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Season1 セオリー・S・マクダウェルの理不尽な理論

#027 一騎当千 Trump card

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 返り血が凰華の頬を伝う。強化外骨格は対物ライフルを支えにだらしなく寄りかかり沈黙した。

 残りは一体だが、武器は拳銃と手榴弾が6つ。

 耳障りな油圧アクチュエータの足音が物凄い速度と近づいてくる。

『くそっ! よくも相棒をっ!』

 スピーカーをオンにした片割れが奇声を上げて、機銃を放ってくる。鉄の雨の中を這うようにしてすぐに凰華はその場から離れる。

「――っ!」

 被弾面積を少なくするため身を低くして走る凰華の肩を一発の弾丸が掠める。

 密集した原生林の地の利を生かし、木陰に潜みつつ凰華は進み、幸いそれ以上の被弾は無かった。

 手榴弾6発すべてを標的の隙間という隙間に突っ込めば、何とか倒すことが出来るだろう。

 そのためには強化外骨格の背に張り付かなければならず、実行には陽動がもう一人必要になる。

 合流ポイントが近づいているのに、肝心の陽動要員アカツキの姿が見えない。

(セオリー殿が苛立つ理由が少しだけ分かったような気がする)

 木陰に潜み凰華が脳裏で苛立っていると、乾いた銃声が聞こえ、やっとかという思いにさせる。

 暁が携えたアサルトライフル、M4カービンから撃ち出された弾丸が強化外骨格の表面を派手に打ち鳴らし、火花を散らす。

『くそっ! 貴様っ! 暁だなっ! 貴様は生死問わずデット・オア・アライブと言われている』

「それがどうしたっ!」

 標的の筐体が暁の方へ振り向いていく。

『聞いたぞ? オタクらの課長が「アセンション」の存在を黙っていればこんなことにならずに済んだんだ。「アセンション」さえあれば理想の姿に成れる。なぜ邪魔をした?』

「……何を言い出すかと思えば、だから何だ? 嫉妬の矛先をこっちに向けてくるんじゃねぇよ。八つ当たりじゃねぇか。下らねぇ……自分より優れた人間なんて腐るほどいるからな、そんなことより自分より貧しい人に意識を向けた方がよっぽど有意義じゃねぇか」

 淡々と会話をして注意を惹き付ける暁のお陰で、丁度よく凰華に標的が背を向いたのを見計らい凰華は走った。

 暁が恐らくこれを狙っていたのだろう。現に今も少々無理な応戦を繰り広げている。

 凰華は六個の手榴弾のピンを派手強引に抜き、強化外骨格の背に飛び乗る。

『しまったっ!』

 強引に振り解こうとして、凰華を激しく振り回される中、手榴弾を全て標的の首筋の隙間に投げ込んだ。

『この野郎っ!』

 振り飛ばされ、凰華の身体が宙に投げ出される。

 地面に叩きつけられる寸前、暁に受け止められた瞬間――

 強烈な爆発の光が二人を包み込んだ。


8月18日 22:15 東京都千代田区霞が関――

 一日潜伏してやり過ごしたセオリーは、刹那にまたがり公道を走っていった。

 行く先々に中年の男女から『リアルも●●●姫、映える』などと、写真を撮られたが構わず、セオリーが向かう先はエロジオーネファンタズマの会場の秋葉原ではなく警視庁のある霞が関だった、

