恋のサマーセッション

樫野 珠代

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※ 『横書き』で書いておりますので設定は『横書き』推奨です。



「若葉、頼むよぉ!この通り!」
そう言って目の前で泣きながら拝み倒すのはわが弟。
はぁ・・・。
何を馬鹿な・・・。
「あのねぇ・・・普通に考えても見てよ。どう考えたって無理があるでしょ?」
頭を抱えながらもそれなりの抵抗を試みた。
が、
「若葉は俺が死んでもいいってのか?蚤と同じくらいの俺の心臓は少しのショックでも与えたら死ぬかもしれないんだぞ?」
自分で言ってるよ・・・。
蚤の心臓。
まぁ、それは否定しない。
小心者で冗談抜きで極度の怖がりのわが弟、青葉は泣きそうな顔で頼んでいる。


小さい頃はそれで何度、親が先生に呼び出されたことか。
中学に入ってようやくマシになってきたのか、呼び出される回数も減り親が安心したのを今でも覚えている。
それから数年経った今、また復活?




コトの始まりは、数時間前。
大学の寮に入った青葉がいきなり家に帰ってきた。
すでに外は猛暑。
あと数日で8月に入ろうとしていた。
私、佐脇 若葉は家からほど近い(と言っても電車で20分くらいの)大学に通っていて、今は夏休みまっただ中。
大学2年目の夏となれば、一番楽しい時期だ。
1年の頃は夏休み後に行われる前期試験のことが気になっていた。
初めてのことでどんな感じで試験が行われるのか、全くわからなかったからだ。
でも2年目となればもう慣れたもの。
だから一日一日を満喫していた。
青葉ももちろん夏休みのはずだったが、家に帰ってくる様子もなかった。
それが、
「若葉、頼みがあるんだ。」
突然帰ってきたかと思ったらいきなり私の部屋に押し掛けてきて、土下座が始まった。


青葉と私、若葉は1歳違いの姉弟。
外見に関して、顔はそっくり。
本当は双子なんじゃいかっていうくらいすごく似ている。
違うのは髪型。
私はロングのストレートで青葉はショートよりやや長めくらい。
あと違うのは・・・まぁ、私が少しだけ肉付きが良いくらいだろうか。
ふん、どうせまな板のような胸ですよっ。
声はやはり青葉の方が低い。
と言っても電話で聞いたらほぼ変わりないらしく、よく間違われる。
つまり青葉は声変わりを未だにしていない。
ひょっとするともう変わらないんじゃないかと最近、感じ始めている。


そんな二人の中身はと言うと、逆にした方がいいんじゃない?と知り合いが言うほど逆転している。
青葉ははっきり言って弱い。
気が弱いだけじゃなく、体力さえもあまりない。
一方の私は色んな意味で強い、かもしれない。
自分でそう自負したくないけど。
気が強いのはもちろんだけど、それなりに正義感も強い方だと思う。
そして小さい頃から剣道をしていた為、三段の腕前。
おかげで周りの男性は距離を置く一方。
ま、そんな事は今どうでもいい。
問題は目の前で土下座をしている情けない弟だ。


「大学の寮のことなんだ。うちの寮、当番制で夜に見回りをしなきゃいけないんだ。寮内だけでいいんだけど、うちの寮って半端なく広くてさ。」
それを聞いただけでなんとなく先が読めてしまうのはなぜだろう。
とても嫌な予感がする。
「A棟からC棟まであって、各棟が4か月間担当するんだ。俺のいるB棟は8月から12月までの4か月。それで一昨日、棟の集まりがあってさ、8月からの当番をどうするかを決めることになって。」
私をちらりちらりと窺い見ながらぼそぼそと話す青葉に私の苛立ちのボルテージが徐々に上がっている。
「そんな当番、誰も好き好んでする奴はいないわけで。そしたら1ヶ月毎交替で4部屋の人間がすればいいんじゃない?って事になって。それをくじで決めることになったんだ。」
本当にサイアクな予感がするんだけど。
「それで・・・・・・相部屋の奴、一つ年上で東條って言うんだけどそいつが俺にくじを引けって言うから引いたんだ。そしたら・・・。」
そこまで言って青葉は泣きそうな顔で見上げてきた。
「8月の当番・・・当たっちゃったんだよぉぉ!」
そう言ったとたん、号泣。
はぁ、泣きたいのはこっちだよ。
「ぐす・・・よりによって8月なんて。う・・・皆、帰郷したり・・・旅行したり・・・して・・・寮は怖いくらい人もいなくて・・・ぐす・・・。」
「誰もいないんだから怖いも何もないでしょ。カツアゲされるわけじゃないし、ケンカを吹っかけられるわけでもない。ただ寮を1周するだけでしょ?」
「そうだけど・・・。でもさ、東條が・・・。」
「東條?ああ、同室の人ね。いいじゃない、一人で見回りしなくて済むんだから心強くて。」
「甘い!若葉は東條のことを知らないから簡単に言えるんだ!アイツは別の意味で怖いんだよ!初めて会った時からマジ氷点下の雰囲気で、話し掛けるなオーラ全開だし。たとえ俺から話しかけても視線で有無を言わさず黙らされるんだ。おまけに三無主義で感じ悪いし。」
「三無主義?」
「無気力、無関心、無感動。」
「あんた・・・よくそれで同じ部屋で暮らしてるわね。」
「うん。部屋には寝る時だけ戻ってるだけだし。普段は杉田の部屋に逃げてるから。」
「・・・・・・・・。」
聞いた私が馬鹿だった。
良く考えれば小心者の青葉が怖いと称する東條という人と長時間同じ空間にいるはずがない。
「あ、杉田って知ってるだろ?前に一度、うちにも遊びに来た奴。」
「杉田?ああ、背の高い彼ね。」
「そう、それ!」
それって、人をモノみたいに・・・。
て言うか、さっきまで泣いていたのは嘘?
気がつけば、青葉の眼からは涙が消えているし。


