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第一章 どしゃぶりのスコール。君は別れを告げる。だけど俺は……

第13話 こうして皆は彼女を受けれてくれました。でも『その日』あんな事件が起こるとは……

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 それから1ヶ月した頃。

 先月、カサンドラさんとの話の後、やっぱりというか正式にアセナは協会に迎えられた。

 最初は渋っていた様子だったけど、何か思うところがあったみたい。

 翌日には意志も固く、やる気に満ちていた。

 これで良かったのかなぁ。でもアセナが自分で決めたことだし……。

 彼女の意志を尊重したい。けど……本当は危険なことに関わってほしくない。

 本日の業務、迷いネコの捜索を終えたその帰り道、バザール街でそんな考えごとをしながら、俺はアセナの隣を歩いていると――。

「あ! この前のお天気お姉さん!」

「アセナさん! この間はどうも!」

「あれ? アニス……これはこれはこの前の奥さん! いえいえ、そんな大したことしてないですよ~」

 買い物帰りだろうお子さん連れの主婦から唐突に声を掛けられた。

 そういえばこの前大事な結婚指輪を失くし、探してくれという依頼で引き受けたんだっけ。
 
 霊象予報士だけあってアセナにとって失せもの探しはお手の物だった。

 それからというもの徐々に街のみんなと打ち解けていって……

「なんか元気ないなぁ?」

 いつの間にか世間話を終えて、彼女が「悩みごと?」と心配そうに俺の顔をのぞきこんでいた。

「そんなことないよ?」

「――う、そ、顔に書いてあるよ?」

 ほほ笑みながら口元を指してくる。

「きっと私のことだよね。心配しないで、こういうのには慣れているから」

「でもさ、あんま傷ついてほしくないんだよ。俺は」

「分かっているよ。それに、そのための『契約』でしょ?」

 忘れちゃった? とでも言うみたいに小首をかしげて、こんな仕草――カワイイかよ?

「だよな! 覚えているって! 忘れてない!」

 それ以上面と向かえなくなって、明後日の方向に目を向けた。

 あれ? あれ? とすぐ近くでしきりにアセナがのぞき込んでくる。なんだ?

「どうしたの? どうしたの? なんかエルくん照れてな~い?」

「ちょ、ちょっとやめ! く、くすぐった! そこ弱、や、やめて……」

 つんつんと脇腹をつつかれ、身もだえした。昔っから弱いんだよ。そこは!

 軽く涙目なった目に、楽しそうにはしゃぐアセナが映る。

 ――約束だもんな。

 しばらくすると満足したみたいで、くるりと回ると、スカートが舞い上がった。

「ほら、早く帰ろ? みんな待って――」

 と言いかけた折り、突然アセナがふっと意識を失うように倒れた。

「アセナ!?」

 とっさに駆け寄った俺は彼女を抱き上げる――いったい何が!?

 頭が真っ白になりかけた瞬間。苦しげな表情でアセナが口を開く。

「来る……この波長は間違いない【完成体】――」

 急ぎアセナを抱えと戻ってくると、協会も騒然としていた。

 足首を押さえてうずくまるカサンドラさんをシャルが診ていたんだ。

 もぞもぞとスカートの下で肉が動いて。そのたびに顔をゆがめて苦しそう。

 そこからもう押し寄せる波のように町へ警戒態勢を引いた。

 警報が鳴り響き、ハリケーンに備えるかのごとく市民は地下室へと非難を開始する。

 こうも立て続けに【霊象獣】の襲撃があるなんて、最近の【霊象】は異常だ。

「……つまり【完成体】っていうのは、【戦車級】の最終形態ってこと?」

 みんなが首を縦に振る。今は全員でテーブルを囲み作戦会議をしている。

 鎮静剤を処方され、落ち着きを取り戻したアセナもカサンドラさんもその場に加わった。

「オスバチに似た生態を【完成体】はしているんだよ」とシャル。

「特殊な波長で【歩兵級】を操って、資源と人を食いつくしてしまうんだ」とアセナ。

「子飼いの数はおよそ200から300。俗にスタンピードってやつだ」とナキアさん。

「数年前には討伐するのに【花】の守護契約士を何十人が集まった記憶があるわ」とカサンドラさんは言った。

 うへぇ、なんて数だ、それになんて腹黒い、そんな奴を相手にするのか。

 そうなると近郊の協会からも応援が必要になるかもしれない。

「そして本体はどこかに身を潜めている。まずはそれを探さないと……」

 腕を組んでシャルが悩む。

「それなら」恐る恐るアセナが手を上げる。「私が逆探知できます」

「ほんと!? アセナ!」

「うん、予報士だからね」自信たっぷりにアセナは頷く「ただ生きている、もしくはひん死の【歩兵級】に触らないといけないけど」

「それなら話が早い! 1匹とっつかまえてアセナに見てもらえばいいだけだな」

「ばか! そんな簡単なら苦労しないよ!」

 シャルに苦言を呈された。ちょっとひどくない?

「みんな私に考えがあるわ。ちょっと待ってもらっていいかしら?」

 緊張感が漂う中、まだ顔色が優れないカサンドラさんが口を開く。

 ふっと立ち上がって【霊話機】を取り、どこかへ掛け始めた。

 しばらくして相手となにやら雲行きからして少々込み入った話が始まる。

「やっぱすげぇな。姐さんは……」

「いったいどこにかけたんだ? カサンドラさんは?」

「軍と連絡取っているんだよ、でも……」シャルがつぶやく。「仲悪いし、すぐOKでる?」

 不安はもっともだった。【紅血人】と【蒼血人】の隔たりは根深いものがある。

 ガチャン――と受話器が降りる音。

「二つ返事でOKが出たわ。みんなこれから現地に向かって」

 うそでしょ? 全員が目を丸くした。まさかのスピード即決。

「その間に私は近郊の協会に連絡を取って、人を回してもらえないか頼んでみるから」

 スタンピードが起こっている場所は、アセナの話だとここから走っても1時間半はかかる起伏が緩やかな丘陵地帯【ペリクリーズ丘陵】。

 急ぎ俺らは向かう。こんな時【霊動車】があったらってつくづく思ったよ。そしたら――。

「で、誰に借りたの、この4ドア車?」

 恐る恐る俺は運転するナキアさんに尋ねる。

「緊急事態を察して、道端にこれを停めておいてくれた心優しき市民様」

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい! あとでちゃんと返しますんで!

 それから車に揺られること10分。

 ギュウギュウ詰めの車から降りると、丘陵では既に作戦が開始されていた。
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