上 下
32 / 44
第二章  パッショナートな少女と歩く清夏の祭り

第31話 紅蓮の大地に囲まれしサンクチュアリ

しおりを挟む
 目線より少し下の方、なだらかな斜面の先に光が差し込んでいるのが見えた。
 出口からの漏れる光を見た瞬間、少し不安で彩られたリシェーラさんの顔は、最初の時の溌溂とした顔に戻っていく。

「えっ! あっ! ちょっと待ってリシェーラさんっ!」
「ほらっ! 行きましょうっ! きっと出口かもしれないわ」

 今度はリシェーラさんが僕の手を引っ張っていく。
 水に濡れて滑りやすい斜面。気を抜いたら足が取られそう。

「リシェーラさん。あまり急ぐと足を滑らせるよ」
「そ、そうねっ! じゃあ、これならどう?」
「ひぅ!」

 ゆっくり歩こうという意味で僕は言ったつもりだったのに、何故かリシェーラさんは腕を絡めてきて、心臓が飛び出しそうになる。

「り、リシェーラさん。こ、これはっ⁉」
「これなら安心、でしょ?」

 自分から腕を絡めて来ておきながら、恥ずかしそうに眼を反らしている。そういう僕も人の事を言えない訳だけど。

 さっきから耳や顔やらがやたら熱い。

 少し歩きづらいけど、僕らは改めて出口の光へと歩き始める。

「ねぇ? もしかしてあれってっ!」
「こ、これはっ! まさかここにも本当にあるなんて……」

 光の中から現れたのは水面に聳え立つ岩場、その上に鎮座するのはまるで女神のような三体の彫像。

 ベアトリッテ遺跡によく似た三賢女の遺跡があった。少し違うのは紅蓮の回廊で見た赤い岩肌と同じ岩石で出来ているようだった。

 壮麗な赤き彫像が、灼熱の大地に悠然とその存在感を主張している。

 鉄砲水だって何回もあった筈にも関わらず。当時の状態を維持しているような美しさと力強さを感じる。

「三賢女の遺跡がこんなところにあるなんて、あっ! あそこから登れそうよ」

 岩肌に巻き付くような状態で傾斜面が据え付けられている。斜め45度ぐらいで少しきつそうに見えたものの、登る分には問題なさそうだった。

「ありがとう。宙人」
「えっ? どうしたの? リシェーラさん、突然」

 傾斜面を登りながら、藪から棒にリシェーラさんが礼を言われる。お礼を言われるようなことなんてしただろうか? あまり身に覚えがない。

「貴方の諦めない心のお陰で助かることが出来た。それに貴方を見ていたら、なんだかもう一度頑張ってみようって思えてきたの」

 本当に全く身に覚えがないことだった。

 洞窟に落ちた時は、諦めない心よりも、ここで死ぬのは勿体ないなぁとか思っていただけだし、水の流れを見つけた時も、白状すれば青い洞窟に見惚れていただけだった。

 そう考えると少しアリスに似てきたのかもしれない。

「別にお礼を言われることは何もしていないよ。でも頑張ってみようって気になったのなら、それは良いことだね。でも頑張り過ぎは良くないよ。リシェーラさんを見ていると少し向こう見ずなところがあるから」

 ひたむきなところや、好きなことになると夢中になるところなんかが、どことなく以前の僕に似ているような気がして心配だった。
 別にそれが悪いなんてちっとも思っていない。ただ頑張り過ぎるあまり身を滅ぼさないか心配なんだ。以前の僕の様に――

「そうね。確かにそうだわ。私ね。今更だけど白状すれば、山岳ガイドというのは名ばかりで、本業はスポーツ用品店の店員なの。たまたま今日は休みだったから、ここに行こうかなぁって思っていたの」
「そうだったんだ……」

