上 下
1 / 35
Season1 セオリー・S・マクダウェルの理不尽な理論

#001 緋き魔女 Mad scientist

しおりを挟む
 西暦2034年7月11日 ガラパゴス諸島 ダーウィンウォルフ海洋保護区――

 ガラパゴス諸島から40マイル(凡そ64㎞)の海域は世界自然遺産に指定され、科学的調査の為の利用と旅行のみが許可。魚を含め、天然資源の持ち出しは許されない全面禁漁区。

 神秘的で雄大な自然の楽園で西暦1990年初頭から無粋な輩が現れている。

 最北の島ダーウィン島から北西40km沖。今日もまた命知らずの密漁船が現れていた。

「さて、次は誰が鮫の生態調査・・・・・・に付き合ってくれるのかしら?」

 所々にペンキが剥げている梁が敷き詰められた甲板の上では、ウェットスーツ姿の女が搭乗員へ詰め寄っていた。

 その女の特徴と言えば、やはり血のような紅い髪が真っ先に目を惹く。

 腰辺りまで伸ばしたその髪は目が覚める程に鮮やかで、赤味がかったレディッシュというより最早、緋色スカーレット

 次はウェットスーツ越しでも分かる豊かに膨らんだ胸。もし彼女が赤毛でなかったら世の男共はその胸に目掛けて言葉を発していたに違いない。

 そして琥珀色の瞳とつり上がり気味の目尻は凛々しく冷ややかで、まさに野生の虎の様だ。

(目視で確認できる搭乗員は5名。いずれも東洋系……全く懲りませんわね……)

 女は溜息を付く。

紅魔女ホォンモォーヌゥー……」

 後退あとずさる一人の男が発した言葉に、女の眉がピクリと動く。

「魔女? 違いますわっ! わたくしはマッドサイエンティストっ! セオリー・シャロン・マクダウェルですわっ!」

 その女、セオリーは自分を狂気的であると恥ずかしげもなく高らかに宣言した。

 何故マッドサイエンティストと自称するかと言えば、狂気的・・・なまでに自然の神秘の解明に見せられたからである。

 セオリーは自分の研究に夢中マッドなどこにでもいる科学者である。

 彼女はガラパゴス諸島のチャールズ・ダーウィン研究所に勤めながら、専らガラパゴス国立公園管理局の手伝いを買って出て(本当に勝手出て)、不届き者に成敗している。

 不届き者の身元は大抵、2034年においてインド抜かれはしたものの、アジアに存在する国の中で世界第二位の経済大国の人間。

 アジア向けのフカヒレと肉などを目的とした密漁船だ。

 2017年8月に拿捕だほされた船には、絶滅危惧種であるアカシュモクザメをはじめとする凡そ300トンの積荷があった。それが尚も続いている。

「次は先ほどわたくしを魔女呼ばわりした。そこのお前ですわっ!」

 セオリーに指を差された男は、懐から半自動式拳銃を取り出すも遅すぎた。

 怖で彩られた男の視線が一瞬逸れた瞬間、セオリーは飛び膝蹴りを顔面へ叩きこむ。追突した車のフロントバンパーの如くひしゃげる。

「一匹目っ!」
 
 優雅に宙を舞うセオリー。着地後すぐさま今度は右隣にいた男へと回し蹴りを蟀谷に突
き刺し昏倒させる。

「二匹目っ!」

 しかしセオリーが倒した男達は氷山の一角に過ぎなかった。

「……まるでゴキブリのようですわ」

 騒ぎを聞きつけ、大勢の男共が奥からわらわらと湧いて出てくる様子に悪寒が走る

「虫唾が走りますわっ!」

 害虫処理よろしくセオリーは男共を次々と蹴り飛ばし、海へと放り込んでいく。

 因みにガラパゴス諸島のアカシュモクザメをはじめとする鮫達は好奇心こそ強く潜在的には危険ではあるが、非常に大人しい性格の鮫で、シュノーケリングやダイビングしても基本的に襲われる心配はない。

 そうとは知らず、海に落ちた男共は近寄ってくる鮫に興奮し暴れる。中にはじゃれてくる鮫に恐怖し気絶するものまでいた。

「自分たちが捕っている魚について何にも知らないなんて不憫ですわね。こんなにも可愛いのに……」

 セオリーはその光景を呆然と眺めていると、船橋から一人の男が奇声を上げて現れた。

死ね!魔女魔女め!!」

 その男の手元には56式自動歩槍。ソ連製AK-47カラシニコフの同型フレームで、デッドコピーではないにせよ、本家と比較すると作りが荒く命中精度も悪い。駄作と呼び声も高い一品。

(ジーンオントロジー……2番染色体系統、PAX3、音知覚及び筋肉器官発達限定、アセチレーション……)

