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第7章

掛け違えたボタンたち② ~投入、琴吹の秘密兵器~

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 第一試合、琴吹高校のスタメンは尊、大和、一の二年の3人に加えて一年の新戦力である岩田弟、中林の5人だった。二郎は3on3でのスタミナの無さを懸念されて初戦は控えに回ることになっており、顧問の小原が女子のベンチに着いている関係で監督の代行という事で試合に臨んでいた。

 第1クォーターは琴吹が桃李にリードを許す展開になった。キャプテンでチームの中心である桃李の明人が得点を重ねて10対18で一気に点差をつける。噂通り明人の実力は疑うベくもなく得点力は抜群でゴール下、ミドルレンジ、ロングレンジまで確実に決める事が出来るオールラウンダータイプのプレイヤーで、他の4人も皆基本に忠実な穴のないチームだった。マッチアップ的には180センチを超える尊と岩田弟がいるゴール下はやや琴吹に軍配が上がるものの総合的に見れば桃李が一枚上手と言わざる終えない状況でゲームは推移する。

 第2、第3クォーターが終了しても48対60で桃李が大きくリード。琴吹も正攻法で受け善戦するも点差は徐々に開き第4クォーターを残して12点差となった。

 第4クォーター開始前の2分間のインターバル。ここで琴吹ベンチに動きがあった。これまで名ばかりでベンチにどっしりと腰を置いて動きをほぼ見せなかった二郎が5人で輪を作り残り試合をどう進めるべきか話していたレギュラー陣の間に割って入った。

「ちょっといいか?」

「おぉ何だ、二郎か?初戦はこのままの5人で行くつもりだから、お前の出番はないと思うぞ」

 タオルで吹き出る汗を拭き大きく呼吸しながら尊がそう言うと二郎が首を振りながら言った。

「いやいや、そんなことはわかっているわ。俺が言いたいのは少し攻撃のスタイルを変えた方が良いかもって話しだ」

 二郎の言葉に若干不満そうな表情で大和が答えた。

「なんだそりゃ、点差は付けられているけど、今のところ悪くないべ。逆転は厳しいかも知れないけど次につながる良い流れは出来ているだろう」

「まぁ確かにそうだな。格上相手に上々のできだと思うけど、次の試合に向けて別の戦略を試してみるのも良いと思うんだがな」

 そんな二郎に尊が食い付くように顔を向けた。

「別の戦略だと?」

「あぁ。ずばり、攻撃はすべて尊と岩田のパワープレイに全振りしてゲームメイクを大和と中林それと一の3人でやった方が守りと攻めのバランスが良くなると思うぞ。第3クォーターに入ってから一と中林がほとんど得点に絡んでないから、いっそ中はゴリラ2人に任せた方が良いと外から見て居た俺は感じたけどな」

 二郎の予想外の的を射た助言に一呼吸間があった後に一が言った。

「OK,俺は賛成だ。実は俺も似たようなことを考えていたんだわ。尊、大和、どうせこの点をひっくり返すにはかなりきつい状況だし、次のために色々と試してみたらどうだ」

 一の問いに大和と尊が前向きの回答を出して言った。

「うーん。まぁそれも一理あるか」

「よし、岩田、2人で点を取りまくるぞ。残りの3人はアシスト頼む」

「「「「了解」」」」

 キャプテンである尊の言葉に残りのレギュラー4人も改めて気合いを入れるように声を上げてコートに戻っていった。

「よしよし!行ってこい!!」

「先輩達、ファイトです!!」

 インターバルを終えて勢いよく飛び出す5人を二郎と控えの1年達も負けじと気合いを入れて送り出すのであった。

 結果、66対75で桃李高校の勝利で第一試合は終了し、30分間の休憩に入った。



「お疲れさん!一桁点差なら格好は着くな。格上相手によくやったんじゃないか」

「まぁな。でも相手はまだ本気じゃないかも知れないし、どうだろうな」

 体育館の壁に寄りかかり休息を取っていた一に二郎が試合結果の内容について話し始めていた。

「何だ、随分ネガティブだな。相手は都で16強に入った強豪だぞ。様子見だとしても大したもんだぞ」

「まぁそうかもな。確かに皆良く動けていたし、もう少し前向きに考えてもいいかな。それに二郎の作戦も結構良かったぞ。やっぱりつけ込むべきはセンターラインだな」

「まぁそうだろうな。強豪の中でも桃李は190センチ越えの化物も見た感じ居ないし、あのセンターも180センチそこそこで高さも尊に比べたら大した事もないしな。全体の連携とか得点力は比べものにはならないかもしれんけど、高さ勝負ならこっちに分があるだろうさ」

