となりでねむらせて

樫野 珠代

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朝食を一緒に過ごした日から1ヶ月が経った。
あれから何度かメールが送られてきたが、私から彼へメールを送る事はなかった。
彼と会うのを避けるため、極力、家で大人しく過ごすようにした。
さらに準夜勤の日は、いつもより遅く帰るか、早めに着替えて家路に着くようにしていた。
相変わらず隣りからはたまに淫声が漏れてくる。
正直、辛い。あれからずっと心にいくつもの棘が刺さったみたいに痛い。
私だけがこんなに苦しい想いをしてるなんて!
彼はなんとも想ってない。ただ軽く食事に誘っただけ。
そしていつもと変わりなく彼は彼女を抱いている。
それが冷たい現実だった。
本当に引越しようかな・・・
仕事をしながらそんなことを考えていた。
今日は、問題の準夜勤の日。
外は小雨が降っていた。
なんだか私の気分をさらに暗くさせる演出に見えて憎らしい。
仕事を終えて のんびりと着替えた後、近くのコンビニに寄った。
そこには地元の賃貸情報の掲載されたフリーペーパーが置かれているから。
1冊を棚から抜き取り、コンビニで傘を買おうか迷う。
小雨だしなぁ・・・
ここから家までは走って10分だし、買わなくてもいっか!
そう思い直し、何も買わずに外へ出た。
先程のフリーペーパーを鞄に入れ、時計を確認。
微妙だな・・・
のんびり着替えたのはいいが、小雨の降る中、コンビニまで走ってきたおかげで時間的に普通に帰る時とあまり変わらない。
コンビニの中へもう一度戻る気にもならず、自分の運を信じマンションまでの道のりを小走りで急いだ。
しかしコンビニを出て1分としない内に雨がひどくなってきて、服はあっという間にびしょ濡れ。
きっと化粧もほとんど取れているだろう。
しかし暗闇の中、そんなことを気にするよりも早く家に辿り着く方に気持ちが集中していた。





不運とはこのことだろうか。
神様は絶対に存在しない・・・
自分で自分を恨んでいた。
マンションまでようやく辿り着き、彼と会う事もなく自分の家の前まで来てほっとしたその直後、凍りついた。
家のカギが・・・なかった。
「うそだぁ・・・」
言葉に出してみても結果は変わらなかった。
鞄の中を必死に探したが、結局見つからず終い。
どこで落としたんだろう・・・。
考え始めてもキリがない。
とりあえず今をどう乗り切りか、だった。
これから看護婦寮まで行って知り合いに泊めてもらおうか・・・
でもさすがにこの時間だし。
どこか近くのホテルにでも・・・なんだかもったいない気がする。
カギ屋を呼ぼう!
そう思いついた私は、とりあえず1階エントランスの公衆電話まで行く事にした。
あそこなら電話帳があったはず・・・
チンとエレベーターが目の前で開く。
ぱっと見上げた瞬間、一気に地獄を見た気がした。
彼がその箱から出てきたのだ。
喉が異様に渇き、声が出なかった。
閉まりかけるエレベーターのドアを慌てて掴み、再び開かせる。
彼と目線を合わせずに俯きながら、エレベーターに乗り込むと1階のボタンを押して『閉』ボタンを押す。
お願い、早く閉まって!!
