上 下
81 / 305
もう一つの器編

253

しおりを挟む

「ながながとくだらない説明をしやがって、要はその悪魔付きの子孫である俺の身体を乗っ取ろうってことだろう」

話の途中だったが、ディーレインは黒いモヤのア・ドルマに対して構えた。

ただで体を開け渡すつもりはない。最後の時まで戦い抜くと決めていたのだ。

一度は死んでもいいと思ったディーレインだが、悪魔に体を乗っ取られるというのは違う。

それは死んでいったシドルト族達に対する冒涜だと思ったのだ。

ディーレインの背後には彼をここまで連れてきたもう一人の悪魔、ア・マルティがいるがディーレインはそちらに対する警戒も怠ってはいなかった。


「まったく……聡いかと思えば鈍いところもあるのだな。事情が変わった、とそう言ったはずだぞ」


しかし、ディーレインの思惑とは違いア・ドルマは呆れたようにそう言うのだった。

その言葉にディーレインは毒気を抜かれてしまう。

ア・ドルマからはまったくと言っていいほど戦意を感じないのだ。

「大体にして貴様ら人間は物事を型枠で捉えすぎなのだ。『悪魔』というだけで『敵』だと認識しおって……誠に愚かなり。確かに私は大多数の人間にとっては脅威だろうが、話を最後まで聞くべきだ。お前にとっては味方であるはずなのだから」


続くア・ドルマの言葉にディーレインは一度戦闘態勢を解くしかない。

確かに、言われてみればア・ドルマに直接何かをされたわけではない。

ここまで連れてきたア・マルティの態度も実に丁寧だった。

ア・ドルマの言う通り『悪魔』という名前を聞いて御伽噺のような伝説の情報から敵だと認識してしまったのだ。

ディーレインにとってア・ドルマの言葉は耳が痛いものだった。


「……最後まで聞いてやる。話せ」


そうは言っても完全に信用がおけるわけもなく……ディーレインは警戒だけは解かぬようにしながら話の続きを促した。

その様子にア・ドルマは特に不服に思うこともなく淡々と話を再開する。


「そうだな、問題があったのはちょうど一年ほど前のことだ」


一年前、ア・ドルマの部下の一人がディーレインの情報を掴んだ頃のことである。

当初の予定では他の人間達と同じようにディーレインを拉致し、その体を乗っ取るつもりだった。

しかし、時を同じくしてア・シュドラとレオン達との戦いが始まったのである。

ディーレインを捕獲するために遠方の地に離れていたア・ドルマは全てが終わってからレオンの存在を知ることになる。

それが、とうの昔に死んだはずの親友が用意した器だと知りア・ドルマは驚愕した。

同時にレオンの力がただ人間の体を乗っ取っただけの他の悪魔達とはどこか違うことにも気付いたのだ。

悪魔と人間の信頼……そして、乗っ取るのではなく融合。

それがレオンの特別な力の正体だとア・ドルマは確信した。

そして、仮に自分がディーレインの体を乗っ取ったとしても到底レオンには敵わないだろうと悟り計画を遅らせたのだ。

一年後、ディーレインを自らの下に呼ぶまでの間にア・ドルマがしたこと。

それはディーレインの信頼を勝ち取り、目的を同じくして共に戦う友とするための準備だった。

ア・ドルマはディーレインがハルバシオンの戦いで一族のほとんどを殺された悲惨な境遇であることを知る。

そして、目的を共通させる一筋の光を見つけた。


「貴様にとってこれは見たくないものかも知れない。しかし、私にとっては貴様と手を結ぶための唯一の賭けだ。もしも、これを見ても納得できなければここから去るがいい」

ア・ドルマはそう言ってから後方に控えるア・マルティに目配せをする。

その合図に頷いたア・マルティは一度部屋から出ると今度は共を連れて戻ってきた。

その共はア・マルティの膝くらいまでしか背丈のない小鬼だった。

六人の小鬼が一つの大きな棺を頭上で支えて運び入れたのである。

棺はゆっくりと丁寧にディーレインの目の前に置かれる。

その異様な光景にディーレインは息を飲んだ。


「ディーレイン、心の準備をしろ。先にも言ったが、これは貴様にとってはおそらく見たくないものだろう。だが、一切隠すことなくこれを見せることが私から貴様に対する誠意となるだろう」


ア・ドルマはディーレインの心の準備ができるまで待った。

ディーレインは流れ落ちる汗を拭うことなく、棺の蓋に手をかける。

ギギギ、と音を立てて蓋は静かに横にズレていく。


嫌な予感がしていた。
本当は、そうなのではないかと心のどこかで常に思っていた。

しかし、それを認めるわけにはいかなかったのだ。

それを認めると自分の心が壊れてしまうだろうとわかっていたからだ。


棺の中に眠っていたのはディーレインの最愛の妹、ファナであった。
しおりを挟む
感想 187

あなたにおすすめの小説

野草から始まる異世界スローライフ

深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。 私ーーエルバはスクスク育ち。 ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。 (このスキル使える)   エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。 エブリスタ様にて掲載中です。 表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。 プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。 物語は変わっておりません。 一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。 よろしくお願いします。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

転生した社畜は異世界でも無休で最強へ至る(旧題|剣は光より速い-社畜異世界転生)

丁鹿イノ
ファンタジー
【ファンタジア文庫にて1巻発売中!】 深夜の職場で人生を終えた青桐 恒(25)は、気づいたらファンタジーな異世界に転生していた。 前世の社畜人生のお陰で圧倒的な精神力を持ち、生後から持ち前の社畜精神で頑張りすぎて魔力と気力を異常に成長させてしまう。 そのうち元Sクラス冒険者である両親も自重しなくなり、魔術と剣術もとんでもないことに…… 異世界に転生しても働くのをやめられない! 剣と魔術が存在するファンタジーな異世界で持ち前の社畜精神で努力を積み重ね成り上がっていく、成長物語。 ■カクヨムでも連載中です■ 本作品をお読みいただき、また多く感想をいただき、誠にありがとうございます。 中々お返しできておりませんが、お寄せいただいたコメントは全て拝見し、執筆の糧にしています。 いつもありがとうございます。 ◆ 書籍化に伴いタイトルが変更となりました。 剣は光より速い - 社畜異世界転生 ~社畜は異世界でも無休で最強へ至る~ ↓ 転生した社畜は異世界でも無休で最強へ至る

前世の記憶さん。こんにちは。

満月
ファンタジー
断罪中に前世の記憶を思い出し主人公が、ハチャメチャな魔法とスキルを活かして、人生を全力で楽しむ話。 周りはそんな主人公をあたたかく見守り、時には被害を被り···それでも皆主人公が大好きです。 主に前半は冒険をしたり、料理を作ったりと楽しく過ごしています。時折シリアスになりますが、基本的に笑える内容になっています。 恋愛は当分先に入れる予定です。 主人公は今までの時間を取り戻すかのように人生を楽しみます!もちろんこの話はハッピーエンドです! 小説になろう様にも掲載しています。

お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)

いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。 --------- 掲載は不定期になります。 追記 「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。 お知らせ カクヨム様でも掲載中です。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。