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第一章 どしゃぶりのスコール。君は別れを告げる。だけど俺は……
第19話 ついに明かされる少女の『秘密』
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悲痛なアセナの叫び。目の端で彼の目にいらだちが浮かぶのが見えた。
「……お願いします……閣下……言わないでください……」
目を恐怖の色で染めながら、アセナは懇願していた。
だけど彼女に一縷の慈悲さえ示されることはなかった。
「嘆願を乞える立場だと思っているのか? すでに貴様の処断は決定事項。これより本国に連れ帰り刑を執行する」
光がアセナの目から消える。
「そして辞世の句を残せるのは処刑台の上だけだ」
ようやく胸倉をつかんだ手が離され、地面へと彼女は膝から崩れ落ちる。
「どういうことだよ。おい――」
「お前、いい加減口を慎め!」
思いっきり地面へ俺は横面を叩きつけられる。
「よい、フェディエンカ」クローディアスは言った。「こいつはコードネーム、ロードオブライ。こいつは他者の嘘を読み取る【天血】の持主だ」
【蒼血人】の中でも特別な血族で、高い雷霊気の適正を持ち、皮膚霊位を読み取り他者のウソを見破る。太古の昔には青き血の王の妃が持っていた能力だと語られた。
「そして我が直属暗殺部隊の筆頭だった。人に取り入り、油断させ、始末するためのあらゆることを叩き込んだ」
彼の豹変ぶりには驚いた。いかにも貴重な芸術品を眺めた収集家を思わせる。
それよりもその口ぶりが今まで全てアセナが仕組んでいたかのように聞こえて、にわかに俺は信じられなかった。
「理解したか? 君が慕うこの者はその力で反逆者を始末してきた粛清者《しゅくせいしゃ》よ!」
アセナは何も語らない。否定も肯定もしない。もうそれが答え――。
「だからなんだ!」
俺は叫んだ。瞬間的に弱まった隙をついて拘束から脱出した。
「お、お前……どうやって……」
「悪りぃな。縛られるのは趣味じゃねぇんだ」
種はある。簡単だ。脱出する際に俺は【日輪絶火】で強化した縮地功【瞬光迅】――いわゆる霊象術の高速移動術を使った。ただそれだけ……。
「……だが、もうヘロヘロだな? 抜ける際に相当力を使ったように見えるぞ?」
奴の言う通り、拘束から逃れるために、日に二度しか使えないその一回を使っちまった。
後がない。これから奴らを倒して、アセナを救い出さなきゃならないのに――。
「暗殺? 粛清? それがどうした? そっちの事情なんざ知ったこっちゃねぇ!」
「なんだと?」
「あいにくウチは人手不足なんだ。やっと見つけた【霊象予報士】を連れていかれるのは困るんでね。返してもらうぜ!」
「そうか、分かった。お前はここでボクが始末する。閣下、許可を」
「あまり派手にやるなよ」
殺気が皮膚を焼く。肌で感じる実力差を前にふと師匠との修行の日々がよみがえってきた。
基本はカウンターを狙い『泰山の如く動くな』だ。エモノを狩る前にじっとふせるヒョウのように――これが対武器格闘における基本戦術。
「……なるほど【守護契約士】を名乗るだけはあるな。ボクが殺した人間の中でも十指に入るぐらいには強いかもしれないな」
「暗殺部隊とか言っていた割に自分が殺めた人間のこと覚えているんだな」
「少しはね」奴は鼻で笑う。「お前みたいな弱い奴はすぐに忘れるけどね!」
先を制さんトライデントの神速の一突き。間合いを制される前に俺は懐へと飛び込んだ。
奴の荒ぶる攻め気が生んだこの一瞬の隙。
これが無かったら死中に活を得ることはできなかった。
ガラ空きのみぞおちに【霊象気】を込めた掌底、【耀斑】を叩き込む!
