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樫野 珠代

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中学3年-2月

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朝6時半。まだ外は暗い。その中で春菜は、はっきりと目が覚めていた。
「今日は合格発表・・・か。」
独り言を呟きながらゆっくりとベッドから起き上がった。
緊張してるのか、昨日は眠れなかった。
部屋から一歩出るとさすがに冬というだけあり、かなり冷える。
いつもこんなに寒かったかなぁ?と階段を下りながらぶるっと震えた。
リビングにたどり着くとやけに静かでひっそりとしていた。
「お母さん?・・・あ、そうか。旅行だ・・・」
だからこんなに寒いのか。
いつもだったら母親が朝一番に起きて何よりも先に暖房のスイッチを入れ朝食の準備を始める。
春菜が起きる頃には充分過ぎるくらい暖かい。
それにしても娘の合格発表だというのに旅行に出かける親って・・・。
はぁ~とため息をつきながら、両親の未だ冷めないアツアツぶりを思い出した。




2日前に突然の報告。
「春ちゃん、秋ちゃん。明日から旅行に行くことになったの。うふふ。」
ちょうど、夕食の準備をしながら母親は幸せそうに話を始めた。
彼女の周りに、なんとなくピンク色の花が咲き誇っているように見えるのは気のせいだろうか。
「お母さん・・・また行くの?」
『また』という言葉をやや強調しながらこの家の住人の一人、五十嵐 春菜は幸せモードの母に呟いた。
額を押さえながらはぁっと息を吐く春菜の横で秋緒が声を荒げた。
「どうでもいいけどわかってる?一応、私と春菜、明後日には合格発表あるんだからね?」
「あら、そう。でも大丈夫よ。なんてったって私達の娘ですもの。受かってるわよ!」
なんてのんきな母親なのだろう。
これ以上文句を言っても無駄なのは今までの経験でわかっていた為、2人とも同時にため息をつき諦めながらに話に付き合うことにした。
「で、どこに行くの?いつ帰ってくるの?」
私の双子の妹である秋緒は、イラつきながら母親をジロっと睨んだ。
双子と言っても2卵生双生児だから、そっくりというわけでもなく・・・。
まぁ、普通の姉妹よりかは似てるかな。
キツイ視線にも動じず、母親は軽快な口調で続けた。
「今回はねぇ、2泊3日の温泉!お父さんったら雪を見ながら一緒に露天風呂に入ろうね!ってきゃ~やだ!」
一人でテレながらはしゃぐ母親に、2人は疲れを感じるしかなかった。
よくまともに私達が育った・・・
厳格な家で育つよりも楽だから文句は言えないのだけれど。
それでも頭は痛い・・・
「それで、お父さん今日は残業なの?」
春菜はなんとか気を取り直し、母親を現実に戻す為に問いかけた。
「そう!そうなのよ~。ほら、会社を休むことになるからその間の仕事を今日中に終わらせなきゃって!上司の人ももうちょっと考えてくれればいいのに・・・気が利かないんだから!もう!」
えっと・・・大黒柱である父親が堂々と(何度も)休みを取る方が問題ありではナイデショウカ?
一般的に、男がしょっちゅう仕事を休むって世間一般的にマズいような・・・
しかも理由が『夫婦で旅行』なんだもん。
これが海外ならばあり得るけれど、ここはあくまで日本なのだ。
とりあえずこれ以上疲れたくはない為、目の前の夕食の準備に集中した。
秋緒はというと・・・怒り以外の何物でもない顔を前面に出して母親に抗議していた。
母親と秋緒を足して2で割ればちょうどいいんじゃないか・・・と思う、今日この頃。




母親の発言から2日明け、姉妹の高校合格発表の日、それが今日。
ゆっくりと簡単な朝食を作り終わると、時計を見た。7時20分。
いつものテーブルの席に座りながら今日これからの行動を考え始めた。
今日は、9時から合格発表だから・・・8時過ぎに家を出れば間に合うな・・・。
ふと、箸を持ち上げながら考えた。何か・・・忘れてる・・・
「あぁっ!!秋緒、起こさなきゃ!!」
慌てて、箸を置き、階段を駆け上がりながら叫んだ。
「秋緒ぉ!!起きて!時間!!」
ドアを荒々しくあけながら、布団の中で夢の中を彷徨っているであろう妹を見た。
やはりと言うべきか、気持ちよさそうに眠ってらっしゃる。
「秋緒、起きて!今日、見に行くんでしょ?発表!将樹、来ちゃうよ!起~き~て!ほら!」
「あと・・・もうちょっとぉ・・・寝かせて・・・」
そう言ってまた寝始めた。
仕方ない・・・手段は選ばない!
布団を思いっきり剥ぐと、秋緒は身を縮めて訴えた。
「さ、さむ!寒いよぉ~。布団、かえせ~。」
「起きなくていいの?秋緒の学校も発表9時じゃなかった?」
「う~ん・・・え?あぁっ、そうだ!今日、発表だ!今、何時?マジ!やばっ!」
秋緒は慌てて起き上がり、髪を纏め上げるとバスルームを目指して駆け出した。
私も急がなきゃ・・・秋緒の部屋を出て、足早に階段を下りていると、ピンポ~ンとチャイムが鳴った。
誰だろう・・・って言っても来る人は決まっている。
玄関に向かい、ドアの鍵を開けて、見慣れた人物を迎え入れる。
「おはよう、将樹。お迎えご苦労様です。」
「よ!朝から外に丸聞こえだぜ!お前たちの声。」
にかっと笑いながら、玄関に入ってくる。
「えぇ!嘘!聞こえてた?」
は、恥ずかしい・・・自分の顔が赤くなるのがわかる。
視線を背け、リビングを目指す。
「あんだけでっけー声だしてんだから、当たり前だろ~」
と爆笑しながら将樹は家に入ってくる。
2人でリビングに入り、私はその訪問者にコーヒーを出す。
彼・・・一個だけ年上の将樹と私たち姉妹は幼馴染。
家が隣りだし、近所に歳の近い知り合いもいないってこともあって何をするにしても3人一緒だった、つい最近までは・・・。


