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もう一つの器編

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悲鳴、喧騒、混乱。

次に感じたのは魂の昂りと高揚。

叫び声はまるでハープの音色のように心地よく感じた。

目に入るのは怯え切って逃げ惑う帝国兵の姿。

ディーレインは戦いの最中、自分が笑っていることに気がついていなかった。

いや、戦いというには一方的すぎた。

まだ十五歳にも満たない少年の魔法は付近にいた帝国兵をことごとく薙ぎ払ったのである。

それは一瞬の出来事。
けたたましい轟音に周囲にいた帝国兵の視線が向けられる。

最初に犠牲となったのはディーレインの目の前にいた二人の兵士である。

あまりにも唐突で自分の身に何が起こったのか理解する間もなかっただろう。

異変を察知して帝国兵が剣を抜き、ディーレインに突撃してくる。

中には杖を抜くものもいて、味方に支援魔法をかけ同時に攻撃魔法も構築していた。

しかし無駄であった。
魔法はディーレインに届くことのなくかき消え、支援魔法で強化された兵士の刃も傷一つ負わせることはできない。

ディーレインが両の手に集めた魔力は黒くうねり、黒炎となって兵士達を襲う。

初めての戦争、まだ人を殺したことなどない少年のどこにそんな力があったのか。

あえて理由をつけるとするならば、それは覚醒と呼ぶに相応しい。

死への恐怖と湧き上がる怒り、その二つの感情がディーレインの中に眠る力を呼び覚ましたのである。

たった一人の少年に歯が立たないと恐れをなした帝国兵は背中を向けて一目散に逃げ惑う。

黒炎はその者たちも容赦なく追いかけた。


「悪魔……悪魔だ。噂は本当だったんだ」

最後まで逃げ続けた一人の兵士が地面の凹凸に躓き、倒れ込む。

そして振り向いてディーレインを見上げながらそう言ったのだ。

彼の命はそこで尽きてしまう。
死に際に彼が目にしたのは返り血に塗れ、恍惚とした表情で笑うディーレインの姿だった。


「シドルトの……悪魔憑き」


男がそう呟いたのをディーレインは確かに聞いていた。


長い静寂。
森は焼け尽くして、焦げた臭いが鼻につく。

風の吹く音も鳥の鳴き声も聞こえない。

聞こえるのは自分の粗い息遣いだけだった。


額から眼瞼に流れる返り血を袖で拭い、ディーレインは周囲を見回す。

そこにはだれもいない。

敵も、味方も。立っているのは彼だけだった。

急に襲ってきた疲労感と眠気は魔力を限界まで使い果たした証だろうか。

ディーレインは重い足を何とか動かし、歩き始めた。

向かったのは反乱軍の駐屯地である。

味方に状況を説明し、情報を共有するために。

しかし、それは無駄であった。
反乱軍の駐屯地はすでに焼き払われていた。

よほどの高火力で焼かれたのか、周囲の木々は炭となり崩れ落ちている。

ディーレインはその炭の中に仲間の灰を見つけ、崩れ落ちる。

誰のものかもわからない。しかし、確実に仲間でありとも出会った者たちの遺灰。

今日で戦争を終結させようと考えた国王は抜かりなく反乱軍の駐屯地を襲ったのだ。

帝国兵にシドルト族の相手をさせて、その間にビアルカ族を向かわせて。

得意の火炎魔法でこれでもかというくらいに焼きつくした。

この分では他にある駐屯地も同様に襲われているだろう。

ディーレインは自分たちが負けたことを察した。

唐突な出来事にディーレインの心がついてこれない。


「父さん……」

彼は遺灰に向けて縋るように、そして謝るように頭を地面につけた。

父親であり、シドルト族の族長で反乱軍のリーダーだったシーライはここにいたのか。

襲われる前にうまく逃げたのか、それとも最後の最後まで戦い抜き見事にここで果てたのか。

何もわからない。彼にはどうすればいいかもわからない。

地面に伏して涙を流すディーレイン。
突然、ハッとしたように顔を上げた。


「母さん……ファナ……」


頭に浮かんだのは母親とたった一人の妹の存在である。

二人は戦争には参加していない。
反乱軍が抑え、拠点としていた近くの街でディーレインとシーライの帰りを待っているはず。

ここまで徹底的に反乱軍を打ち負かした国王が、その拠点を見逃すとは思えない。

二人が危ない、とディーレインは街へ向けて駆け出した。

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