「惜しかったな。武術の勝負だったらボクは危うかったかもな」
掌に伝わる凍気。磁力に似た不可視の斥力場の前に俺の【耀斑】は届いていなかった。
「だがこれは術士の戦い」
無防備な土手っ腹に奴の蹴りがめり込む。
「ぐっ……がは……っ!」
「ただの霊象術を使えるだけの【紅血人】が【蒼血人】に敵うわけがないだろ、せっかくだ。それを見せてやる――【狂咲】」
もう恐怖する余裕も、動転する暇もなかった。
突然奴の【霊象気】が爆発的に跳ね上がる。吹きあがった冷気が氷の鎧になるや、間髪入れずに態勢を立て直そうとしていた俺に槍が迫る。
次々と四肢を貫かれるたび、氷柱をぶっ刺されたみたいな冷たい激痛が走る。
あれ――? 力が抜けて膝が崩れ落ちる。刺された箇所の服がバリバリと音を立てて砕けていく。隙間から黒ずんだ皮膚がひび割れて血が流れていくのが分かった。
「最後に殺した男の名前を胸に刻んで溺死しろ! フェディエンカ=ミランダの名をな!」
動け! 動け! このまま何も出来ず終わるのかよ!
散々あのヒマワリの下で後悔して、何も成し遂げられずこのまま死ぬのかよ!
アセナが助けを求めているんだ! 動いてくれ俺の身体!
「なっ!?」
刃先が俺の頭の上で止まっているのが分かる。
「お前、まだそんな力が残っていたのか!?」
勝手に立ち上がる脚。自分の手が槍の矛先を受け止めていたことに俺は気づく。
なんだまだ力が残っているじゃねぇか。手を天へと掲げた。
警戒心に顔を歪め、距離を取る奴の姿が見える。
「……【日輪絶火】――【大火烈閃】」
【大火烈閃】は自分の全霊象気を解放し、火球を相手にぶつける奥義。
出し惜しみしている場合じゃない。持てる力、全てを出さなきゃこいつには勝てない。
「『契約』したんだ。守るってな! だから倒すぜ! 倒してアセナを返してもらう!」
これで俺はどうなっても構わない。彼女を助けることができるのなら。
思いと力の全てを込めた火球を奴に叩きつける。
「……お願いします……閣下……言わないでください……」
目を恐怖の色で染めながら、アセナは懇願していた。
だけど彼女に一縷の慈悲さえ示されることはなかった。
「嘆願を乞える立場だと思っているのか? すでに貴様の処断は決定事項。これより本国に連れ帰り刑を執行する」
光がアセナの目から消える。
「そして辞世の句を残せるのは処刑台の上だけだ」
ようやく胸倉をつかんだ手が離され、地面へと彼女は膝から崩れ落ちる。
「どういうことだよ。おい――」
「お前、いい加減口を慎め!」
思いっきり地面へ俺は横面を叩きつけられる。
「よい、フェディエンカ」クローディアスは言った。「こいつはコードネーム、ロードオブライ。こいつは他者の嘘を読み取る【天血】の持主だ」
【蒼血人】の中でも特別な血族で、高い雷霊気の適正を持ち、皮膚霊位を読み取り他者のウソを見破る。太古の昔には青き血の王の妃が持っていた能力だと語られた。
「そして我が直属暗殺部隊の筆頭だった。人に取り入り、油断させ、始末するためのあらゆることを叩き込んだ」
彼の豹変ぶりには驚いた。いかにも貴重な芸術品を眺めた収集家を思わせる。
それよりもその口ぶりが今まで全てアセナが仕組んでいたかのように聞こえて、にわかに俺は信じられなかった。
「理解したか? 君が慕うこの者はその力で反逆者を始末してきた粛清者《しゅくせいしゃ》よ!」
アセナは何も語らない。否定も肯定もしない。もうそれが答え――。
「だからなんだ!」
俺は叫んだ。瞬間的に弱まった隙をついて拘束から脱出した。
「お、お前……どうやって……」
「悪りぃな。縛られるのは趣味じゃねぇんだ」
