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本編
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しおりを挟む彼と出会ったのは私がまだ15歳の時。
高校に入学して相変わらず地味な、それでいても平和な日々を送っていた私の所に従姉がやってきた。
唯一、地味で話し下手な私を気にしない人間、それが従妹の加藤 清香ちゃん。
私よりも3つ年上で、顔はやや似ているが性格は私とは正反対。
常に人の中心にいて騒ぐことが大好きな女性。
最初はすごく憧れていた。
彼女のような人間になりたい。
誰とでも話せる人間になりたい。
何度もそう思った。
けれどそれは叶わぬ夢だって悟るのはそう時間はかからなかった。
そんな清香ちゃんがある日、家にやってきた。
家が駅1つしか違わないので、小さい頃はよく遊びに来ていたが、最近は滅多に来る事もなかった。
その彼女が来たのだ。
「なぎさ、お願いがあるの!」
そう言って私を拝む。
「な、なに?」
「私の代わりに飲み会に出てほしいの!」
「えぇ?」
「合コンよ、合コン!他のコンパとかぶっちゃってさー、断れたらいいんだけど、私が来るならって条件で合コンすることになってたらしくってさ。ね!お願い!」
「で、でも私、高校生だし・・・。」
「あーん、今どきそんなこと気にする奴なんていないって。それに私の代わりなんだからなぎさは大学1年生として行くのよ。大丈夫、友達にちゃんとお酒は飲めないって言ってあるし、フォローだってするように言ってあるから!」
「・・・つまりそれって決定事項?」
「そうよ。ほら、顔が似てるからさ、あとは化粧で誤魔化せるわよ。それに相手の人達は全く知らない奴ばかりだしさ。服も私のを貸してあげるから。ね?おねがーい!」
普段の私なら絶対に断っている。
だけど・・・その日は違った。
溜息をついて、
「いいよ。その代わり、早めに帰ることも言っておいてね。」
「やった!ありがとー。これで面子がつぶれなくて済むわ。ホント、頼りになるぅー。」
そう言って清香ちゃんは友人にメールを打ち始めた。
なぜあの時、受ける気になったのか。
たぶん、前日にクラスメイトがコンパや彼氏彼女の話題で盛り上がっているのを聞いていたから。
『さすがにさー、好きな人くらいはいるっしょ、皆』
『当たり前じゃん、うちら青春真っ只中!』
『うっわー、それって死語だってば!』
好きな人、その言葉だけがずっと頭に残っていた。
だから安易に引き受けてしまったんだと思う。
それがどんな結果を生むかも知らずに。
化粧ってすごい。
ぱっと見、清香ちゃんちゃんにそっくり。
でも良く見れば、彼女を知ってる人なら、あぁ違う人だって気付くだろう。
あと身長も私の方が低いし。
体型も・・・・・・・・・。
電車に揺られながら改めてなぜ引き受けたのかを考えていた。
合コンというものがどういうものかを見たかったのかもしれない。
そしてそこで好きな人が出来ればいいなとも。
でも考えてみれば、私は従妹の代わりとして参加するのだから好きになっても次がないということにすぐに気がついた。
馬鹿だ、今さらそんな事に気付くなんて。
自分の愚かさに滅入りながら、せめて早く終わる事だけを願って目的の場所に向かった。
私だけ場違いなことに気付いてすでに30分。
かつ、この合コンが始まって30分でもある。
つまり最初からその違いに気付いていた。
けれど顔合わせをしてしまっては逃れられず、結局、一番端の席で食べることと飲む事に徹した。
最低限の相槌を打ちながら。
そして次第に気付く突き刺さる視線。
テーブルを挟んだ目の前の男性がさっきからずっと私の方を見ている。
確か名前は・・・・・・・エノモト コウキと言っていた。
今日の参加者の中で、彼だけは他の男性と違った雰囲気を出していた。
大人っぽくて冷静で。
でも容姿は短髪で少し髪を立てていて、でもそれが厭味なほどでもなくて爽やかな感じ。
最初の自己紹介で誰かが彼はサッカーをずっとしていたと言っていた。
それを訊いて納得した。
彼にはぴったりだと。
そんな彼が先程からずっと私を見ている。
けれど話しかけてはこない。
ただ見つめてくるだけ。
それに不快感はない。
むしろその逆で、体温が上昇していくのがわかる。
ちらっと視線を向けると、思いっきり目と目が合って慌てて視線を別の方向に移す。
その繰り返し。
話してもいないのに、ドキドキして胸が痛い。
とうとうその視線に耐えきれず、隣りに座っていた清香ちゃんの友達に一言だけ言って席を立ち、トイレに向かった。
鏡の前に立ち、目の前の自分を見つめた。
どんなに外見が変わっても、結局中身が変わらなければ意味がない。
例えば先程の場面でも、もし私が清香ちゃんならきっとすぐに話しかけて、会話を楽しんでいただろう。
彼をもっと見つめ、彼のことを知る為にいろんな質問をしたりして。
私には無理。
そんなことが出来るならとっくにしてる。
「帰りたいな…。」
誰に言うわけでもなく、ただ言葉にして言ってみた。
これ以上、彼に視線を向けられたら・・・。
その先を考えて唇を噛んだ。
馬鹿だ、本当に。
余計な感情を持ったりなんかして。
絶対に報われないのに。
そう思って最後に一つ溜息をついた。
トイレから出ようとした時、清香ちゃんの友人達が揃ってトイレに流れ込んできた。
「あ、なぎさちゃん、そろそろ時間じゃない?」