心の叫びだった。
しかし、閉まるよりも前に彼の手が伸び、外のボタンを押していた。
再び扉が全開になった。
すると彼は何も言わず、私の腕を掴み引きずるようにして歩き出した。
「あ、あの!」
なんとか声を張り上げて彼の行動を止めようとした。
しかし、歩く速度は変わらずただ一言
「何?」
彼の有無を言わさない重低音な声が返ってきた。
その声に萎縮し何も言う事ができず、ひたすら彼に解放されることを祈るしかなかった。
行き着いた先は、やはり、彼の家だった。
彼は苛立たしげにカギを開け、ぐいっと私を引き寄せながら一緒に家の中へと入っていく。
「・・・っ」
掴まれた腕が痛い。
しかしそんな事も言えない程、彼は怒りを全身に覆っていた。
靴を脱ぎ、私にも脱ぐように目でじっと見据えている。
捕らえられた兎のごとく、怯えながらも靴を脱いだ。
そのタイミングを見計らったように、彼は私を再び引きずりながらバスルームへと向かった。
「とりあえずシャワー浴びて温まるんだ。タオルと着替えは出しておくから。」
そう言ってバスルームのドアをバタン!と閉めた。
彼の家でシャワーを浴びる事になるなんて・・・
ぶるっと体が震え、雨に濡れていた事をようやく思い出した。
一応、気遣ってくれたんだ。
さすがにこのままってわけにもいかないか・・・
服を脱ぎ捨て、彼の言うようにシャワーを浴びる事にした。
湯気で一気に室内が白くなっていく。
心地よい暖かさの雫が次々と体に落ちてくる。
これからどうなるんだろう・・・
突然連れて来られたとは言え、ここに居るわけにもいかない。
彼女はいるんだろうか・・・
さっきは気が動転してそこまで頭がまわらなかったけど、自分以外の女性がいきなりシャワー浴びてたらびっくりだよね。
なんとかここから抜け出さなきゃ!!
自分に気合を入れ、シャワーを止めて脱衣所へと降り立つ。
と、彼の言うようにタオルと着替えらしきものが置いてあった。
しかしそれ以外が見当たらない。
つまり先程まで着ていた私の服が全てなくなっていたのだ。
なんでぇ!?
とりあえず体をタオルでガガッと拭き、手にした着替えを着てみる。
明らかに男物だ。
彼のだろうか・・・
Tシャツと短パンという部屋着だった。
でも下着をつけていない状態で、なんだかスース―する。
仕方なくタオルを首にかけ両胸の部分を隠れるようにした。
服を探したいが、おそらく彼の手元にでもあるのだろう。




ほーっと息を吐き、バスルームから出て行く。
リビングの方に彼の後姿がちらりと見えた。
そこまでゆっくりと足を進ませると、私の気配に気付き彼は振り返った。
一瞬だけ彼が息を呑んだのがわかった。
しかしすぐに平静を取り戻し、キッチンへと足を運ぶ。
私はどうすればいいかわからず、リビングの入口付近で呆然と立ちすくんでいた。
「とりあえずソファにでも座って」
彼に促されるがまま、ソファに腰をおろす。
彼がマグカップを両手に持ち、1つを私の前に差し出した。
「飲むといい。体が温まるから。」
私も素直に受け取り、ゆっくりと口を付けた。
喉を温かい液体が通っていくのがわかる。
彼は私と向かい合うソファに腰をおろした。
コーヒーを一口飲んで、彼から視線をやや下に向けて私は言葉を発した。
「あの!柚木田さん。ありがとう、ございました。あと、ご迷惑をおかけしました・・・」
とりあえず言わなきゃいけないことはこの2つだろうと考えていた為、それだけは伝えたかった。
彼はしばらく私の様子を窺っていたが、ほっと息をついてゆっくりと話し始めた。
「君と話がしたかった。会って話を聞きたかった」
ちょっと抑え気味な口調ではあるが、これから繰り出される話の内容がだいたいわかるだけに返答に困ってしまう。
しかし彼がじっと私を見つめたまま微動だにせず、なんとも言えない威圧感を与えている。
結局その視線に負けてしまい、微かに頷いた。
「俺・・・君に何か嫌われるようなこと、した?それとも俺のことが嫌い?」
そんなわけ、ない。
あなたのことがとても好き。
そう言えたらどんなに楽か・・・
だけど何も言えない。
だから俯いたまま首を横に振る意思表示だけをした。
「そう・・・だったら気のせいなのかな、君に避けられてるような気がしてたんだけど?」
それは事実だった。
でもそれを肯定すれば、なぜか、と聞かれる。
どうしよう・・・
返事を聞かないまま、彼の質問は続いた。
「メールを送っても返事が返ってこなかったし、今日もエレベーターで会ったのに顔も見ようとしない。それどころか言葉も交わそうとせずにそのまま乗って行こうとした。全く訳がわからない」
足を投げ出し、ソファに深く座り直した彼は鋭い言葉を私に突き出した。
ビクッと体が震えた。
彼は明らかに怒ってる。
その原因は私だ。
でもどうして私ばっかり悪者なの?
