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第4章

人の噂も七十五日㉛ ~遙の昇天とすみれの覚悟~

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 9月9日火曜日。二郎とエリカはそれぞれが掴んだ証拠を元にこの日の放課後、情報収集のためにあちこちと動き回っていた。

 その一方ですみれは先週と同じく数学の課題を終わらせるべく放課後に教室に残り一人自習をしていた。そんな中で一人また一人と教室から生徒がいなくなり静かになった頃、すみれは背後に人の気配を感じて思わず振り返えるとそこには3人の女子生徒がいた。

「すーちゃん、久しぶり!やっと一人になってくれたね」 

「すみれちゃん、元気してる」

 すみれに声を掛けたのは腐女子の会の木元耀と高木恵だった。二人は先週の火曜日、すみれが声を掛けて噂話を教えてもらったことをきっかけに交流を持つようになったクラスメイトだった。そして、その二人に遅れてグループリーダーである菊池遙がすみれに話し掛けた。

「橋本さん、少しは元気になったかしら。失恋は簡単には忘れられないけど、いつまでも引きずっていてはダメよ。寂しくなったらいつでも私達を頼って良いからね」

 遙は剛が三佳に告白したことで、友人に意中の相手を奪われるという失恋をすみれが経験したと勘違いしており、似たような境遇の中にある仲間として気遣うような言葉を掛けた。

「ご、ご心配ありがとうございます。でも、私は大丈夫だからもう気にしないでいいからね」

 すみれはなんとも歯切れの悪い調子で答えると、それをやせ我慢と捉えた耀が察したように言った。

「そんな無理しなくて良いんだよ。ごめんね、嫌なことを思い出させちゃって。私達は同志なんだから強がらなくて大丈夫だからね」

 その言葉にすみれは苦笑いで返事をした。

「いや、本当に大丈夫だからさ・・・」

 これ以上この話をすべきでないと思った恵が話題を替えて言った。

「それじゃ、噂の事って何かわかったことはある。例えば一ノ瀬君の事とか。すみれちゃんは一ノ瀬君ともよく話すでしょ。何か聞いた話はないの。まさか本当に一ノ瀬君に彼女が出来たとは思えないけど、やっぱり気になっちゃってね」

 恵は噂好きの野次馬根性を前面に押し出しながらすみれに食い付くように迫った。

「え、何かって言われても・・・・、あ、そう言えば一君が菊池さんの事を可愛いって褒めていたよ。たぶんあの感じだと結構本気で可愛いって思っている感じだったよ、全くもう・・・」
 
 すみれは恵に迫られ思わず自分が持っている遙たちと関係のある情報として一の女子の趣味に関して口にしていた。

「え、今なんて!」

 すると思いもしない話にこれまで落ち着いた様子だった遙が顔面を強ばらせつつも、何かを期待するような表情で言った。

「いや、ごめんなさい、噂とは全然関係ないよね。ははは、私何を言っているんだろうね。特に噂に関しては何も聞いてないからごめん」

「いやいや、全然関係あるから、むしろその件についてじっくり聞きたいからゆっくり話してください。お願いします。橋本さん」

 遙は人が変わったように一の発言について詳しい説明を求めた。

「いや、でも、その本当に噂話には無関係だよ」

「お願い、すーちゃん。遙ちゃんに話してあげて。お願い」

 すみれはよく分からない懇願を受けて、一が話した2年5組の美人ランキングトップ5について話した。またその時一が一番重要だと言った5人目の名前に遙が挙げられていたことを正直に話した。

「本当に男子ってこういうランキングが好きだよね。でも、一君に可愛いって思われるのは悪い気はしないでしょ菊池さんって、あれどうしたの菊池さん」

 すみれが話し終わり遙に同意を求めようと視線を向けると遙は魂が抜かれたように何かをつぶやきながら意識を失いかけていた。

「わたしが、か、かわぃい・・・一ノ瀬君が、わたしを・・かわいいって・・・」

「遙ちゃん、しっかりして!」

「おーい、戻ってきてー、遙ちゃーん!」

 耀と恵が遙の体を揺らしながら声を掛けていると呆気に取られていたすみれが恐る恐る聞いた。

「菊池さんに一体何があったの。大丈夫なの、彼女は」

「すーちゃん、あなた罪な女だよ。絶望して堕落した女に叶わない夢をまた見せてしまったのだから」

「え、どういうこと??」

 耀の言葉にとまどいを見せるすみれに今度は恵が事の経緯を説明した。

「すみれちゃん、私達が失恋して恋に臆病になってそれで腐女子になったって話はしたでしょ。遙ちゃんにとってその相手が一ノ瀬君だったんだよ」

「えーーーー!!」

 恵はすみれの驚きを流して続きを話した。

「一年の時に遙ちゃんは今と同じく5組で山田君とも同じクラスだったんだよ。それで別のクラスだった一ノ瀬君が毎日のように山田君に会いに5組に来ていたらしいの。それである時期に遙ちゃんと山田君が隣の席になって、昼休みとかに一ノ瀬君が5組に来たときによく遙ちゃんの席に座っていることが多かったらしくて、それで少し交流を持つようになったらしいのよ」

