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第6章
一日千秋⑪ ~二郎の独断と眠れる美女~
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一の活躍もあって盛り上がりを見せる男バスの試合にギャラリー達(主に女子)の視線が集中する一方で、女バスも負けず劣らずの白熱した試合展開となっていた。
まず初めに忍のスーパープレイを見て俄然対抗心を燃やす岩田姉こと冴子が見せる。歩からのパスに忍と一騎打ちを見せようと強引にシュート体勢に入るとそれに反応した明奈もブロックに入ったところを見透かすようにフリーとなった瑠美にノールックパスで見事なアシストを決め、センターとして相手のディフェンスを崩す柔軟なプレーを見せると、それに応えて歩と瑠美が連携して外、中、外とテンポの良いパスワークでフリーの状態を作り、課題としていたミドルレンジからのジャンプシュートを歩が決めた。一方で忍チームも忍に続けと個々の長所を遺憾なく発揮して見せる。司令塔の役割をする明奈は高さでインサイドを圧倒する忍とロングレンジシュートを得意とする藍子の2人のどちらをチョイスするかと相手に思わせ、自ら中央に切り込み長身の冴子と瑠美のいるゴール下から一気にレイアップを決め、絶妙の駆け引きのうまさを見せる。さらには私も負けていられないと藍子がこの日3本目の3ポイントシュートをねじ込み存在感を見せるのであった。
一進一退に進むゲームは後半8分を経過したところで28対29の接戦で忍チームが一歩リード。残り2分弱の苦しい時間でのプレーは本番の試合に向けてよい予行練習になると、コート上の6人はさらに集中した姿を見せた。
二郎が目の前で展開する男バスの3on3を気にしつつ、女子達のそんな熱い戦いを見守っていると、再び試合が動く。逆転を狙う歩がそれを何とか防ごうとする忍チームの厳しいディフェンスに阻まれて攻めあぐねていると、苦し紛れで冴子に出したパスを忍がカット。そのルーズボールを忍が追ってバトミント部との堺を仕切るネット際のラインギリギリでボールを掴もうとした瞬間、二郎が何かに気付いて叫ぶ。
「おい!お前ネットをそらせ!!」
その声にビクッと反応したボール拾い係の女バスの後輩部員が慌てて忍が突っ込んで来る位置の床に垂れているネットを引き上げようとしたがあと一歩遅かった。試合で熱くなっており視界が狭まっていた忍がボールを手にすると、その勢いに耐え切れきれずにサイドラインを越えて流れた右足がネットを踏みつけてバランスを崩し、ツルッと滑り体を浮かせて背中からドカッと音を立てて倒れ込んだ。
「うっ!」
それを見て居た男子コート側の同じサイドライン上にいた二郎が真っ先に反応して声を掛けて駆け寄った。
「忍!」
二郎に一瞬遅れて女子バスケ部員達が、また事態を未だ飲み込めずも何かが起きたと戸惑う男子バスケ部の連中が試合を止めて倒れ込む忍とそれに駆け寄る二郎を見て声を上げていた。
「忍、大丈夫!?」
「なんだ?」
「どうした?」
二郎は倒れ込む忍の肩に軽く触れながら忍に声を掛けるも反応はなかった。
「おい、忍!大丈夫か?おい、しっかりしろ、忍」
「・・・・」
忍は背中から倒れた際にその勢いで頭を床に打ったらしく意識を失っている様だった。
そうこうしている内に歩達女バスの部員や尊達男バスの部員達も集まってきて二郎に声を掛けた。
「ちょっと山田。忍は大丈夫なの?」
「二郎、一体どうしたんだ?」
それに二郎が皆を混乱させないように冷静を装って答えた。
「声を掛けても今のところ反応がないんだ。多分倒れたときに頭を打って脳震とうを起こしているのかも知れないわ」