私だって辛い思いをしてる。
怒られる筋合いもない。
「・・・して?」
「・・・え?」
「どうして?あなたと私はただの隣人なんです。そんなに親しくなる必要もないでしょ?私がメールをしないことも、声を掛けない事も私自身の勝手だし、あなたに言われる筋合いはないと思います!」
急に私が強い口調で吐き出した言葉を聞いて彼は目を見開いていた。
それと同時に私の目から涙が溢れていた。
慌ててタオルで拭い、俯いた。
感情が一気に噴き出したとはいえ、彼に八つ当たりなんて最悪だ。
自分の気持ちが伝えられないからって・・・。
ふと近くに気配を感じ顔を上げると、彼はいつの間にか私の隣りへと移動していた。
ぐいっと私の肩を抱き寄せ頬を伝う涙をそっと指で拭った。
突然の事にびっくりして、涙も一気に吹き飛んでいた。
「あ、あのっ・・・え・・・と・・・」
「はぁ・・・全く君には本当に参るよ。親しくなったと思ったら避けられるし、急に怒り出したと思ったら、泣いてる・・・。理解不能だよ。」
確かに・・・
彼から見たら私って変だわ・・・
妙に納得してしまった。
・・・なんて落ち着いて抱きしめられてる場合じゃない!
「と、とりあえずこの腕を離して下さい」
彼の胸を突き放そうともがきながら頼んでみる。
彼はくすっと笑って、簡単に手を解いてくれた。
よかった・・・そのままの状態で彼女さんに見つかったら最悪だった・・・





「あの・・・一緒に暮らしてる方は?もう寝てらっしゃる、とか?」
その一言で彼の表情が急に変わった。
え・・・もしかして地雷を踏んだ・・・とか?
彼は私に向けていた体勢を真っ直ぐに座りなおした為、私からは横顔しか見れない。
「君はこの前からやけにアイツのことを気にするんだな。そんなに・・・アイツが気になるのか?」
彼はコーヒーを飲み、どこか非難めいた口調で問い掛けてきた。
気にならない方が変ですって・・・。
と言うか、あなたが気にしないといけないのでは・・・?
「そりゃ・・・気になります」
「なぜ?」
鋭い眼差しで私を突き刺す。
「だってこんな真夜中に私がここにいるのって・・・まずいと思う。その事で、柚木田さん達の仲が悪くなるのも嫌だし。その人に誤解されたくないです。」
私の素直な気持ちだった。
他人を不幸にしてまで私は自分の幸せを願わない。
ここまでが限界。
これ以上話してしまうと自分の気持ちも彼に気付かれそうで。
しかし、次の瞬間、彼から聞こえてきたのは冷めた笑いだった。
「はっ、なるほどね。だから俺を避けてたのか。アイツに誤解されたくないっていう理由で。だったらどうしてこの前、一緒に食事をした?あれも誤解を生むだろ?それとも何か?アイツに会いたい一心で一緒に食事をしたのか?」
吐き捨てるように投げかけた冷たい言葉が私に降り注いだ。
避けていた理由は違う。
でも結果的には、彼女に誤解させたくないということなのかもしれない。
「・・・そうです。でも誤解されて困るのはあなたも一緒でしょ?だったらこういうことは避けるべきです。」
「俺は困らない!むしろ、堂々と見せ付けたいね」
「何を・・・何を言ってるんです!?あなたの考えてる事がわからない。どうして?あなた達の関係が崩れるかもしれないんですよ?どうしてそんなに平然としてられるの?」
「さっきから俺のことを心配してくれてるようだけど、結局、君がアイツに誤解されることを怖がってるだけだろ?それを恩着せがましく俺の為とかって理由で話を進めようとしてるだけじゃないか」
「そんな・・・!酷い・・・」
「酷い?それはこっちのセリフだよ。急に無視されるようになるし、あげくにコレだ!最悪としか言いようがないね。はっ、あまりにバカバカしくて笑いさえも出ない」
彼はバンっとテーブルを叩き、勢いよく立ち上がるとベランダへと出て行った。
なぜ?