「レーツェル。向こうの様子は?」

『二人とも無事、準備を整えてから出るって』

「そう、良かった……ところでレーツェル、調子はどうかしら?」

『絶好調だよっ! ここなら全力でいけるよっ! でもセオリーは大丈夫なの? 本当に千単位の人間を相手にするつもり?』

「まさか? 秋葉原なんて行きませんわ」

『ならどうして?』

「それは彼らに警察の方と熱い夜を過ごしてもらう為ですわ。なるべく長い時間をね」

 セオリーはレーツェルに自分を倒せば高額ポイントがもらえるというデマを流して貰った。

『一応ストラテジーイベントだから、セオリーは隠しボスという扱いにしたよ』

 エロジオーネファンタズマは秋葉原の歩行者天国を中心に町全域で行われる。

 ストラテジーイベントという事もあり、東と西に陣を敷き、互いに戦闘を繰り広げるらしいが、セオリーは勝手によろしくやってくれという感じであった。

 レーツェルが収集した情報によればAR戦闘イベントという名目で警察には届けられている――とは言うが、警察の想像とは比べ物にならないものになるのは明らかだった。

 有象無象のプレイヤーはセオリーに目掛けて殺到することだろう。

 それがセオリーの狙いだった。これにより互いに殺し合うような事態は最小限に留められる。

「それより、レーツェル。首尾の方は?」

『大丈夫だよ。いつでも周囲一帯の監視カメラにハッキングが出来るよ』

 煌びやかな電光の指す繁華街を、23時を知らせる時報が鳴り響く。

「行きますわよ、刹那。レーツェル」

『ああ』

『うんっ!』

 刹那は霞が関の料金所の前で立ち止まりセオリーは徐に彼の背から下りた。

 料金所から八台の黒いバンが列を成して出てきて、すっと彼女達の前で止まる。

 その一台の中から出てきたのは白髪の優男、且又。

 そして分厚そうなレーシングスーツを身に纏い頭が湧いている青年達がぞろぞろと、バットやらDIY工具やらの武器エモノを携え、後部座席から出てくる。

 顔こそ真面目そうなではあるが、それ恰好からは最早DQNとした思えない。

 そんな青年達の中央に立つ一人の顔に、セオリーは見覚えがあった。

(たしか、タカハトゲームで黒井さんが副団長とか呟いていた……)

「こんばんは、マクダウェル博士。こんな夜分にお会いできるとは思いませんでした」

 淡々と話す且又は、時間はいずれにしても、まるでセオリーに遭遇することが予定に入っていたような口ぶりだった。

「あらそう、本当はもっと早く来られるつもりでしたの。急な妨害用事が入りましたの」

 セオリーは皮肉交じりに冷笑を浮かべて見せるが、且又の表情は揺るがない。

「貴女との会話を楽しみたいのはやまやまですが、僕はこれから急ぎの様がありまして」

「まあ、そう急がなくても、せっかくお会いしたのですし、ゆっくりして行かれたらよろしいのではなくて?」

「ハハハ、ご冗談を」

「いいから……止まりなさいっ!」

 折角の満月の夜を暁とではなく、こんな奴等と過ごさなくてはならない事に腸が煮えくりかえっているセオリーは彼らを睨みつけた。

『セオリー、アイツ、コロスヨ』

「待ちなさい」

 刹那も一緒になって唸り声を上げてくれるが、且又を庇う様に青年の一団が前に出て、殺気立つ彼をセオリーは一先ず鎮めさせる。

「乍而先生、予定通り、ここは我々に、団長……いいえ、黒井先輩をお願いします」

「ああ、任せてくれ、後は頼んだよ」

 副団長の青年が且又を送り出す。

 彼らのやり取りはまるでここでセオリーを相手にすることが且又の計画に入っていたようであった。

 相手の方が一枚上手うわてでみすみす且又を行かせる羽目になり、セオリーは歯痒くて仕方がなくなる。

「刹那っ! 追いなさいっ!」

『しかしっ!』

「私なら大丈夫ですわっ! それよりも且又をっ!」

 セオリーの身を案じる刹那は最初のうちは渋っていたが、彼女の威圧感に気圧され、且又の乗るバンを追いかけていた。

 刹那の姿が見えなくなるのと確認するとセオリーは徐に脳内で符牒を刻み始めた。

(ジーンオントロジー……フルアセチレーション)

 彼女の左手から輝線が全身へと広がり、腰まである真紅の髪が、紅蓮のように燃え上がり、斜陽如き煌きを見せる。

 フルアセチレーション。オントロジーエコノミクスで全遺伝子を活性化させ、12分間だけ身体能力を高めるセオリーの奥の手。

「こう見えてわたくしは忙しいのですの、童貞のお相手をしている暇はありませんわ」

 挑発的なセオリーの言動に青年達の顔に怒りの色が現れる。金属バットを携えた筋骨隆々の男が前に出て、セオリーへにじり寄ってくる。

「まずは俺が相手――」

 相手の口上を聞き終える前に、セオリーは男の腹部へ強烈な一撃を打ち込む。

 アスファルトを砕くほどの震脚から放たれるセオリーの掌底は男の腹部へ深々と捻じ込まれて行き、その衝撃に男の身体は遥か後方へと吹っ飛んでいた。

「はいっ! 次っ! ぼーっとしていると怪我だけじゃ済みませんわよっ!」

 波濤の如く一気に押し寄せてくる遺伝子強化された一団を一騎当千如くセオリーは無双していった。

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