 本当に今更なんだけど、でも確か、アリスがファイユさんにメッセージを送ったって言っていた時、お店がどうのこうのっては話していたのは覚えがある。

「今の仕事は嫌いじゃないの。お客さんと話すのは楽しいし。でもあまり山に関わることがないから。本当にこれで良かったのかなぁなんて思っていて」

 リシェーラさんは山が好きで学校で山の事を学んで、でも研究者の道に進めなかったから、ショップの店員になったという。

「趣味で山に関われればそれでいいかなぁって思っていたんだけど、やっぱり胸にぽっかり空いた気分がどっかにはあって……あっ! ごめんなさい。こんな話つまらないわよね?」
「そんなこと無いですよ。その気持ち分かるし。僕もそんな夢を持っていた時期はあったから」

 プロ野球選手。野球少年であれば誰もが一度は持つ夢だろう。だけどその夢をかなえられるのは一握り。
 その夢に破れた人は結局どうなるのかって考えた時、リシェーラさんのような選択肢を取ることは普通にあり得る。

 他にも大学で教員免許を取って、勤務先の学校で野球部の顧問になるとか。社会人野球に入るとか。町内の少年野球チームの監督になるとか。
 何かしらで野球に関りを持ちたいと考える。それこそ野球だけの話じゃない。

 己が夢を持って、諦めたり、破れたりしてもどこかで関りを持ちたいと思うのは自然の事だと僕は思う。

「だけど僕は他の興味に移ってしまった。別にそれが嫌いになったわけじゃないんだけど、今はちょっと辛いことを思い出すから、離れておきたいというのがあって……」
「そう、でも貴方みたいに思えるのは、それはそれで幸せなことなのかもしれないわ。あっ! 見えてきたわっ!」

 やっとの思いで険しい傾斜を乗り越え、僕らは三賢女の彫像が待つ、遺跡の前へと辿り着いた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

多重世界の旅人/多重世界の旅人シリーズII

りゅう
SF
 とある別世界の日本でごく普通の生活をしていたリュウは、ある日突然何の予告もなく違う世界へ飛ばされてしまった。  そこは、今までいた世界とは少し違う世界だった。  戸惑いつつも、その世界で出会った人たちと協力して元居た世界に戻ろうとするのだが……。 表紙イラスト:AIアニメジェネレーターにて生成。 https://perchance.org/ai-anime-generator

MMS ~メタル・モンキー・サーガ~

千両文士
SF
エネルギー問題、環境問題、経済格差、疫病、収まらぬ紛争に戦争、少子高齢化・・・人類が直面するありとあらゆる問題を科学の力で解決すべく世界政府が協力して始まった『プロジェクト・エデン』 洋上に建造された大型研究施設人工島『エデン』に招致された若き大天才学者ミクラ・フトウは自身のサポートメカとしてその人格と知能を完全電子化複製した人工知能『ミクラ・ブレイン』を建造。 その迅速で的確な技術開発力と問題解決能力で矢継ぎ早に改善されていく世界で人類はバラ色の未来が確約されていた・・・はずだった。 突如人類に牙を剥き、暴走したミクラ・ブレインによる『人類救済計画』。 その指揮下で人類を滅ぼさんとする軍事戦闘用アンドロイドと直属配下の上位管理者アンドロイド6体を倒すべく人工島エデンに乗り込むのは・・・宿命に導かれた天才学者ミクラ・フトウの愛娘にしてレジスタンス軍特殊エージェント科学者、サン・フトウ博士とその相棒の戦闘用人型アンドロイドのモンキーマンであった!! 機械と人間のSF西遊記、ここに開幕!!

RAMPAGE!!!

Wolf cap
SF
5年前、突如空に姿を表した 正体不明の飛行物体『ファング』 ファングは出現と同時に人類を攻撃、甚大な被害を与えた。 それに対し国連は臨時国際法、 《人類存続国際法》を制定した。 目的はファングの殲滅とそのための各国の技術提供、及び特別国連空軍(UNSA) の設立だ。 これにより人類とファングの戦争が始まった。 それから5年、戦争はまだ続いていた。 ファングと人類の戦力差はほとんどないため、戦況は変わっていなかった。 ※本作は今後作成予定の小説の練習を兼ねてます。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

処理中です...