どうしてこんなことになってるの?
頭の中がごちゃごちゃして考えがまとまらない。
そもそもどうして彼があんなに怒るの?
私はどうしてそこまで責められてるの?
彼女の存在は『無視』なの?
わからない・・・何がなんだかわからない・・・
とにかく今すぐここを離れたい・・・
ゆっくりと立ち上がり、彼の傍まで行くと背中を向けている彼を見つめた。
「あの・・・柚木田、さん。服を・・・服を返してください。」
私の声にピクっと反応したが、彼はそのまま動かない。
どうしたものか、考えていると彼が振り返り、私のすぐ目の前までやってきた。
「服は今、乾燥機の中だ・・・。もう少し、時間がかかる。」
彼も少し落ち着いたのか、声色が穏やかなものに戻っていた。





彼は再び部屋の中に入ると、冷めたコーヒーをキッチンに戻し、再び温かいものを入れ戻ってきた。
「さっき・・・濡れたままでどこに行こうとしてた?傘も持ってなかったようだけど・・・」
彼は至って普通に接してくる。
コーヒーをテーブルに2つ置くと、ソファに座り、私にも座るよう目で促した。
敢えて逆らう理由もないので、ちょこんと腰をおろす。
「1階のエントランスに・・・カギを無くしちゃって。カギ屋さんを呼ぼうかと思って・・・」
「カギが無い?だったら明日の朝、管理人に言えばいい。マスターキーを持ってるだろうし、家に戻ればもう1本、あるんだろ?」
「えぇ・・・でも・・・」
「朝までここに居るといい。それに・・・アイツは明日の昼まで帰ってこないから大丈夫だ」
「いえ、それはできません。これ以上は本当に・・・」
「カギ屋も結構、高いよ?呼ぶとなると・・・」
「でも・・・」
「人の好意は素直に甘えるもんだよ。」
彼はそう言って微笑んでいた。
これ以上言っても彼は聞く気が無いらしい。
はぁ・・・もうお手上げ。どうにでもなって・・・
頭を抱え、軽い眩暈を覚えた。
彼は立ち上がり、奥の部屋へと進み、ドアを開けると私を振り返った。
「ここで休むといい。俺の部屋だから自由に使ってくれて構わない。」
あなたの部屋だから余計まずいのではないでしょうか・・・
「いえ、私はここで起きてますから大丈夫です。」
彼を見ずにコーヒーを飲んで、彼の意見を却下した。
「明日も仕事じゃないのか?少しは寝ておかないと体が持たないよ」
「明日、家で寝ますから。深夜勤だから寝る時間は戻ってからもありますし・・・」
「俺の部屋がそんなに嫌かい?それじゃ、アイツの部屋で寝る?お客様をリビングで寝させる訳にはいかないからね。」
まただ・・・彼は有無を言わせないオーラを放っている。
彼女の部屋も別にあるってことは、一緒に寝てないの?
