睡蓮

樫野 珠代

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** 晃貴視点**





「俺、見ちゃいましたよー!珍しい光景を!」
興奮気味にそう言って営業課フロアに入ってきた一番新人である住田にそこにいた人間も個々に反応する。
「何を見たんだ?」
「ふっふっふ。驚きますよー。」
「おい、もったいぶるなよ。」
先輩営業人達はそんな住田を苦笑しながら受け入れる。
「“あの”樋野ちゃんが美人さんと一緒にいたんっすよ!珍しいでしょ?いつも一人でいるじゃないですか。静かで大人しくて控え目な樋野ちゃんにあんな美人のお知り合いがいたなんて!」
「なんだ、そんなことか。」
そう言うとそれまで興味を持って聞いていた人間はすぐに自分の仕事に戻ろうとした。
それを見て住田は大袈裟に、
「ちょ、ちょっと何っすか、その反応。皆、冷めすぎっすよ!」
「おまえが熱すぎんだよ。」
「だいたい樋野ちゃんに友達の一人や二人いて当たり前だろ。それをオーバーに騒ぎ過ぎなんだよ。」
「えー、久々のビッグニュースだと思ったんだけどなぁ。」
「・・・おまえ、情報乏しすぎ。」
「そ、そんなぁ。」
項垂れる住田を見て、営業人達から笑いが漏れる。


いつもと変わらない風景に静かに晃貴の表情にも笑みがこぼれる。
うちの営業は基本的にテンションが高い。
しかもマイペースで、自分をアピールできるものを何か一つは持っていると思う。
営業課という一つの枠組みで生みだされるチームワークは、ある意味特殊だろう。
互いに営業成績を競い合い、時には労い合い、次に進む。
それらを円滑にまわしている事務の人間もある意味、うちの課では特殊な存在だ。

月と太陽。

そう表現できそうなくらい、タイプの違う営業事務の女性二人。
彼女達のいない所ではいつもなにかしら話題に上がる。
共通の話題で一番わかりやすいということもあるのだろう。
しかしそれだけではない。
殺伐とした生活になりがちな営業にとって、唯一の安らぎ、あるいは癒しなのかもしれない。

特に最近は、入社したばかりの樋野なぎさが専らの話題の中心だ。
静かな性格で、言葉少なく、他人と距離を置き、黙々と作業をする彼女。
仕事はやや遅いが丁寧で、ミスも少ない。
一度注意したことは必ずメモに取ってるようで、次に同じ間違いをしない。
営業人達にも評判が良い。
そんな彼女だから余計にプライベートはベールに包まれていて謎であるがゆえに話題に上りやすい。


「俺、思ってたんですけど、どうして樋野ちゃんは課長のこと怖がってるんですかね?」
「わ!ばか!それは禁句だろ!」
ふいに浮かんだらしい住田の失言に慌てて隣りにいた和田が止めに入る。
しかしすべてを言い終わった今となっては後の祭りだ。
営業人達の動きが止まって、固唾を飲んでいる。


その空気を破ったのは、話題に名前の挙がった晃貴本人だった。
「苦手なんだろ。」
「えー、それだけですかねぇ。」
呑気な住田は、周りの凍り付いた表情を気にも留めず、話を続ける。
そんな住田の隣りにいる和田は背中に汗が流れるのを何度も感じながら、隣りの無神経男の口が閉じることをひたすら願っていた。
「実は課長、俺たちが外回りに行ってる間に俺たちの樋野ちゃんをいじめてるんじゃ・・・。」
「俺がそんな暇に見えるか?」
急に声のトーンが低くなった晃貴の様子にようやく住田は気付き、慌てて自分のフォローにまわる。
「い、いや、そんな、滅相もない!ただ、俺的にはライバルが減って嬉しいというか。他の皆ならまだ可能性があるけど、相手が課長となると完全にお手上げなんでっ!!」
これまた住田は自分の発言によって晃貴以外にも敵を作った事を気付かない。
「ほぉ~、住田。俺たちなら勝てるわけだ。」
先輩営業マンが立ち上がり、住田を見据える。
「へ!?」
「見せてもらおうじゃないか。なぁ、みんな?」
それに周りの人間は、そうだそうだと同意している。
「い、いや、そういう意味でもなくてっ!課長、助けてくださいよー!」
住田は晃貴のデスクの前に雪崩れ込み、懇願する。
「俺にもしっかりと見せてもらおうか。」
にこりと笑顔を作り、晃貴は突き放した。
「そんな~。」
項垂れる住田を無視して、晃貴は立ち上がり、
「さぁ、そろそろ午後の準備を始めろ。今週こそ目標達成しろよ!」
発破をかけ、みんなの行動を再開させた。

皆の意識が逸れた事を確認した晃貴は、こっそりとため息を吐いた。
指摘された事は事実だった。
なぜだかわからないが、初めて顔を合わせてからずっと、俺に対してビクビクと怯えたような態度でいつも体を強張らせている。
最初は単に人見知りなのだろうと思って特に気にしてはいなかった。
けれど、時間が経過するうちにその考えは薄まっていく。
他の社員とは次第に普通に会話出来るようになっているのに対して、俺だけは相変わらずの態度だったからだ。
役職付きだからか?とも思ったが、そうでもない。
他の、例えば隣りの企画部の課長とも普通に話をしているのを見かけたこともある。
それに最初に連れて来ていた久世課長とも見た感じ、普通だった。

本当に理由が見当たらない
何か知らないうちに彼女を怖がらせることをしたのだろうか。

そんな疑問を胸に抱きながらも、午後から外回り予定の為、席を立ちあがった。


 





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