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番外編
Kの記憶力と洞察力
しおりを挟むそれはたまたま。
と言うか、少し意外だなと思って印象に残り、それが記憶の片隅に僅かにだけれども残っていたらしい。
内容が内容だけに思い出すのにも時間が少しかかってしまった。
なぜならばイタ子に関する事だから記憶領域に入れておく事も勿体ないと無意識に頭が働いていたようで本当に奥底末端の片隅にあったようだから。
その無駄にしかならないだろう記憶が掘り起こされたのは、我が課の癒し系女子である彼女、樋野なぎさの言葉が発端だった。
いつものルーティンで夕方になると必ず一度更衣室に行ってメールをチェック、そして化粧を簡単に直して残りの仕事を片付ける、それはその日も同じだった。
けれどいつもと違う事があった。
就業時間内の更衣室に珍しく彼女がいて、何気ない会話をしたのがきっかけ。
「置き傘が見当たらなくて。」
少し困り顔をして小さな声でそう告げてきた。
最初は単に誰かが持って帰ったのだろうという結論をさっさと出して終わるはずだった。
のだが!傘の特徴を聞いた時、ふと何かを思い出しそうで思い出せないものが頭を掠めた。
白地に黒の猫・・・どこかで見たような・・・
彼女は少し急いでいるようでそのまま足早に更衣室を後にしたけれど、物事を中途半場にしない主義の私としては、先ほど頭を掠めたものがなんなのか、どうしても気になって仕方がない。
更衣室で軽く化粧を直し、すぐに自分のデスクへと戻りながらも頭の中は記憶領域内を右往左往していた。
そしてあるモノを見た瞬間、思い出した。
はっきりと、鮮明に頭に浮上した記憶と彼女の困り顔、そして視線の先にいるモノが1つに繋がったわ。
いえ、それだけじゃなくて他にも関連がありそうな記憶も一緒に。
ふふふ・・・さて、どう料理しようかしら。
これまでの私のストレスがどれ程のものか、その身に感じなさい。
標的へスーッと近寄り、イタ子の座っているデスクにダンっと手を置いた(叩いたとも言うかしら)。
イタ子はビクッと体を跳ねさせ、恐々と私を見上げてきた。
「ねぇ、あなたって盗み癖の持ち主?それともジャイアン的考えの持ち主?」
「き、北川さん?あの・・・・どういう・・・?」
意味がわからないと顔に書いてあるけれど、無自覚ほどイタい子はいないわ。
いえ、おバカな人に推測しろと言う方が無謀よね。こういう人には簡単な言葉で、なおかつゆっくりとした口調で時間をかけて教えてあげなきゃわからないんだったわ。
あまりにも鬱憤が溜まってて先走ってしまった、いけない、いけない。
「さっきねぇ、樋野さんが傘を探してたのよ。傘立てに置いていたのに見当たらないって。でね、どんな傘なのか、私聞いたの。そしたらね、可笑しいの。この前、あなたが雨の日に差していた傘とそっくりなの。どうしてかしらね?」
にっこりと笑みを浮かべる事も忘れずに。
イタ子は話が進むにつれて次第に焦りを浮かべた表情になって
「わ、私、知りません!自分の傘しか使ってないし。樋野さんのとは、たまたま似てたんだと思います!」
「そっか。じゃあ、今日もその傘持ってきてるのよね?」
「え?き、今日?は雨降ってないですし、持ってきてないです。」
「でもこれから雨降るじゃない?天気予報だって朝からそう言ってたし。」
「そ、それは・・・あ、折り畳み傘持って来てるので!」
「そうなの?じゃあ大丈夫ね。」
その言葉にイタ子はほっとした表情を浮かべた。
甘い、甘すぎる。
「見せて。」
もう一度、にっこりと笑顔を作る。
「え・・・?」
「折り畳み傘、あるんでしょう?見せて。」
「で、でも仕事が・・・。」
「ほんの少しの時間じゃない。大丈夫、見るだけだから。どこにあるの?更衣室?ほら、早く。」
「あ、あの!えっと、あ!そうだ、折り畳み傘は家に置いて来たんだった!いつも鞄に入れていたけど、この前鞄から出したの忘れてた!すみません、うっかりしてて!」
愛想笑いを無理矢理作ったイタ子はそれで乗り切れると思っているのだろうか。
「ふーん・・・じゃあ、今日はどうするの?傘、ないってことよね?」
「そ、それは・・・。」
「ちなみにあなたがこの前差していた傘、どんな傘か覚えてる?」
「え?あー・・・っと赤い傘・・・花柄の・・・あ、違ったかも・・・えっと・・・白い傘の方・・・かも。あ、もしかして・・・黒と白のストライプ・・・かな。」
自信なさげに答えていくイタ子・・・痛々しすぎる・・・
「で?どっち?てか、なんでいくつも出てくるのよ、自分の傘でしょ?違うの?」
「も、もちろん私の傘です!その・・・何本も持ってて。日によって・・・そう、その日によって変えてるんです。」
「でもあなた自身の傘なのよね?」
「そうです!何度も言ってるじゃないですか!」
「じゃあ傘の柄、答えられるわよね?自分の傘なんだから。」
今度は笑顔を失くし、視線を鋭くする。
緩急は大事よ、こういう時。
「え・・・あ、はい。」
肯定しちゃったよ、イタ子ちゃん。
本当に残念だわ。
「じゃあ、白い傘の柄を教えて。」
「そ、それは・・・なんだったかな・・・えーっと黒い・・・模様の・・・。」
無表情に近いと自分でも自覚出来るくらいの、冷たい印象を与える顔をイタ子にぶつけていく。
イタ子はどんどん言葉を失い、とうとう口を開かなくなった。
「・・・・・・まだ続ける?」
沈黙の時間を与え、そして最後のダメ押し。
「あ、そうそう。同じような事が以前にも他の部署の子が話をしていたのを思い出したわ、傘がなくなったって。恐いわよねー、盗難だなんて。しかも女子更衣室で。その子にも傘の柄を聞いてみようかしら。それとも盗難だから警察に連絡すべきかしら?」
さて、イタ子はどうでる?
