上 下
28 / 48
第3章 勇者と魔王

幸せの在処

しおりを挟む
 夢の世界に戻ったクレイスは再び剣の修練を開始する。
フォゼやレヴィー、直接切り結んだ相手を想像して戦いを繰り広げる。

「ふっ!」

 だが、想像のレヴィーの方が早く首元へ手刀を突きつけてくる。
動けなくなったクレイスはそこでゆっくりと息を吐いた。

「ねぇ、何かあったでしょ」

「……別に」

 いつもより早く眠りについたはずなのに夢の中にいたテュイアは笑顔でクレイスを見つめていた。
自分の修行を一旦置いておき、テュイア自身の異変についてを問う。

「わからないけど、ずっと寝てられるの」

「神とした契約だ……何が起こるか想像つかないよな」

 脳裏によぎるのは倒れたロイケン。
テュイアも同じように意識を失っているのかと肝が冷える思いになった。

「身体がおかしいって感じはしないし……よく分かんない!」

「能天気か……」

「成長期かもよ。おっぱいも大きくなるかも!」

 そこでクレイスはテュイアが無理にでも笑わせようとしてきていることに気づいた。
それほどに自分は血気迫る表情だったのだろうか、と心配をかけてしまう己の弱さを憎む。

それを切り替えるようにクレイスはテュイアへと話しかけた。

「あのさ、いつものテュイアは昼間は城で何してるの?」

魔王とどんなことをしているのかという不安から、今まで避けてきた質問だ。
もし自分が忌避する内容であれば、怒りの力が増して何も考えなくて済む、という自傷行為ともいえた。