「嘘!・・ちょっと忍!忍ってば目を覚ましてよ!!」
「なんだと、誰か先生を、いや救急車か。何でも良いから誰か助けを呼んでくれ!」
その言葉に過剰に反応する歩と尊に二郎と一、そして女バスの中でも比較的に冷静な明奈が2人を落ち着かせようと言った。
「少し落ち着け、アホどもが!こんな時に部長と副部長2人が揃って騒ぐなっての」
「尊、二郎の言うとおりだ。冷静になれ。どうすべきかは忍の状態をちゃんと見てからだ」
「歩、落ちついて。こんな時こそ副部長のあんたがしっかりしないでどうすんのよ」
3人の突っ込みに押し黙る尊と歩の傍らで、それを外野で見て居た大和が口を開いた。
「おい、ちょっと忍が動いたぞ」
その言葉に忍の近くに寄り添う二郎が視線を戻して言った。
「忍、わかるか。おい、忍、しっかりしろ!」
その言葉に、言葉にならない言葉を忍が返す。
「う・・・あ・・・じろ・・・う・・」
忍は意識を朦朧とさせながらも二郎の言葉に辛うじて反応を見せて答えた。
その反応に周りにいた部員達もひとまずの安堵の表状を浮かべるもこのままにしておく訳にはいけないと今後の対応についてまず一が声を上げた。
「なんとか反応があるみたいでよかったわ。とにかくまずは保健室に運ぼう。それと先生に報告して一応忍の家に連絡してもらおうか」
「そうだね、一ノ瀬君の言うとおりだわ。それじゃあたしらが運ぶから悪いけど男子も何人か手を貸してもらっても良いかな」
一の言葉に歩が答えてそれに尊が納得したように言った。
「わかった。俺が手伝おう。悪いが練習はここで中止だ。後は大和に任せるから適当に解散してくれ」
「おう。了解した」
部活幹部達の話し合いを聞いた部員達は状況に流され無言でそれに従うように頷いていると、その流れを断ち切るように一人の男が声を上げた。
「ちょっと待てよ、尊。忍は俺が保健室に運ぶから、お前達は最後まで練習を続けろ」
そう言ったのは部内でも最も発言力の弱い二郎だった。
「はぁ?何を言ってんのよ、あんた。こんな時にあんたの気まぐれを聞いている場合じゃないのよ、邪魔だからそこどいて」
二郎の突拍子もない言葉に、取り合う素振りも一切見せず歩が詰め寄るといつになく真剣な面持ちで二郎が食い下がった。
「気まぐれ?バカかお前。部員一人が怪我したくらいで練習試合前の貴重な練習を全部打ち切るなんて普通しないだろうが。こんな時こそ控えの人間がフォローに回ってレギュラーの連中が最後まで練習できるようにするのがチームワークってもんだろうが。忍がいなくなろうが残りの人間は出来ることをやるべきだろう。違うか」
「二郎、お前・・・」
「山田君・・・」
あまりにも似つかわしくない二郎の言葉に普段は控えめな大和と藍子が驚いた表情で言葉を漏らすと、二郎の言葉に答えるように尊が言った。
「二郎、確かにお前の言うことも分かるが、忍はただの部員じゃないだろう。女バスにとっては部長であり、エースでチームの大黒柱だし、俺や、お前にとっても忍は大事な奴だろうが。お前は心配じゃないのか!」
二郎のあまりに冷静でそして冷徹にも感じる言葉に、尊は同じ部員として、そして一人の男として忍を心配する気持ちがお前にはないのかと批判と怒りのこもった表情で二郎に詰め寄ろうとした。
そのやり取りを冷静に見て居た一が何かを悟って尊を押しとどめるように言った。
「尊、二郎だって忍の事を心配に思っているに決まっているだろう。一度冷静になれって」
「しかし、こいつは・・・」
一の制止になんとか言葉を飲み込むこみ尊が黙ると冴子が何処か合点のいかない表情で言った。
「でも、それならどうして山田君はあんなことを言ったのよ。心配しているなら早いところ中田君達と協力してノブちゃんを保健室に運んであげたらいいじゃない」
