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第6章
一日千秋⑬ ~出会いの春、追憶の秋~
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それは全く劇的でも運命的でも無い何一つ変哲も無い出会いだった。
今から2年前の4月、二郎は退屈な入学式をようやく終えて初めて1年5組の教室に行き自分に席に着いたところだった。二郎の席は窓際の後ろから2番目。名字が山田であるせいか今まで小学校でも中学校でも入学後や学年が変わった時の最初の席順は例外なく窓際の一番後ろがお決まりの定位置だったが、今回ばかりは自分よりも語順が後ろの生徒がいるのかと少し残念そうにしながらふと周囲を見やった。
周りでは入学式を終えて、ついに高校生になったことを実感してか興奮を抑えきれずにテンション高く騒ぐ生徒や新しく変わった環境に順応できるかと緊張する生徒、我関せずと孤高を決め込む生徒に、早速友達作りに勤しみ男女問わず携帯番号の交換に躍起になる生徒など各々が高校入学を受け止めてこれから始める新生活に期待と不安をない交ぜにした顔でもってこの日を迎えているようだった。。そんな中で、二郎は周囲をさっと見渡し最後にやはり気になる人物を確認しようと後ろに振り返った。
そこにはここ日本の一般的な都立高校の教室には違和感しかない程の輝くブロンズヘヤーを纏うイングリッシュローズと言っても過言では無い美少女が一人静かにちょこんと座っていた。
二郎はその光景に一瞬言葉を失うも、その少女とバチッと目があったため、さすがに何の挨拶もしいわけにはいかないと思い至り、堅い笑顔と共に言い放った。
「・・・・Hello. Nice to meet you.」
その英語の挨拶にその少女は目をパチパチさせたあと、徐々に頬を緩ませて最後には笑顔で返事した。
「初めましてデス!私はレッベカ・ファーガソンです!よろしくですネ!」
語尾に若干なまりのあるイントネーションが気になるものの堂々とした日本語の返答に二郎は再び驚きの表情を見せた。
「え、日本語?普通に話せるんだな。ハハハハ、だったら初めからそう言ってくれよ。えっと、ファーガソンさんだっけ?」
「ソーリー、ソーリー!でも、私は日本に住んでもう十年近く経ちマスので、日本語はノープロブレムですヨ!それと私の事はレッベカと呼んで下さいネ」
レベッカの人懐っこい笑顔に二郎も緊張が解けたのか、レベッカの言葉を素直に受け取り遅れながらも自己紹介を行った。
「そっか、どうりで日本語が上手いわけだな。わかった。それじゃレベッカと呼ばせてもらうよ。俺は山田二郎だ。俺の事も二郎と呼んでくれて構わないぞ。今日からよろしく、レベッカ」
そう言って手を差し出した二郎にレベッカも自然と対応した。
「OKデス!私こそよろしくデス、ジロー!」
これが今では放課後に一緒にお茶を飲む間柄のレベッカとの出会いであった。
このように二郎は意外にも高校入学後、すぐに幸先良く友人第一号を獲得したのであった。しかしそれはそれまでで、その後二郎はクラスの中でも全く存在感のない生徒として認識されていくことになる。ちなみにあっさり二郎がレベッカと友人になれたのは、二郎が小さい頃から英会話教室に通っていたため、日常的に外人さんと交流を持つ事があったからだった。そのため普段対人関係に消極的な二郎も、なぜか外人相手には普段以上に積極的にコミュニケーションを取れる傾向があったため、すんなりとレベッカと仲良くなれたのであった。
そんな一幕のあと、教室には担任がやって来て簡単な自己紹介のあとに、生徒達にも一人ずつ簡単な自己紹介をするように提案し、五十音順で早い方から順々に挨拶が始まっていた。
「五十嵐瞬です。野球部に入る予定です。ちなみに彼女は今いません。高校入学前に別れて今は俺フリーなんで、その辺女子達はチャンスだと思うから、よろしく!」
「・・・・・・・」
「次行こうか」
「・・は、はい。私は・・・・」
「初めまして菊池遙です。よろしくお願いします」
「佐島遊助でーす!友達100人作れるように頑張ります!」
「田村明奈です。バスケ部に入る予定です。よろしくお願いします」
そんなこんなで空気を読まない勘違い野郎から、大人っぽく美人な女子に、頭の悪そうな男子、活発そうなスポーツ少女等々印象に残る人から残らない者まで、バラエティーに富んだクラスメイト達が順々に自己紹介を済ませていきちょうど半数の18人目が終わったところで、眠そうな顔で見て居た二郎の目に一際クラス内でオーラを放つ女子の姿が映り込んだ。
「初めまして成田忍です。女子バスケ部に入部予定です。部活命で頑張りたいと思いますので、一年間よろしくお願いします」
その特段面白みも何も無い忍の挨拶をクラスはどよめきを持って受け止めていた。
「デカいな、本当に女子かよ、あいつ」
「いやいや、超美形じゃん。俺ツイてるな」
「なになに、超イケメンなんですけど、どうしよう私、好きになっちゃうかも」
「うわ、今どき珍しいスポ根ってやつ。ちょっと面倒くさそうだわ」
忍の堂々とした言葉に整った顔立ちと平均的な男子高校生と見劣りしないスラッとした長身となんとも美しい立ち振る舞いに驚愕と羨望と嫉妬と憧憬など様々な感情が交じり合ってざわめきが生まれていた。その瞬間から忍は1年5組の中で最も存在感と注目を集める生徒となったのであった。
そんな忍を二郎は無関心に近い薄い感情をもって見つめていた。
(はぁ~眠い。やっとナ行まで来たか。それにしてもデカい女がいるもんだな。俺と同じくらいかな。まぁどうでもいいか)
