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二人の王子後編
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ディーレインは廊下の片方を指差す。
その先には真っ暗な暗闇が続いている。
「こんな意味のわからないところなのに、なぜだか俺にはわかる。俺が進む道はあっちだ」
レオンはディーレインの指差す暗闇を見つめてゴクリと唾を飲んだ。
その暗闇をレオンは怖いと思った。
飲み込まれそうな闇は何か良くないことを暗示しているようにしか思えなかった。
「デストロ……ア・ドルマは俺に妹を生き返らせることを約束してくれた……同胞達もだ。その話をされてからこの廊下の先が俺の待つ未来なんだとわかるようになった……だが、気付いてもいるんだ。人を生き返らせる魔法というのがどういうものか。あそこへ進めば俺に待つのは闇だけなんだってことは」
レオンの気持ちを察したディーレインが言葉を付け足す。
「わかっていて、何故?」と聞こうとしてレオンは言葉を止めた。
そのかわりにディーレインが話を続ける。
「でももう後には引けない。妹をファナを取り戻せるのなら何だってする……俺から全てを奪って行ったこんなクソみたいな世界なんて滅ぼしてやる」
覚悟……とは違う。
まるで自分に言い聞かせているようだとレオンは思った。
本当にそれを決心して、心動かないというのならばディーレインがレオンをここに連れてくる理由はない。
ディーレインが揺れ動いていることはレオンにもわかった。
ディーレイン自身も自分の中にまだ迷いがあることは気づいていた。
それを無視するべきか否か、彼には決心がつかない。
「なぁ……お前ならどうする? 家族を殺されて、先の見えない未来。虐げられてまで生きてきた俺はこの世界に抗うことすら許されないのか?」
ディーレインは縋る思いでレオンに聞く。
本当はレオンに止めて欲しいと思っている自分がいた。
そして、それと同じくらいこの世界を憎む自分もいる。
レオンの言葉でどちらにせよはっきりするだろうとディーレインは考えていた。
その思いに答えるようにレオンは口を開く。
「僕は……きっと許せないと思う」
それがレオンの本心だった。
もしも自分がディーレインの立場だったとして同じ目にあって、誰かを……世界を憎まずにいられるだろうか。
そう考えたら、きっと同じような行動をとっただろうと想像できた。
ドミニクが、レンネがそしてマルクスがもしも誰かに殺されたら……。
そう考えると胸が熱くなる。
きっと……いや確実に殺した相手を憎む。
その相手が国ならば国自体を恨んでいたかもしれない。
最愛の人を生き返らせられると言われたら、どんなことだってしてしまうかもしれない。
そう思ってしまったレオンはディーレインに嘘はつけなかった。
「そうか。それで、どうする? それでも俺を止めるか? 俺の唯一の野望はア・ドルマと組まなきゃ叶わない。そして、アイツはお前達人間を滅ぼすことを目的にしている。お前が邪魔をするというのなら、やはり俺は最後まで抵抗するぞ」
ディーレインからすればこれは期待した結果ではなかったかもしれない。
自分と似ているレオン、そして自分よりも少しだけ純粋な気持ちを持つこの少年ならば自分には導き出せなかった答えを教えてくれるんじゃないだろうかとディーレインは思っていた。
その思惑が外れた今、彼は少しだけすっきりしたような顔になり、けれど未だ晴れぬ何かの思いを抱えたような表情も見せる。
レオンはそんなディーレインの目をまっすぐに見つめた。
「確かに……僕もきっと許せないと思う。でも、僕は世界を滅ぼしたりは絶対にしない」
レオンの言い放ったその言葉にディーレインの眉がピクリと動く。
「何故そう言い切れる? たった今お前も『相手を憎む』と言い放ったではないか」
レオンは一つ息を吐く。
そして、
「だって僕には大切な友人たちがいるから。彼等ならきっと、僕が間違った道に行くのを命懸けでも止めてくれる」
と言った。
とても真剣な表情だった。
その言葉にディーレインは明らかに怒りの感情を示した。
怒気の籠った声でこう答える。
「やはり俺とお前は違ったようだな。俺にはその仲間がいないんだ。……この世界に奪われた」
それに対し、レオンはこう続けた。
「友達なら僕がなる。君が間違いを起こさないように止める友人に僕がなるよ」
二人の間に沈黙が流れる。
その唐突な言葉を理解するのにディーレインは少しの時間を要した。
戸惑いの表情を浮かべるディーレインにレオンは不思議そうな顔をする。
「あれ? ダメかな。僕たちは似てる……だから気も合うと思ったのだけど」
真顔でそういうレオンにディーレインはさらに戸惑った。
レオンの目的が協力関係を結ぶことだというのはわかっていた。
しかし、つい先ほどまで自分を攻撃してきていた相手に「友人になる」だなんて言えるものだろうか。
「あ……もちろん、君の一族のことや妹さんのことは考えてるよ。生き返らせる魔法っていうのがどういうものかはわからないけど、それはア・ドルマに聞いてみよう。もしもダメならエレノア……ファ・ラエイルに心当たりがないか聞いてみるから」
ディーレインの沈黙をどういう風に解釈したのか、レオンは取り繕ったようにそう言った。
「君が過去を見せてくれたから、僕も自分の胸の内を明かそう。僕はこの国に領地を持ちたいんだ。親を再び貴族にして、楽をさせてあげたいから。今までずっと、どうやって貴族になるかってことだけを考えていた。でも……最近は領地を持った後そこをどんな風にするのかを考えてる」
レオンは杖を抜き、一振りする。
ディーレインの精神世界がレオンの魔法で書き換わる。
照りつける太陽と透き通った水の流れる小川。
森では小鳥が鳴き、その奥にポツンと立つ小屋はレオンが幼少期を過ごした我が家だ。
そこはレオンの精神世界だった。
「ほら、あそこ」
太陽の眩しさに目をくらませながら、ディーレインはレオンの指差す方を見る。
小川の先に町が見えた。
レオンが精神世界に自分の心の中を映し出したのだ。
街を歩く人々は皆笑っている。
それが偶像だとわかっていてもディーレインは驚いた。
その中にはシドルト族の人間達の姿があったのだ。
「僕の夢は住む人達に上も下もない。皆が平等で皆が笑って暮らせる街なんだ。もちろん、人間だけじゃない。精霊も悪魔も。互いに助け合って共存していける街を作りたい。ディーレイン、それには君の力が必要なんだよ。君の中に眠るア・ドルマの力もね。だからさ、ディーレイン」
「僕と友達になってよ」
振り向いたレオンは微笑んでいた。
ディーレインは突然のことに未だ全てを受け止め切れたわけではなかったが、無意識のうちにレオンに釣られて笑ってしまうのだった。
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