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第5章

恋のから騒ぎ④ ~歌舞伎揚げとビターチョコレート~

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 2年4組。都合が合わず二郎から詳細を聞いていなかった四葉はクラス内で盛り上がっている話を珍しく聞き耳を立ててそわそわしていた。それは二郎の友人である一とすみれの浮いた話が出てきたことがおそらく何かしら騒動の解決に至ったように予感していたからだった。もともと直接的に関係は無く、間接的に屋台の女という立場で噂に出ていた四葉は周囲の生徒達には全くの無関係の人間として思われていたため、どこか第3者として騒動を見守っていたところがあった。ところが、生徒会の副会長である凜と二郎のクラスメイトである忍の登場で四葉自身、今回の一件が自分を含めた周囲の関係を新たな状況に変えていくのかもしれないと言うおぼろげな期待と不安を四葉の中に芽生えさせていた。

 そんなことを考えているところにルンルンとスッキプをしてレベッカが何かしらのビニール袋を持って四葉の席にやって来た。

「四葉ちゃん~、これ、ジローに貰いましたヨ、一緒に食べまショウ!」

 その声に気付き四葉がその声の方に向くと、レベッカは教室のドアの方に指さして言った。

「ジローからのお礼みたいデスネ。二人で食べてクレ、だそうデス!」

それを聞いた四葉が視線を向けると、二郎が感謝の意を伝えるように軽く会釈して手を低く挙げてすぐに姿を消して行った。

「二郎君。そっか、上手くいったみたいだね、良かった。レベッカ、何を二郎君からもらったのよ?」

「それはもちろん私の好物のお煎餅デス!それと・・・チョコレートも入っていますネ。今日のジローは太っ腹デス」

 そこには定番の歌舞伎揚げとアーモンドチョコレートが一つずつあった。それを見た四葉は少し頬をほころばせて言った。

「ふふふ、二郎君、覚えていてくれたんだ」

 そのアーモンドチョコレートは四葉が放課後自習をする時に小腹が空いたときのためにいつも好んで食べていたチョコレートと同じメーカーモノで、四葉がいつも食べているモノよりもちょっとだけ値段の高いほんのりビターなプレミアム味だった。二郎は四葉に協力してくれた感謝のお礼として何かお菓子でも買っていこうと思ったときに、以前四葉が自習しているときに食べていたこのチョコレートを思い出しこれを買ってきたのであった。
 
 その事に気付いた四葉は不器用なりに示してくれた二郎の気配りを嬉しく思う自分に気付くのであった。

 二人がそんなやり取りをしていると二人の金髪美女が横切ろうとしてレベッカが引き留めた。

「奈々ちゃんと零ちゃん、二人も噂聞きましたカ?隣のクラスの一ノ瀬君に彼女が出来たそうですヨ!相手は同じクラスの橋本すみれちゃんデス!お似合いのカップルですね」

 レベッカはクラス中に噂を広める勢いで声を掛けまくっていた。それはレベッカが二郎から噂を4組に広める役割を頼まれたからだった。

 急に声を掛けられた二人は興味のなさそうな態度で答えた。

「レベッカどうしたの。一ノ瀬って確か生徒会の奴だっけ。特に私は人様の恋路には興味ないよ。それより生徒会と言えば二階堂副長様はまたウチのクラスには来ないのか。レベッカは友達なんでしょ。また来たら声かけてくれよ。あ、歌舞伎揚げじゃん、一つ貰っていくよ」
 
 ロックに生きることを信条とする奈々にとっては他人の噂話に現を抜かすことなど愚の骨頂と考えており、レベッカの話を軽く受け流し歌舞伎揚げを奪って去って行った。

 それをいつものことだと何とか飲み込んでもう一人の零にレベッカは視線をやり任務の遂行を再開した。

「零ちゃんは一君とすみれちゃんの事が気になりませんカ?良いですよね、私もカッコイイ恋人が欲しいデスネ」
 
 とにかくカップル誕生の噂を広めようとするレベッカに強引に恋愛話に巻き込まれた零はマイペースに受け応えた。

「そう、ファーガソンさんは恋人が欲しいのね。でもね、人は誰もが孤独なのよ。生まれる時も死ぬ時も人は一人なの。だから孤独を恐れてはいけないわ。だって人はそれぞれが違う個体だからこそ他者を美しく、また、愛おしく思うの。皆が皆一緒なら誰も何も感動しないでしょ。だから、一人でいることはつまりそれ自体が芸術なのよ。それじゃ私も歌舞伎揚げ一つ頂くわね」