冴子の言葉に動揺する瑠美や藍子、他の女子部員達が頷き二郎に真意を確かめるように視線を向けた。
それを見て歩が二郎に答えを求めるように詰め寄った。
「だったら山田、あんたは何を考えて私らを止めるのよ」
その言葉で男女全ての部員達の視線が二郎を捉え、それを受けて二郎は答えた。
「なもん、決まっているだろうが!忍が自分一人のために他の連中の貴重な練習時間を奪ったなんて聞いたら、こいつは自分を責めるぞ。それにこいつの意識があったら、必ずこう言うぜ。私の事は心配しないで良いから皆は練習に集中してほしいって。自分一人が抜けたくらいでウチのチームは止まらないってな。・・・違うのか、神部、岩田、丸山、田村、伊達。こいつがいなきゃ何も出来ないなんて言わないよな」
二郎はわざと女子部員達をけしかけるかのように一人一人の顔を睨み付け、忍の気持ちを代弁するかのように言った。しかしそれは二郎が他の部員達に発破を掛けてやる気を出させようとわざとオーバーに言ったわけでは一切無かった。
二郎の頭の中にあったのはシンプルに忍の心を守るということだった。二郎は忍が自分のせいでチームに迷惑を掛けることや練習を邪魔してしまうことを何よりも恐れて忌避しており、全てにおいて部活を優先すると考えているため、今のこの状況で自分の不注意のせいで女バスだけでなく男バスにまで迷惑を掛けたと聞けば、怪我以上に精神的に自分を責めると考えた。それは部長として誰よりも責任感が強く誰よりも部活を大事に考える忍の気持ちを推し量った二郎の配慮であり、今自分とのいざこざで精神的に不安定になっている忍が唯一拠り所としているバスケ部でも迷惑を掛けてしまったときに、どれだけ落ち込むのかと心配したが故の二郎の独断でもあった。そのため、男バスにおいて控えであり普段から部活をサボっている自分が対応をすれば他の部員には迷惑も掛けないし、気心知れた相手であれば気を遣わないで済むと声を上げたのだった。
そんな二郎の考えなど知らない歩は二郎の言葉を素直に受け取れずに苛立ちを隠さずに言った。
「確かに忍はそう言うかも知れないけど、でも・・・。あんたが偉そうに言わないでよ。あたしらの何が分かるって言うのよ!」
二郎からの真を付いた言葉に狼狽えて言い返す歩に横にいた明奈がそれを止めるように言った。
「ちょっと歩、待ってよ。私も忍なら練習を続けて欲しいって言うと思うわ。悔しいけど、私らより山田君の方が忍の事を分かっているわ。私は一年の時、忍と山田君と同じクラスだったからなんとなく分かるけど、あの頃はなんだかんだしょっちゅうケンカしていたけど、結局は忍を一番近くで見ていたのは山田君だったし、私らじゃ気づけない忍の気持ちを彼だからこそ分かるのかもしれないわ」
明奈の言葉に口惜しそうな表情をする歩、そしてまたしても二郎に一歩先に行かれてしまったと忸怩たる思いを抱く尊を尻目に二郎がつぶやく。
「いや、別に俺はコイツの気持ちなんてさっぱり分からないし、それにしょっちゅうケンカしていたって、今も現在進行形でケンカしているみたいなものだが、だいたいはコイツがあれこれ口うるさいのが原因だからな。そこんところを勘違いするなよ、田村」
「ふん、どーだかね。・・・とにかくここは山田君に任せても良いんじゃないかな。中田君も忍のためにも私らは私らの出来ることをやろうよ。ねぇ歩もそれでいいでしょ」
「そうね、私もあっきーに賛成するわ」
「うん、私もそう思う。それで良いよね、歩ちゃん」
「そうかもしれない。続けよう試合」
本気なのか照れ隠しなのか分からない二郎の言葉を軽く流して明奈が未だ納得できない様子の歩と尊に声を掛けると、冴子、藍子、瑠美はそれに賛同して二人に視線を送った。