種はある。簡単だ。脱出する際に俺は【日輪絶火】で強化した縮地功【瞬光迅】――いわゆる霊象術の高速移動術を使った。ただそれだけ……。
「……だが、もうヘロヘロだな? 抜ける際に相当力を使ったように見えるぞ?」
奴の言う通り、拘束から逃れるために、日に二度しか使えないその一回を使っちまった。
後がない。これから奴らを倒して、アセナを救い出さなきゃならないのに――。
「暗殺? 粛清? それがどうした? そっちの事情なんざ知ったこっちゃねぇ!」
「なんだと?」
「あいにくウチは人手不足なんだ。やっと見つけた【霊象予報士】を連れていかれるのは困るんでね。返してもらうぜ!」
「そうか、分かった。お前はここでボクが始末する。閣下、許可を」
「あまり派手にやるなよ」
殺気が皮膚を焼く。肌で感じる実力差を前にふと師匠との修行の日々がよみがえってきた。
基本はカウンターを狙い『泰山の如く動くな』だ。エモノを狩る前にじっとふせるヒョウのように――これが対武器格闘における基本戦術。
「……なるほど【守護契約士】を名乗るだけはあるな。ボクが殺した人間の中でも十指に入るぐらいには強いかもしれないな」
「暗殺部隊とか言っていた割に自分が殺めた人間のこと覚えているんだな」
「少しはね」奴は鼻で笑う。「お前みたいな弱い奴はすぐに忘れるけどね!」
先を制さんトライデントの神速の一突き。間合いを制される前に俺は懐へと飛び込んだ。
奴の荒ぶる攻め気が生んだこの一瞬の隙。
これが無かったら死中に活を得ることはできなかった。
ガラ空きのみぞおちに【霊象気】を込めた掌底、【耀斑】を叩き込む!
「惜しかったな。武術の勝負だったらボクは危うかったかもな」
掌に伝わる凍気。磁力に似た不可視の斥力場の前に俺の【耀斑】は届いていなかった。
「だがこれは術士の戦い」
無防備な土手っ腹に奴の蹴りがめり込む。
「ぐっ……がは……っ!」
「ただの霊象術を使えるだけの【紅血人】が【蒼血人】に敵うわけがないだろ、せっかくだ。それを見せてやる――【狂咲】」
もう恐怖する余裕も、動転する暇もなかった。
突然奴の【霊象気】が爆発的に跳ね上がる。吹きあがった冷気が氷の鎧になるや、間髪入れずに態勢を立て直そうとしていた俺に槍が迫る。
次々と四肢を貫かれるたび、氷柱をぶっ刺されたみたいな冷たい激痛が走る。
あれ――? 力が抜けて膝が崩れ落ちる。刺された箇所の服がバリバリと音を立てて砕けていく。隙間から黒ずんだ皮膚がひび割れて血が流れていくのが分かった。
「最後に殺した男の名前を胸に刻んで溺死しろ! フェディエンカ=ミランダの名をな!」
動け! 動け! このまま何も出来ず終わるのかよ!
散々あのヒマワリの下で後悔して、何も成し遂げられずこのまま死ぬのかよ!
アセナが助けを求めているんだ! 動いてくれ俺の身体!
「なっ!?」
刃先が俺の頭の上で止まっているのが分かる。
「お前、まだそんな力が残っていたのか!?」
勝手に立ち上がる脚。自分の手が槍の矛先を受け止めていたことに俺は気づく。
なんだまだ力が残っているじゃねぇか。手を天へと掲げた。
警戒心に顔を歪め、距離を取る奴の姿が見える。
「……【日輪絶火】――【大火烈閃】」
【大火烈閃】は自分の全霊象気を解放し、火球を相手にぶつける奥義。
出し惜しみしている場合じゃない。持てる力、全てを出さなきゃこいつには勝てない。
「『契約』したんだ。守るってな! だから倒すぜ! 倒してアセナを返してもらう!」
これで俺はどうなっても構わない。彼女を助けることができるのなら。
思いと力の全てを込めた火球を奴に叩きつける。
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