黒い青春

樫野 珠代

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僅かな不信感は、大きな疑惑へと変貌する

そしてメビウスの輪のようにいつまで経っても終わりなく続いていく

そこから抜け出せる日はくるのだろうか















やっぱり。



自分の部屋に戻り、彼女の表情を見て、すぐに察してしまった。

だから、彼女を見る事も傍で感じる事もしたくなくてすぐに寝室の奥へと向かった。



鞄の中に着替えを急いで詰め込みながら、先程の美月の事を自然と思い返していた。



彼女の姿が俺の目の中に飛び込んできた時、俺は可笑しいくらい震えた。
たぶん嬉しさから。
そして、改めて痛感した。

やっぱり、俺は美月が好きなんだと。

けれど。
次の瞬間、その気持ちは氷となり、そして砕けていった。

俺が帰ってきたとわかった瞬間の彼女の戸惑うような表情。

そして俺と目が合った瞬間、逃げる様に視線を逸らす彼女。

さらには、すでに綺麗にされている食器棚の中をさらに綺麗にしようとした彼女の行動。


こんなにもあからさまな態度を取られたら一目瞭然だ。

俺に知られたくない“何か”があるということ。
そうでなければ、他に理由がない。

その“何か”は明らかだ。
兄貴の事。

いつもの美月だったら、そういう行動に出ない。
むしろ会話をしようと自分からその話を始めるだろう。
“偶然”兄貴とあったならば。

けれど現実は、話すどころか俺と視線を合わせようとしない。
と言う事は、自ずと答えが出てくる。


くそっ!
浮かんだ答えに苛立ちを覚えた。

美月と兄貴。

なんで・・・・今になってまたこの二人に苦しめられなければいけないんだろう。

鞄に詰め込もうと手にしていた服を握りしめた。



いつになったら、俺は兄貴から解放される?


いつになったら美月への想いを過去に出来る?


いつもそうだ。
その問いかけに答えが出る事はなかった。
そして今もまた・・・。




鞄に何日分かわからないほど詰め込んで、それを肩に担ぐと美月を無視するかのように玄関へと早足で向かった。
これ以上、ここにいると余計な事を口走りそうだったから。

「そ、空?」
そんな俺に美月は戸惑いを含んだ眼差しで声をかけてきた。
「仕事に戻るの?」
「・・・・ああ。」
「そ、そっか。」
何か言いたそうな、でも言うのを躊躇っている美月に思わず動きを止めた。


「つ、次はいつ帰ってくる?」
声を詰まらせながら、そして表情を僅かに強張らせながら美月は俺に訊いてきた。

なぜそんな事を聞くのだろう。
思わず詮索をしてしまう。
しかも自分にとってはマイナスにしかならないような詮索を。

それを打ち消すように、
「当分、戻らない。」
はっきりとした口調で告げた。

彼女はどこかほっとしたような、そんな表情に変わった。
そして、
「そ・・・か。仕事、大変そうだもんね。体に気をつけてね。」
やや的外れな答えを返してくる。

仕事だけじゃない。
ここに戻らないのは。

俺の気持ちを抜きにしても今の俺はここに戻るのは危険極まりないんだ。
けれど彼女はそんなことなど、全然考えてもいないらしい。
それにはさすがに憤りをこえて、呆れてしまった。
自然と溜息が出てしまう。

「別にそれだけじゃないけどな。外に居るだろ、何人も。あいつらがここに居るのはわかってたし、わざわざ写真を取られに帰ってくる馬鹿はいないだろ。」
「あ・・・・。」
そうかとようやくその意味を理解したように美月は声を漏らし、すぐに続けて、
「じゃあもし帰れそうな日がわかったら教えて。」
「なんで?」
「え?」
俺が訊き返すなんて思ってなかったのか、美月が少し狼狽している。


美月の言動が面白いほどおかしい。
やけに俺の行動を確認してくるし。
今だってそうだ。
ここで一緒に暮らし始めて、俺の帰りを気にしたことなんて今までなかった。

「何?なんかあんの?」
「なんかって・・・。」
追及もしたくなる。
そこまで焦ってる美月を見たら。

じっと美月を捉える俺の視線に耐えられなくなったのか、美月がようやく言葉の続きを声にした。
「ほら、空が帰ってくるのに私がどこかに出かけてたら申し訳ないかなってそう思って・・・。」
嘘だ。
今、目を逸らしただろ。
俺に言えない、何かがあるんだ。


部屋から出て行こうとした俺はもうそこにはいない。
今はただ、美月の隠している事で頭がいっぱいだ。
鞄を床に置き、美月を追い詰めていく。
「どこかに出かける予定でもあるのか?」
「それはないけど・・・あくまで例えばの話。」
真実を話そうとしない美月に苛立ちが増す。
そして、核心をつく言葉を吐き出した。
「美月。何を隠してる?」
「別に隠してなんか・・・。」
「あのさ、これでも過去、幼馴染だったんだ。美月の嘘をつく時の癖ぐらい覚えてるよ。」

そんなのはハッタリだ。
美月の癖を知るほど、俺は美月のそばにいた記憶はない。
いつも遠くからしか見てなかったから。
けれど、美月にとっては驚く内容だったのか、目を見開いて俺を見ている。
「何よ、癖って。」
「そんなことはどうでもいいんだよ!何を隠してる?言えよ。」
なかなか言おうとしない美月にさすがの俺も声を荒げていた。
美月の腕を掴み、さらに美月の逃げ場を奪っていく。
「だから何も隠してなんかないってば!」
純粋にキレたのか、動揺を隠すためなのかわからない。
けれど、美月はそれでも話そうとはしない。

なぜそこまで話さない?
兄貴に会ったと、それだけでも言ってくれれば俺は・・・

けれど、そんな願いは当然のごとく美月には届かない。

掴んでいた美月の腕を解いた。
そして、心の声をそのまま口にした。
「もういい。」

もう何も考えたくない。

考えれば考えるほど、美月がわからなくなるから。
美月の何を信じて、何を疑えばいいのかを。

そして思えば思うほど兄貴の影がチラついてくるから。




玄関に座り込み靴を履いていると、美月が走り寄ってくる音が聞こえてきた。
俺はすぐに立ち上がり、ドアに手を掛けた。
少しでも早く美月の存在を俺から消したくて。

でも、これまでに溜まっていた感情は黙ってはいなかった。
「なぁ、美月。俺は美月の何を信じればいい?」
気がつくと、無意識に口からその言葉が漏れていた。

はっと我に返り、美月の反応を見るのが怖くてそのまま外へと飛び出していた。
扉が閉まる瞬間、俺の名前を呼ぶ美月の声を聞きながら。


ホテルの部屋に戻っても、少し前の行動が頭から離れない。

言ってしまった後に、しまったと思った。
美月は今の言葉をどう捉えただろう。

最悪は俺の気持ちを察してしまうかもしれない。
でも今さら後悔しても遅い。


そろそろ・・・・・・潮時かもしれない。

こんな生活を続けるのも。


たとえ何を要求されたとしても今よりもずっとマシだろう。


もう俺が耐えられないんだ。


美月の事で狂ってしまいそうで。





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