「で?結局、頼みってのは何?」
一向に要点に辿り着きそうにない青葉に痺れを切らし、思わず自分からその話題を振ってしまった。
墓穴を掘った気がするんだけど・・・。
一方、青葉はそれを待っていたかのように目を輝かせ、私を見上げてきた。
「俺と入れ替わって!」
「・・・は?」
「若葉、8月に特別予定とかないだろ?彼氏はいないからデートは考えられないし、大学のサークルもあまり顔出ししてないって言ってたしさ。趣味の剣道だって、実家にいなきゃ出来ないってわけでもなし。だから俺と入れ替わって若葉には寮で半月だけ・・・」
「ちょーっと待て!」
次々と出てくる一方的な言い分にさすがの私もキレた。
「ばかじゃないのっ!?できるわけないでしょ!」
「なんで?」
きょとんと素でそう尋ねてきた青葉に、急上昇した怒りが一気に急降下し脱力した。
「あのねぇ・・・寮って、男子寮だよね?女の私が入れるわけないでしょ。」
「大丈夫だよ。若葉は俺よりも男っぽ・・・。」
バコッ。
これ以上は言わせないと、近くにあった英和辞書を頭に投げつけた。
「い、痛い。もう駄目だ。これで寮に戻れなくなった。」
頭を抱え苦しむ演技をしながら青葉が床に倒れ込む。
「そんな見え透いた演技が見抜けないほど馬鹿じゃないし。それにたとえその演技を鵜呑みにしたとしても私は絶対に頼みなんかきかないんだから。」
「そ、そんなぁー。」
ボロボロと涙を流し始め、床に水滴が飛び散る。
あー・・・また始まった。
いつもこの繰り返し。
結局、いつも私が折れるしかない。
でも、さすがに今回はねぇ。
頭に手を当て困りながら、目の前でプライドのかけらさえ見えない自分の弟に大きな溜息を一つこぼした。