それを受けて先に折れたのは尊だった。
「はぁ~わかった。ここは忍の気持ちを尊重しよう。それで良いか、神部」
そして歩が小さく頷く。
「うん、わかったわ」
「よし、そうと決まればすぐに運ぼう。二郎一人で大丈夫か。誰か付き添いをつけるか?」
「あぁそうだな。君、ちょっと一緒に来てくれるか。俺が忍を抱えるから君はドアを開けたりしてくれ」
「え、あ、はい。私で良ければ付き添います!」
「それと尊、神部、お前達は練習が終わったら保健室に顔を出してやれ。その時に忍の着替えとか荷物を持ってきてやってくれ」
そう言いながら二郎は優しく忍の背中と膝下に手を回すとゆっくりと持ち上げて忍の頭を自分の胸に傾けて安定させるように体勢を整えて忍を深く抱きしめてお姫様抱っこをした。
「わかった。頼んだぞ、二郎」
「山田、任せたわよ。あと忍に何かしたらただじゃ置かないからね」
「はいはい、そんじゃ行くべ」
女バスの後輩は二郎について行き、尊、歩はそれぞれ二郎に一言告げてそれを見送るのであった。
「よし、仕切り直すわ。今のゲームはここで打ち切って。2分後から最終セットをやるわよ。チームは冴子、藍子に伊藤ちゃん入って。あとは瑠美とあたし、それと柳さんが入って。伊藤ちゃんも柳さんも日曜は出番がある予定だから、しっかりここで試合勘を持てるように意識してゲームに入るように。他の子達はそれぞれ役割に入ってちょうだい」
「はい!」
歩は気を取り直して副部長として周りに指示を出し残りの時間を練習に集中しようと努めるのであった。
一方、男バスの方も二郎の言動にいまいち納得できていない面子もいたが、女バスの部員達が二郎に任せると言った以上、それに従いこちらは先程までの試合を続行し始めていた。
尊は心配か、不安か、嫉妬か、それとも言葉では言い表すことが出来ないモヤモヤする感情をない交ぜにして、未だに意識がハッキリしない眠れる美女を大事そうに抱える二郎の後ろ姿を見送るのであった。
まず初めに忍のスーパープレイを見て俄然対抗心を燃やす岩田姉こと冴子が見せる。歩からのパスに忍と一騎打ちを見せようと強引にシュート体勢に入るとそれに反応した明奈もブロックに入ったところを見透かすようにフリーとなった瑠美にノールックパスで見事なアシストを決め、センターとして相手のディフェンスを崩す柔軟なプレーを見せると、それに応えて歩と瑠美が連携して外、中、外とテンポの良いパスワークでフリーの状態を作り、課題としていたミドルレンジからのジャンプシュートを歩が決めた。一方で忍チームも忍に続けと個々の長所を遺憾なく発揮して見せる。司令塔の役割をする明奈は高さでインサイドを圧倒する忍とロングレンジシュートを得意とする藍子の2人のどちらをチョイスするかと相手に思わせ、自ら中央に切り込み長身の冴子と瑠美のいるゴール下から一気にレイアップを決め、絶妙の駆け引きのうまさを見せる。さらには私も負けていられないと藍子がこの日3本目の3ポイントシュートをねじ込み存在感を見せるのであった。
一進一退に進むゲームは後半8分を経過したところで28対29の接戦で忍チームが一歩リード。残り2分弱の苦しい時間でのプレーは本番の試合に向けてよい予行練習になると、コート上の6人はさらに集中した姿を見せた。
二郎が目の前で展開する男バスの3on3を気にしつつ、女子達のそんな熱い戦いを見守っていると、再び試合が動く。逆転を狙う歩がそれを何とか防ごうとする忍チームの厳しいディフェンスに阻まれて攻めあぐねていると、苦し紛れで冴子に出したパスを忍がカット。そのルーズボールを忍が追ってバトミント部との堺を仕切るネット際のラインギリギリでボールを掴もうとした瞬間、二郎が何かに気付いて叫ぶ。