「——夢を見てるの」

「え? ……今だって夢だろ?」

「クレイスとゼルヴェが見せてくれた景色がね、ずっと視界をくるくる回るんだ」

 月夜の丘でスカートを翻しながら、テュイアもくるくる回る。
そのままクレイスの前まで進むと、クレイスの瞳を下から覗き込む。

「だからいつも近くに二人を感じてるよっ」

「テュイア……」

嫌な目にあったり、辛い思いをしていないだけでも心が軽くなったようにクレイスは思えた。

「——ねぇ、また一緒に……」

 その言葉が紡がれるより早く、水面の月を掴むような無駄な行為だとしてもクレイスはテュイアの口を塞いだ。

「えっ?」

「言わないでくれ」

 悲しさを含む瞳がテュイアに注がれる。
その言葉を聞いてしまったら、勇者と魔王の役割が何の意味もなさない。

二人とも与えられた役割を全うするために多大な犠牲を払っている。
勇者とて悪人とはいえ人の命を奪ったことがあるのだ。

「——僕も、ゼルヴェも、もう引き返せないところまで来てるんだ」

「で、でも……」

 その覚悟は歪であれ、揺るぎないものになっていた。
同様の覚悟をゼルヴェからも感じ取っていたテュイアはただただ自分の死を、神に助けられてしまった運命を悔やむ。

 仲睦まじく冒険した幼き日、一生あの日々の中にいることが出来たのなら。
計らずともクレイスもテュイアも心の中でそう思ってしまう。

しかし、その未来はないのだ、とテュイアの問いかけに一方的な結論をつけてクレイスは自分の言葉だけを投げかけるようになった。

「……テュイア、すぐに助け出すから待っててくれ」

「……」

これからは最短経路で魔王のところに迎える、と付け加えてもテュイアは乾いた笑みを浮かべただけだった。

「嫌だよ。私は……クレイスが幸せじゃないと嫌」

「そんなの君を助けるのに必要ないって!」

 その言葉を聞いたテュイアはクレイスに背を向けて空を見上げる。
それはいつもの星空ではなく、淀んだ黒雲に包まれた不安な空になっていた。

「やっぱり私は、あの時死んだ方がよかったのかも」

「テュイア、何を言ってるんだ!」

 剣を投げ捨てて駆け寄り、テュイアの前に座り込んだ。
その瞳には涙が溜まっていて、テュイアの色の違う瞳を通じて情けない表情をしている自分自身が見えた。

「クレイスもゼルヴェも戦わなくてすむ。契約が終われば魔王も勇者の役目も終わる。きっと、もう誰も傷付かない」

 今までの朗らかな少女はそこにいなかった。だが偽りとも思えない声音にクレイスは震える。
自分やゼルヴェの戦いに全く意味がないような気がしてならなかった。

「神様もひどいよね。こんなことになるなら死んだ方がよかったって」

 月夜の丘は、感情の激流を現すように土砂降りに見舞われる。
厚い雲が月を奪い、目も開けられないほどの雨が相手の顔を見ることも許さない。


 相手の姿が見えないほどに激しさを増した雨は、会話を独り言に変えて、夢の終わりへと流してしまう。


 そのまま夢の世界を嵐が襲い、大地と空が割れ、荒れ狂うよう空間がに消滅していく。


「私が死ねば混乱は消える」

脳裏でささやかれた言葉は、クレイスを凍りつかせた。

「テュイア!」

黒い濁流の中に消えていく少女に手を伸ばすが、クレイスの視界も黒に飲まれどんどんと引き離されていく。

「——終わりにしましょう」

「テュイアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」

 時間だわ、という何者かの声と共にクレイスは夢から叩き出された。








 夢から覚めたクレイスはその場に手をついて臓腑からこみ上げたものをぶちまけた。
肩で息をしながら、あまりにも現実味を帯びた夢に心から恐怖した。

魔王の構える城で何かが起きている、起きた、もしくは起こした、などの想像をした後は悪い方向へ思考が転がっていくのはあまりも早かった。左目のうずきが何かを伝えているようで。

「嘘だ……テュイア!」

 クレイスは駆け出した。

 剣を抱えたまま軽々と円形闘技場の屋根の上まで飛び乗っていく。
そこから魔王城の方角にある地平線は何か蠢いているように見えた。

「なんだ……?」

地平線の向こう、遠雷のように巨大な空間の裂け目が各地で出来上がっていく。
それがゾオンのものだと気づくのに時間はいらなかった。魔王が逆に勇者を目指し進軍している。

「ゼルヴェ……決着をつけようってことか……!」

脳裏によぎるはレヴィーの作戦。
それを指揮したのがゼルヴェだとしたら、魔王もまたテュイアの異変に気づいているのかもしれない。

生死に関する何かが起きたという予感は魔王の進軍によって、より信憑性を増してしまう。

 逸る気持ちを教えられないクレイスは屋根から飛び降り、ツィアマーロの街を駆け抜けていく。

動く地平線は全て魔王の軍勢。
数の不利などどうでもいいと力の限り大地を踏み締める。

やがて国を抜け、辺りが荒れ地に変わる。未だに地平線も軍勢も遠い。

どのくらい走れば辿り着くのかも分からない。

 それでもクレイスは足を止めなかった。
肺が裂けそうになっても、辿り着いた時に力尽きそうになっても構わない。
早くテュイアを助けなければという思いが湧き上がり、勇者が止まることを許さなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

召喚されたけど要らないと言われたので旅に出ます。探さないでください。

udonlevel2
ファンタジー
修学旅行中に異世界召喚された教師、中園アツシと中園の生徒の姫島カナエと他3名の生徒達。 他の三人には国が欲しがる力があったようだが、中園と姫島のスキルは文字化けして読めなかった。 その為、城を追い出されるように金貨一人50枚を渡され外の世界に放り出されてしまう。 教え子であるカナエを守りながら異世界を生き抜かねばならないが、まずは見た目をこの世界の物に替えて二人は慎重に話し合いをし、冒険者を雇うか、奴隷を買うか悩む。 まずはこの世界を知らねばならないとして、奴隷市場に行き、明日殺処分だった虎獣人のシュウと、妹のナノを購入。 シュウとナノを購入した二人は、国を出て別の国へと移動する事となる。 ★他サイトにも連載中です(カクヨム・なろう・ピクシブ) 中国でコピーされていたので自衛です。 「天安門事件」

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

勇者のハーレムパーティを追放された男が『実は別にヒロインが居るから気にしないで生活する』ような物語(仮)

石のやっさん
ファンタジー
主人公のリヒトは勇者パーティを追放されるが 別に気にも留めていなかった。 元から時期が来たら自分から出て行く予定だったし、彼には時期的にやりたい事があったからだ。 リヒトのやりたかった事、それは、元勇者のレイラが奴隷オークションに出されると聞き、それに参加する事だった。 この作品の主人公は転生者ですが、精神的に大人なだけでチートは知識も含んでありません。 勿論ヒロインもチートはありません。 そんな二人がどうやって生きていくか…それがテーマです。 他のライトノベルや漫画じゃ主人公になれない筈の二人が主人公、そんな物語です。 最近、感想欄から『人間臭さ』について書いて下さった方がいました。 確かに自分の原点はそこの様な気がしますので書き始めました。 タイトルが実はしっくりこないので、途中で代えるかも知れません。

無属性魔術師、最強パーティの一員でしたが去りました。

ぽてさら
ファンタジー
 ヴェルダレア帝国に所属する最強冒険者パーティ『永遠の色調《カラーズ・ネスト》』は強者が揃った世界的にも有名なパーティで、その名を知らぬ者はいないとも言われるほど。ある事情により心に傷を負ってしまった無属性魔術師エーヤ・クリアノートがそのパーティを去っておよそ三年。エーヤは【エリディアル王国】を拠点として暮らしていた。  それからダンジョン探索を避けていたが、ある日相棒である契約精霊リルからダンジョン探索を提案される。渋々ダンジョンを探索しているとたった一人で魔物を相手にしている美少女と出会う。『盾の守護者』だと名乗る少女にはある目的があって―――。  個の色を持たない「無」属性魔術師。されど「万能の力」と定義し無限の可能性を創造するその魔術は彼だけにしか扱えない。実力者でありながら凡人だと自称する青年は唯一無二の無属性の力と仲間の想いを胸に再び戦場へと身を投げ出す。  青年が扱うのは無属性魔術と『罪』の力。それらを用いて目指すのは『七大迷宮』の真の踏破。