その後しばらくして二郎の自己紹介の番が回ってきたが、やる気のない淡泊な挨拶をかました上に、その後のレベッカによる元気百倍のキラキラスマイルの自己紹介によって全てを持って行かれたことで二郎の影の薄さをさらに際立たせ、二郎の存在はクラスメイトの頭の中から一瞬で消されるのであった。
そんな地味な高校デビューを飾った二郎は一の誘いもあってか中学時代と同じく男子バスケ部に入部していた。二郎としてみれば特にバスケ部にこだわったわけでは無く体験入部で多数の他の部活に行ってみたが、どこもしっくりこなかったため初めは部活には入らずに、帰宅部になりバイトでもやりながらゆるりとした高校生活を送ろうと思っていた。ところが最終的には一や部の先輩の説得もありバスケ部に入る事になった。というのも入部を渋る二郎に部の先輩達も無理に部活に来る必要は無く自由参加で大丈夫だからと説得されたため、それなら中学時代と変わらないから良いかと入部を決めたのだった。
それから2ヶ月ほど経った頃、二郎は部の先輩にいわれたとおり一切のプレッシャーも無く部活を休んだり遅刻したりと自由な放課後ライフを送っていたそんなある日のことである。
二郎は放課後の校内見回りとレベッカとのティータイムを終えて、夕方5時前にふらっと現れて、軽く汗をかく程度に練習に参加して後片付けを終えて部室に戻り着替えをしていた。
「ちょっと腹減ったし、少し駅前でなんか食べていかないか」
「確かにこの時間まで部活やっていると腹減るよな。そう言えばマックのハンバーガーが1個50円くらいだったような気がするな。どうだ4人で三つくらい頼んで早食い競争で負けた奴が全部奢るってのどうだ」
「いいね!面白そうじゃん。二郎も来るだろ」
尊、大和、一がワイワイと話をしていると二郎がキョロキョロと周囲を見ながら言った。
「あれ、おかしいな?」
「どうした?」
「どうやらタオルを体育館に忘れたみたいでさ。ちょっと取ってくるから先に店に行って俺の分も注文しておいてくれないか。俺もすぐに行くからよ」
そう言って二郎は3人を残して体育館へ向かうのであった。
体育館には女バスの部員が一人居残り練習をしているだけで他に誰もいなかった。
(よくやるな、あいつも。まぁそんなことよりタオルどこ置いたかな~。う~ん、あ、もしかしたら倉庫かな。ボールしまうときに落としたのかもしれんな)
そんなことを思いながら薄暗い用具倉庫の中でようやくタオルを見つけたとき、数人の生徒の声が聞こえてきて用具倉庫の中に入ってくるのを感じた二郎は反射的に物陰に身を隠した。
(なんで俺は隠れているだ。あれ、先輩達か、何しているだろ、こんな時間に?)
そこに現れたのは二郎達一年よりも先に部活を終えてすでに着替えを終えていた3年の男バスの先輩の3人だった。
3人はどうやら日頃から部活の後に軽くバスケをしながら雑談をするために誰もいなくなった体育館に来ていたようだった。
二郎は部活の先輩とは言え普段からさぼりまくっているせいか、あまり先輩とはコミュニケーションが取れておらず、特にこの3人の先輩とはほぼ絡みも無かったため、しばらく倉庫に籠もってやり過ごすことにした。
「おい、それで今年の一年坊主達はどうだ?」
「一年か。まぁ悪くないぞ。中田は初心者だけどあのデカさはやっぱり武器になるし、何より凄いやる気満々で上達も早いしな」
「尊の奴は、すぐにエース格になるだろうよ。一年世代の部長は尊で決まりだろう」
「そうか、他はどうだ?」
「小野も一ノ瀬も経験者で真面目だし良い奴らだぞ」
「小野はいつも一番先に来て用具準備したり、ドリンク作ったりしてくれていつも助かっているし、一ノ瀬もムードーメーカーって感じで2年とも上手くやっているみだわ」
「そうか、今年はなかなか豊作みたいだな」
3人は1on1をしながら新入部員の様子を報告し合っているようだった。
(3人とも随分褒められているな。ところで俺はどうなんだ)
二郎が先輩3人の話に耳を傾けていると一人の先輩が語調を強めて言った。
「だけどな、あいつはダメだわ」
「あいつって、あぁ山田のことか」
「あぁ確かにあいつはやる気なさ過ぎだわ。新歓の時に自由参加で大丈夫とは言ったけど、あいつマジで毎日ほぼ遅刻するし週に2、3回サボるときもあるし、あれはいくら何でも舐めすぎだわ」
(まぁそりゃそうなるわな。だけど自由参加で良いって言ったのは先輩だけどな)
二郎が自分を批判する先輩達に毒づいている間にも二郎への糾弾は続いていた。
「あいつは一体何が理由で今の状況になってんだ?バイトでもやってんのか?それとも兼部でもしてんのかね?」
「いや、そうじゃないみたいだわ。実はこの前に委員会で部活に遅れた時に見たんだが、あの野郎、放課後の校内で二年の二階堂ちゃんとイチャコラしてやがったぞ」
「なんだって二階堂ちゃんとあいつがそんなことになってんだよ?」
「事情は分からんが、どうやら生徒会の手伝いみたいな事で掲示ポスターの張り替えを二人で仲良くやってたぜ」
「クソ、あの野郎。俺らの女神、二階堂ちゃんと遊んでいて部活に遅れてくるってのかよ」
「待ってくれ。怒るのはまだ早いぞ。それだけじゃ無いんだ。あの一年坊主、あのレベッカちゃんとも仲が良いらしくてちょくちょく写真部に顔を出しては放課後ティータイムを楽しんでいるらしいぞ」
「何だそりゃ一体?どういうこった?て言うか、レベッカちゃんって誰だ?」
「バカ!お前知らないのか。今年入学した金髪のイギリス人の美少女だよ。実は2年の鈴木から聞いたんだが、クラスに写真部の友達がいて、そこにレベッカちゃんが入部したらしくて、それで同じクラスの男子が良く遊びに来るとか。それでどうやらそれが山田みたいなんだわ。よく分からんが二人は結構仲が良いみたいで、お茶を飲みながら仲良く勉強しているって情報があがって来てんだよ」
