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二人の王子中編

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ドリスは突如として現れた大木に悪態をつく。

「そんなのズルじゃんか! 魔法じゃないじゃんか! 正々堂々戦えよ」

空中で地団駄を踏むドリスの姿はオードには随分と幼く見える。

ドリスの融合した体の持ち主、八魔部隊の一人リーナ・ネルソンが童顔の魔女だったことも理由の一つであろう。

リーナは若い魔法使いだった。けれどもその外見はさらに幼く見えた。

幼い外見の少女が恐ろしい悪魔であると言われても違和感が残ってしまう。


「もういい、そんな木なんて所詮は付け焼き刃だ! 私の魔法で粉々だ!」

加えてドリスの自由奔放な言い回しが幼さを加速させている。

けれどオードにはドリスが確かに悪魔なのだと確信できた。

オードには大木を挟んで上空にいるドリスの姿がよく見えた。

両手を上げて魔法を作り出しているところだ。

驚くべきはその魔法の正体。

大きな燃える岩がドリスの頭上に複数。
僅かな時間ではいくつあるのかも数えられやいほどに多い数がドリスの上で浮遊していた。


「……嘘だろ」

オードは思考を巡らせる。

あの一つ一つは先程までの魔法と同じ物なのか?

本当に同じ威力を持っているのか?

考えるまでもなく答えはわかっていた。

そうであると仮定しなければいけない局面だった。

オードは「どうやってあんな物を一瞬で生み出したのか」とか「魔力の消費量はどれくらいなんだ」という浮かび上がる疑問を無理矢理排除した。

「悪魔だから」という理由で自分を納得させる。

それを考えている場合ではない。


「ほら行くぞ! これでも生きてたら褒めてやる!」


ドリスが腕を振り下ろす。
頭上に浮いている無数の小型隕石がドリスの操作で降り注ぐ。

オードはすかさずポーチから残っていた蓄水樹の種を全て取り出し、それを四方に向かって投げた。


「すまないデイクイーン、踏ん張ってくれ」


成長に大量の魔力を費やす蓄水樹。
いくら精霊であるといってもデイクイーンの魔力量にも限りがある。

オードの投げた種はデイクイーンの魔力を吸って成長し、巨木になる。

降り注ぐ炎の岩と巨木がぶつかり、轟音が地響きのようになり続け地面が衝撃で揺れた。


「……た、助かった」

轟音が鳴り止み、静寂が訪れてからオードは瓦礫を押し除けて姿を表す。

立ち並ぶ巨木をすり抜けて岩が建物を破壊し、瓦礫がオードに被さったのだ。


砂埃の中、ところどころに燃え移った火。
崩壊した建物。不自然に生えた巨木。

オードが戦っていた貴族たちの屋敷が立ち並ぶエリアは既に街とは言えないような有様である。


「これは……さすがに後で怒られるかな」

その様子を見てオードはため息とも安堵とも取れる息を吐く。

「デイクイーン、大丈夫かい?」

心の中で問いかけるとデイクイーンの弱々しい声が返ってくる。

「つ、疲れたよぉ。もうほとんど魔力も残ってないや」

デイクイーンの無事を確認してからオードは上空を見渡しドリスの姿を探す。

先程までいた所にはいない。

不意打ちを仕掛けるつもりならばいまが好機だろう。

オード周囲を警戒したがしばらく待っても追撃はない。


「向こうも相当魔力を削ってるみたいだね」

あの攻撃で勝ちを確信して結果を見ずに姿を消すほどドリスは間抜けではないだろう。

追撃がないのはドリスも魔力を多大に消費しているからだとオードは推測した。


瓦礫をかき分けてドリスの姿を探す。

幸いすぐに見つかった。


ドリスはある建物の前にしゃがみ込んで何かを一心不乱に食べている。

オードは最初ギョッとした。
ドリスが食べているのが何かの肉だとわかったからだ。

オードはそれを「誰か」の肉なのだと思った。

逃げ遅れて戦いに巻き込まれた人がいてそれを見つけたドリスがそれを食べているのだと。

気持ち悪くなるのと同時に怒りが沸いたが、オードはすぐにそれが勘違いであることを知る。

店の看板が目に入ったのだ。
看板には店名が書かれている。

その店の名前は王都に住む貴族ならば誰もが知るような高級志向のレストランの名前だった。

ドリスの魔法で店自体は崩壊しているものの中の食材は無事だったらしい。

ドリスはその高級な肉を自らの放った魔法の残り火で焼き、一心不乱に口に運んでいる。

オードが変な勘違いをしたのは悪魔に対する先入観が強かったからのようだ。

戦いの相手がその途中で食事をしている。
戸惑う状況ではあるが、ドリスは今オードに背中を向けている。

デイクイーンが魔力をほとんど消費している今、オードにとっては千載一遇のチャンスだった。

オードはそっとドリスに忍び寄る。
拘束する方法はあらかじめ考えてあった。

ポーチには吸魔草の種が入っている。それをドリスの周りに撒き、成長させて縛りあげればいい。

オードはそっとポーチに手を伸ばし種を取る。

それを投げようとした時だった。

本能なのか、それとも気まぐれだったのかはわからない。

ドリスが振り向いたのだ。

ばっちりと目が合い、オードは「不味い」と焦り急いで種を投げようとした。

ドリスの反撃が来ると思ったのだ。
しかし、来たのは意外にも「言葉」だった。


「おお! 生きてたか。えらいえらい」

オードの姿を見たドリスはそんな言葉をかけて笑う。

その姿にオードは毒気を抜かれたように立ち尽くしてしまう。

さらに、ドリスは焼いていた肉の一つを手に取ったオードに向けて差し出した。


「ほら、食え食え。美味いぞこの肉。人間はいつもこんな美味いもん食べてるんだな」


突然差し出された肉をオードはつい受け取ってしまう。
オードは混乱していた。
先程まで戦っていた相手から何故か戦意を感じない。

友人のように接してくるドリスに戸惑っていた。


「いや……あの、戦い……は?」

うまく言葉を探せずに途切れ途切れに出たオードの言葉にドリスは不思議そうな顔をする。


「ん?私もお前も魔力がほとんどすっからかんだろう。だから今は食べる、そして魔力が回復したらまた戦うぞ」


最初、オードは何か裏があるのか? と疑った。
人を騙して攻撃するのが悪魔の得意技だと聞いたことがあるからだ。

しかし、無邪気に無防備に肉に喰らいつくドリスを見て戦う気も失せてしまう。

向こうが一時的な休戦を望むのならばそれもいいだろう。

オードの目的は時間稼ぎであり、倒す必要はないのだから。

受け取った肉をオードは一口齧る。
調理方法は無骨だが、素材がいいからだろうかドリスの言う通り確かに美味しく感じた。

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