 二郎の分析に一が感心したように笑った。

「まったく、二郎はプレイヤーよりマネージャーの方が向いているのかもな。お前、第2クォーター辺りでもうこの事に気付いて居ただろう。なんでもっと早く言わなかったんだ?そうすればもっと上手くゲームを進められたかもしれないのに」

「第2クォーター終了時点だと、まだウチも結構粘っていて10点差付いていなかっただろう。あの時点で言ってもこのまま行くって大和辺りに突っぱねられていたと思うし、前半の20分だけじゃ正直相手の動向も今一分からなかったからな。まぁ第2試合はこの作戦で頭から行くだろうし、今はゆっくり休んで次に備えくださいよ、レギュラー様。俺の出番は午後の最終試合とかだろうし、監督業に精を出しますわ」

 二郎がそんなことを言いながらスポーツドリンクを渡すと一が何を予感するように言った。

「二郎、そりゃどうだろうな」



 一方、休憩の合間に連れ小でトイレに来ていた尊と大和は2人並んで用を足しながら第一試合の感想戦を行っていた。

「どうだった、尊。以外とやれるんじゃねーか」

「あぁセンターの奴は俺が潰せるし、岩田のマッチアップの奴も何とか出来るな。千石を止めるのはかなりきついけど、点の取り合いに持ち込めばワンチャン有るかもな」

 尊の手応えを感じている横顔をみて大和が悪巧みを思いついたような表情を浮かべて言った。

「正直あまり気は進まないけど、俺らの体力がまだある内に勝ちに行くとするか」

「つまりどう言うことだ、大和?・・・・・クソ、まだ出るか」

 全般的に作戦立案を任されている大和の意図を全く汲み取ることの出来ない尊に大和が真剣な表情で答えた。

「だからつまり、待ちに待った秘密兵器の投入だ」

「・・・・すまん、小便の尿切れが気になって聞いてなかったわ。今、なんて言ったんだ?」

「はぁ~、後でもう一度話すから、さっさと用を済ませろ、アホ!」

 すっかり緊迫感を抜かれた大和は頭を抱えながら尊を置いてそそくさとトイレを後にするのだった。



 休憩時間が終わり第2試合目。コートに整列する選手達を見つめながら、新たな相手の弱点や攻めのバリエーションを見つけ出そうと監督代行としてベンチにどっしりと座っているはずだった二郎は、何故かスタメンとしてコートに並び開始の笛を待っていた。

「う~ん?どうして俺がここにいるんだ?」

 大きく首を傾げながら二郎はおよそ10分前のやり取りを思い返していた。

 自身が試合に出るなど微塵も考えていなかった二郎はベンチの真ん中に座り、第2試合に向けて準備を済まして続々と集まってくるレギュラー陣に対して監督代行として声を掛けた。

「よーし、さっきの試合の最終クォーターは良い流れだったぞ。皆も分かっていると思うが、次の試合もパワープレイを中心としたスタイルを継続して行くぞ。スタメンもこのままの5人で行くんだよな、大和?」