「あの野郎、俺たちが部活で汗をかいている間に、優雅に金髪美少女と勉強会って訳か。クソが!なんかムカついてきたな」
「だよな、ちょっと調子乗りすぎだよな」
「ちょっと絞めとくか。いくら何でもサボり過ぎだし、何よりもあんな芋くさいもやしみたいなガキが良い思いしすぎだろ。あまり調子に乗ってないで部活に真面目に出てこいってビビらせれば一発で終わりだろ」
「確かに他の一年は真面目にやってんのに、あいつのせいで部の空気が悪くなるのもヤダし、軽くやっとくか」
あまり穏やかでは無い先輩達の話にすでにビビっている二郎はこの状況をどう乗り切るのか冷や汗をかきながら息を殺していると、予想もしなかった方向から声が上がった。
「先輩達、お疲れ様です。ちょっと良いですか?」
「え?あぁ君は女バスの・・」
突然の事にたじろぐ3人に声を掛けたのは、部活後に一人残ってシュート練習をしていた忍だった。忍は練習後の日課として一人黙々とシュート練習をしていたが、徐々にヒートアップしていく男バスの先輩達の会話が耳に入ってくると、自分と同じクラスの二郎について話していることに気がつき余計なお世話かとは思ったが、元々真面目で正義感の強い性格のせいかそのまま黙って見過ごすわけにはいかないと思い至り声を掛けたのだった。
「すいません、急に邪魔をしてしまって。女バス一年の成田です。実は今の話を聞いてしまって・・」
同じバスケ部の後輩とは言え、下級生を締め上げるというあまり聞かれるのはマズい内容だったため、なんとかごまかそうと3人は言葉を濁して答えた。
「いや、あれはちょっとした雑談でさ。マジでなんかするとかはないから、成田ちゃんが心配すること無いぜ。なぁ」
「そうだぜ。君みたいな期待の新人ちゃんはあんな奴のことは気にせずに練習頑張ってやっていれば大丈夫だからさ」
「男子バスケ部の事は、俺たちに任せておいて大丈夫だからさ。心配させるような話を聞かせて済まなかったね」
忍はすでに女バスの中でも3年と同等かそれ以上の実力を示しており、男女問わずバスケ部内からは別格扱いをされていた。また女バス内では部創設以来のゴールデンルーキーとして期待をされていたため、面倒事に忍を巻き込んだなどと知られれば、女子達から何をされるか分からないといった恐怖心から、とにかくここは忍を話題から遠ざけようと全力で場を取り繕うとしたのだった。
ところが一度首を突っ込んだことにそう簡単には引き下がれないと考えた忍はさらに一歩踏み込んで言った。
「いや、でも先輩方の気持ちはあたしも分かります。実は山田君とはあたし同じクラスで前から遅刻したりサボってばかりの彼の事をあたしも気になっていたんですよ」
「そうだったのか。成田ちゃんもあんな態度で部活をされても気分悪いよな」
「そうですね。先輩達が怒るのも無理ないと思います。だけど、今回のところはどうか穏便に済ませていただけませんか。これからはあたしがクラスメイトとしてもっと部活に真面目に取り組むように言って聞かせますので、どうかお願いします」
そういって忍は頭を下げて二郎を庇うように許しを請うて言った。
「おいおい、ちょっと待ってくれよ。君が頭を下げる理由なんて何一つ無いんだから頭を上げてくれよ」
「そうだよ、こんなところ女バスの連中に見られたら俺たちがただでは済まなくなるからさ」
「君の気持ちは分かったからさ。でも、どうしてあんな奴のためにわざわざこんなことするんだい?」
おっかなびっくりと言った様子で忍の懇願を受け取った男バス先輩の3人は、何故忍が二郎のためにここまでするのか疑問となりその理由を尋ねた。
「それは大した理由ではないのですが、父が小さい頃に教えてくれたんです。バスケの好きな人に悪い人はいないって。だから多分、山田君もどういう理由で遅刻したりサボったりしているのか分かりませんが、バスケ部をやめずにいるって事は悪い人では無いと思うんです。だって部活は入るも入らないのも自由だし、バスケ部以外にも沢山部活があるのにわざわざバスケ部を選んで入部したって事は少なくともバスケが嫌いって事は無いと思うんです。それに一ノ瀬君に聞いたら、中学時代もバスケ部に入っていたらしくて、高校でも続けているのはやっぱりバスケが好きなんだと思うんです。だから、今後はあたしがちゃんと部活に参加するように面倒見るので先輩方、どうか今回は大目に見て下さい、お願いします」
忍はこの時二郎の事など全くと言って良いほど興味はなかった。ただ偶然同じクラスの同じ部活に入っている男子であり、できることなら一人でも多くの人にバスケを好きでいてもらいたいと考えていたため、自ら頭を下げてまで二郎を庇うことしたのだった。それは二郎の様な風来坊でも同じでバスケプレイヤーとして最低限のリスペクトを持ってこの時の忍は行動をしていたのであった。
その忍に圧倒された3人は毒気が抜かれたのか、忍に分かったとだけ伝えてそそくさと体育館を出て行くのであった。
その後忍も一人でコート全面にモップ駆けをして体育館を後にしたのであった。
その一部始終を見ていた二郎は、その時初めて成田忍という人物の人となりの一部を知る事になった。
「あいつ、どこまでバスケ好きなんだよ。俺なんかのために頭下げて何を考えているんだよ。クソが・・・・」
二郎はしーんとする体育館の中で、無意識にそうつぶやいていた。そして、何処かモヤモヤするような何処か痛い所を付かれたようなそんな感覚を覚えていた。
それから忍は事あるごとに二郎に部活に来るように小言を言うようになった。初めこそ忍も丁寧に優しく二郎を諭すように声を掛けていたが、なかなか素直に言うことを聞かない二郎に忍の態度も徐々に変わっていくのであった。
