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プロローグ
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しおりを挟む剣を握れなくなってしまっては騎士として大成することなど不可能である。
俺の夢はこうして潰えてしまった。
唯一の救いがあったとすれば、街の領主からは娘を救った恩人だととても感謝され、その褒賞と騎士団を辞めると知っての退職金をはずんでもらえたことだけだった。
俺はその金を持って故郷の村に帰り、一人きりにしてしまった母と再び暮らし始めたのだ。
今では村にある畑を手伝うことで生計を立てている。
村に戻ったはいいものの、俺は途方に暮れていた。
夢だった騎士を諦めなければならなくなり、やりたいこともなくただ毎日畑をいじるだけ。
やる気も全く溢れてこず、屍のように暮らすだけだ。
村に戻った最初の頃は俺が生きて来たことと帰って来たことを喜んでくれた母だったが、何ヶ月もこんな状態が続いて痺れを切らし始めたらしい。
最近では今朝のように尻を叩かれることの方が多くなっていた。
もらった報奨金は全て母に渡した。
生活の足しにでもなればと思ったのだが、母親がやたらと俺に「働け」と言ってくるあたりそのお金もほとんど無くなってしまったのだろう。
とぼとぼと村を歩いていくと、見慣れた畑が目に入ってくる。
帰郷してから、俺が手伝っている畑だ。
その真ん中で不恰好な案山子を立てているのはシャルベールさんだろう。
シャルベールさんは村でも一番か二番くらいの年寄りだが、大きな畑を持っている。
一人では手が回らないので手伝ってくれと俺に声をかけてくれた恩人でもある。
シャルベールさんが案山子を立てるのに苦戦しているのを見て、俺は急いで畑の中に入って行った。
腰を曲げて案山子を土の中に固定しようとするシャルベールさんの上から案山子に手を添えて支える。
「おっ」
とシャルベールさんがおかしな声をあげて顔を上げた。
「おお、トルマ。助かるよ」
俺の顔を見て笑顔になるシャルベールさんに俺は気まずくて顔を背けてしまった。
こんなことならば母親に言われた通りもっと早くくればよかった。
シャルベールさんはいつもそうだ。
俺がどれだけやる気のない態度を見せても、叱ったりせず優しい言葉で諭してくれる。
村に戻って来た俺が腐らずにギリギリのところで踏みとどまって生活できているのは母親とこの人のおかげだろう。
案山子を差した土を踏み固めて固定した後、シャルベールさんは腰を反対にそらし大きく伸びをする。
「歳をとるとちょっとしたことで腰が痛くなって困るわい」
トントンと自分の腰を叩くシャルベールさんを見て、俺は「しまった。手伝うなら支える方じゃなくて固定するほうをやればよかった」と後悔した。
「今日は草むしりと害虫の駆除でしょ? 後は俺がやっとくからシャルベールさんは休んでてよ」
俺がそう言うとシャルベールさんはニカッと笑う。
麦わら帽子の下のしわくちゃな笑顔はなんだか妙に照れ臭い。
「助かるね、じゃあ頼もうか」
そう言ってシャルベールさんが近くの木陰に腰を下ろしたので、俺は早速草むしりから始めることにした。
畑の淵に沿って、植えた作物以外の邪魔な草を取り除く。
しゃがんでやる作業だが、確かに腰に来る。
シャルベールさんくらいの年齢になるまで毎日こんなことを続けていたら確かに腰に来るよな、となんとなく思った。
草をむしり終えた後は作物をひとつひとつ見て回って、虫に喰われてるものがないか確認する。
干魃や台風といった自然災害相手ではどうすることもでにないが、虫程度ならある程度は対処できるらしい。
この畑にもシャルベールさんが森でとった植物から作った虫除けの粉が巻かれているので特に大きな被害はないようだった。
「終わったよ。他に何かやることある?」
木陰のシャルベールさんのところまで行くとシャルベールさんは首を振った。
一先ずは終わりということらしい。
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