上 下
100 / 305
二人の王子前編

272

しおりを挟む

アーサーは突如として現れた弟、ヒースクリフを睨みつける。

そしてすぐに視界を左右に踊らせる。

つい先程まで目の前に立っていたはずの司祭の姿がない。


「お前、エルシム司祭をどこにやった」

「精神に魔法をかけられていたようなので避難させました。僕の友人の風精霊は人を隠すのが上手いようで」

ヒースクリフには余裕があるようにアーサーは思った。

こんな状況で一人乗り込んでくるのだから策があって当たり前だろう。


「き、貴様! これは明らかな反逆行為だぞ」


後方から儀式を見守って貴族の一人が声を荒げる。

その言葉にヒースクリフは不思議そうな顔をする。

彼からすれば「何を当たり前なことを」と言い返したいくらい状況である。

ヒースクリフは声を荒げた貴族と実の兄アーサーを交互に見やり、得心がいったように頷いた。

声を荒げた貴族の態度が本物かどうかはさておき、アーサーからすればこれは茶番なのである。

ヒースクリフが王位を継ぐのを邪魔しにくるのは当然アーサーにも読めていたわけで、ヒースクリフがここに辿り着く前に防ごうとすれば防げたはず。

そうしなかったのはヒースクリフをここに呼び寄せることに意味があったのだ。

ヒースクリフはすっかり静まり返った王都の住人達を横目に見る。

彼らは何が起きているのか完全には把握できずに息を呑んでいる。

アーサーの狙いはここだろう。
ヒースクリフが「反逆者」であるということを国民に見せつける。

そのためにヒースクリフを泳がしていたのだ。


「相変わらず腹黒い」


アーサーに向けた杖を下げることなく、ヒースクリフは呟いた。

ここで反逆者にされることに抵抗はない。

どんな形であれ、アーサーが王位を継ぐのを止めるのがヒースクリフの目的なのだから。


「王に仇なす逆賊だ! 引っ捕えろ」

先程声を荒げた貴族とは別の貴族が命令する。

その号令に合わせ王宮の衛兵達がヒースクリフを取り囲む。

焦っている様子はなく、事前に準備された動きであることが貴族の動きからわかる。

号令した貴族自身も杖を取り出し、ヒースクリフに向けている。

ヒースクリフはその貴族に見覚えがあった。

アーサーの側近のような立場の男だ。


「これは……バルドルト卿。あなたならもっと冷静な判断を下せると思っていました」


王宮貴族ダン・バルドルト侯爵である。
アーサー派の筆頭であり、腕利の魔法使いでもある。

その明晰な頭脳と冴え渡る魔法の才は国内でも随分と有名だ。


「ヒースクリフ様、申し訳ないがここで全てを終わらさせていただく。王位を継ぐのは我が主人アーサー様だ」


バルドルト卿の杖が光る。
魔法を発動したのだ。


杖先から放たれた雷は一直線にヒースクリフに飛ぶ。

光の速度で放たれた魔法は周囲の人間からすれば何かが一瞬光った、という程度にしか認識できなかっただろう。

反応したのはヒースクリフだけだった。

雷の魔法が胸に届く寸前で、ヒースクリフは身を翻し間一髪で交わしたのだ。

さらに、くるりと姿勢を制御して振り向きざまにバルドルト卿に向けて魔法を放つ。

ヒースクリフの杖から放たれるのは風の魔法だった。

無数に飛び出た風の刃がバルドルト卿を襲う。


「……やりおる」


バルドルト卿がその風の刃を防ぎ、再びヒースクリフの方に視線を向けたときには既にそこにヒースクリフの姿はなかった。


「探せ! あれほどの速度で転移の魔法を構築できる者はいない。奴はまだこの近くにいるぞ」


バルドルト卿の命令に従い、衛兵達が走り去っていく。

それを確認してからバルドルトはアーサーの下へ向かった。

「若、すぐに賊を捕まえます故もうしばらく辛抱を」

「放っておけ、儀式を再開しすぐに王位に就けばいい。そうすればアイツにはもう何もできん」


「ですが……」といいかけてバルドルトは先程までヒースクリフが立っていた場所を見る。

その視線でアーサーも気がついたらしい。

国王の象徴である王冠が無くなっている。ヒースクリフが持ち去ったのだ。


「バカが……あれは教会の権威の象徴でもある。あれがないと国民は納得しない」

アーサーは少し苛立った様子で言う。

確かにヒースクリフがここに来ることは予想していたが、すぐに捕えられるつもりでいた。

衛兵を近くに配置していたし、バルドルトもいたのだ。

何より、ア・ドルマと契約したことにより得た新たな力。八人の魔法使い達がその場にいたのだから。

しかし、ディーレインを始め他の八人の悪魔達も決して動こうとはしなかった。

ヒースクリフが現れた時も、逃げる時も用意された椅子に座って眺めていただけだ。

「貴様……どういうつもりだ」

アーサーはディーレインを睨みつける。

男はクスッと笑ったようにアーサーには見えた。

「いやはや、まさかあそこまでの早技で逃げれるとは思ってなかったんでね。油断しました」

ディーレインは悪びれもせずに言う。
その様子にアーサーはさらに苛立つが、ここで取り乱しても仕方がない。

「さっさと奴を捕まえてきてくれ……契約はまだ有効だろう」

ディーレインはやれやれ、といった様子で立ち上がる。

そして、八人の魔法使い達に「行くぞ」と短く言うとその場を後にした。

それと入れ替わりに衛兵の一人が現れる。
そして、息も絶え絶えにこう言ったのだ。


「王都の方々で火の手が上がっています! ヒースクリフ派の仕業です」

その言葉を聞いてアーサーは外を見た。

少なくとも見える範囲だけで三箇所、黒い煙が立ち上っているのだった。
しおりを挟む
感想 187

あなたにおすすめの小説

野草から始まる異世界スローライフ

深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。 私ーーエルバはスクスク育ち。 ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。 (このスキル使える)   エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。 エブリスタ様にて掲載中です。 表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。 プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。 物語は変わっておりません。 一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。 よろしくお願いします。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

前世の記憶さん。こんにちは。

満月
ファンタジー
断罪中に前世の記憶を思い出し主人公が、ハチャメチャな魔法とスキルを活かして、人生を全力で楽しむ話。 周りはそんな主人公をあたたかく見守り、時には被害を被り···それでも皆主人公が大好きです。 主に前半は冒険をしたり、料理を作ったりと楽しく過ごしています。時折シリアスになりますが、基本的に笑える内容になっています。 恋愛は当分先に入れる予定です。 主人公は今までの時間を取り戻すかのように人生を楽しみます!もちろんこの話はハッピーエンドです! 小説になろう様にも掲載しています。

お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)

いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。 --------- 掲載は不定期になります。 追記 「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。 お知らせ カクヨム様でも掲載中です。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

転生したらスキル転生って・・・!?

ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。 〜あれ?ここは何処?〜 転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。