「ちょっとあんた、今日こそは初めから部活に参加しなさいよ、バカ!」
「毎度うるさい女だな、お前は。最近はちゃんとサボらず部活に出ているだろうが」
「確かに前よりは参加するようにはなったけど、それでもだいたい遅刻してくるでしょ、あんた。放課後に一体何をしているわけ?」
「別にお前に関係ないだろうが。放っとけ全くもう」
そんな言い合いをしていると二人の下に一がやって来て声を掛けた。
「お~す、お二人さん。今日も仲良く夫婦喧嘩か?毎日飽きずによくやるわ」
「ちょっと一ノ瀬君。バカな事言ってないで説得してよ」
「何だ、一か。こいつどうにかしてくれ」
毎度のやり取りを交わす2人に呆れながら、何かをひらめいたように一が言った。
「全く二人とも素直じゃ無いな。もっと仲良く穏便に行こうぜ。そうだ、ふたりとも呼び方が良くないな。あんたとかこいつとか、どうもそれだとケンカ腰になるから名前呼びにしてみたらどうだ?」
「別にあたしはケンカなんてするつもりは無いけど」
「俺だってケンカなんてしたかねーさ」
「全くこんな時だけ2人揃って気が合うんだから参るぜ、本当に。グダグダ言わずに忍ちゃんと二郎君でいいだろう。そうすれば少しはツンケンせずに話が出来るだろうさ。ついでに俺は一でも一君でいいぞ、忍ちゃん」
ぐだぐだ言う2人にしびれを切らした一が強引に2人に名前呼びを強制するように言った。
「忍ちゃんだぁ。そんな呼び方できるか、お前じゃあるまいし。こいつなんて忍で十分だろう」
「ちょっと随分と馴れ馴れしいじゃない。あたしだって二郎君なんて呼びたくないし、二郎で十分よ、バカ二郎!」
「バカとはなんだバカとは!忍なんて名前のくせに全然忍耐が足りない奴だな、こいつは」
「こいつじゃないでしょ、あんた!忍ってちゃんと呼びなさいよ」
「お前こそあんたじゃないだろうが、二郎ってちゃんと呼べ、忍」
「分かったわよ、二郎」
「わかればそれでいいんだよ、忍」
そんな2人のやり取りに一がムッとした表情で2人に疑いの目を向けてに言った。
「お前ら本当は仲いいんだろ。そうなんだろ。ああだこうだケンカしているフリして、実はただイチャイチャしているところを俺に見せつけたいだけなんだろう。そうなんだろ、いい加減しろよ、お前ら!」
突然の一の剣幕に何のことだと言わんばかりに2人が息の合った言葉を返した。
「何をお前は怒っているだ。あんまりカリカリすると体に良くないぞ。ちゃんと小魚食べろよ、一」
「そうよ、一ノ瀬君。急に何を怒っているのよ。あんまり怒りっぽいとモテないわよ。ちゃんと牛乳飲んだ方が良いわよ」
「まったく人をおちょくる台詞まで似たようなこと言いやがってこいつら。もうわかったよ。小魚も牛乳もちゃんと食べるからアホなこと言うのはここまでにして早いとこ部活行こうぜ」
「はいはい、しょうがないから今日のところはこのまま部活に行くとするか」
「やっとやる気になったのね。毎日その調子で部活に取り組んでよね、もう」
「ほらほら、イチャコラしてないで早く行くぞ、2人とも」
「「イチャイチャなんてしてないわ!」」
「はいはい!まったく息ぴったりじゃねーか。本当に似たもの同士の2人だわ」
この日以降、二郎と忍の関係はより近いモノとなり、以前よりも部活に出席するようになった二郎と忍はクラスでもレベッカを加えてよく3人で行動することが増えていく事になった。そのおかげなのか二郎はクラス内では相当地味で存在感はないことは変わらないモノのバスケ部の中では以前よりも先輩や他の男子部員や女子部員とも多少の絡みも増えていき、二郎にとってもそれなりに充実した高校生活を送れるようになったのだった。
また忍にとってもこの出会いは少しずつ変化を与えていった。それまでは部活命であったが、二郎の面倒を見るようになってから不思議と部活以外でも二郎の事が気になり始めて、何かとお節介を焼くことが多くなり、それは2年になる頃には興味が関心へとかわり、そして友情から愛情へとその感情を押し上げていき、今となってはどうしても放っておけない大切な人になっていくのであった。しかし、それが忍を苦しめることとなり、その事に未だ気付けずにいる二郎はその忍の気持ちに応えられないまま今日この日を迎えていたのだった。
長い追憶の中から戻った二郎は再び忍に視線を向けてつぶやく。
「はぁ~。そっか。忍、俺はもっとお前に感謝しなきゃいけないのかもしれないな。なんだかんだ言って、懲りずにお前が俺を引っ張ってくれたから、今の俺がそれなりに退屈せずに学校生活を送れているのかも知れないわ。忍がいたから部活もやめずに今でも続けていられたし、2年になってからもすみれとかエリカとか三佳とも友人になれたわけだし、俺の世界を広げてくれたのはお前だったんだな。・・・・ごめんな。すみれに言われたとおりだ。俺はもっとお前を大切にしなきゃいけなかったよ。だから、本当にごめん。この前お前に嘘をついてごめん。適当な態度をとってごめん。お前ならなんだかんだ言って許してくれるなんて思って甘えてごめん。これからはもっと大切にするから、忍を一番に考えるから、だからどうか許しくれ。またいつものように俺に小言を言ってくれよ。お前が何も言ってこないと、物足りないんだよ。どこか毎日の生活が締まらないんだわ。なぁ忍、だから早くお前のキラキラした笑った顔を俺に見せてくれよ」
二郎はこの時初めて気がついた。自分に一番近くにいて一番自分を見ていてくれて、一番必要な人間が誰なのか。それは二郎がこれまで感じたことがない感情だったが、おそらくこれが自分にとって特別な相手に対してのみ湧き上がる感情なのだと本能的に感じていた。
その言葉に忍は返事を返すことはなかったが、握られた手は先程よりもより強く握りしめられた感覚を二郎は受け取っていた。