「いや、違うぞ。中林に代わってお前がスタメンだから、さっさと試合の準備をしろ」

 大和を言葉を全く聞いて居ないかのような素振りで二郎は話しを続けて言った。

「よし、そりゃそうだよな。あの流れを切るのはもったいないし、当然さっきの5人がベストオーダーだよな。うん。うん?今なんて?」

 自分で話をしていて、どうにも大和と会話がかみ合っていない違和感を持った二郎は、再度大和に言葉を求めた。

「いや、だから次の試合はお前がスタメンだって言ってんだよ。ゴチャゴチャ言わずにとにかくジャージを脱いでアップをしとけ。アホ」

「なんで俺がスタメンなんだよ。もう試合を捨てたのか、尊?」

 自分を全く戦力に計算していなかった二郎が、信じられないと言った表情で尊を問い詰めた。

「まぁ俺も話しを聞いたときは無茶だと言ったんだがな、大和がどうしてもと言うのだからしょうが無いだろう。一も賛成みたいだし、まぁモノは試しって事でな」

 尊の言葉を聞いて一に視線を向けると、二郎の参戦を喜んでか嬉しそうにサムズアップのポーズを二郎に向けていた。それを確認し再度大和に言葉を投げかける二郎に大和が詳細を話して聞かせた。

「マジか?」

「あぁマジだ。いいか、基本的に二郎の言うとおり作戦は尊と岩田の2人で攻めるパワープレイで押して、俺と一とお前でゲームメイクする。だが、向こうもバカじゃない。2人を止めるために人数掛けて守られたらそう簡単に尊達も点を決められないだろう。だから中に人が集まったら一と俺で外からバンバン狙っていくつもりだ。だが、それでもすぐに対応してくるだろうから、その時はお前の出番だ。基本的には中林と同じく守備とボール回しの繋ぎに徹してくれればいいが、ここ一番でフリーになったらボール回すから3ポイントをぶち込んでやれ。一応チーム内でフリーだったら俺の次にロングレンジのシュートの精度が高いからな。この点からスタミナ不足に目をつぶれば中林よりお前の方がスタメンに使う利点があると考えた訳だ。わかったか?」

 大和の言葉を受けてまんざらでもない二郎は調子に乗ってニヤリと笑った。

「そこまで言うならしょうがねーな。遂に琴吹の秘密兵器と呼ばれた俺の出番ってやつか、やれやれ」

 そんな二郎を見た尊と一が苦笑いを浮かべながら一言付け加えた。

「まったく単純な奴だな。いいかお前がどんなに逆立ちしたってまともにやったらスタミナ切れするんだから、基本はディフェンスとボール回しに集中して、無駄に攻め上がってくるなよ」

「普段褒められ慣れてないからってチョロすぎるだろうお前は。まぁ正直大して期待はしてないけど、二郎のひん曲がった性格からくり出すキラーパスには少しだけ期待しているから、とにかく1試合持つようにペース配分だけは気をつけてやれよ」

 2人の箴言にハイハイと答える二郎に大和が最後に念を押すように言った。

「いいか、これが通じるのもせいぜいこの試合だけだと思うから、それだけはガチで意識してやってくれよ。前半でバテたなんて言ったらぶん殴るからな。それと一が言うおとり、向こうは攻めも守りも基本に忠実な無駄のないスタイルだ。だからこそ基本に全く忠実じゃないお前のパスは相手のリズムを崩せるはずだから、それには俺も期待している。ここの試合は絶対に勝ちに行くつもりだから、頼むぞ、琴吹の秘密兵器!」

 大和の最後の言葉で完全に調子に乗った二郎がレギュラーである尊、大和、一、岩田弟に向けて叫んだ。

「遂に俺の時代が来たな!よーし、お前ら勝ちに行くぞ。俺の足を引っ張るなよ!」

「そりゃこっちの台詞だわ、アホ!」

「調子に乗りすぎだ、バカタレ!」

 調子づく二郎に尊がゲンコツを一が蹴りを入れて黙らせると、大和が言った。

「とにかくここが一番の勝つチャンスだ。ガチで行くべ。尊!」

「よし、パワーこそ正義!勝つぞ、琴吹!」

「「「「おー!」」」」

 こうして二郎はスタメンとして第2試合に臨むことになった。

 ちょうどその頃、コートを上から見ることが出来るギャラリーエリアや体育館の出入口に見物用に開放された非常用出口などから応援を向ける桃李高校の制服を着た学生や他の部活の生徒、私服の学生らしき連中がちらほらと増え始めていき、普段の練習試合とは異なった会場内の盛り上がりを見せ始めていた。
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