視線を彷徨わせていたイタ子は、唇を噛みしめてようやく言葉を紡いだ。
「っ・・・すみませんでした。」
はい、認めましたー。
でもこれで終わらないのが私。
中途半端が嫌いなのよ、だから徹底的に膿を出す!
「何に対しての謝罪かしら。話が見えないんだけど。」
「それは!・・・・傘を無断で借りたこと、です。」
借りた、ではなく盗んだ事になるのよ、イタ子ちゃん。
「何本?」
「え・・・。」
「盗んだ傘の本数よ、何本・・・・いえ、何人の傘を盗んだの?少なくとも3人以上ってのはわかったけど。」
おそらく彼女は突然の雨の度に誰かの傘を拝借してそのまま、という事を繰り返しているのではないかしら。
そんな予想をしていたら、イタ子はある意味、解り易い表情で私の問いに答えてくれた。
そしてそれは暫くして言葉として発した。
「・・・わかりません。その・・・数えた事がないので。」
はい、重罪認めましたー。
イタ子は想像以上にイタ子だったわ。
さて、私はこのくらいにしときますか。
あとは上司に引き渡して・・・
そんな考えと共に視線を上司である課長へと向ける。
案の定、課長が額に手を当てて天井を仰いでいた。
・・・・ご愁傷さまです。
イタ子の上司なんて、不憫以外のなにものでもないわ。
私はまだ同僚という立場だから言いたいことも言えるし、一応この会社では先輩にあたるわけで強く出れるけれど、上司ともなると言葉を選んで抑えるところは抑えなければいけないし、でも社会人として成長させなければいけない・・・イタ子を育てるなんて無理だろうけど。
そんな不憫な課長にちょっとしたお節介を焼いてあげようじゃない。
イタ子の席からすぐ近くの課長の席まで数歩だけ歩み寄って私なりの困り顔を作ってみせる。
「課長、後の処分はお任せします。それよりも大丈夫かしら。樋野さん、さっき出て行っちゃったんです、これから雨が降るって言うのに。雨が降り出したらコンビニで傘を買うって言ってましたけど、先方の会社って郊外にあってコンビニはおろかお店自体もほぼなかったように記憶してるんですけど。土砂降りになったら大変。ずぶ濡れになって風邪を引かなければいいんですが・・・もし風邪を引いて悪化させたりしたら最悪、来週出社出来なくなるかもしれませんね。土本班、事務は彼女しかいないから大変ですよねぇ。」
最後の方は独り言を呟いてるように見せて課長に一礼してその場をゆっくりと去っていく。
さて、仕事に戻りましょうか。
あとは課長の采配だわ。
そう思った時、課長がイタ子をミーティング室へと促した。
立ち去る二人を見送ってようやく仕事を再開。
いやー、なんだか気分が良くて仕事が進みそう。
周りの人達は、なんだか変な空気になっているけどね。
その盗難事件解決から2時間くらい経った時。
「じゃあ、お先に。」
ふいに課長の声が聞こえたと思って顔を上げたら既に課長の姿は出入り口の扉の奥へと消えて行くところだった。
あら・・・やけにお急ぎね。
外を見ると大粒の雫が次々と窓に打ち付けられていく。
・・・本当に土砂降りになるなんて聞いてないけど。
まぁ、課長さえ頑張れば、雨降って地固まるだろうし?
わぉ私って上手ーい!
・・・・・・・早く帰ろっと。
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