そんなやり取りが交わされた直後、図ったかのようなタイミングで美沙子が保健の先生を連れて保健室に戻るのであった。
今から2年前の4月、二郎は退屈な入学式をようやく終えて初めて1年5組の教室に行き自分に席に着いたところだった。二郎の席は窓際の後ろから2番目。名字が山田であるせいか今まで小学校でも中学校でも入学後や学年が変わった時の最初の席順は例外なく窓際の一番後ろがお決まりの定位置だったが、今回ばかりは自分よりも語順が後ろの生徒がいるのかと少し残念そうにしながらふと周囲を見やった。
周りでは入学式を終えて、ついに高校生になったことを実感してか興奮を抑えきれずにテンション高く騒ぐ生徒や新しく変わった環境に順応できるかと緊張する生徒、我関せずと孤高を決め込む生徒に、早速友達作りに勤しみ男女問わず携帯番号の交換に躍起になる生徒など各々が高校入学を受け止めてこれから始める新生活に期待と不安をない交ぜにした顔でもってこの日を迎えているようだった。。そんな中で、二郎は周囲をさっと見渡し最後にやはり気になる人物を確認しようと後ろに振り返った。
そこにはここ日本の一般的な都立高校の教室には違和感しかない程の輝くブロンズヘヤーを纏うイングリッシュローズと言っても過言では無い美少女が一人静かにちょこんと座っていた。
二郎はその光景に一瞬言葉を失うも、その少女とバチッと目があったため、さすがに何の挨拶もしいわけにはいかないと思い至り、堅い笑顔と共に言い放った。
「・・・・Hello. Nice to meet you.」
その英語の挨拶にその少女は目をパチパチさせたあと、徐々に頬を緩ませて最後には笑顔で返事した。
「初めましてデス!私はレッベカ・ファーガソンです!よろしくですネ!」
語尾に若干なまりのあるイントネーションが気になるものの堂々とした日本語の返答に二郎は再び驚きの表情を見せた。
「え、日本語?普通に話せるんだな。ハハハハ、だったら初めからそう言ってくれよ。えっと、ファーガソンさんだっけ?」
「ソーリー、ソーリー!でも、私は日本に住んでもう十年近く経ちマスので、日本語はノープロブレムですヨ!それと私の事はレッベカと呼んで下さいネ」
レベッカの人懐っこい笑顔に二郎も緊張が解けたのか、レベッカの言葉を素直に受け取り遅れながらも自己紹介を行った。
「そっか、どうりで日本語が上手いわけだな。わかった。それじゃレベッカと呼ばせてもらうよ。俺は山田二郎だ。俺の事も二郎と呼んでくれて構わないぞ。今日からよろしく、レベッカ」
そう言って手を差し出した二郎にレベッカも自然と対応した。
「OKデス!私こそよろしくデス、ジロー!」
これが今では放課後に一緒にお茶を飲む間柄のレベッカとの出会いであった。
このように二郎は意外にも高校入学後、すぐに幸先良く友人第一号を獲得したのであった。しかしそれはそれまでで、その後二郎はクラスの中でも全く存在感のない生徒として認識されていくことになる。ちなみにあっさり二郎がレベッカと友人になれたのは、二郎が小さい頃から英会話教室に通っていたため、日常的に外人さんと交流を持つ事があったからだった。そのため普段対人関係に消極的な二郎も、なぜか外人相手には普段以上に積極的にコミュニケーションを取れる傾向があったため、すんなりとレベッカと仲良くなれたのであった。
そんな一幕のあと、教室には担任がやって来て簡単な自己紹介のあとに、生徒達にも一人ずつ簡単な自己紹介をするように提案し、五十音順で早い方から順々に挨拶が始まっていた。
「五十嵐瞬です。野球部に入る予定です。ちなみに彼女は今いません。高校入学前に別れて今は俺フリーなんで、その辺女子達はチャンスだと思うから、よろしく!」
「・・・・・・・」
「次行こうか」
「・・は、はい。私は・・・・」
「初めまして菊池遙です。よろしくお願いします」
「佐島遊助でーす!友達100人作れるように頑張ります!」
「田村明奈です。バスケ部に入る予定です。よろしくお願いします」
そんなこんなで空気を読まない勘違い野郎から、大人っぽく美人な女子に、頭の悪そうな男子、活発そうなスポーツ少女等々印象に残る人から残らない者まで、バラエティーに富んだクラスメイト達が順々に自己紹介を済ませていきちょうど半数の18人目が終わったところで、眠そうな顔で見て居た二郎の目に一際クラス内でオーラを放つ女子の姿が映り込んだ。
「初めまして成田忍です。女子バスケ部に入部予定です。部活命で頑張りたいと思いますので、一年間よろしくお願いします」
その特段面白みも何も無い忍の挨拶をクラスはどよめきを持って受け止めていた。
「デカいな、本当に女子かよ、あいつ」
「いやいや、超美形じゃん。俺ツイてるな」
「なになに、超イケメンなんですけど、どうしよう私、好きになっちゃうかも」
「うわ、今どき珍しいスポ根ってやつ。ちょっと面倒くさそうだわ」
忍の堂々とした言葉に整った顔立ちと平均的な男子高校生と見劣りしないスラッとした長身となんとも美しい立ち振る舞いに驚愕と羨望と嫉妬と憧憬など様々な感情が交じり合ってざわめきが生まれていた。その瞬間から忍は1年5組の中で最も存在感と注目を集める生徒となったのであった。
そんな忍を二郎は無関心に近い薄い感情をもって見つめていた。
(はぁ~眠い。やっとナ行まで来たか。それにしてもデカい女がいるもんだな。俺と同じくらいかな。まぁどうでもいいか)
その後しばらくして二郎の自己紹介の番が回ってきたが、やる気のない淡泊な挨拶をかました上に、その後のレベッカによる元気百倍のキラキラスマイルの自己紹介によって全てを持って行かれたことで二郎の影の薄さをさらに際立たせ、二郎の存在はクラスメイトの頭の中から一瞬で消されるのであった。
