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第4章

人の噂も七十五日⑨ ~冷えたボトルと温かい優しさ~

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 午前の練習を終えて昼食を済ました忍は午後の練習から二郎が来ることを思い出すと、なぜだか汗に濡れた運動着の匂いが無性に気になり、居ても立っても居られず部室へ換えのTシャツに着替えに戻った。ようやく気分もスッキリして練習再開の10分前となり体育館に戻ったところで忍は後ろ姿でも分かるやる気の無い顔と猫背が板に付いている男子生徒を見つけた。

(二郎!・・・忍、落ち着いて、昨日考えたとおり怒らないように声を掛けないと)

 忍が女子にしては高い上背を小さくしながらあれこれ考えていると、二郎が忍に気付き声を掛けた。

「おう忍か、・・・・朝からお疲れさんだな・・・・」

「うん、・・・なんか久しぶりに話すね、あたしら・・・・」

 二郎のぎこちない挨拶に忍も考えていた事が全て吹っ飛び頭が真っ白になりながらガチガチの笑顔で返事をした。

「・・・あれだ、この前の祭りの日だけど、誘ってくれたのに断っちまって悪かったな。まぁ今度なんか奢るからそろそろ機嫌直せよ」

 忍は自分が言おうとしていた仲直りの言葉を二郎に先に言われてしまったことに対するバツの悪さと、二郎からの仲直りの言葉を聞けた嬉しさで顔が真っ赤になりながら無言で立ち尽くしていると、二郎がその様子を心配したように言った。

「おい、忍、大丈夫か。なんだか顔は赤いし、目元もクマができて体調悪そうじゃねーか。昨日ちゃんと寝たのか」

「え、いや、うん、・・・・ちょっと考え事していたら眠れなくて」

 忍の明らかにしおらしい態度にいよいよ本気で心配になった二郎が思わぬ行動に出た。

「本当に大丈夫なのかよ。うーん、熱はないようだけど、やっぱり顔も赤いし午後は練習をやめた方が良いんじゃないか」

 二郎は忍に近寄り正面に立つと忍の額に手をあて熱を測り、両の頬に手を添えるとじっと忍の目を見つめながら言った。

 突然の二郎の強襲に呼吸を止めて石のように固まった忍がいよいよ意識を飛ばしそうになっているところで、休憩を終えた他の女バス部員達がぞろぞろと体育館へ戻ってきた。

 そのおかげで辛うじて意識を取り戻した忍は酸素の足りていない肺からありったけの空気を振り絞り言った。

「っだ、だ大丈夫だから。あんた、ちょっと何してるよ」

 忍が二郎の手を振りほどき距離を取ると、二郎も一歩下がり言った。

「おう、悪いな。まぁお前が大丈夫なら良いけど、そんじゃ、これ。まだ買ってきたばかりで冷えているから、これもでも飲んでちょっと休んどけ、ほれ」

「ちょっと、ひゃっ・・・・ありがとう」

 手に持つコンビニの袋から500mlのスポーツドリンクを取り出し、二郎は忍の火照った首筋に冷えたペットボルトをそっと押し当ててそれを手渡すと、そのまま体育館へ入っていった。

 忍は渡されたペットボトルを今度は自分で頬につけて気持ちの良い冷たさと思いも寄らない二郎の優しさを感じていると、後ろから溌剌とした明るい声がかかった。

「し・の・ぶ!!ちょっと白昼堂々何やっているのよ!!」

「え、歩!今の見てたの?!」

「ばっちり見ちゃったよ。もうビックリしたんだから!山田の奴、いきなりキスでもするのかと思ったよ。あんた達いつの間にそんな仲になったのよ」

 そんな声を掛けたのは忍の親友であり、部活の相棒でもあるチームのポイントガードを務める神部歩だった。歩は身長が160センチほどでバスケ部の中で一番小さいながらも抜群の運動神経とバスケセンスで一年の頃から忍とコンビを組みレギュラーを張っている、チームの副部長を務める女子生徒だった。歩は肩には着かない程度の長さの暗い茶髪にシンプルな藍色のヘヤバンドと動きやすそうなラフな運動着がよく似合う活発な少女だった。

「何バカのこと言っているのよ。アイツとあたしはそんな仲じゃないわよ!」

 忍があわあわしながら全力で否定するも歩はさらなる疑惑の目を向けながら言った。

「あんたそんなこと言ったって、端から見たらラブラブのカップルが盛り上がっちゃって見つめ合いながらチュッチュし始めるようにしか見えなかったからね。それに今流れている噂では山田の三股相手の一人に数えられているし、喧嘩で気まずくなっていたカップルの方が仲直りした後に色々盛りがるって言うしさ。それと自分では気がついていないかもしれないけど完全に乙女モードの顔になっていたわよ」

 歩がじと目になって親友がひた隠そうとしている二郎との関係を追求しようとしていると、忍は気まずそうに声のトーンを下げて言った。

「噂の事はあたしには関係ないし、その・・・」

「何、尊の噂の事?別に気にしてないよ。私は尊が忍に惚れているって知っていてアイツのことを好きになったんだから、むしろバッサリ尊を振ってくれたなら私はウェルカムだし。まぁどうして尊よりも山田が良いのかは正直私には理解できないけど、それが恋愛なのかね」

「ちょっといきなりどうしてそんな話しをしているのよ」
 
 忍が慌てた様子で問いかけると、歩は苦笑いしながら言った。

「だってこの一週間、ずっと忍はあれこれ悩んで私にも気を遣って、何だかよそよそしく感じちゃってさ。早くスッキリして元通りになりたかったんだよ。だから忍はもう私の事を気にしないで良いんだよ。もともと尊に気が無いことは分かっていたし、さっきの様子だと山田とも良い感じみたいだし、これでWin-Winだよね!!」

 持ち前の明るさでダブルピースサインをする歩の姿を見て、忍も肩の荷が下りたように返事した。

「そっか、わかったよ。ありがとう、歩」

「良いって事よ!こんな時こそ協力するのが相棒でしょ。さぁ皆もう揃っているし、午後の練習始めよう、部長!」

「了解。そんじゃ張り切っていこうか」

 忍と歩は高校入学以来、幾多の苦楽をともにしてきた親友との友情と信頼を改めて確認すると気合いを入れてコートに向かっていった。

(それにしても山田の奴は色々分かっていてあんなことしたのかね。あの朴念仁のことだから何も考えてなさそうだし、忍の事をからかうようなら私が一発ガツンと言わせるしかないわね)

 歩は忍の横顔を見ながら、反対側のバスケコートの隅であくびをしながらストレッチをする二郎を睨み付けながら物騒な計画を考えるのであった。
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