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第4章

人の噂も七十五日㊷ ~バカップルと決めの一手~

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 そんなやり取りをしている内に、一に一撃を食らって倒れ込んでいた勇次の体を亜美菜が寄り添って起こしていた。

「大丈夫、勇次君。口から血が出ているわ」

「うるさい、寄るな」

 一に軽く吹き飛ばされた勇次は、ばつが悪そうに亜美菜を手で追い払うように言った。

「で、でも」

 あれだけの仕打ちを受けても尚、心配をする亜美菜から顔を逸らして勇次がふてくされていると、一が口を開いた。

「佐々木、さんざん好き放題言っていたが、お前の期待通りにはならないぞ。お前が流した噂は来週早々には収束するはずだ。だから、お前の悪巧みは今日ここで打ち止めだ」

「何を言ってんだ、バカが。一度出回った噂を沈めることなんて誰にも出来ないんだよ。唯一出来るとしたらそれを超える衝撃を持った噂が出ることだが、それは無理ってもんだ。なぜなら今回の噂の当事者は校内でも一番注目を集めるお前達の噂なんだからな。一ノ瀬に工藤、馬場さんに成田さん、悔しいが僕以上に注目される君達の噂以上にインパクトのある話なんてありゃしないよ。この2週間で一通り噂が広まったが本番はこれからだぞ。ここからはお前達に僻みや嫉みを持った連中があることないこと言いふらして、今以上に酷い噂のてんこ盛りになるだろうよ。もうそこには俺の意志は関係ないからな。今俺を止めようがどうしようが時すでに遅し何だよ、バーカ」

 勇次は自信満々に来週以降に起こるであろう校内の状況を予言するように言った。

「ならそれを超えるインパクトを持った噂を流せば良いんだろう。簡単な事だわ。残念だがもう手は打ってある。今日の放課後には協力者にも頼んで、色々動いてもらったから来週の頭には一気に噂が広まるはずだよ。もちろん、君が流したチンケな噂なんて一瞬で忘れる程度の衝撃のある噂がね」

 一は勇次の浅はかな期待を一刀両断するようにこれでもかといったドヤ顔で言った。
 
「ふん、出来るモノならやってみろ。これだけ用意周到に広めた噂をそんな簡単に消せるわけがない。言って見ろよ、そのインパクトのある噂って奴をよ。っち、痛ってーなクソが」

 勇次は一の言葉を馬鹿にしたように反論しつつ、殴られて切れた唇を指で押さえながら言った。

「まぁ来週になれば分かることだし、ここに居る皆には先に教えておこうか。それはな、俺に彼女が出来たっていう噂だ。しかも、お前の噂のような曖昧な奴じゃない。相手の名前もハッキリと分かる状態の話だからな。自分ではそう思った事がないが、どうやら俺の恋愛話は学年内でも注目されているみたいだからな、これが広まればお前らが広めたくだらない噂なんてあっという間に忘れられるってもんだぜ」

 一の言葉に二郎が感心するように言った。

「なるほどな、確かに毒をもって毒を制する。日陰者の俺には出来ないパワーププレイだわ。それでその相手は誰なんだ。噂とは言えお前の彼女のフリをしてもらうのも色々と大変だろうし、この短い間に良くそんな相手が見つかったな。もしかして生徒会の宮森にでも頼んだのか。あいつなら、風紀の乱れを止めるためなら協力するとか言いそうだしな」

 二郎の話を聞いた亜美菜と勇次が憎らしそうに言った。

「あの女、どこまであたしらの邪魔をすれば気が済むのよ。宮森の奴、本当にムカつくわ」

「クソが、これだから生徒会の連中は嫌いなんだよ。でも、詰めが甘かったな、一ノ瀬。お前の話がただの演技で嘘っぱちだって言うなら、その噂が嘘だって事を広めて妨害してやれば良いんだ。宮森の奴が実際に彼女としてお前と校内でイチャつくことなんて出来るわけないし、すぐに嘘だって分かるだろうよ。はっはっは、結局元通りでお前らの負けだって話だよ」

 勇次が勝ち誇ったように高笑いを浮かべているのを見た二郎が大丈夫かと一に視線を送ると、勇次と向かい合っていた一が後ろに振り返り1歩、2歩とある人物に歩み寄りながら言った。

「二郎、それは見当違いだよ。巴ちゃんはどんなに俺が頼んだって彼女のフリなんてしてくれないさ。彼女は嘘をつくことが一番嫌いだからね。まったく佐々木君も、鈴木さんも巴ちゃんは何も悪くないのに酷い言われ様だよ、全く」

「でも一、宮森が違うなら、一体誰がお前の彼女役になってくれたんだよ」

 一の言い草にいよいよ怪訝そうな顔つきになって二郎が問いかけると一が返事をした。

「それはもちろんすーみんだよ。それに彼女役じゃないさ。すーみんは俺の本当の彼女だからな」

 そう言いながら一はすっと横に立ち自分の側にすみれを抱き寄せて言った。

 その予想だにしない状況にその様子を見て居た5人が驚愕の反応を見せた。

 すっとんきょな声で二郎が、

「な?」

 目をパチパチさせながらエリカが、

「え!?」

 呆気に取られた勇次が、

「は!?」

 状況についていけない怒りを示した瞬が、

「だと!」

 そして、最もすみれに対して思い入れのある亜美菜が驚きと悔しさを滲ませて、

「嘘でしょ!」

 その反応を受け止めたすみれが気恥ずかしそうに、それでいてに嬉しそうに言った。

「実は・・・そう言うことなの、へへへ」

「まぁそう言うことだから、俺とすみれのカップル誕生のニュースが来週の頭には校内を駆け巡るって事だから、さっきも言ったがお前が流したくだらない噂なんてすぐに忘れられるってことだわ。分かったか、佐々木。これでお前の負けだ。あとこれを言い忘れていたわ。二度とすみれに近づくな。次に何か俺の彼女にちょっかい出して見ろ、さっきみたいな一発じゃ済まさないからな、覚悟しておけよ」