そんな地味な高校デビューを飾った二郎は一の誘いもあってか中学時代と同じく男子バスケ部に入部していた。二郎としてみれば特にバスケ部にこだわったわけでは無く体験入部で多数の他の部活に行ってみたが、どこもしっくりこなかったため初めは部活には入らずに、帰宅部になりバイトでもやりながらゆるりとした高校生活を送ろうと思っていた。ところが最終的には一や部の先輩の説得もありバスケ部に入る事になった。というのも入部を渋る二郎に部の先輩達も無理に部活に来る必要は無く自由参加で大丈夫だからと説得されたため、それなら中学時代と変わらないから良いかと入部を決めたのだった。
それから2ヶ月ほど経った頃、二郎は部の先輩にいわれたとおり一切のプレッシャーも無く部活を休んだり遅刻したりと自由な放課後ライフを送っていたそんなある日のことである。
二郎は放課後の校内見回りとレベッカとのティータイムを終えて、夕方5時前にふらっと現れて、軽く汗をかく程度に練習に参加して後片付けを終えて部室に戻り着替えをしていた。
「ちょっと腹減ったし、少し駅前でなんか食べていかないか」
「確かにこの時間まで部活やっていると腹減るよな。そう言えばマックのハンバーガーが1個50円くらいだったような気がするな。どうだ4人で三つくらい頼んで早食い競争で負けた奴が全部奢るってのどうだ」
「いいね!面白そうじゃん。二郎も来るだろ」
尊、大和、一がワイワイと話をしていると二郎がキョロキョロと周囲を見ながら言った。
「あれ、おかしいな?」
「どうした?」
「どうやらタオルを体育館に忘れたみたいでさ。ちょっと取ってくるから先に店に行って俺の分も注文しておいてくれないか。俺もすぐに行くからよ」
そう言って二郎は3人を残して体育館へ向かうのであった。
体育館には女バスの部員が一人居残り練習をしているだけで他に誰もいなかった。
(よくやるな、あいつも。まぁそんなことよりタオルどこ置いたかな~。う~ん、あ、もしかしたら倉庫かな。ボールしまうときに落としたのかもしれんな)
そんなことを思いながら薄暗い用具倉庫の中でようやくタオルを見つけたとき、数人の生徒の声が聞こえてきて用具倉庫の中に入ってくるのを感じた二郎は反射的に物陰に身を隠した。
(なんで俺は隠れているだ。あれ、先輩達か、何しているだろ、こんな時間に?)
そこに現れたのは二郎達一年よりも先に部活を終えてすでに着替えを終えていた3年の男バスの先輩の3人だった。
3人はどうやら日頃から部活の後に軽くバスケをしながら雑談をするために誰もいなくなった体育館に来ていたようだった。
二郎は部活の先輩とは言え普段からさぼりまくっているせいか、あまり先輩とはコミュニケーションが取れておらず、特にこの3人の先輩とはほぼ絡みも無かったため、しばらく倉庫に籠もってやり過ごすことにした。
「おい、それで今年の一年坊主達はどうだ?」
「一年か。まぁ悪くないぞ。中田は初心者だけどあのデカさはやっぱり武器になるし、何より凄いやる気満々で上達も早いしな」
「尊の奴は、すぐにエース格になるだろうよ。一年世代の部長は尊で決まりだろう」
「そうか、他はどうだ?」
「小野も一ノ瀬も経験者で真面目だし良い奴らだぞ」
「小野はいつも一番先に来て用具準備したり、ドリンク作ったりしてくれていつも助かっているし、一ノ瀬もムードーメーカーって感じで2年とも上手くやっているみだわ」
「そうか、今年はなかなか豊作みたいだな」
3人は1on1をしながら新入部員の様子を報告し合っているようだった。
(3人とも随分褒められているな。ところで俺はどうなんだ)
二郎が先輩3人の話に耳を傾けていると一人の先輩が語調を強めて言った。
「だけどな、あいつはダメだわ」
「あいつって、あぁ山田のことか」
「あぁ確かにあいつはやる気なさ過ぎだわ。新歓の時に自由参加で大丈夫とは言ったけど、あいつマジで毎日ほぼ遅刻するし週に2、3回サボるときもあるし、あれはいくら何でも舐めすぎだわ」
(まぁそりゃそうなるわな。だけど自由参加で良いって言ったのは先輩だけどな)
二郎が自分を批判する先輩達に毒づいている間にも二郎への糾弾は続いていた。
「あいつは一体何が理由で今の状況になってんだ?バイトでもやってんのか?それとも兼部でもしてんのかね?」
「いや、そうじゃないみたいだわ。実はこの前に委員会で部活に遅れた時に見たんだが、あの野郎、放課後の校内で二年の二階堂ちゃんとイチャコラしてやがったぞ」
「なんだって二階堂ちゃんとあいつがそんなことになってんだよ?」
「事情は分からんが、どうやら生徒会の手伝いみたいな事で掲示ポスターの張り替えを二人で仲良くやってたぜ」
「クソ、あの野郎。俺らの女神、二階堂ちゃんと遊んでいて部活に遅れてくるってのかよ」
「待ってくれ。怒るのはまだ早いぞ。それだけじゃ無いんだ。あの一年坊主、あのレベッカちゃんとも仲が良いらしくてちょくちょく写真部に顔を出しては放課後ティータイムを楽しんでいるらしいぞ」
「何だそりゃ一体?どういうこった?て言うか、レベッカちゃんって誰だ?」
「バカ!お前知らないのか。今年入学した金髪のイギリス人の美少女だよ。実は2年の鈴木から聞いたんだが、クラスに写真部の友達がいて、そこにレベッカちゃんが入部したらしくて、それで同じクラスの男子が良く遊びに来るとか。それでどうやらそれが山田みたいなんだわ。よく分からんが二人は結構仲が良いみたいで、お茶を飲みながら仲良く勉強しているって情報があがって来てんだよ」
「あの野郎、俺たちが部活で汗をかいている間に、優雅に金髪美少女と勉強会って訳か。クソが!なんかムカついてきたな」
「だよな、ちょっと調子乗りすぎだよな」