「そんなことがあったんだ。でも、それでどうして菊池さんは一君のことを好きになったりするの。もしかして一目惚れとか」

 すみれは恵の話で疑問に感じた事を素直に聞いた。

「それは違うみたい。遙ちゃん曰く、ある程度仲良くなって雑談をしているときに一ノ瀬君がこんな事を言ったらしいのよ」

『二郎、5組は美人が多くて羨ましいぜ。忍とかレベッカさんは言うまでも無いけど、菊池さんも相当可愛いだろ。折角隣にこんな美人がいるんだから、もっと積極的に交流を持つ努力をしろよ。俺が隣だったらすぐに口説いちゃうぜ。全くもったいないなぁ』

「まぁこんな感じで爽やかな笑顔で言われたそうよ。私は一年の時も一ノ瀬君と同じクラスだったから分かるけど、あの頃は今以上にチャラくてクラスの女の子皆に可愛い可愛いと言ってて宮森さんに怒られていたからね」

 恵の話に耀も同意するように言った。

「私も同じクラスで良く可愛いて言われたよ。でも、不思議とイヤらしさもないし、お世辞だって分かっていても悪い気がしないから一ノ瀬君は凄いよね。クラスの女子皆が1度は彼の事好きになってたもんね」

(あの女泣かせの天然ジゴロめ、説教確定だわ)

「そうだったんだ。・・・それでもしかして一君を好きになっちゃったわけね」

 すみれは一への制裁を胸に決意しつつも、冷静を保って恵に返事をした。

「そういうことみたいなの。それからは控えめだった遙ちゃんも凄い頑張ってアピールをしたんだけど、全く相手にされなかったみたいで、その後すぐに、一ノ瀬君に彼女を作る意志が全くないって言われたみたいで。それで相当ショックを受けたらしいけど、それでも忘れられなくてずっと片思いをしていたけど、結局は心が折れてダークサイドに落ちていった訳なのよ」

 恵は昇天する遙の様子を見ながら心配そうに遙の悲恋の過去を話した。

「それは本当に思わせぶりの一君がひどいわ。今度とっちめておくから安心して」

 すみれが右手の拳を左手にパンパンと当てながら敵を取るように言うと耀が恵の代わりに答えた。

「でも、すーちゃん。何もしないでそっとしておいて欲しいのよ。見て、この幸せそうな顔を。なんだかんだ言ってもずっと好きだった一ノ瀬君に可愛いって思ってもらえて本当に嬉しかったんだよ。一年生の時に言われた言葉が嘘じゃないって分かって、しかも今でも遙ちゃんのことを可愛いって思ってくれてる一ノ瀬君のことをきっと憎めないと思うからさ」

 すみれは遙の顔に視線をやり、一言つぶやいた。

「そっか、そう言う恋もあるんだよね。好きな人と結ばれるなんて本当に奇跡なのかもね」

 そんなすみれのつぶやきを知らず、耀と恵は遙を抱きしめながら言った。

「良かったね。遙ちゃんの気持ちは無駄じゃなかったよ。一ノ瀬君は本当に遙ちゃんの事を可愛いって今でも思っていたんだよ。良かったね」

「そうだよ、これから一生分のおかずに困らないで済むよ。私だって服部君にそんな風に言ってもらえたら嬉しいけど私には無理だったから、だから遙ちゃんの努力は無駄じゃなかったんだよ」

「二人ともありがとうね。それと橋本さんも本当にありがとう。それが聞けただけで私はこの学校に来て良かったって思えるから。だから、もう自分に嘘はつかずにあなたも正直に生きてね。私達はどんなことがあっても仲間だから」

 耀、恵、遙は思い思いの言葉を言って仲良く涙ぐみながら抱き合うのであった。

(私は何を見せられているんだろう。早く課題を終えて部活に行きたいんだけどどうしよう)

 しばらくその場から動けずに立ち尽くしていたすみれに落ち着きを取り戻した遙が何かを言い含めるように言った。

「橋本さん、今あなたたちは噂を流した犯人を捜しているでしょ。でも、多分無駄よ、1度広まった噂は簡単には消えないし、発信元を突き止めても知らぬ存ぜぬで簡単にはやめさせることが出来ないモノよ。私達はいつもそんなモノを追っているからよく分かるのよ。だから、今出てる噂を帳消ししたいなら、一つだけ方法があるわ」

「噂を帳消しする方法?それって一体どうすればいいの」

 すみれは若干引き気味でいた体を一歩遙に寄せるように答えを待った。

「それは・・・・」

 すみれは遙の話を聞くと、一つの重大な決断をする覚悟を決めるのであった。
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