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精霊の王編
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しおりを挟む話は再び王都へと戻る。
といっても、事件の首謀者アーサーとアーサーの国王就任を防ぐべく密かに動くヒースクリフの話ではない。
その二人の過激な戦いが始まるのはまだほんの少し先の話だからだ。
今はまだ、お互いがお互いの腹のうちを探り合い水面下で動く攻防しか繰り広げられていない。
その水面下での攻防の一つ。
悪魔の長ア・ドルマの魂をその身に宿した男ディーレインの話である。
彼は王宮に用意された地下の部屋の一つにいた。
アーサーが用意したその部屋は地下牢のすぐ近く、暗くジメジメとしていて決して客人を招く様な場所ではなかったが、ディーレインの招待を隠しておきたいと考えていたアーサーにとっては都合の良い場所。
なにせ、地下牢からヒースクリフが逃げ出した今の時点ならばそこを見張る衛兵はおらず、見回りも一日に一回しか行われない。
仮にディーレインの姿を誰かに見られたとしてもヒースクリフ派の人間が雇った魔法使いが忍び込んでいたと言い訳ができるからである。
さて、そんな部屋の中で彼が一体何をしていたのかといえば、その答えは今まさに彼の目の前にあった。
そこに置かれているのは黒い棺である。
数は八つ。奇しくもレオンが体の中から引き出された悪魔の魂と同じ数である。
中に入っている遺体の大きさに合わせて作られたのか、大きさはまちまちだったが形はどれも同じである。
黒い棺には白い文字でそれぞれ違う言葉が書かれている。
それは人の名前であった。
棺の中に入っている故人の名前である。
ディーレインは端から順に棺に触れて、その棺の中に眠る者の名前を詫びる様に呟いた。
そして、最後に残った棺の前で両方の膝をつくと瞳から一筋の涙を流した。
「本当に良いのだな」
その様子をディーレインの体内にある精神世界から見ていたア・ドルマが問いかける。
ディーレインは瞳から落ちた一雫の涙を指で救うと、振り向いてフッと笑った。
ア・ドルマは人間界に存在できないはずだったが、ディーレインの目には同じ部屋に佇む彼の姿が映る。
魂を共有しているディーレインにだけ見える精神体である。
仮にこの部屋に他の誰かがいたとしても、ア・ドルマの姿は見えずディーレインが独り言を言っているように見えただろう。
「心配してくれてんのか? ハッ、悪魔ってのは随分と優しいんだな」
憎まれ口を叩くディーレインだったが、それは自分の弱みを決して見せない様にするための強がりであった。
「本当にいいか、だと? いいに決まってる。仲間を失ったあの日から、俺の目的はただ一つ。この腐り切った世界を壊すことだ。そのためにあんた達と組んだんだからな」
ディーレインはそう言った後、自分の後ろにある棺に目を向ける。
「それに、こいつらもきっとそれを願ってる。『そのために役に立てるなら使ってくれ』っていうはずさ」
そう言ってからディーレインは自分の決心が鈍らないうちに棺の前から退く。
それを「始めてくれ」という合図だと受け取ったア・ドルマは無言で頷いた。
すると、ア・ドルマの横に八人の新たな人影が現れる。
ア族の幹部ア・シュドラやその場がア・ダルブといった悪魔達である。
その姿をただ一人確認できるディーレインは黙って彼らを見つめている。
現れた八人の悪魔達は一歩ずつ棺へと近づいていく。
精神体というだけあって悪魔達の体は棺の蓋をすり抜け、消えて行った。
数秒後、驚くべきことが起こる。
ガコッという音と共に八つの棺の蓋がそれぞれ同時に開いたのである。
中に眠っていてはずの遺体が一人でに動き出す。
ムクリと起き上がり、キョロキョロと周りを見た後で今度は自分の両の手を凝視し、指を動かしたり、肩を回したりしている。
八人全員が同じ様な動きをしているが、その姿は「正常に動くのか確かめている」様であった。
やがて、確認を終えたのか一人の男が立ち上がりくるりと向きを変える。
男は壁によりかかって立つディーレインを無視して、全然違う方向へ向き直ると膝をついた。
残りの者達も男の後に続いて同じ様に跪く。
部屋の中にただ一人いるディーレインではなく、何もない空間に向けて男達が膝をついている光景は異様だった。
まして、それがたった今棺から出てきた者達ならば余計である。
ただ、彼らは本当に何もないところに向けて忠誠を示しているわけではない。
彼らの視線の先にはア・ドルマの姿があったのだ。
「ほう、見えるのか」
ア・ドルマは興味深そうに言う。
その言葉に返事をしたのは最初に立ち上がった男である。
「はい、声もしっかりと。恐らく、一度あの者の体に入ったことで魂の一部が残り共鳴しているのかと」
声こそ違うがその喋り方は紛れもなくア・ダルブのものであった。
彼らはディーレインの用意した八人の遺体に入り込み、その体を乗っ取ったのである。
「ふむ、興味深いな。して、どうだその体は」
ア・ドルマが問うとア・ダルブはにんまりと笑った。
「最高です。以前乗っ取った男のものとは比べものにならない。……魔力が溢れ、生きているという実感さえ湧いてくる」
その表情は本当に嬉しそうである。
新たに手に入れた人間の体を嬉しそうに動かしているア・ダルブの姿を見てディーレインは心が痛くなる。
ダルブの魂によって動き出したその体、別人だとわかっていてもその体で実際に動き出しているところを見るとどうしても思い出してしまうのだ。
その声も、目も、口も、全てが同じ。
脳裏に焼きついた忌まわしい記憶を消し去る様にディーレインは頭を振った。
そして、同時に蘇ってきた憎々しい憎悪の感情を無理やり押さえつけ、心の中で呟くのだった。
「父さん」
と。
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