「ちょっと絞めとくか。いくら何でもサボり過ぎだし、何よりもあんな芋くさいもやしみたいなガキが良い思いしすぎだろ。あまり調子に乗ってないで部活に真面目に出てこいってビビらせれば一発で終わりだろ」
「確かに他の一年は真面目にやってんのに、あいつのせいで部の空気が悪くなるのもヤダし、軽くやっとくか」
あまり穏やかでは無い先輩達の話にすでにビビっている二郎はこの状況をどう乗り切るのか冷や汗をかきながら息を殺していると、予想もしなかった方向から声が上がった。
「先輩達、お疲れ様です。ちょっと良いですか?」
「え?あぁ君は女バスの・・」
突然の事にたじろぐ3人に声を掛けたのは、部活後に一人残ってシュート練習をしていた忍だった。忍は練習後の日課として一人黙々とシュート練習をしていたが、徐々にヒートアップしていく男バスの先輩達の会話が耳に入ってくると、自分と同じクラスの二郎について話していることに気がつき余計なお世話かとは思ったが、元々真面目で正義感の強い性格のせいかそのまま黙って見過ごすわけにはいかないと思い至り声を掛けたのだった。
「すいません、急に邪魔をしてしまって。女バス一年の成田です。実は今の話を聞いてしまって・・」
同じバスケ部の後輩とは言え、下級生を締め上げるというあまり聞かれるのはマズい内容だったため、なんとかごまかそうと3人は言葉を濁して答えた。
「いや、あれはちょっとした雑談でさ。マジでなんかするとかはないから、成田ちゃんが心配すること無いぜ。なぁ」
「そうだぜ。君みたいな期待の新人ちゃんはあんな奴のことは気にせずに練習頑張ってやっていれば大丈夫だからさ」
「男子バスケ部の事は、俺たちに任せておいて大丈夫だからさ。心配させるような話を聞かせて済まなかったね」
忍はすでに女バスの中でも3年と同等かそれ以上の実力を示しており、男女問わずバスケ部内からは別格扱いをされていた。また女バス内では部創設以来のゴールデンルーキーとして期待をされていたため、面倒事に忍を巻き込んだなどと知られれば、女子達から何をされるか分からないといった恐怖心から、とにかくここは忍を話題から遠ざけようと全力で場を取り繕うとしたのだった。
ところが一度首を突っ込んだことにそう簡単には引き下がれないと考えた忍はさらに一歩踏み込んで言った。
「いや、でも先輩方の気持ちはあたしも分かります。実は山田君とはあたし同じクラスで前から遅刻したりサボってばかりの彼の事をあたしも気になっていたんですよ」
「そうだったのか。成田ちゃんもあんな態度で部活をされても気分悪いよな」
「そうですね。先輩達が怒るのも無理ないと思います。だけど、今回のところはどうか穏便に済ませていただけませんか。これからはあたしがクラスメイトとしてもっと部活に真面目に取り組むように言って聞かせますので、どうかお願いします」
そういって忍は頭を下げて二郎を庇うように許しを請うて言った。
「おいおい、ちょっと待ってくれよ。君が頭を下げる理由なんて何一つ無いんだから頭を上げてくれよ」
「そうだよ、こんなところ女バスの連中に見られたら俺たちがただでは済まなくなるからさ」
「君の気持ちは分かったからさ。でも、どうしてあんな奴のためにわざわざこんなことするんだい?」
おっかなびっくりと言った様子で忍の懇願を受け取った男バス先輩の3人は、何故忍が二郎のためにここまでするのか疑問となりその理由を尋ねた。
「それは大した理由ではないのですが、父が小さい頃に教えてくれたんです。バスケの好きな人に悪い人はいないって。だから多分、山田君もどういう理由で遅刻したりサボったりしているのか分かりませんが、バスケ部をやめずにいるって事は悪い人では無いと思うんです。だって部活は入るも入らないのも自由だし、バスケ部以外にも沢山部活があるのにわざわざバスケ部を選んで入部したって事は少なくともバスケが嫌いって事は無いと思うんです。それに一ノ瀬君に聞いたら、中学時代もバスケ部に入っていたらしくて、高校でも続けているのはやっぱりバスケが好きなんだと思うんです。だから、今後はあたしがちゃんと部活に参加するように面倒見るので先輩方、どうか今回は大目に見て下さい、お願いします」
忍はこの時二郎の事など全くと言って良いほど興味はなかった。ただ偶然同じクラスの同じ部活に入っている男子であり、できることなら一人でも多くの人にバスケを好きでいてもらいたいと考えていたため、自ら頭を下げてまで二郎を庇うことしたのだった。それは二郎の様な風来坊でも同じでバスケプレイヤーとして最低限のリスペクトを持ってこの時の忍は行動をしていたのであった。
その忍に圧倒された3人は毒気が抜かれたのか、忍に分かったとだけ伝えてそそくさと体育館を出て行くのであった。
その後忍も一人でコート全面にモップ駆けをして体育館を後にしたのであった。
その一部始終を見ていた二郎は、その時初めて成田忍という人物の人となりの一部を知る事になった。
「あいつ、どこまでバスケ好きなんだよ。俺なんかのために頭下げて何を考えているんだよ。クソが・・・・」
二郎はしーんとする体育館の中で、無意識にそうつぶやいていた。そして、何処かモヤモヤするような何処か痛い所を付かれたようなそんな感覚を覚えていた。
それから忍は事あるごとに二郎に部活に来るように小言を言うようになった。初めこそ忍も丁寧に優しく二郎を諭すように声を掛けていたが、なかなか素直に言うことを聞かない二郎に忍の態度も徐々に変わっていくのであった。
「ちょっとあんた、今日こそは初めから部活に参加しなさいよ、バカ!」
「毎度うるさい女だな、お前は。最近はちゃんとサボらず部活に出ているだろうが」
「確かに前よりは参加するようにはなったけど、それでもだいたい遅刻してくるでしょ、あんた。放課後に一体何をしているわけ?」