「一君、ありがとう。大好き♪」

 一の見事な啖呵に改めて惚れ直したと言ったように、すみれが一に抱きつきそれを受け止めてよしよしと頭をなで堂々とイチャつくバカップル二人に言葉を失っていた二郎とエリカが意識を取り戻してツッコミを入れた。

「イヤイヤイヤ、お前ら勝手に二人の世界に入らないでくれよ。もう意味がわからんぞ、一!」

「すみれ、一体どういうことなの。この前言っていた今度話したい事ってこれのことだったの」

 二人のツッコミに一先ず抱き合うのをやめた二人が説明する様に言った。

「だから俺とすーみんが付き合い始めたから、それを噂として校内に流して佐々木達の流した俺らの噂を上書きしちまえば、あいつの企みも全部おじゃんに出来るって事だよ。至ってシンプルな話だろ」

「ごめんね、エリカ。もっと早く皆には教えたかったんだけど、なかなか話す勇気が持てなくて。でも今回の一件で私の人間関係のもつれのせいで皆に迷惑掛けてしまったから、この騒動をどうにかするためにも、もう隠さずにフルオープンしちゃえばいいかって思ってさ。それでこういう流れになったんだよ」

 すみれは遙に広まった噂を消す方法を教えられたとき、これこそ決めの一手になると思いつき、一と相談してこの決着をつけるこの場面で二人が付き合い始めた事実を公開する事を決断したのであった。そして、その噂を広める際には遙、耀、恵の腐女子の会のメンバーに事情を説明して、彼女らが持つ情報網を利用して噂を素早く広めてくれるように頼んでいたのであった。

 二人の話を聞いても尚、納得のいかない二郎が再度噛みついて言った。

「それは分かるんだがな、俺もエリカも知りたいのは、どうしてお前らが付き合うなんて言うアクロバティック的な展開が繰り広げられたのかって言うことだわ。ほんの一ヶ月前には剛とすみれをいい仲にするために遊園地に行ったはずだろ。それからお前ら三佳の大会の応援とか、それこそ花火大会の日と2回くらいしか会ってないはずだろ。何を一体どうしたら二人が付き合うって事になるんだよ」

「まぁ正直俺もよく分からんが、とりあえず色々あってこうなったんだから、まぁ温かい目で見守ってくれよ、なぁすーみん」

「うん、二郎君もエリカも剛君の事では色々と心配掛けて協力とかもしてもらったのに、本当にごめんね。だけど、今私が好きなのは一君で、それを気づけたのも皆のおかげなのよ。絶対に無理だって思っていたけど、今は晴れて一君の彼女になれたから皆には本当に感謝しているよ。特に二郎君は一君の唯一無二の親友としてこれからはもっと絡みも多くなると思うから、今後は色々とよろしくね」

 二郎とエリカは二人の話になんとか受け入れようとしていると、亜美菜が4人に割って入るように言葉を放った。

「どういうことよ。どうして橋本さんが一ノ瀬君と付き合うことになるのよ。あなたは工藤君に片思いしていて、友達の馬場さんに工藤君が告白したのを知ってショックを受けていたんじゃなかったの。それで仲の良い勇次君に励ましてもらおうと取り入っていたんじゃないの」

 亜美菜の言葉にすみれが何か思うような表状で答えた。

「鈴木さん、私はもうとっくに工藤君の事は諦めていたわ。だから残念だけど、彼が三佳に告白したって聞いてもなんとも思わなかったわ。それに佐々木君に関しては一度として男子として見た事はないわ、私にとって彼はただの女友達の一人と考えていたからね。悪いけど、あなたが私の事をどう考えていたのかは知らないけど、私はあなたのことなんて一切眼中に無いのよ。だから、もうあれこれちょっかいは出さないでくれる。現状であなたと私が対立する事なんて何一つないのだから」

 すみれは一年の頃から続く亜美菜との因縁の断ち切ろうと、ために溜め込んできた思いをぶちまけてハッキリと関係を切ることを宣言した。

 それを言われた亜美菜が悔しそうに、また寂しそうに体を震えさせながら叫んだ。

「そういうところよ、そういう余裕を持って私を見下して、相手にしないその態度が私を苛つかせるのよ。いつもいつもいつも、私の事を無視して、どんなにあなたに私の事を認めさせようとしてもあなたは私を相手にしなかったじゃない。だから私はあなたが私を無視できないように、私の事をイヤでも気にするようにあれこれやってやったのよ」

 それはまるですみれを嫌って嫌がらせをするような批判じみた絶叫ではなく、恋する相手に思いが伝わらずに嘆き悲しむ少女の様な叫びだった。

 ここに亜美菜がすみれに対してどうしてこう言った態度をとるようになったのかという真相が明らかになるのだった。 

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