はっ、そんなこと考えてどうするのよ・・・私って馬鹿だわ。
「柚木田さんって・・・結構、強引・・・」
私は投げやりになりながら、鞄を持ち彼の傍へと移動した。
「これでも抑えてるほうだけど・・・ね」
彼が小さい声で呟き、何も言わなかったかのように自分の部屋の中へと入っていく。





「何もないけど、寝るだけだからいいだろう。喉渇いたら、冷蔵庫のもの適当に飲んでくれて構わないよ。もちろん、俺を起こしてくれても構わないし。俺は、リヴィングにいるから。」
「え・・・もう1つの部屋を使うんじゃないんですか?」
「使わない。アイツに借りは作りたくないんでね。ま、君は気にしないで」
いや、気にしますって・・・
私だけ部屋を使うなんてできない。
「柚木田さんだって明日、仕事でしょ?私よりもあなたがきちんとベッドに寝なきゃ!私は明日、部屋に戻れば寝る時間はあるんだし。あなたがきちんと寝てくれないと私も落ち着かないです!」
必死に彼に詰め寄った。
その時、手に持っていた鞄を落としてしまい、中身が床に散らばってしまった。
「あ・・・」
んもう!何やってるんだろう・・・
慌てて、しゃがみこんで拾いだす。
彼も屈んでそれを手伝ってくれる。
ふと、彼の動きが止まっている事に気が付き、訝しげに彼を見てみると、彼の手にはコンビニから持ち帰った賃貸のフリーペーパーが。
「君・・・引越、するの?」
私の視線を感じたのか、彼は私を見上げ尋ねてきた。
「あ、その・・・。」
思わず視線を泳がし、言葉を濁した。
彼に知られたくなかった。
なんと言ってもタイミングが悪すぎる。
彼から見れば無視された上に引越、何か釈然としないはずだ。
「なぜ?・・・引越しの必要があるのか?」
彼は目を細め、私を捉えると目線を逸らせないように威圧してきた。
あまりの鋭さに言葉も出ない。
ただ息を呑むばかりだ。
「俺か?・・・俺のせいか?」
彼の瞳が悲しげな色に染まっていく。
「ち、ちが・・・」
「だったら!なぜ引越を考える!?他に理由があるのか?」
「それは・・・」
思わず自分の気持ちを打ち明けそうになる。
あなたが好き・・・
でも・・・
「言えません・・・。」
俯き、ぽつりと呟く。
辛い、悲しい、寂しい、せつない。
今の自分に当てはまる言葉はこんなにもマイナスなものばかり。
こみ上げてくる涙を必死に堪えて、掌をぎゅっときつく握り締める。
瞬間、何か暖かいものに包まれた。
彼の腕の中に抱かれている事に気が付いたのはしばらくしてからだった。
「なぜそんなに悲しい顔をするんだ・・・君には似合わない。」
振りほどかなきゃ・・・
そう思っていても体が動かない。
この温もりをもっと感じていたいと体自身が望んでいた。
私が抵抗しないとわかり、彼の抱きしめる腕の力がさらにきつくなる。
今だけ・・・私の我が侭を許して・・・
見えない相手に心の中で許しを請いながら、彼のぬくもりを感じていた。
「俺は・・・近くで君を感じていたい。こうやって抱きしめたい。君が・・・好きだ。」
え・・・
彼の言った言葉の意味が理解できなかった。
今、なんて・・・
固まって動かない私を彼は肩を掴んでゆっくりと離し、真っ直ぐに私を見つめた。
「誰よりも君が好きだ。」
もう一度、彼に言われたその言葉が頭の中でリプレイされる。
私のことを・・・好き・・・?
驚いていると、彼の顔が近づき、ふっと唇に温かい感触。
それはすぐに離され、ようやく彼にキスをされたことを理解した。
次々と起こる信じがたい彼の行動に頭が追いつかず、思考回路がオーバーヒートした。
体はまるで操り人形のように意思を持たない物体と化していた。
「目を閉じて・・・」
彼に耳元で囁かれ、言われるがままに目を閉じてしまう自分。
再び、唇にキスが落とされる。
今度は長く、そして次第に深く。
息ができないほどの彼から与えられる刺激的なキスが私を麻痺させていく。