魔力0の俺は王家から追放された挙句なぜか体にドラゴンが棲みついた~伝説のドラゴンの魔力を手に入れた俺はちょっと王家を懲らしめようと思います~

きょろ
ファンタジー
この異世界には人間、動物を始め様々な種族が存在している。 ドラゴン、エルフ、ドワーフにゴブリン…多岐に渡る生物が棲むここは異世界「ソウルエンド」。 この世界で一番権力を持っていると言われる王族の“ロックロス家”は、その千年以上続く歴史の中で過去最大のピンチにぶつかっていた。 「――このロックロス家からこんな奴が生まれるとは…!!この歳まで本当に魔力0とは…貴様なんぞ一族の恥だ!出ていけッ!」 ソウルエンドの王でもある父親にそう言われた青年“レイ・ロックロス”。 十六歳の彼はロックロス家の歴史上……いや、人類が初めて魔力を生み出してから初の“魔力0”の人間だった―。 森羅万象、命ある全てのものに魔力が流れている。その魔力の大きさや強さに変化はあれど魔力0はあり得なかったのだ。 庶民ならいざ知らず、王族の、それもこの異世界トップのロックロス家にとってはあってはならない事態。 レイの父親は、面子も権力も失ってはならぬと極秘に“養子”を迎えた―。 成績優秀、魔力レベルも高い。見捨てた我が子よりも優秀な養子を存分に可愛がった父。 そして――。 魔力“0”と名前の“レイ”を掛けて魔法学校でも馬鹿にされ成績も一番下の“本当の息子”だったはずのレイ・ロックロスは十六歳になったこの日……遂に家から追放された―。 絶望と悲しみに打ちひしがれる……… 事はなく、レイ・ロックロスは清々しい顔で家を出て行った。 「ああ~~~めちゃくちゃいい天気!やっと自由を手に入れたぜ俺は!」 十六年の人生の中で一番解放感を得たこの日。 実はレイには昔から一つ気になっていたことがあった。その真実を探る為レイはある場所へと向かっていたのだが、道中お腹が減ったレイは子供の頃から仲が良い近くの農場でご飯を貰った。 「うめぇ~~!ここの卵かけご飯は最高だぜ!」 しかし、レイが食べたその卵は何と“伝説の古代竜の卵”だった――。 レイの気になっている事とは―? 食べた卵のせいでドラゴンが棲みついた―⁉ 縁を切ったはずのロックロス家に隠された秘密とは―。 全ての真相に辿り着く為、レイとドラゴンはほのぼのダンジョンを攻略するつもりがどんどん仲間が増えて力も手にし異世界を脅かす程の最強パーティになっちゃいました。 あまりに強大な力を手にしたレイ達の前に、最高権力のロックロス家が次々と刺客を送り込む。 様々な展開が繰り広げられるファンタジー物語。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

お荷物認定を受けてSSS級PTを追放されました。でも実は俺がいたからSSS級になれていたようです。

幌須 慶治
ファンタジー
S級冒険者PT『疾風の英雄』 電光石火の攻撃で凶悪なモンスターを次々討伐して瞬く間に最上級ランクまで上がった冒険者の夢を体現するPTである。 龍狩りの一閃ゲラートを筆頭に極炎のバーバラ、岩盤砕きガイル、地竜射抜くローラの4人の圧倒的な火力を以って凶悪モンスターを次々と打ち倒していく姿は冒険者どころか庶民の憧れを一身に集めていた。 そんな中で俺、ロイドはただの盾持ち兼荷物運びとして見られている。 盾持ちなのだからと他の4人が動く前に現地で相手の注意を引き、模擬戦の時は2対1での攻撃を受ける。 当然地味な役割なのだから居ても居なくても気にも留められずに居ないものとして扱われる。 今日もそうして地竜を討伐して、俺は1人後処理をしてからギルドに戻る。 ようやく帰り着いた頃には日も沈み酒場で祝杯を挙げる仲間たちに報酬を私に近づいた時にそれは起こる。 ニヤついた目をしたゲラートが言い放つ 「ロイド、お前役にたたなすぎるからクビな!」 全員の目と口が弧を描いたのが見えた。 一応毎日更新目指して、15話位で終わる予定です。 作品紹介に出てる人物、主人公以外重要じゃないのはご愛嬌() 15話で終わる気がしないので終わるまで延長します、脱線多くてごめんなさい 2020/7/26

処理中です...