「とうとう来てしまった・・・。」
一人呟きながら目の前の建物を見上げた。
なぜ私が・・・?という自問はこの2日、何十回となくしていた。
しかし結果は変わらず。
青葉の泣きすがる姿を延々と見せられ、トイレにも行けず、結局私が折れてしまった。
だって席を離れようものなら、足にしがみ付く始末で。
普通、こんな弟(大学生)いる?いない、いない。
一人で突っ込みを入れていると、
「おーい!」
遠くから声がして振り返った。
近づいてきたのは先日話題に上った人物。
「ごめんね、杉田君。青葉の馬鹿がとんでもない事頼んじゃって。」
「いいえ、おれはただの案内役だけなんで。でも若葉さんがまさか引き受けるなんて思ってませんでしたよ。」
「私も。」
しみじみそう思う。
「でもこうして見るとやっぱりそっくりですね。」
「そう?」
「ええ。髪は・・・それ、かつら?」
「うん、そう。さすがに髪型くらいは合わせないとね。」
そう。
昨日、青葉を引っ張ってかつらを買いに行ったのだ。
青葉の髪質と髪型の近いものを探した。
店員に怪しい目で見られながらね。
だって明らかにおかしいでしょ。
一緒に来てる奴と同じ髪型を探してて、それを身につけようとしてるんだから。
もうあの店の前でさえ通りたくないわ。
「若葉さんは優しい人ですね。」
「え?」
「だって弟の為にここまでするんですから。普通、拒否しますよ。」
ええ、私だって何度もしましたとも。
結局、無駄になったけど。
「弟想いなんですね。」
「良く言えば、ね。」
「とりあえずこんな暑いところで話すのはやめて、早速案内しますね。」
「うん、お願い。」
頷く私の足元に置かれた荷物を彼はすっと持ち上げた。
「一応、男なんで部屋まで俺が持っていきますよ。」
そう言って肩に担いで歩きだした。
なんて優しいんだろう。
わが弟とは大違い。
比べちゃいけないんだろうけど。
あー、杉田君の垢を煎じて飲ませたい!
そう思いながら彼に案内され、青葉の部屋の前まで辿りついた。
「ここです。」
そう言って目の前の茶色いドアをギーっと開けた。
ドキドキする胸を押さえ、その先を見た。
視線の先にまず入ったモノは・・・カーテンだった。
「へぇ・・・相部屋だからと言って互いに丸見え状態じゃないのね。」
第一印象をそのまま口にして1歩踏み入れた。
入口に靴を脱ぐスペースが狭々しくあり、両サイドには小さな靴棚があった。
その場所からすぐ左右を分けるように真ん中にカーテンが引かれている。
右側はとてもすっきりとした、気持ちが良いくらいの空間となっている。
一方は・・・・・・できれば目に入れたくないほど乱雑に置かれた衣類や雑誌、漫画達であふれるゴミ溜め場。
はぁ・・・間違いなく弟は左ね。
「ここだけですよ、こんな風にカーテンを有効利用しているのは。」
そう言って杉田君は私の荷物を入口に近い、片隅に置いた。
「え?そうなの?杉田君のところは使ってないの?」
「ええ。一応、全室カーテンレールはあるんですけど、こういう風にするとただでさえ狭い部屋が余計狭くなるじゃないですか。」
ああ、それは言えてる。
8畳ないくらいの部屋の広さに2人分のベッドと机を置いてる。
それに加えてカーテンで仕切っちゃうと、なんだか圧迫感が増す。
杉田君は
「そういえば青葉からこの寮のこととか何か聞いてますか?」
「全く。ただ杉田君に説明してもらってくれと。」
「やっぱり。」
杉田君は苦笑した。
人に頼みごとをしておいて全くなんて態度なのかしら。
普通、入れ替わるんだったら少しでも情報を差し出すものじゃない?
それがどうよ。
本当に何も教えてくれなかった。
ただ割り当てられた半月だけ身代わりになってくれと言うだけ。
なんでも相部屋の東條って人が二人で見回りするのを拒んだらしい。
だから半月ずつ一人で見回ることになったみたい。
それを聞いて、東條という人と一緒に回るのが嫌だって言って青葉はすがり付いてきたんだし、一人で回ることになったんだから問題が解決したんじゃないかと言ったんだけど。
夜に一人で回るのも怖いと、女々しいことを理由にしていた。
情けない・・・。
で、あと他のことを私が聞こうとすると杉田君の方が詳しいから!の一点張り。
私が杉田君だったら間違いなく青葉と友人関係なんてやってないわ。
そんな事を考えながら靴を脱いで弟の居住スペースに入ると余計に狭いということがわかった。
ないのだ、足の踏み場が。
「カーテンで見えないですけど、奥にシャワー室があります。」
「よかったー。お風呂はどうなってるんだろうって思ってたんだよね。」
ほっと胸を撫で下ろした私に杉田君が申し訳なさそうに付け加えた。
「ただ・・・水しか出ないんです。ほら、海の家とかに付いている、ああいう簡易的なやつなんですけど。」
「は?」
ちょ、ちょっと待って!
まさか・・・・。
「私は半月間、水風呂ってこと?」
「あ、でも寮から少し歩いた所に銭湯があるんですよ。歩いて10分くらいかな。」
慌てて杉田君は答えた。
10分ってそれなりに距離があるんじゃない?
しかも今は夏だから、帰りでまた汗をかくってことでしょ?
意味がないじゃない。
「皆はどうしてるの?」
「一応、この寮に共同風呂があるんでそっちを使ってます。でも若葉さんはさすがに無理ですし。」
確かに無理ね。
「それとトイレは共同です。廊下の突き当たりにあるので、あとで色々見回る時に教えますね。」
「うん。お願いします。」
それから杉田君は寮のことを一通り説明してくれた。
そしてわかったことは・・・
洗濯は各階に全自動洗濯機が3台あるのでそれを使用すること。
寮は夜11時に冷房が切れてしまうこと。
もちろん消灯もあるらしく、それも夜11時。
それを過ぎると廊下の明かりが消え、非常口の緑の明かりを頼りにしなければならないらしい。
夏休みの間は食堂は営業していない、つまり自分たちで各自用意して食べろということ。
あとはまぁ、細々としたことばかり。
そして当初の目的である見回りはこの11時を過ぎた時間に行うこと。
「何かわからないことがあったらいつでも聞いて下さい。俺の部屋はこの部屋の5つ先の右側なんで。それとこれ、俺のケータイ番号とアドレスです。」
「ありがとう。とりあえずまず私はこの部屋を住める部屋にしなきゃ。あ、そうだ。掃除道具とかってどこかにない?」
「掃除機が用具入れにあったと思うけど。俺、見てきます。他に何かいるものとかってありますか?」
「雑巾は・・・いいや。この辺の汚いタオル使おう。あと本をまとめたいから、ヒモがあると助かる。」
「わかりました。俺、持ってるんであげますよ。」
「ごめんね、請求は青葉にしてくれていいから。」
「ははっ。そうします。」
そう言って部屋を出て行った。
私は部屋を見回した。
ここに溜まってる埃の量を考えるだけで怖い。
しかしやらないことには落ち着けない。
「よし!」
気合いを入れ、自分のカバンに入れてあったハンカチで口を塞ぎ、頭の後ろで結ぶ。
出来ればゴーグルも欲しい・・・。




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