「おい!お前ネットをそらせ!!」
その声にビクッと反応したボール拾い係の女バスの後輩部員が慌てて忍が突っ込んで来る位置の床に垂れているネットを引き上げようとしたがあと一歩遅かった。試合で熱くなっており視界が狭まっていた忍がボールを手にすると、その勢いに耐え切れきれずにサイドラインを越えて流れた右足がネットを踏みつけてバランスを崩し、ツルッと滑り体を浮かせて背中からドカッと音を立てて倒れ込んだ。
「うっ!」
それを見て居た男子コート側の同じサイドライン上にいた二郎が真っ先に反応して声を掛けて駆け寄った。
「忍!」
二郎に一瞬遅れて女子バスケ部員達が、また事態を未だ飲み込めずも何かが起きたと戸惑う男子バスケ部の連中が試合を止めて倒れ込む忍とそれに駆け寄る二郎を見て声を上げていた。
「忍、大丈夫!?」
「なんだ?」
「どうした?」
二郎は倒れ込む忍の肩に軽く触れながら忍に声を掛けるも反応はなかった。
「おい、忍!大丈夫か?おい、しっかりしろ、忍」
「・・・・」
忍は背中から倒れた際にその勢いで頭を床に打ったらしく意識を失っている様だった。
そうこうしている内に歩達女バスの部員や尊達男バスの部員達も集まってきて二郎に声を掛けた。
「ちょっと山田。忍は大丈夫なの?」
「二郎、一体どうしたんだ?」
それに二郎が皆を混乱させないように冷静を装って答えた。
「声を掛けても今のところ反応がないんだ。多分倒れたときに頭を打って脳震とうを起こしているのかも知れないわ」
「嘘!・・ちょっと忍!忍ってば目を覚ましてよ!!」
「なんだと、誰か先生を、いや救急車か。何でも良いから誰か助けを呼んでくれ!」
その言葉に過剰に反応する歩と尊に二郎と一、そして女バスの中でも比較的に冷静な明奈が2人を落ち着かせようと言った。
「少し落ち着け、アホどもが!こんな時に部長と副部長2人が揃って騒ぐなっての」
「尊、二郎の言うとおりだ。冷静になれ。どうすべきかは忍の状態をちゃんと見てからだ」
「歩、落ちついて。こんな時こそ副部長のあんたがしっかりしないでどうすんのよ」
3人の突っ込みに押し黙る尊と歩の傍らで、それを外野で見て居た大和が口を開いた。
「おい、ちょっと忍が動いたぞ」
その言葉に忍の近くに寄り添う二郎が視線を戻して言った。
「忍、わかるか。おい、忍、しっかりしろ!」
その言葉に、言葉にならない言葉を忍が返す。
「う・・・あ・・・じろ・・・う・・」
忍は意識を朦朧とさせながらも二郎の言葉に辛うじて反応を見せて答えた。
その反応に周りにいた部員達もひとまずの安堵の表状を浮かべるもこのままにしておく訳にはいけないと今後の対応についてまず一が声を上げた。
「なんとか反応があるみたいでよかったわ。とにかくまずは保健室に運ぼう。それと先生に報告して一応忍の家に連絡してもらおうか」
「そうだね、一ノ瀬君の言うとおりだわ。それじゃあたしらが運ぶから悪いけど男子も何人か手を貸してもらっても良いかな」
一の言葉に歩が答えてそれに尊が納得したように言った。
「わかった。俺が手伝おう。悪いが練習はここで中止だ。後は大和に任せるから適当に解散してくれ」
「おう。了解した」
部活幹部達の話し合いを聞いた部員達は状況に流され無言でそれに従うように頷いていると、その流れを断ち切るように一人の男が声を上げた。
「ちょっと待てよ、尊。忍は俺が保健室に運ぶから、お前達は最後まで練習を続けろ」
そう言ったのは部内でも最も発言力の弱い二郎だった。
「はぁ?何を言ってんのよ、あんた。こんな時にあんたの気まぐれを聞いている場合じゃないのよ、邪魔だからそこどいて」
