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第2章 深まる絆、離れる心

勇者の夢界

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「初めて力を得た日だ。レヴィーの国を襲ったのは」

全能感に突き動かされ侵攻を繰り替えし、名実ともに魔王となったゼルヴェは、自ら進んで悪の異名を背負ったのだ。

「私は魔王だ。もはや引き下がれないことはわかっている」

「魔王がが選んだ道こそ正しいのです。何も間違いではありません」

「能力が順応し、善と悪の意識がはっきりしだす……この能力は呪いだよ」

 それ以上、ゼルヴェは語らなかった。
広間へと出向き、進軍を高らかに宣言する背中は今にも崩れてしまいそうで、レヴィーは寄り添わずにはいられなかった。

「我が魔王、私が貴方をお守りします。貴方は心の赴くままに」

「——心の赴くまま、か」

 そしてゼルヴェは、悲痛に喘ぐ幼い己の気持ちに蓋をする。
さらにレヴィーは、たとえ主の望む方法でなくとも、世界に覇を唱えさせようと再度誓うのであった。

「貴方の心は私が死なせない」

闇に溶けるようにレヴィーは、魔王の側に仕えることを放棄して影の中に消えて行った。



 魔王の居城を目指す勇者一行。
もうじき次の大陸に到着する、そう船乗りに聞かされたクレイスたちは新たな冒険に張り切り、いつもより早く就寝した。
クレイスは少女たちに詰め寄られる光景を見せてしまった引け目をずっと引きずっていた。

 しかし寝なければ、弁解と違ってますます怪しまれてしまう。
もう気にしていないとは言われていたが、身体を休ませるはずの就寝に気合を入れなければならなくなっていた。

「よし、寝るぞ!」



 その日の夢は過去そのものだった。
まるでテュイアが少女に囲まれて過ごすクレイスに向けて、昔を思い出せ、と言っているようで、ただただ過去をなぞらされた。
 古ぼけた城の中での小さな居住空間にテュイアはいつも佇んでいる。
まるで何かを待っているかのように、静かに暮らしているのだ。
 どうやって生きているのか、世話をしてくれている人はいるのか、何度か聞いたことがあったが知らない、とはぐらかされていた。

 本当に何も知らない表情をしていたテュイアの言葉をクレイスもゼルヴェも信じることにしている。
今思えば、神に守られていた兆候があったとも言えた。
古ぼけた城の居住空間、そこで小さな丸テーブルを挟み、クレイスとテュイアはゼルヴェが来るのを待ちわびていた。

「今日はどこまで行けるかなぁ?」

「テュイアの行きたいところならどこまでも行けるよ!」

 無邪気に笑い合う二人。
この頃は何でも出来るという無敵な気持ちが、本来気弱なクレイスにも確かに芽吹いていた。
彼女のためならばなんだってしたい、叶えたいというのは恋心といって間違いないだろう。

「うふふー」

「え? 何かおかしい事言った?」

 両手を頬に当て、床から浮いてしまう足をパタパタと動かした。

「クレイスと二人で待つのは楽しいよ~」

 頬を薄く染めた朗らかな笑顔にクレイスは耳まで一気に紅潮する。
顔を隠すように手のひらをバタつかせるクレイスが面白いのかテュイアは声を出して笑った。
ゼルヴェが道すがら収穫した果物と一緒に現れるまでこの甘い空気はずっと続いた。

 そして明くる日。
二人きりの時間というのは何かと訪れている。
数歳年上のゼルヴェは何かと村の手伝いに駆り出されることが多く、先にクレイスだけが城に向かうことが多かった。

「外の冒険も好きだけど、ここでクレイスと話してるのも大好きなんだー」

「だだだだだ、大好き!?」

 その言葉に他意はない、そうわかっていても想い人の言葉は少年の心を簡単に弄ぶ。
顔に出ないようにするのが精一杯だが、堪えた顔が面白いのかテュイアはさらに笑顔になった。

「もー、笑わせないでよ~!」

「テ、テュイアが勝手に笑ったんでしょ!」

 クレイスにとってもゼルヴェにとってもテュイアは太陽のように心を照らす存在で、テュイア自身もその光を一身に受けた煌びやかな一輪の花だった。
城に他の村人を連れてこないのは、独り占めしたいという気持ちが働いているのかもしれない。

 二人だけで冒険と称して、森の中を探索した日もあった。
城を囲んでいる森は鬱蒼と生い茂っており、樹海の中にポツンと佇む古城を覆い隠すようであった。

「今日は東にある花畑に行かない? 前は芽が出たばかりだったから、今なら咲いてるかも」

「本当に!? 楽しみだね!」

 年長者の到着を待たずして冒険に繰り出す二人。
他愛のない世間話をしながら二人の距離が近づいていく。

肩が触れ合うくらいの近さで森を進み、どちらからともなく手を握っていた。
お互いに顔を真っ赤に染めながらも嫌がる素振りも見せず、森を突き進む。
交わす言葉がなくなっていく代わりに、握る手に力がこもっていく。

 恥ずかしさからか互いに早歩きになり、景色を楽しむ余裕もなくなっていた。
開けた場所から差し込んでくる光に向かって、二人は森から飛び出す。

「ついた!」

 そこには純白と桃色の花が混ざり合うように咲いていた。
天国があるならば目の前と同じような場所なのだろうと、二人が想像してしまうほどに。

「すっごぉ~~~~~い!」

「よかった……枯れてたらどうしようかって思ってたよ」

「本当に綺麗! この花畑の近くにお城を持ってこれないかしら?」

 花畑の中を駆け回るテュイアは無邪気に大声でそう話した。
なぜそんなまどろっこしい風に考えるのかとクレイスは不思議がる。

「何輪か摘んで帰ればいいじゃないか? どれがいいの?」

その場で腰を曲げたクレイスは一つの花に手をかけた。それろ同時い細く小さな手がクレイスをつかんだ。

「ダメ」

耳元で囁かれる声に驚いたクレイスは腰を抜かすように後ろへと倒れ込む。
しかも、いつの間にか回り込んできていたテュイアを押し倒すような形で。

「あっ、ご、ごめん! 怪我はない!?」

「私は大丈夫。お花も……折れてないみたいだね」

その言葉で城を花畑に近づけたい、という言葉の真意を理解した。
花の命すら尊ぶテュイアの優しさにクレイスはますます惹かれる。

このまま抱きしめたいという欲求にまで駆られた。

「クレイス……?」

「え? あ、ごめん、退くね!」

急いで飛び退いたクレイスはテュイアが残念そうな表情を浮かべている事など知る由もない。

 常に完璧なゼルヴェを見続けているせいでクレイスの自己肯定度は低く、自分のような存在よりもテュイアは他の人を選ぶ、と考えてしまっている。

あれだけお互いに顔を染めて手を握り合ったというにも関わらずだ。

 一頻り花畑を巡った二人は、日が落ちる前に帰ろうとその場を後にする。
もちろん仲睦まじく手をつないではいるのだが、その先への進展は起こらなかった。

 そして、こんな日常が永遠に続くと勝手に思い込んでいたクレイスの夢はここで終わる。

「テュイア……」

 夢が終わり、涙が真横に流れて枕を濡らしていたことに気づいた。

あの頃に焦がれているとはっきりと自覚させられたクレイスは、今日の夢をテュイアなりのヤキモチの表現なのではないか、と勝手に結論づけた。

そのおかげで戦う理由を再確認できたクレイスは小さくお礼を告げて、甲板へと向かうのであった。
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