体の力が抜け、そのまま床の上に崩れていく。
その間も彼からキスは、絶えることなく私に降り注がれていた。
唇が離れると二人共息が上がり、体全体で息をしていた。
私を優しく見つめながら彼は私の髪をかき上げ、そっと手を頬に触れさせる。
彼の熱い瞳に捉えられ、私の体も熱くなる。
額にキスを1つ落としながら彼が囁いた。
「君が欲しい・・・いいかい?」
彼から漏れたセリフはまさに悪魔のささやきだった。
受け入れれば今は天国だが、後は地獄が待っている。
たとえ受け入れずに跳ね除けても・・・きっと地獄になる。
だが朦朧とした意識の中では、如何なるものでもすでに意味の無いものだった。
彼の腕の中で、催眠術にかかったように彼の言葉に頷いている自分がいた。
もういい・・・これから先、どうなろうと・・・
今だけは・・・自分の気持ちに正直でいたい、彼が好きだと言う正直な気持ちで。
たとえ今日限りでも、それでも私は満足。
だから今、この時を大事に過ごしたい・・・彼といる今この時を心に刻み付ける為に。





彼に抱き上げられ、ベッドの上にそっと寝かせられる。
部屋の中はリビングから漏れる光だけが唯一の照明になっていたが、彼がサイドボードのスタンドを点け、一気に部屋中の空間が浮き出てきた。
彼はベッドの端に座り、無造作にネクタイをはずし、傍にあったイスに掛ける。
その動作を自然に目で追いかけ、再び視線を彼に戻すとお互いの視線が絡み合った。
彼は私に覆い被さりながら、額、目、頬に触れるだけのキスを落としていく。
私も目を閉じて、彼の首に両手をまわした。
「もう止められないからな・・・」
彼が独り言のように呟き、その直後、荒々しく唇を奪っていく。
貪りながら角度を変え、唇を吸い上げ、舌を這わせる。
「・・・っん・・・ぁっ・・・」
合わせた口の間から声が漏れていく。
彼の舌が私の唇を割って侵入し、口の中を犯していく。
彼の唾液が私の中へと注ぎ込まれ、私のそれを混ざり合い、ピチャピチャっと艶かしい音色を奏でていた。
彼の唇が口から耳へ、耳からうなじへと移り、彼の吐く息が私の首筋を柔らかく刺激した。
Tシャツ越しの乳房に彼の胸が当たる。
邪魔だと言わんばかりに、彼が私からTシャツを剥ぎ取る。
彼は鎖骨の辺りに唇を這わせ、乳房をそっと両手で包んだ。
私は静かに彼のされるがままになっていた。
胸に彼の顔が埋められると自分の心臓の音が聞かれてしまいそうで恥ずかしかった。
彼の動きが止まり、私は薄く目を開けた。
お互いの視線が合い、彼の表情が緩む。
今まで接してきた彼とは違う雰囲気と仕草に、心臓が締め詰けられる想いだった。
今だけの特別な顔・・・
今にも泣き出してしまいそうになり、顔を背け、手を口に当てて必死に耐えた。
彼は、改めて私の両方の乳房に手を当てる。
波に乗るように乳首を舌で転がした。
「・・・ぅん・・・あ・・・」
彼に与えられる心地よい刺激に、甘い声が漏れる。
彼は痛みを感じるぎりぎりのところまで、舌を使いながら乳首を吸う。
「ぁん・・・うぅ・・・」
そのまま彼は私の下半身へと手を伸ばし、身についている1枚の布を取り払う。
少し足を開かせ、亀裂にそって指を滑らせる。
すでにそこは溢れんばかりの液体が今にも滴りそうに留まっていた。
入口のまわりを円を描くように指で弄ぶ。
「はぁ・・・うぅん・・・」
徐々に彼は下へと下がり、ぐいっと大きく脚を開かせるとその間に自分の体を割り入れる。
それと同時に彼の舌が下腹部へと下りていく。
私の両脚の間に顔をうずめ、その場所にそっとキスした。
「あぁぁ・・・んっ・・・」
彼は私のもう1つの唇に自分の唇をちょうど重ねるようにして全体を吸った。
「はあっ・・・あんっ・・・あぁぁぁん・・・」
全体を吸いながら中心にある蕾を舌で弾く。
さっきまで感じていた精神的な興奮とは別に、次第に肉体が反応してくる。
今度は快感に流されてしまう。
