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二人の王子中編
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ディーレインの憤りの発端はアーサー王子だった。
アーサーの行動、発言、態度。その全てだ。
それ自体に怒りを覚えたわけではない。
ただ、記憶と重なったのだ。思い出したくもない記憶。
私腹を肥やし、己のことしか考えていないアーサーはディーレインの生まれ故郷、ハルバシオンの国王にそっくりだった。
次にディーレインの気を逆撫でたのはヒースクリフである。
絶対的な力を持つアーサーに反発し、命懸けで民を守ろうとするその姿もまたディーレインの知っている人と重なった。
シドルト族の族長にして、命の尽きる最後の時まで民のために戦った反乱軍のリーダー。そう、ディーレインの父シーライ・シドルトだ。
ヒースクリフの勇敢な行動と、決して折れない信念を肌で感じたディーレインは無意識のうちにそこに父親の姿を思い出していたのだ。
同時に、二度と会うことのできない父に思いを馳せ懐かしんでいたのかもしれない。
最後に、ディーレインがずっと甘いと感じていたレオン・ハートフィリア。
レオンこそがディーレインの心を揺さぶる元凶だった。
高い魔法能力を持ちながら、不可能に近い理想を述べるその姿。
確かに甘いと言うより他はない。
ただ、決してその信念を曲げず死の淵に立っても折れなかったその志にディーレインは昔の自分の姿を見た。
まだハルバシオンにいた頃。
王国軍と反乱軍の戦闘が長期化し、誰もが戦争を日常にするようになった国でディーレインは毎日のように思っていた。
「いつかこの戦争は終わる。そうしたらシドルト族は英雄になる。父さんも母さんも、ファナももう誰も傷つかなくていい。皆が幸せになれる日がきっと来る」
そう信じていた。
その頃の自分にもし会っていたらディーレインは笑っていただろう。「何を甘いことを考えている。そんな考えだから出し抜かれてお前は全てを失うのだ」と。レオンにしたように馬鹿にしていただろう。
しかし、ディーレインは思い出した。
炎に身を焼かれ、ナイフでズタズタに引き裂かれて跪いたレオンのあの眼。
立ち上がる気力もないだろうに、真っ直ぐにディーレインを見つめていたあの眼こそ、自分のあるべき姿だったのではないかと。
国を追われ、一度は孤独の身になっていながらもレオンはその国を救うために戻って来た。
それも「戦わない」という信念を持って。
それに対して自分はどうだ。と言う問いがディーレインの心の中に生まれる。
戦争に負け国を追われた。
一族はほぼ皆殺しにされ、残された者も家畜のように売られた。
レオンとは状況が違う。
それは分かっている。
それでも、頭の中で問いかけ続けるもう一人の自分がいるのだ。
「お前はどうした」
「……やめろ」
「すぐに諦めなかったか?」
「……やめてくれ」
「ハートフィリアのように最後まで戦い抜く決意をしなかったな」
「……もういい」
「仲間を救うどころか、お前は一度自分の命まで諦めてる。そんな奴に今も尚諦めずに戦う者を笑う資格があるのか」
「……もういいって言ってんだろうが!!」
頭が割れそうなくらいに痛かった。
その理由もディーレインはすでに理解している。
図星だからだ。もう一人の自分の言ったことは全て当たっていた。
何故自分はハートフィリアのように最後まで諦めずに戦えなかったのか。
何故、あの時死を受け入れてしまったのか。
何故、何故、何故。
レオンの姿を見る度に重なって見える過去の自分。
一度全てを諦めてしまったという事実と後悔の念。
あの時最後までもがいていれば自分もレオンのようななれたのではないか。
ディーレインの憤りの正体は過去の自分に対する嫌悪とレオンに対する強い羨望だった。
レオンの前で立ち尽くすディーレイン。
王都には雨は降っていない。
けれどディーレインの頬を一筋の雫が流れた。
アーサーの行動、発言、態度。その全てだ。
それ自体に怒りを覚えたわけではない。
ただ、記憶と重なったのだ。思い出したくもない記憶。
私腹を肥やし、己のことしか考えていないアーサーはディーレインの生まれ故郷、ハルバシオンの国王にそっくりだった。
次にディーレインの気を逆撫でたのはヒースクリフである。
絶対的な力を持つアーサーに反発し、命懸けで民を守ろうとするその姿もまたディーレインの知っている人と重なった。
シドルト族の族長にして、命の尽きる最後の時まで民のために戦った反乱軍のリーダー。そう、ディーレインの父シーライ・シドルトだ。
ヒースクリフの勇敢な行動と、決して折れない信念を肌で感じたディーレインは無意識のうちにそこに父親の姿を思い出していたのだ。
同時に、二度と会うことのできない父に思いを馳せ懐かしんでいたのかもしれない。
最後に、ディーレインがずっと甘いと感じていたレオン・ハートフィリア。
レオンこそがディーレインの心を揺さぶる元凶だった。
高い魔法能力を持ちながら、不可能に近い理想を述べるその姿。
確かに甘いと言うより他はない。
ただ、決してその信念を曲げず死の淵に立っても折れなかったその志にディーレインは昔の自分の姿を見た。
まだハルバシオンにいた頃。
王国軍と反乱軍の戦闘が長期化し、誰もが戦争を日常にするようになった国でディーレインは毎日のように思っていた。
「いつかこの戦争は終わる。そうしたらシドルト族は英雄になる。父さんも母さんも、ファナももう誰も傷つかなくていい。皆が幸せになれる日がきっと来る」
そう信じていた。
その頃の自分にもし会っていたらディーレインは笑っていただろう。「何を甘いことを考えている。そんな考えだから出し抜かれてお前は全てを失うのだ」と。レオンにしたように馬鹿にしていただろう。
しかし、ディーレインは思い出した。
炎に身を焼かれ、ナイフでズタズタに引き裂かれて跪いたレオンのあの眼。
立ち上がる気力もないだろうに、真っ直ぐにディーレインを見つめていたあの眼こそ、自分のあるべき姿だったのではないかと。
国を追われ、一度は孤独の身になっていながらもレオンはその国を救うために戻って来た。
それも「戦わない」という信念を持って。
それに対して自分はどうだ。と言う問いがディーレインの心の中に生まれる。
戦争に負け国を追われた。
一族はほぼ皆殺しにされ、残された者も家畜のように売られた。
レオンとは状況が違う。
それは分かっている。
それでも、頭の中で問いかけ続けるもう一人の自分がいるのだ。
「お前はどうした」
「……やめろ」
「すぐに諦めなかったか?」
「……やめてくれ」
「ハートフィリアのように最後まで戦い抜く決意をしなかったな」
「……もういい」
「仲間を救うどころか、お前は一度自分の命まで諦めてる。そんな奴に今も尚諦めずに戦う者を笑う資格があるのか」
「……もういいって言ってんだろうが!!」
頭が割れそうなくらいに痛かった。
その理由もディーレインはすでに理解している。
図星だからだ。もう一人の自分の言ったことは全て当たっていた。
何故自分はハートフィリアのように最後まで諦めずに戦えなかったのか。
何故、あの時死を受け入れてしまったのか。
何故、何故、何故。
レオンの姿を見る度に重なって見える過去の自分。
一度全てを諦めてしまったという事実と後悔の念。
あの時最後までもがいていれば自分もレオンのようななれたのではないか。
ディーレインの憤りの正体は過去の自分に対する嫌悪とレオンに対する強い羨望だった。
レオンの前で立ち尽くすディーレイン。
王都には雨は降っていない。
けれどディーレインの頬を一筋の雫が流れた。
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