 セオリーは符牒を頭の中で呟く。

 左腕に突如として回路図のような紅い輝きの光線が走る。
 
 発狂した男のその駄作から放たれた弾丸は弾幕となり粉塵を巻き上げる。
 
 カチカチとトリガーから乾いた音が鳴り、男は弾切れになったことにようやく気付く。
 
 徐々に晴れいく噴煙の中から現れる死体――はなく、あるのは船体に開いた無数の風穴だった。

「はい、お疲れ様」

 突如背後から現れたセオリーに男は首元への鋭い一撃を受け倒れた。

 セオリーが何故、『紅魔女ホォンモォーヌゥー』などと言われ恐れられているか、それは銃器が全く通用しないところと、密猟者に対して容赦のないところからきている。

「ごめんなさいね。悪党に情けはかけない事にしていますの」

 捕まったら最後、セオリーの責め苦に合い、その後エクアドル当局に引き渡され禁固刑。
 
 しかし管理局には損害賠償金こそ払われこそすれ、現状は何の慰めにもなっていない。

「まったく、ただでさえ温暖化の影響で、年々頭数が大幅に減少しているというのに、国際法を無視した乱獲には目に余りますわ」

 ただ金銭欲を満たすためだけにフカヒレなどの贅沢品を貪ろうとする根性にセオリーはあきれ果てていた。

 そして人間の為であれば他の生き物を絶滅させてもいいという『種差別的思想』には、セオリーは怒りを覚えてならない。

「これのどこが文明的なのか教えて欲しいですわ。実に利己的、動物的ですわ」

 セオリーもいくつか対策を講じてきた。その一つがガラパゴス海域に生態系に影響を及ぼさない程度の周波数でGPSジャマーを発するブイを設置した。

これにより密漁船は何もない公海でさ迷う筈だった。

「海図、コンパスや八分儀までを使ってくるなんて、本当にまったく見上げた……いいえ、見下げた根性ですわね」

 襟を掴んで男を引きずっていくセオリーに突如無線が入る。

「はい、こちらセオリーですわ。あら局長。どうされました?」

 無線の相手はガラパゴス諸島国立公園管理局の局長。彼は現在小型ボートでセオリーが立つ密漁船へと向かっている。

『どうしたもこうしたも無い。そちらはどんな状況だ?』

「あと一人、多分船長の男を、鮫達の餌にすれば終わりですわ」

『……よしもう十分だ。頼む、それ以上もするな。あと君に日本からエアメールが一通届いていた。管理局事務所に戻ったら確認してみてくれ』

「……エアメールですか?」

 珍しいこともあるもんだとセオリーは首を傾げる。

 高度な情報化社会を築いている世界で今時手紙など、よっぽどのもの好きなのだろう。

「確かに日本に知り合いはいますが、そんな古風な感性をお持ちの方なんていらっしゃったかしら?」

 何やら胸騒ぎのようなものを感じたセオリーは自分の後を追ってやってきた局長たちに無法者共を預け一足先に事務所へと戻った。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

生命の破片〖改稿・完結〗

華周夏
SF
地球という乗り物が『人』を乗船拒否したら……?そして、救世主と言う名の、人類の幕を下ろす天使のような存在をつくった人間がいた。彼女にはある秘密があった──。

妹が憎たらしいのには訳がある

武者走走九郎or大橋むつお
SF
土曜日にお母さんに会うからな。 出勤前の玄関で、ついでのように親父が言った。 俺は親の離婚で別れた妹に四年ぶりに会うことになった……。 お母さんに連れられた妹は向日葵のような笑顔で座っていた。 座っていたんだけど……

スペーストレイン[カージマー18]

瀬戸 生駒
SF
俺はロック=クワジマ。一匹狼の運び屋だ。 久しく宇宙無頼を決めていたが、今回変な物を拾っちまった。 そのまま捨ててしまえば良かったのに、ちょっとした気の迷いが、俺の生き様に陰をさす。 さらば自由な日々。 そして……俺はバカヤロウの仲間入りだ。 ●「小説化になろう」様にも投稿させていただいております。

MMS ~メタル・モンキー・サーガ~

千両文士
SF
エネルギー問題、環境問題、経済格差、疫病、収まらぬ紛争に戦争、少子高齢化・・・人類が直面するありとあらゆる問題を科学の力で解決すべく世界政府が協力して始まった『プロジェクト・エデン』 洋上に建造された大型研究施設人工島『エデン』に招致された若き大天才学者ミクラ・フトウは自身のサポートメカとしてその人格と知能を完全電子化複製した人工知能『ミクラ・ブレイン』を建造。 その迅速で的確な技術開発力と問題解決能力で矢継ぎ早に改善されていく世界で人類はバラ色の未来が確約されていた・・・はずだった。 突如人類に牙を剥き、暴走したミクラ・ブレインによる『人類救済計画』。 その指揮下で人類を滅ぼさんとする軍事戦闘用アンドロイドと直属配下の上位管理者アンドロイド6体を倒すべく人工島エデンに乗り込むのは・・・宿命に導かれた天才学者ミクラ・フトウの愛娘にしてレジスタンス軍特殊エージェント科学者、サン・フトウ博士とその相棒の戦闘用人型アンドロイドのモンキーマンであった!! 機械と人間のSF西遊記、ここに開幕!!

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

sweet home-私を愛したAI-

葉月香
SF
天才と呼ばれた汎用型人工知能研究者、久藤朔也が死んだ。愛する人の死に打ちひしがれ、心を患う彼の妻、陽向は朔也が遺した新居――最新型OSにより管理されるスマートホームに移り住む。そこで彼女を迎えたのは、亡き夫の全てを移植されたという人工知能、立体ホログラム・アバターのsakuyaだった。

処理中です...