「あぁぁっ・・・はぁ・・・あぁぁ・・・」
ゆっくりと彼の指が挿入されていた。
潤いつくすそこは入ってくるものを拒まずに絡みつくように受け入れる。
彼は入れる本数を増やし、出し入れを繰り返す。
「はっ・・・あぁぁ・・・んぁっ・・・あぁぁん・・・」
再び口で陰部全体を吸ってくる。
大きくなった蕾を舌でさらに強く弾く。
「うぁぁ・・・はあぁんっ!」
いつの間にか彼の頭を掴んでいた。
彼が顔をあげ、私も薄目を開けて彼をみた。
その交わった視線がお互いの感情を高めていく。
彼は再び愛撫を再会する。
私の体に快感がこみ上げ、知らず知らずに腰を動かしていた。
更に彼の舌を求め、自分から擦り付ける。
彼からの愛撫と聞こえてくるいやらしい水音がより激しさを増す。
「あぁっ・・・あぁ・・・ぁ・・・はぁっ・・・ああぁぁぁっ!」
すぐに私は達してしまった。
彼は自分の着ていたものを全て脱ぎ、休む間を与えず私の中に侵入してきた。
「んあぁぁぁっ!」
達した体にすぐに挿れられ、その快感の大きさに1回の挿入でまたも達してしまいそうになる。
生で入ってきたその感触は、ゴムをつけている時のそれとは全く違った生々しい快感だった。
あまりに甘美な衝撃に今の二人の関係をすっかり忘れ、純粋に襲ってくる肉欲に集中するばかりだった。
私の乱れた様子を味わいながら、彼は私を抱き起こし、繋がったまま向き合うように座らせる。
「香澄・・・」
優しく名前を呼ばれ、抱きしめられる。
その瞬間、現実に戻された。
「あ・・・柚木田・・・さん」
彼と目が合い、今の自分の姿が恥ずかしくなり、顔が一気に熱くなる。
まだ繋がったまま・・・
彼は私と額を合わせ、息を整えている。
「違うだろ・・・章吾だ・・・呼んでくれ」
彼に熱い眼差しで見られた。
「章吾・・・」
名前を呼ぶと、嬉しそうに微笑み、私にキスした。
「合格だ・・・」
座った姿勢で彼の左手は私の腰を支え、右手は頭の後ろを撫でていた。
私の髪を弄りながら、キスを続ける。
彼に貫かれたまま、自分の舌に触れる彼の舌の感触を味わいながらただ感激していた。
もう全て彼のものになりたい・・・
今だけは、彼は私のものだと言いたい・・・
自分の心も体も全部彼にあげてしまいたかった。
この行為が終わっても、ずっと彼だけに抱かれる事ができたなら・・・
彼の背中へ手をまわし、ギュッと抱きしめた。
もうこれ以上奥へ進めないところまで自分の体の中に押し込んで深く彼を感じていた。
精神的な快感と肉体的な快感が体の中で一つになり、私は心ごと溶けてしまいそうになる。
「ずっと・・・こうしてたい・・・」
私はいつの間にか声に出していた。
それが合図のように彼は私の体を少し倒し、改めて私を味わう。
「はぁ、はぁ・・・・あぁぅ・・・んぁ・・・うっ・・・あ・・・」
止め処なくあえぎ声が部屋中に響き渡る。
何度も突かれ、全身に電気のような快感が駆け抜ける。
「香澄・・・」
「あんっ!・・・あぁ、あぁん、はぁぁんっ・・・」
正常位になり、思い切り私の奥へと突き立てる。
彼の熱いものが私の中をかき回す。
彼の突きに合わせるように、乳房が揺れ動く。
私も彼も快感の波へと溺れていた。
自分の体がドロドロになっていくような気がした。
もう彼に全てを任せ、何も考えられない。
強い快感が押し寄せてくる。
「あ、あ、あっ・・・っあ・・・も、だめ・・・イ・・・っちゃ・・・」
「っく・・・イけよ・・・ほ、らっ・・・」
彼がさらに速度をあげ、打ち付けてくる。
「あぁ、あぁん!・・・や・・・しょ、ご・・あぁぁぁんっ!」
「くっ・・・ぁっ!」
体がびくんと飛び跳ねるように震えると同時に彼も私の奥で果てた。
その直後、彼が私の上に重なってくると同時に私の意識がすーっと遠くなっていった。


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