上 下
18 / 65
第一章 どうして僕が彼女を『放』っておけなかったのか

第17話 僕は追いかけた。『諦め』られなかったんだ。

しおりを挟む
 今逃したら一生会えないかもしれない。そう思ったらじっとなんてしていられるか!

「ハウアさんっ! ゴメンっ!」

「おい! ちょ、ミナト! ああっもう! クソ!」

 ハウアさんの肩を振りほどき、アルナを追った。霊気灯が煌々と照らす夜のボースワドゥムの町を駆け抜ける。

「アルナ! 待ってっ!」

 何て脚力だ。油断しようもならすぐに見失ってしまう。最早只人種の成人男性並みだ。

 それとさっきのいかづち。有角種の尾には発霊板という霊気を発生させる器官がある。

 【霊気鰻レイキウナギ】なんかが持っているあれだ。

 ただ気になるのは、有角種の発霊といえど大きな馬を失神させる程度の霊圧の筈。

 落雷を起こせるくらいとなると――馬鹿! 余計なこと考えるな!

 息が切れる……。脚が縺れかけても必死に食らいついた。

 掻き立てているものはたった一つ。僕はただ彼女ともっと一緒にいたい。それだけなんだって。

 正直事情なんてどうでもいいってことを、最近になって分かった。

 ああ! 赤面したくなるような思いだよ。でも本心なんだ!

「お願いだ! 待ってくれ! 話をしたいんだ! 聴きたいことがあるんだっ!」

 呼びかけても一瞥さえくれない。

 いつの間にか路地裏を走っていると、突如何かに躓き、激しく地面に打ち付けられる。

「ぐっ! クソ!」

 すぐに身を起し追いかける。けど、もうアルナの姿は無かった。

「なんでなんだ。どうしてなんだよ。アルナ……」

 無性に悔しくさが込み上げてくる。まるで胸を内側から焼かれているみたいだ。

 一目さえくれないアルナに対して? それとも女の子一人を振り向かせることのできない自分?

 気付けば拳に血が滲んでいた。何度も何度も、壁を叩き続けても心が晴れない。

 煉瓦が割れ、ふと人の気配がした。

「アルナ……なのか?」

「駄目っ! 来ないで!」

 無意識に歩いていた。でも間違いない。アルナの声だ。

「ごめんなさい。ミナト……もうあなたと一緒にいることは出来ない」

 暗くて顔は分からないけど、背格好や靴からして、やっぱりアルナだ。

「これ以上私に近づけば、貴方を殺さなくちゃいけなくなる。目撃者は始末する。それが劉家の掟……」

 一体何を言っているんだ?

「掟? と、とにかく帰ろう。君は誰も殺していないし、僕も何も見ていない。それでいいじゃないか。そうすれば全部元通り……」

 アルナは首を横に振ったような気がした。

「このことが一族の誰かに知られるのも時間の問題。私がやらなくても、一族の誰かが必ずミナトを始末しに来る。だから逃げて、今すぐに……」

 段々とアルナの気配が闇の中へと吸い込まれるように薄くなっていく。

「ちょっと待って! アルナ! 話を聴いてくれっ!」

「ミナトにどんな事情があるのかは知らない。でもヴェンツェルにはもう関わらないで、あの男はとても危険。私の最期のお願い……」

 どうしてそこでヴェンツェル教授の名前が出てくるんだ?

「アルナっ! 行かないでくれっ!」

「『友達』になってくれてありがとう……ミナトと会えて本当に良かった……」

 サヨナラ――と言い残してアルナは、暗闇へ完全に姿を消した。

 ほんと情けなくて仕方がない。なにがコツコツ積み重ねれば――だよ。

 結局友達一人説得できなかったじゃないか! 一体何が足りなかったんだ? 努力?