二郎の突拍子もない言葉に、取り合う素振りも一切見せず歩が詰め寄るといつになく真剣な面持ちで二郎が食い下がった。
「気まぐれ?バカかお前。部員一人が怪我したくらいで練習試合前の貴重な練習を全部打ち切るなんて普通しないだろうが。こんな時こそ控えの人間がフォローに回ってレギュラーの連中が最後まで練習できるようにするのがチームワークってもんだろうが。忍がいなくなろうが残りの人間は出来ることをやるべきだろう。違うか」
「二郎、お前・・・」
「山田君・・・」
あまりにも似つかわしくない二郎の言葉に普段は控えめな大和と藍子が驚いた表情で言葉を漏らすと、二郎の言葉に答えるように尊が言った。
「二郎、確かにお前の言うことも分かるが、忍はただの部員じゃないだろう。女バスにとっては部長であり、エースでチームの大黒柱だし、俺や、お前にとっても忍は大事な奴だろうが。お前は心配じゃないのか!」
二郎のあまりに冷静でそして冷徹にも感じる言葉に、尊は同じ部員として、そして一人の男として忍を心配する気持ちがお前にはないのかと批判と怒りのこもった表情で二郎に詰め寄ろうとした。
そのやり取りを冷静に見て居た一が何かを悟って尊を押しとどめるように言った。
「尊、二郎だって忍の事を心配に思っているに決まっているだろう。一度冷静になれって」
「しかし、こいつは・・・」
一の制止になんとか言葉を飲み込むこみ尊が黙ると冴子が何処か合点のいかない表情で言った。
「でも、それならどうして山田君はあんなことを言ったのよ。心配しているなら早いところ中田君達と協力してノブちゃんを保健室に運んであげたらいいじゃない」
冴子の言葉に動揺する瑠美や藍子、他の女子部員達が頷き二郎に真意を確かめるように視線を向けた。
それを見て歩が二郎に答えを求めるように詰め寄った。
「だったら山田、あんたは何を考えて私らを止めるのよ」
その言葉で男女全ての部員達の視線が二郎を捉え、それを受けて二郎は答えた。
「なもん、決まっているだろうが!忍が自分一人のために他の連中の貴重な練習時間を奪ったなんて聞いたら、こいつは自分を責めるぞ。それにこいつの意識があったら、必ずこう言うぜ。私の事は心配しないで良いから皆は練習に集中してほしいって。自分一人が抜けたくらいでウチのチームは止まらないってな。・・・違うのか、神部、岩田、丸山、田村、伊達。こいつがいなきゃ何も出来ないなんて言わないよな」
二郎はわざと女子部員達をけしかけるかのように一人一人の顔を睨み付け、忍の気持ちを代弁するかのように言った。しかしそれは二郎が他の部員達に発破を掛けてやる気を出させようとわざとオーバーに言ったわけでは一切無かった。
二郎の頭の中にあったのはシンプルに忍の心を守るということだった。二郎は忍が自分のせいでチームに迷惑を掛けることや練習を邪魔してしまうことを何よりも恐れて忌避しており、全てにおいて部活を優先すると考えているため、今のこの状況で自分の不注意のせいで女バスだけでなく男バスにまで迷惑を掛けたと聞けば、怪我以上に精神的に自分を責めると考えた。それは部長として誰よりも責任感が強く誰よりも部活を大事に考える忍の気持ちを推し量った二郎の配慮であり、今自分とのいざこざで精神的に不安定になっている忍が唯一拠り所としているバスケ部でも迷惑を掛けてしまったときに、どれだけ落ち込むのかと心配したが故の二郎の独断でもあった。そのため、男バスにおいて控えであり普段から部活をサボっている自分が対応をすれば他の部員には迷惑も掛けないし、気心知れた相手であれば気を遣わないで済むと声を上げたのだった。
そんな二郎の考えなど知らない歩は二郎の言葉を素直に受け取れずに苛立ちを隠さずに言った。