「別にお前に関係ないだろうが。放っとけ全くもう」
そんな言い合いをしていると二人の下に一がやって来て声を掛けた。
「お~す、お二人さん。今日も仲良く夫婦喧嘩か?毎日飽きずによくやるわ」
「ちょっと一ノ瀬君。バカな事言ってないで説得してよ」
「何だ、一か。こいつどうにかしてくれ」
毎度のやり取りを交わす2人に呆れながら、何かをひらめいたように一が言った。
「全く二人とも素直じゃ無いな。もっと仲良く穏便に行こうぜ。そうだ、ふたりとも呼び方が良くないな。あんたとかこいつとか、どうもそれだとケンカ腰になるから名前呼びにしてみたらどうだ?」
「別にあたしはケンカなんてするつもりは無いけど」
「俺だってケンカなんてしたかねーさ」
「全くこんな時だけ2人揃って気が合うんだから参るぜ、本当に。グダグダ言わずに忍ちゃんと二郎君でいいだろう。そうすれば少しはツンケンせずに話が出来るだろうさ。ついでに俺は一でも一君でいいぞ、忍ちゃん」
ぐだぐだ言う2人にしびれを切らした一が強引に2人に名前呼びを強制するように言った。
「忍ちゃんだぁ。そんな呼び方できるか、お前じゃあるまいし。こいつなんて忍で十分だろう」
「ちょっと随分と馴れ馴れしいじゃない。あたしだって二郎君なんて呼びたくないし、二郎で十分よ、バカ二郎!」
「バカとはなんだバカとは!忍なんて名前のくせに全然忍耐が足りない奴だな、こいつは」
「こいつじゃないでしょ、あんた!忍ってちゃんと呼びなさいよ」
「お前こそあんたじゃないだろうが、二郎ってちゃんと呼べ、忍」
「分かったわよ、二郎」
「わかればそれでいいんだよ、忍」
そんな2人のやり取りに一がムッとした表情で2人に疑いの目を向けてに言った。
「お前ら本当は仲いいんだろ。そうなんだろ。ああだこうだケンカしているフリして、実はただイチャイチャしているところを俺に見せつけたいだけなんだろう。そうなんだろ、いい加減しろよ、お前ら!」
突然の一の剣幕に何のことだと言わんばかりに2人が息の合った言葉を返した。
「何をお前は怒っているだ。あんまりカリカリすると体に良くないぞ。ちゃんと小魚食べろよ、一」
「そうよ、一ノ瀬君。急に何を怒っているのよ。あんまり怒りっぽいとモテないわよ。ちゃんと牛乳飲んだ方が良いわよ」
「まったく人をおちょくる台詞まで似たようなこと言いやがってこいつら。もうわかったよ。小魚も牛乳もちゃんと食べるからアホなこと言うのはここまでにして早いとこ部活行こうぜ」
「はいはい、しょうがないから今日のところはこのまま部活に行くとするか」
「やっとやる気になったのね。毎日その調子で部活に取り組んでよね、もう」
「ほらほら、イチャコラしてないで早く行くぞ、2人とも」
「「イチャイチャなんてしてないわ!」」
「はいはい!まったく息ぴったりじゃねーか。本当に似たもの同士の2人だわ」
この日以降、二郎と忍の関係はより近いモノとなり、以前よりも部活に出席するようになった二郎と忍はクラスでもレベッカを加えてよく3人で行動することが増えていく事になった。そのおかげなのか二郎はクラス内では相当地味で存在感はないことは変わらないモノのバスケ部の中では以前よりも先輩や他の男子部員や女子部員とも多少の絡みも増えていき、二郎にとってもそれなりに充実した高校生活を送れるようになったのだった。
また忍にとってもこの出会いは少しずつ変化を与えていった。それまでは部活命であったが、二郎の面倒を見るようになってから不思議と部活以外でも二郎の事が気になり始めて、何かとお節介を焼くことが多くなり、それは2年になる頃には興味が関心へとかわり、そして友情から愛情へとその感情を押し上げていき、今となってはどうしても放っておけない大切な人になっていくのであった。しかし、それが忍を苦しめることとなり、その事に未だ気付けずにいる二郎はその忍の気持ちに応えられないまま今日この日を迎えていたのだった。
長い追憶の中から戻った二郎は再び忍に視線を向けてつぶやく。
「はぁ~。そっか。忍、俺はもっとお前に感謝しなきゃいけないのかもしれないな。なんだかんだ言って、懲りずにお前が俺を引っ張ってくれたから、今の俺がそれなりに退屈せずに学校生活を送れているのかも知れないわ。忍がいたから部活もやめずに今でも続けていられたし、2年になってからもすみれとかエリカとか三佳とも友人になれたわけだし、俺の世界を広げてくれたのはお前だったんだな。・・・・ごめんな。すみれに言われたとおりだ。俺はもっとお前を大切にしなきゃいけなかったよ。だから、本当にごめん。この前お前に嘘をついてごめん。適当な態度をとってごめん。お前ならなんだかんだ言って許してくれるなんて思って甘えてごめん。これからはもっと大切にするから、忍を一番に考えるから、だからどうか許しくれ。またいつものように俺に小言を言ってくれよ。お前が何も言ってこないと、物足りないんだよ。どこか毎日の生活が締まらないんだわ。なぁ忍、だから早くお前のキラキラした笑った顔を俺に見せてくれよ」
二郎はこの時初めて気がついた。自分に一番近くにいて一番自分を見ていてくれて、一番必要な人間が誰なのか。それは二郎がこれまで感じたことがない感情だったが、おそらくこれが自分にとって特別な相手に対してのみ湧き上がる感情なのだと本能的に感じていた。
その言葉に忍は返事を返すことはなかったが、握られた手は先程よりもより強く握りしめられた感覚を二郎は受け取っていた。
そんなやり取りが交わされた直後、図ったかのようなタイミングで美沙子が保健の先生を連れて保健室に戻るのであった。
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