はぁ~。おまえと話してると疲れる・・・。」
正臣は手をおでこに当てて、頭を抱え込んだ。
そんな中、春菜は未だに正臣から離されてない腕のことでいっぱいいっぱいだった。
掴まれた瞬間は驚きの方が大きかった為、気にもしてられなかったが落ち着いてくるとだんだんと掴まれた部分の腕から熱が体全体に広がってくるのがわかった。
ど、どうしよう・・・。
振りほどくのも後味悪いし、かと言って優香みたいに親しくないし、ましてポンポン言いたいこと言えないし・・・。
戸惑ったまま、じっと掴まれている部分を見ているのに正臣がようやく気がついた。
「あ、悪い。」
すっと掴んでいた手を離し、固まって動かない春菜を見ながらくくっと笑い始めた。
「な、なんですか?」
突然自分を見て笑われ、意味がわからないという苛立ちから普段よりもちょっとキツめな口調になった。
「いや、五十嵐さんって・・・かわいいね。優香が抱きしめたくなる気持ちもわかるよ」
いきなりかわいいと言われて、春菜は目をぱちりと見開き、時間差で体中の血が騒ぎ出し顔が真っ赤になっていた。
「あ、えっとぉ・・・」
どう返事していいかわからず、俯いて火照る頬を両手で押さえた。
すると突然、バコンっという鈍い音が聞こえてきた。
「ってぇ!何すんだ!」
頭を抑えながら正臣はキッと優香を睨んだ。
見ると優香の手には、どこからか持ってきた分厚い本が握られている。
「殴られて当然よ!春菜に触れるなんて100億年早いのよ!」
「おまえ、そんなでけ~本で殴ることねーだろ?それにおまえに殴られる覚えもねーし!」
「大有りよ。私は春菜のボディーガードなの。集ってくるハイエナから春菜を守らなきゃいけないワケ」
「それってありがた迷惑じゃねぇ?そんなんじゃ、五十嵐さんだってレンアイできないじゃん。」
「あんたが心配しなくても大丈夫よ。それにあんたには関係ないんだから!ほら、さっさとどっかに消えちゃってよ!」
シッシッと追い払うように手を振る。
「ったく、ホント口の減らない奴だよなぁ~。五十嵐さん、ウザイって思ったら俺に言って。いつでも俺がコイツを追い払ってやるから!」
そう言いながら一足先に職員室に入っていった。
「ふ~。居なくなってせいせいした。春菜、大丈夫?」
「う、うん。大丈夫だよ。でも、高橋君っておもしろい人だね。」
「そう?うるさいの間違いじゃない?」
「はは。でも本当に驚いた。あんなに人気があったなんて・・・」
「ぷっ、気付くの遅すぎだよ。もう卒業目の前だよ?アイツの場合、まぁ・・・遠巻きに見たらイケてるんだろうね。頭も割といいし、あ、アイツも緑ヶ丘なんだよ。あの様子じゃ受かったッぽいよね。それに顔も一応整ってるでしょ?しかもバスケでずっとレギュラーやってて、背が高くて目立つし、自分でも言ってたけど私以外の女には絶対的に優しいし。いや、優しいというか紳士的(?)って感じだからね~。私からすれば、そんな正臣は自分を作ってる感じがするし、嫌悪感しかないんだけど。」
「嫌悪感?」
「そ。私と居る時は容赦ないでしょ?たぶんあれが本性だと思うんだよね~。だから他の女に接してる正臣は、『ネコ被った作られた人格』みたいで、寒気がするんだ。」
優香は、身震いさせる仕草をする。
「それって・・・優香、高橋君のこと好きってこと?」
「・・・は?どこをど~したらそんな発想に結びつくのよ!」
「だってなんとも思ってない人のことをそこまで言えないでしょ?何気に高橋君のこと、ちゃんと理解してるし。」
「はぁ~、勘違いもいい加減にしなさいよ!いい?私が正臣の事、理解してるっていうけど9年もずっと一緒にいたら嫌でも知ってしまうの。あんなチャラチャラした奴なんて、好きになんてなれないわ。ついでに言うと私は高校で素敵な彼氏を作る!コレ、私の今の目標♪」
腕を組みながら指でリズムを取っている。
「だから春菜も一緒に探そうよ!ほら合格発表見に行った時、私言ったじゃない?レベルが高いって。あれは成績のレベルの高さも意味してるけど、男子のレベルも高いって意味もあるんだからね!いやぁ、楽しみだわ、うふふ」
ホントに嬉しそうに笑っている優香が正直、春菜は羨ましかった。
私もいつか将樹を忘れることができるんだろうか・・・
心の中でそう呟いていた。
「さ、私達も担任のとこ、行こ!」
春菜が頷くのを見て、優香が先を歩き始めた。
高校で少しでも変われたらいいな・・・前向きに・・・
一呼吸置いて春菜は足を動かし始めた。

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