 零はどこかの哲学書でも朗読するかのような意味不明な事を言いながら、歌舞伎揚げを持ってレベッカと四葉の前から去って行った。

「四葉ちゃん、私は零ちゃんの日本語が理解できませんでした。勉強不足デス」

 呆気に取られて落ち込むレベッカに四葉が励まそうと肩に手を掛けて言った。

「レベッカ、安心して。私も今の川上さんの言葉の意味を理解できなかったから大丈夫よ。それにしても今日も彼女の格好は凄かったわね」

 四葉が感心したように言った零の格好は某アイドルグループの衣装のような細かなギミックが多数施された制服とトレードマークの金髪盛り髪にジブリ映画のヒロインであるナウシカのペットのようなぬいぐるみがそびえ立つ盛り髪の脇から顔を出しているそんな容貌だった。もはや4組の生徒にとっては日常の風景だったので、動揺はしないまでも目の前でまざまざと拝見した四葉は零の全身から放たれる神々しいオーラとその奇想天外な言動と格好に圧倒されていた。

 そんな様子の四葉を尻目にレベッカは口惜しそうにつぶやいた。

「う~ん、任務失敗デス。奈々ちゃんも零ちゃんも恋愛話よりもお煎餅の方が好きみたいデスネ。四葉ちゃんも私の話に興味ないですカ」

「え、別に興味ないことはないけど、どうしてそんなに噂を広めようとしているの。あまり堂々と人の噂話を言いふらしていると皆に嫌われちゃうからやめた方が良いよ、レベッカ」

 至極まっとうな意見を言った四葉にレベッカは二郎からの要請で噂を広めていることを四葉にこっそり教えた。

「なるほど、そう言うことか。毒をもって毒を制するって訳ね。一ノ瀬君や橋本さんが了承していることならとやかく言わないけど、もうちょっとこっそり話は広めた方がレベッカのためだよ。それにしても二郎君もレベッカにばかり無茶させて、今度私がガツンと言っておくから。この前のラブレターの事もそうだけど、今後二郎君が無茶なこと言ってきたら断らなきゃダメよ」

 四葉は危なっかしいことばかりする二郎を心配する反面、レベッカを巻き込むことに怒り叱るように言い聞かせた。

「でも、お煎餅くれるから私は大丈夫デスヨ。四葉ちゃんは心配性デス。それともチョコレートよりもお煎餅が良かったデスカ?」

「レベッカがそんなのんきなこと言っているから二郎君だって無茶なことをお願いしてくるのよ。もう、これはちゃんと私が言わなきゃダメみたいね。レベッカはお煎餅で簡単に釣られちゃダメだからね」

「う~、ワカリマシタ。ごめんなさいデス。もうハッピータウンを食べませんから怒らないでくださいネ」

 レベッカはしょんぼりしながら大好物の煎餅の断食を宣言してとぼとぼと自分の席に戻っていった。

(いや、別にハッピータウンは好きに食べても良いのだけど・・・。それにしても二郎君も一体何を考えているのかな。私の時も今回も何だか自ら面倒事に首を突っ込んで本当にお節介の世話焼きなんだから。・・・もう私以外でも誰でも助けちゃうんだね、君は)

 四葉は二郎の行動に少し呆れつつも、そんなやる気のなさそうな見た目とは裏腹に友人や困っている人に自ら関わり問題解決をしようとする二郎をほっておけない人だなと思いながら、二郎から貰ったチョコレートを一つ口に放り込みそのほんのり甘くて苦い一時を噛みしめるのであった。
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