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二人の王子前編

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果てしなく長い廊下の中腹にディーレインは立っていた。

動きを確かめる様に自分の手を握りしめて、そこが夢の中だということに気付く。

現実世界と精神世界の区別はつきやすい。
肉体の動きに遜色がない様に思えても、些細な違いからくる違和感は残る。

いつもよりも少しだけ軽く感じる手足はそこが精神世界だということを告げていた。


ディーレインは長い長い廊下の恐らく歩んできた道とこれから進むであろう道を交互に眺める。

気づいた時には中腹に立っていたのに、不思議と進行方向を理解することができた。

歩んできた道は薄暗く、なんの光もない。
これから進んでいく道は、それ以上に暗く見える。

ここは一体どこなのだろうか。

ディーレインは考える。
ア・ドルマの作り出す精神世界にこんな廊下はない。

彼の世界は石造りの城がモチーフになっていて、今いる廊下は木造で赤い絨毯が延々と続いており装飾も違う。

ただの夢なのだろうか。それとも何か意味があるのだろうか。

考えても答えはわからない。
しかし、ディーレインは考える以外にすることがなかった。

この夢に意味があるとするならばやらなければいけないことはわかる。

進むべき方向だと思う方に足を踏み出せばよいだけだ。

それはわかるのだが、ディーレインの足は一向に進まなかった。

何もできないまま、ただ時間だけが過ぎていった。





目が覚めると、自分の頬に手が触れていることにディーレインは気づいた。

その腕の先に目をやり、見開く。


「ファナ……」

死んだはずの妹の名前を呼び、ディーレインはハッとする。

違う。目の前にいるのは妹ではない。とすぐに気がついた。


「目が覚めたか……時間だ」


愛しい妹の顔を持ったソレはそう短く告げると部屋を出ていこうとする。

「待て」

上擦った声でディーレインが呼び止める。

呼ばれた女は扉の方を向いたまま立ち止まり、ディーレインの次の言葉を待っている様だ。


「……すまない。呼び間違えた……確か、ア・シュドラだったよな」


ディーレインは記憶を遡り、女の名前を思い出した。

彼の妹、ファナの肉体に入った悪魔はア・ドルマの忠実な部下、ア・シュドラだった。

シュドラは疑問に思った。
なぜこの人間は今謝ったのだろうか、と。

その疑問が表情に出ていたのだろう。
ディーレインは取り繕う様に言葉を続ける。


「いや……その体は確かに妹のものだが、今はアンタのものでもある。名前を呼び間違えられるのは嫌だろう」

ディーレインは自分でもおかしなことを言っていると思った。
その時は確かにそう思ったのだが、こんなことを言われても悪魔は混乱するだろう。

「くだらない」と一蹴されるだろうと思っていた。

しかし、そうはならなかった。

シュドラはクスッと笑ったのだ。
その笑顔にディーレインは再び妹の面影を見る。


「人間とは本当に不思議な生き物だな。お前にとって私などどうでも良いだろう。お前が大事に思うのはその妹の方でいい。混乱して私をなんと呼ぼうが、私は全く気にしない」


棘のない言い方だった。
本心からそう思っているのだろうという印象を受ける。

その印象に今度はディーレインの方が戸惑う番だった。


「アンタは……他の悪魔とは違うんだな」

不意に飛び出た言葉。
それは、ディーレインがずっと思っていたことだ。

ア・シュドラはディーレインの目をしっかりと見て話をする。

そんな悪魔はここには彼女の他にはア・ドルマくらいしかいない。

それに、王都を手中に入れる話をア・ドルマがした時、彼女の顔が少し曇った様に見えたのをディーレインは覚えていた。


「反対なのか?」

続けて出た言葉にア・シュドラはギョッとした顔をする。

短い言葉だったが、その意味を理解したらしい。

彼女の表情はすぐに冷たいものに戻り

「ふざけたことを言うな」

と今度は棘のある言い方で言って、部屋から出ていったしまった。

残されたディーレインは閉じた扉を見つめつつ、先程夢で見た暗い暗い廊下のことを考えていた。
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