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二人の王子中編
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しおりを挟むそれまでの世界を色で表すのならば黒だった。
全てのものを飲み込み、果ての見えない永遠の闇。
まさにそう彼女は感じていた。
突如として崩壊が始まった世界。ただ、焦燥感を感じるには崩壊は遅すぎた。
毎日一歩ずつ確実に崩壊に向かっているのにそこに住む者たちは誰一人としてその事実に気が付かない。
あるいは気付いていないフリをしているだけか。
そして、もう後には引けないくらいに崩壊が現実的になった時彼女達の取った行動は愚かだったと言える。
相反する意見を持つ者同士の同族での争い。
その争いは長引き、お互いを滅ぼすまで徹底的に行われた。
幸か不幸か戦争により種族の数は激減し、勝者は一刻の猶予を得る。
彼女は勝者側だった。
多くの同胞達がそうであったように戦いに彼女の意思は必要なかった。
純然たる強者。彼女達のリーダーが「そうしろ」と命じたから。
ただそれだけの理由で彼女は戦い抜いた。
顔を合わせた程度の相手も、昨日までは親しく言葉を交わしていた相手も関係なく言われた通りに魔法を使った。
その行為に後悔はない。
それが彼女の生き方だったからだ。
生まれてからずっと、考えることは禁じられただ強くあるためだけに存在した。
その彼女の半生に疑問が生じることなどあり得なかったのだ。
あの時までは。
五年前。
彼女は族長の意思を継ぎ、新たな世界にやってきた。
人間という自分達とは似て非なる者たちの住処は崩壊が目前と迫る彼女達にとって宝の山のようだった。
その強大な力のせいで返って人間界に来ることができなかった族長の代わりに彼女は指揮を取る。
目的は人間の選別。
一族がその体を乗っ取れるようにそれに適した人材を見つけ出すことだった。
あわよくばそこで族長の器を見つけることも目標にしていた。
計画は順調に進んでいた。
人間の魔法使いと戦うのは彼女にとっては初めてのことだったが、問題はなかった。
人間の世界では自分達の魔法がほとんど意味をなさないという制限はあったが、彼女自身が得意とする転移の魔法が使えたのが大きい。
器となり得る人間を選別した後は転移で自分達の世界に連れて帰ればいい。
そうすれば魔法で太刀打ちができなくなるのは人間の方で、簡単に捕まえられた。
計画はあと少しで完了するはずだった。
しかし、一人の人間のせいで失敗に終わる。
レオン・ハートフィリアという名前のその少年は、人間というには特異な存在だった。
見た目や考え方は人間そのものなのに、感じる匂いには同族と同じ物が含まれる。
彼女はその少年に負けた。
奪い取った人間の体から引き摺りだされ魂だけの存在となった時、朧げな意識の中で彼女は自分が死ぬのだと思った。
人間界に行く時に元の体は捨てている。
このまま魂だけでは生きてはいけない。
それでもいいと彼女は思った。崩壊していく世界と共に消えられるのならば本望だ、と。
しかし、そうはならなかった。
あろうことか少年は魂を自分の中に取り込んだのだ。
気が付くと彼女は少年の精神の中にいた。
そこは温かく、明るく、光の差し込む場所だった。
彼女の知る世界のような場所ではない。
上も下も右も左もなく、彼女の存在だってあるのかないのかわからない。
ただ、物を考えることはできて、同時に少年の考えていることもなんとなくわかる。
そんな場所だ。
その世界の温かさは彼女にとって不快だった。
それまでに感じたことのないような感情が流れる感覚も気持ちが悪いとしかいいようがなかった。
少年の精神の中に囚われたから程なくして、その場所に自分の同族の魂も囚われていることに彼女は気付いた。
複数ある魂の所在はわからず、意思の疎通もできなかったが彼らが何を思っているのかだけは理解できた。
「出せ、ここから出せ」「こんなところに入れるな」
と喚き、暴れているような感覚。
彼女もそれに倣い、少年の中で暴れ続けた。
そんなことをしても少年の体からは出られないとわかっていたが、そうすることが正しいのだと思ったからだ。
最後に悪魔の魂が取り込まれてからしばらくが経った。
同族の魂達はいつのまにか抵抗するのをやめていた。
彼女もまた一日を静かに過ごすようになった。
一日といっても時間感覚はほとんどなく、過ごすといってもただそこに有り続けるだけ。
まるで眠っているかのような状態だったが、彼女はその時間で少年の感情が大きく揺れ動いていることに気付いていた。
精神世界というだけあって感情の流れは常にある。
感情に動きがあった時は外の世界で何かがあったのだろうと察しがつく。
少年の感情は一度大きく沈んだ。
負の感情が絶えず流れ続け、何かを悔やみ、何かに腹を立てる様子が汲み取れる。
彼女にとっては幾分過ごしやすい感情の流れだっただろう。
しかし、そんな感情は長くは続かなかった。
少年の感情は時間と共に上向きになり、徐々にではいるが光が差し込むようになる。
再びあの温かい空気のような感情が流れ始めると彼女はやはり居心地の悪さを感じるのだった。
どれだけの時間が経ったのか彼女には正確にはわからない。
しかし、少年が気持ちを立て直してから恐らく数年が経ったのだと推測がつく。
その数年のうちに少年の精神世界は大きく変わった。
不確かだった上下左右は確立されて、存在として希薄だった彼女の姿もハッキリと目に見えてわかるようになっていた。
それは少年の心が成長し、一端の大人になった影響だろう。
確立された少年の精神世界は特別な物ではなかった。
お世辞にも広いとは言えない庭と木造の小屋が一軒だけ建つその場所で彼女は過ごした。
照りつける太陽は暑すぎるということは決してなく、温かくこちらを見守っている。
庭に出れば風が木々を揺らし、花の香りを運んでくる。
その場所が少年にとってどういうところなのか彼女には見当もつかなかったが、恐らく大切な場所なのだろうということは容易に想像できた。
その場所で過ごすうちに気がつけば彼女はそこが好きになっていた。
不快だったはずの温かさも、明るさも、少年の感情でさえも彼女にとって日常に変わっていたのだ。
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