一人が気遣ってそう声をかけてきてくれた。
天の助けとは正にこの事かもしれない。
その言葉に一も二もなく頷いた。
「お金はどうしたらいいですか?」
「いいの、いいの。あとで清香から徴収するし。それにたぶん相手の人が出してくれたりするかもだし。」
「そ、そうなんですか?」
「まぁ、相手のおサイフによるけどね。あと、幹事次第。相手が社会人だったらかなりの確率で相手が出してくれるんだけどなぁ。あ、じゃあ後はこっちで適当に言っておくから。気分が悪くなったとか、なんとか。」
「すみません。気を使わせちゃって。」
「いいのよ。それにしても・・・・・・同じ従妹でも正反対ね、清香とは。」
「え?」
「あ、ううん。なんでもない。暗いけど、一人でも平気?」
「ええ。まだ電車もありますし。それじゃあ、お先に失礼します。」
そう言ってトイレから出た。
携帯を取り出し、時間を確認する。
8時半か・・・。
ちょっと遅くなっちゃったな。
携帯を鞄に戻し、顔を上げるとすぐそばの壁に体を預けた榎本がいた。
それにはさすがにびっくりして、動きが止まった。
すると、
「もう帰るの?」
彼の第一声が投げかけられた。
今日、初めてかもしれないその会話の出だしに咄嗟の言葉が見つからない。
その時、彼が壁から身体を離し、ゆっくりと近づいてきた。
「俺も今日はこれで帰るんだ。ついでだし、送るよ。」
「い、いえ。まだ電車もありますし・・・。」
「電車代、浮くよ。それに人の好意に甘えるのも大事だよ。」
そう言って彼は私の手から鞄を取り上げ、歩きだした。
それを最初は茫然と見つめていたけど、はっと我に返り、慌ててその後を追った。
彼は一旦、テーブルに戻り、帰る旨を仲間に告げていた。
彼の後ろからやってきた私に気付くと、あからさまに全員が驚いた顔をしていた。
そんな男性達を置いて、彼は私を外へと促した。
ドアが閉まる瞬間、
「今日は榎本が相手かよ。」
「先を越されたな。」
という彼らの声を耳に残したまま。
車の中では少し小さめの音量で音楽が流れていた。
流れのまま、助手席へと座ってしまったが本当に良かったのだろうか。
「静かだね。もしかして緊張してる?」
「え?あ、少しだけ。その・・・こういう事に慣れてないので。」
「こういう事って?」
「その・・・初めて会った人の車に乗ったり、あとは・・・。」
そこまで言って自分の失態に気付いた。
私は今、加藤清香としてここにいる。
清香ちゃんならまずこういう事に慣れていて当然のはず。
まずい。
他の会話をしなきゃ。
そう思っても、自分にとって苦手科目なのだから当然無理だった。
すると、
「あとは・・・のあとは?続きは教えてくれないの?」
「ご、ごめんなさい。なんだかうまくまとまらなくて。」
馬鹿だ、私は。
俯きながら、自分の不甲斐なさを呪った。
すると隣りから楽しそうな声が聞こえてきた。
「君って不思議な人だね。飲んでる時、ずっと見てたけどなんだかすごく静かで無口な人かと思ってたのに、こうして話したら意外と天然で面白いし。」
ちょうど目の前の信号が赤に変わり、車がゆっくりと止まった。
そして榎本が視線を真っ直ぐに向けてきた。
「君に興味を持ったら駄目かな。」
「え・・・。」
思わぬ言葉に体中の血が頭に上がってきた。
きっと顔は真っ赤だろう。
それを見られたくなくて、両手で頬を抑えた。
そんな私を見て彼はクスリと笑った。
「可愛い反応だね。そんなんじゃ、男が放っておかないでしょ。」
「そ、そんなこと・・・。」
その時、彼の手が伸びてきて、私の後頭部にまわり引き寄せた。
え・・・。
理解するよりも先に彼の唇が近づき、そして離れた。
初めての経験だった。
こんな形でファーストキスを奪われるなんて考えてもなかった。
前方の信号が青に変わり、彼は何事もなかったかのように車をスタートさせた。
しかし数十メートル走って、車はどこかのロータリーに止まった。
そしてエンジンを完全に止め、彼は私を引き寄せ、もう一度キスをしてきた。
彼にギュッと抱きしめられ、角度を変えて深くキスをされた。
私はもうどうしていいのかわからず、ただ彼から送りだされる刺激にひたすら酔っていた。
ようやく長いキスが終わり、唇が離れた。
自然と瞳は彼を追った。
すると彼はぎゅっと唇を噛みしめ、顔を背けた。
そして、キスの余韻が残る私に告げた。
「軽くて最低な女だな。」
え・・・・・・・・・
最初、何を言われているのかわからなかった。
ううん、思考がついていかなかった。
私が何も言葉を返さないうちに彼はさらに告げた。
「送ってやるって言葉に簡単に乗ってきて、キスさえ拒む事もしないんだからな。他の奴なら最後までやってただろうけど、生憎、俺はそういう女、大っ嫌いでね。抱く気さえしない。まぁ、君にとってはこんなこと・・・・」
気がつくと車から飛び出していた。
最後まで聞く事さえ耐えられなかった。
なんで・・・・
どうして私・・・・
ここがどこなのか。
私はどこに向かって走っているのか。
全然考えられなかった。
ただ彼のいる場所から少しでも遠くに離れたかった。
気がつくと涙が溢れていた。
走るスピードでその涙も後ろへと解き放たれていく。
私はさっきまで何を期待していたのだろう。
膨らんでいた気持ちがあの瞬間、弾け散った。
馬鹿だ・・・ホントに・・・・
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