「確かに忍はそう言うかも知れないけど、でも・・・。あんたが偉そうに言わないでよ。あたしらの何が分かるって言うのよ!」
二郎からの真を付いた言葉に狼狽えて言い返す歩に横にいた明奈がそれを止めるように言った。
「ちょっと歩、待ってよ。私も忍なら練習を続けて欲しいって言うと思うわ。悔しいけど、私らより山田君の方が忍の事を分かっているわ。私は一年の時、忍と山田君と同じクラスだったからなんとなく分かるけど、あの頃はなんだかんだしょっちゅうケンカしていたけど、結局は忍を一番近くで見ていたのは山田君だったし、私らじゃ気づけない忍の気持ちを彼だからこそ分かるのかもしれないわ」
明奈の言葉に口惜しそうな表情をする歩、そしてまたしても二郎に一歩先に行かれてしまったと忸怩たる思いを抱く尊を尻目に二郎がつぶやく。
「いや、別に俺はコイツの気持ちなんてさっぱり分からないし、それにしょっちゅうケンカしていたって、今も現在進行形でケンカしているみたいなものだが、だいたいはコイツがあれこれ口うるさいのが原因だからな。そこんところを勘違いするなよ、田村」
「ふん、どーだかね。・・・とにかくここは山田君に任せても良いんじゃないかな。中田君も忍のためにも私らは私らの出来ることをやろうよ。ねぇ歩もそれでいいでしょ」
「そうね、私もあっきーに賛成するわ」
「うん、私もそう思う。それで良いよね、歩ちゃん」
「そうかもしれない。続けよう試合」
本気なのか照れ隠しなのか分からない二郎の言葉を軽く流して明奈が未だ納得できない様子の歩と尊に声を掛けると、冴子、藍子、瑠美はそれに賛同して二人に視線を送った。
それを受けて先に折れたのは尊だった。
「はぁ~わかった。ここは忍の気持ちを尊重しよう。それで良いか、神部」
そして歩が小さく頷く。
「うん、わかったわ」
「よし、そうと決まればすぐに運ぼう。二郎一人で大丈夫か。誰か付き添いをつけるか?」
「あぁそうだな。君、ちょっと一緒に来てくれるか。俺が忍を抱えるから君はドアを開けたりしてくれ」
「え、あ、はい。私で良ければ付き添います!」
「それと尊、神部、お前達は練習が終わったら保健室に顔を出してやれ。その時に忍の着替えとか荷物を持ってきてやってくれ」
そう言いながら二郎は優しく忍の背中と膝下に手を回すとゆっくりと持ち上げて忍の頭を自分の胸に傾けて安定させるように体勢を整えて忍を深く抱きしめてお姫様抱っこをした。
「わかった。頼んだぞ、二郎」
「山田、任せたわよ。あと忍に何かしたらただじゃ置かないからね」
「はいはい、そんじゃ行くべ」
女バスの後輩は二郎について行き、尊、歩はそれぞれ二郎に一言告げてそれを見送るのであった。
「よし、仕切り直すわ。今のゲームはここで打ち切って。2分後から最終セットをやるわよ。チームは冴子、藍子に伊藤ちゃん入って。あとは瑠美とあたし、それと柳さんが入って。伊藤ちゃんも柳さんも日曜は出番がある予定だから、しっかりここで試合勘を持てるように意識してゲームに入るように。他の子達はそれぞれ役割に入ってちょうだい」
「はい!」
歩は気を取り直して副部長として周りに指示を出し残りの時間を練習に集中しようと努めるのであった。
一方、男バスの方も二郎の言動にいまいち納得できていない面子もいたが、女バスの部員達が二郎に任せると言った以上、それに従いこちらは先程までの試合を続行し始めていた。
尊は心配か、不安か、嫉妬か、それとも言葉では言い表すことが出来ないモヤモヤする感情をない交ぜにして、未だに意識がハッキリしない眠れる美女を大事そうに抱える二郎の後ろ姿を見送るのであった。
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