「将樹、ごめん!もうちょっと待って!」
バスルームから出てきた秋緒は、将樹に手を合わせながらリビングを後にした。
残った将樹と2人でリビングにいるのは、なんだか居心地が悪い。
一人で朝食を取りながら、沈黙に耐えていると、
「なぁ、春菜。聞いていいか?」
いきなり呼ばれてドキッとしてしまって、もう少しで箸で掴んでいたサラダを落としそうになる。
「うん?何?」
落としそうだったサラダをなんとか元に戻し、将樹を見上げた。
「いまさらだけどさぁ、なんでおまえ清蘭受けなかったんだ?俺も秋緒も楽しみにしてたんだぞ。一緒の高校行けるって。しかも秋緒から聞いたんだぞ、お前が緑ヶ丘高校を受けるって。一言ぐらい相談しろよ~。友達甲斐ないよなぁ~」
テーブルに肘をつき片目を瞑って、こちらに視線を向けながら将樹はまったく・・・と呟いていた。
私は、視線をサラダに戻し、朝食を続けた。
「小さい時からいつも春菜はそうだったよな~。自分で全てを片付けようとして・・・全てを自分で決めて、答えを出してた。そんなに俺って頼りないか?」
珍しく真剣な顔で将樹は春菜を見ていた。
その視線に耐えられなくなり、小さい声で御馳走さま、と呟き、食事の後片付けを始める為に立ち上がった。そして、将樹の視界から顔が見えなくなった所で声だけは笑いを含めながら将樹の質問に答えた。
「将樹は充分頼れるお兄さんだよ。それは保障する。私は・・・行きたい高校を受けただけ。自分の人生は自分で決めなきゃって思って。なんてゆーか、そういう性格なの。」
「なら、なんで黙ってた?緑ヶ丘に決めた時点で、言ってくれてもよかっただろ?」
「やだな、将樹。どうしたの?ムキになるなんてらしくない。受験のことは・・・私から言う前に秋緒に先を越されただけ。ただそれだけなんだよ。」
「本当か?」
「嘘なんてつかないよ。将樹もわかってるでしょ?私よりも秋緒の方が何をするにも行動が早いこと。」
「あぁ、それはわかってる。ただ・・・“気”は使ってるだろ?秋緒と俺が付き合いだしてから・・・。」
「ストップ!話が逸れてる。」
これ以上、将樹と話すのは辛い。無理やりでも話を終わらせたかった。
「とにかく、私のことは心配しないで!大丈夫だから。それよりも将樹は秋緒のこと、考えてあげて、ね?」
急いで、食器を片付けて、エプロンをはずす。
「そろそろ私も準備をしなきゃ。将樹、コーヒーおかわりいるんだったら、自分でやってね~!」
そう言い残し、2階へ上がった。
我ながら、よく頑張った・・・自分で自分を褒めてやった。
部屋に入りドアを閉めると同時に、ようやく感情の自由が利くようになったせいか、涙が流れ始めた。
自分を誤魔化すことはできないのだと、改めて気付かされる。
暫くして扉の向こうで、階段を駆け下りる音が聞こえた。
そして、話し声。楽しそうな雰囲気であることは、会話のテンポでわかる。
「春菜ぁ~、私達、先に行くね~」
「結果がわかったら、メールしろよ~」
2階の春菜の部屋へ呼びかけられる声にハッと顔をあげて自分を取り戻す。
慌てて2人に向かって返事をした。
「わかった~。いってらっしゃい!」
決して部屋の扉を開けず、玄関にいるであろう2人に精一杯の平常心で叫んだ。
程なくして玄関で扉の閉まる音が聞こえた。
残ったのは、静寂に包まれた広い家に春菜が一人。
ゆっくりと体を起こして、涙を隠すために鏡の前に向かった。



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