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第五章 ゲイルは聖女

陛下御乱心

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俺の呼びかけに答えるかのように、膨大な魔力の渦が現れた。

「こ、これは……!」

ブリュクハルトが思わずあとじさる。
兄貴とフィオはもう体験済みだから落ち着いてはいるが、それでもやはり無意識に畏怖を覚えるようだ。
安心しろ。さっきまでエリアナの膝で甘えてたの、見ただろ?


「ゲイルーきたよー!」

膨大な魔力の圧が消えると、そこに現れたのはフェンリル。

「……」

ブリュクハルトが微妙な表情になった。
うん。分かる。あそこまでの魔力の圧だと、すんげえのが出てくるのを想像するもんな。
実際は、まあ、見た目はちょっとでかめの猫とか犬、狐に近い。オオカミ系統の聖獣のはずなんだが、ルーの場合はそのなんとも……愛嬌のある表情からどうしても犬っぽいんだよな。

「君が王様?はじめましてー。ボクはルー。聖獣フェンリルです!よろしくねえ!」

「お、お初にお目にかかる、フェンリル様。私はブリュクハルト。この王国の王じゃ」
「うん。ゲイルにきいてるよー!ルーでいいよー」

またしてもブリュクハルトが微妙な表情になった。
このしゃべり方だよなあ!それもわかる!だがこれでも聖獣なんだって!

「ルー様は、サフィール家を代々守護していらっしゃるというフェンリル様で相違ございませんか?」
「それはね。ボクのママなの。代替わりの準備として、しっかりゲイルを導きなさいってこっちによこされたんだよー。魔王さまが生まれないようにって。ゲイルならなんとかできるからって」

だから、俺を見るなって!信じらんねえ気持ちは分かるけどな。

「……あのさあ、ルー。悪いんだが……その小さな姿ってのがお前の真の姿か?
なんてか、どうしても犬や猫に言われてるみてえで説得力に欠けるんだよ」

「え?真の姿出していいの?」

ボワン!
ゴオオオオ!


さっきのなんて比じゃない圧に、とっさに皆に防護をかける。
思わずつぶってしまった目を開ければそこにいたのは……まさに聖獣フェンリルの名にふさわしい巨大なオオカミ。
5メートルはあろうかという立派な体躯。純銀の長い毛がキラキラと輝き、黒にみえた瞳は透き通る神秘のバイオレット。神々しいとしか言いようがない。あの前足で撫でられただけで、屈強な兵士は吹っ飛んでいくだろう。

「「「「……ルー?」」」」

思わず出した声が震えてしまったのも仕方ない。さっきまできゅるんとしたチビだったんだから。

「これが本体かよ……えげつねえな……」


ボン!

また小さな姿に戻ったルーが何でもないように言った。

「ね?こっちのほうが話やすいでしょお?それに、僕の魔力放出も抑えられるからみんなも楽でしょ!」
「確かに。こっちのほうが舐められやすいが、あの圧はすげえもんな。うん。やっぱこっちでいいわ」


「僕が聖獣だって信じてくれたあ?」

ブリュクハルトががくがくと頷いた。




信じてくれたところで、またしてもルーにはグランディール家とサフィール家の役割。グランディールが負の魔素を集め、サフィールがそれを浄化してこの世界のバランスをとってきたこと。聖女と魔王の役割について話をしてもらった。

ブリュクハルトは真剣に耳を傾けていたが、ここまで聞くと、フィオに声をかけた。

「グランディール宰相。すまなんだ。グランディールにそのような厳しい役目を果たさせておきながら、何も知らなんだ。多くの犠牲もあったことだろう。ことによると先代もその犠牲者なのかもしれぬなあ……」
「あ。あのねえ、先代グランディールは、もともとやばいひとだったの。魔王になる前に死んじゃったけど、あの人のせいかくはさいしょっから!」
「そ、そうか……。非公式にはなるが、それでも謝罪させてほしい。長いことすまなんだ。そして、ありがとう」

深々と頭を下げるブリュクハルト。王はめったなことで謝罪しない。
それを今ここで行うのか。

俺はこいつのこういうところを気に入ってる。だから友人になったんだ。
頼んだわけでもないし、グランディールだってやろうと思ってやっていたわけでもない。それでも結果的にそういう役割を担ってきたこと。それに対してきちんと謝罪と感謝ができる、そういうやつだから、信頼できるんだ。

フィオもまさかブリュクハルトに謝罪されるとは思っていなかったのだろう。
面食らったように目をぱちくりさせ、それからかすかに笑った。

「……受け入れます。あなたが王でよかった」

うん。良かったな。別に何があるってわけじゃないけど、それでも負を集めたことでフィオだって体調不良やらいろいろな不調を抱えてきたんだ。それを理解し、謝罪してくれるだけで少しは報われる。

ブリュクハルトは俺たちにも頭を下げた。

「それと、サフィール侯爵、ゲイル。代々のサフィール家のおかげでこの平穏が保たれていたのだな。感謝する」
「そう。感謝しろよ!」

思わず言ったら、「ゲイル!」と兄貴にゲンコツされた。くっそ!

「不詳の弟が失礼いたしました。過分なお言葉をいただき感謝致します」



「じゃあ、つづきね。今度はゲイルのはなしー!」

ここで、聖女についてさらに詳しい説明がなされた。サフィールの中でも魔力の多いものが聖女となること。俺は歴代でも最高の魔力を有しており、当然ながら聖女としての力もけた違いであることなど。

「それでね。聖女がグランディールと交わることで。グランディールの負を浄化するんだけどね。ゲイルの力はすんごおく強いから、グランディールの『負の魔力を集め、ため込んで魔王になってしまう』っていう性質そのものを浄化しちゃったの。これからのグランディールは『負の魔力を集めて、それを正に変換して放出する』体質にかわったから!もう大丈夫だよー!」

良かった良かった、みたいな空気を出しているが、ブリュクハルトは満足げに頷きながらも聞き逃さなかった。

「…………聖女がグランディールと交わることで浄化?ゲイルはグランディールをすでに浄化済み…………?」

うまく思考が追い付かないのか考えたくないのか、同じ言葉を繰り返し首をひねり続けている。
俺はぶっちゃけた。

「要するに、俺とフィオはできちまったってことだな!」
「ゲイルと正式にお付き合いさせて頂いております」
「兄貴の了承ももらったから!」
「はい。サフィール家もこの二人を認めております」

さりげなく兄貴が俺たちの背後に立ち「公認!」を主張してくれた。ナイス兄貴!



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