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第三話

この世界のメイドさんは戦えるのか<Ⅳ>

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「ちっ……」

 さすがに冷静なメイドさんも舌打ちをする。予想以上に防御力が高いのだろう。

 トロルは攻撃を受けようとお構いなく上段から振り下ろす攻撃をバカの一つ覚えのように繰り返す。
 それを全てギリギリで避け続けるメイドさんだったが、トロルの方はにやけたような表情を崩さない。

 これって多分、獲物が疲れて動きが鈍るのを待っているんだよな。
 メイドさんの方は自分の攻撃が効かないと分かったからか避けるのに専念しているようだった。

「こんなんで大丈夫なのか」

『ふわぁ……』

「……っ!」

 だがトロルは疲れたのか飽きたのかあくびみたいな仕草をして攻撃が緩むと、メイドさんは直ぐさま武器を構えて何か呪文みたいなモノを小さく唱えた。

「ぐおっ!」

 怪しい動きに気付いたトロルが見逃さないとばかりに手を伸ばして掴み上げそのまま潰したかのように見えた。
 だが、いつの間にかメイドさんはその伸びた手の上に跳び乗って走っていた。

「ウソだろ……」

 さらに次の瞬間にはメイドさんはトロル背後の上空にいた。

「え!?」

 何だこれ? 魔法の一種なのか?
 悪いかなと思いつつ、興味に負けて思わず彼女にディテクトをかけて調べた。

【剣技:ヘイスト使用中】

「なんだそれっ、剣技なんてものがあるのか!?」

【ヘイスト:数秒の間、行動速度が極端に早くなる】

 これの効果で動きが追えないのか? 一体どんだけ早く動いているんだ。

「はあっ!」

【剣技:スマッシュ使用中】

 説明が出ているが、メイドさんの動きが気になって読む暇が無い。
 トロルの背後を取ってヤツの首元に一閃!

 がいんっ!

 これまでで最も大きな音がするが、それでもその固い表皮を貫くことは出来なかった。
 攻撃が終わった後、メイドさんは一瞬で元の場所に戻っていた。

 え……、なんか魔法よりも凄いんじゃ……。

「はぁはぁ……」

 それまで涼しい雰囲気を崩さなかったメイドさんが剣技を使ってから呼吸が荒くなり軽口もなくなって、あきらかな疲れが見て取れた。

 トロルは自分の首元をポリポリと掻きながらメイドさんを見つけるとにやけた笑顔に戻り、またあの上段から平手を落としてくる。

 疲れの見えるメイドさんだったがトロルの単調な攻撃に合わせて避け続ける。
 だがこのままではジリ貧なのは素人の俺からも明らかに分かった。

「メイドさん! 今みたいのはもう使えないのか!?」

「……そんなに都合よく使えない」

 思わず声をかけてしまったがメイドさんは律儀に返してくれた。
 さすがに何度も使えるものではない様なので“ディテクト”で彼女の状況を見る。

 HPはほぼマックスで問題ないがMPが半分以下になっている。
 どうやら剣技というのはMPの消費量が多めなようである。

 更にクールタイムのマークが出ている。だからネトゲかよ……って、なるほどこれのせいで直ぐには使えないのか。

 だがクールタイムはそれほど長くはなく、もうしばらくすると終わる。だったら後はMPだけの問題になる。それなら俺に一つだけ良い方法がある。
 問題はどうやったら、その時間を作るかだが。

 トロルを見ると、もちろんそう簡単に隙なんて出来そうに見えない。
 話でもして気をそらすなんて……いやそうだ。確かトロルは頭が悪く騙されやすいって説明があったな。もしかしたら俺の翻訳機能が使えるかもしれない。

「おい! トロル!」

『んーっ?』

「何をしてるの! 逃げな……えっ」

 俺にトロルに話しかけたことに何をしているんだと怒るメイドさんだったが、当の話しかけられたトロルが反応したことに驚きの声を上げた。

「お前意外にもその女を狙っているぞ。背後に気をつけた方が良い」

「何を言って……」

 トロルが俺の言葉を信じてか慌てて後ろに向いて臭いを嗅ぎ始めるのを見てメイドさんの言葉が途中で止まった。
 情報通り本当に騙されやすくて助かるぜ。

 トロルは川に入ったまま周囲をキョロキョロとしている間にメイドさんの元に向かう。

「これは……どうして逃げないの?」

「時間がないんだ、メイドさん……、えっと名前は?」

「……アティウラ」

「じゃ、じゃあアティウラさん……ごめんなさい!」

「え? ……んんっ!?」

 説明している余裕はないので謝った勢いでそのままキスをする。
 さすがにこの状況でそんなことをされるとは全く思っていなかった彼女はあっさりと唇を許してしまう。

 驚いている彼女はされるがままで無理矢理唇をこじ開けて舌を滑り込ませる。彼女の口内はそれまでの戦いでか少し乾いていて俺の舌の水分を吸い取っていく。
 すると直ぐさまダイアログが出て来たのでイエスを選択してMPを引き渡す。

 そして口を離すと俺の身体を思い切り拒絶するようにどんっと突き飛ばした。

「バカ! 最後の思い出のつもり!?」

「別に死ぬつもりはないよ」

 突き飛ばされて倒されながらも俺ははっきりそう言った。

「だったら!」

「いいからステータスでMPを確認してくれ」

「……え、あっ!?」

「今は説明している時間がないけど、それが俺の特殊能力なんだ。これだけあれば何とか戦える?」

 俺の言葉に彼女の顔が少しだけ微笑んだように見えた。
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