 失意のどん底ってこんな気分をいうんだろうなぁ。

「気持ち悪いな……僕は……」

 ああ言っていたけど、しつこく追いかけまわして、内心アルナは嫌がっていたのかも。

「あれ? ミナトさん?」

「……セイネさん?」

 あてもなく歩いていたら、戸締りをしていたセイネさんに声を掛けられた。

 教会が見えるってことは、いつの間にか帰路に就いていたんだ。

 恐らく帰巣本能って奴なのかもしれない。

「大変! 顔が真っ青ですよ? 何かあったのですか?」

「いや別に……」

 そんなに酷いかな? 頬に触れてみると確かに冷たい。意外に自分では気付かないものなんだな。

「よろしければ温かいお茶でもどうです? そんな状態では風邪を引いてしまいます」

「いえ、もう遅いですし、帰ったらすぐに寝ますから、おやすみ――」

「待ってくださいっ!」

 踵を返そうとした僕の腕をセイネさんが突然掴んできた。

 一体何なんだよ。鬱陶うっとうしいな。放っておいて欲しい。

「鬱陶しいですか?」

「……っ!」

「鬱陶しいとおっしゃるなら、この手を振り解いてください」

 そんなこと……出来るわけがない。まして寂しげな表情をするセイネさんになんて……。

「少し休まれるだけでいいですから、ね?」

 半ば強引にセイネさんは教会の中へ僕を連れて行った。

 食堂へと案内されると、彼女は何も言わず香草茶ハーブティーれてくれる。

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

 一口含むと、暖かさが全身に染み渡り、冷えた身体が内側から温められていく。

 香草の優しく爽やかな香りを嗅いでいると、なんだか心が穏やかになっていく感じがした。

「セイネさんはどうして僕を……」

 良くしてくれるのかと口にしかけて詰まる。なんか水臭い気がして言葉が出なかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

終焉の謳い手~破壊の騎士と旋律の戦姫~

柚月 ひなた
ファンタジー
理想郷≪アルカディア≫と名付けられた世界。 世界は紛争や魔獣の出現など、多くの問題を抱え混沌としていた。 そんな世界で、破壊の力を宿す騎士ルーカスは、旋律の戦姫イリアと出会う。 彼女は歌で魔術の奇跡を体現する詠唱士≪コラール≫。過去にルーカスを絶望から救った恩人だ。 だが、再会したイリアは記憶喪失でルーカスを覚えていなかった。 原因は呪詛。記憶がない不安と呪詛に苦しむ彼女にルーカスは「この名に懸けて誓おう。君を助け、君の力になると——」と、騎士の誓いを贈り奮い立つ。 かくして、ルーカスとイリアは仲間達と共に様々な問題と陰謀に立ち向かって行くが、やがて逃れ得ぬ宿命を知り、選択を迫られる。 何を救う為、何を犠牲にするのか——。 これは剣と魔法、歌と愛で紡ぐ、終焉と救済の物語。 ダークでスイートなバトルロマンスファンタジー、開幕。

異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。

Mです。
ファンタジー
異世界学園バトル。 現世で惨めなサラリーマンをしていた…… そんな会社からの帰り道、「転生屋」という見慣れない怪しげな店を見つける。 その転生屋で新たな世界で生きる為の能力を受け取る。 それを自由イメージして良いと言われた為、せめて、新しい世界では苦しまないようにと防御に突出した能力をイメージする。 目を覚ますと見知らぬ世界に居て……学生くらいの年齢に若返っていて…… 現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に…… 特殊な能力が当然のように存在するその世界で…… 自分の存在も、手に入れた能力も……異世界に来たって俺の人生はそんなもん。 俺は俺の出来ること…… 彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。 だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。 ※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※ ※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※

半分異世界

月野槐樹
ファンタジー
関東圏で学生が行方不明になる事件が次々にしていた。それは異世界召還によるものだった。 ネットでも「神隠しか」「異世界召還か」と噂が飛び交うのを見て、異世界に思いを馳せる少年、圭。 いつか異世界に行った時の為にとせっせと準備をして「異世界ガイドノート」なるものまで作成していた圭。従兄弟の瑛太はそんな圭の様子をちょっと心配しながらも充実した学生生活を送っていた。 そんなある日、ついに異世界の扉が彼らの前に開かれた。 「異世界ガイドノート」と一緒に旅する異世界

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

異世界隠密冒険記

リュース
ファンタジー
ごく普通の人間だと自認している高校生の少年、御影黒斗。 人と違うところといえばほんの少し影が薄いことと、頭の回転が少し速いことくらい。 ある日、唐突に真っ白な空間に飛ばされる。そこにいた老人の管理者が言うには、この空間は世界の狭間であり、元の世界に戻るための路は、すでに閉じているとのこと。 黒斗は老人から色々説明を受けた後、現在開いている路から続いている世界へ旅立つことを決める。 その世界はステータスというものが存在しており、黒斗は自らのステータスを確認するのだが、そこには、とんでもない隠密系の才能が表示されており・・・。 冷静沈着で中性的な容姿を持つ主人公の、バトルあり、恋愛ありの、気ままな異世界隠密生活が、今、始まる。 現在、1日に2回は投稿します。それ以外の投稿は適当に。 改稿を始めました。 以前より読みやすくなっているはずです。 第一部完結しました。第二部完結しました。

探検の書

ぶちゃ丸/火取閃光
ファンタジー
 俺は5歳の時に異世界に転生した事を自覚した。  そこから始まる様々な出会いと別れ、苦労と努力の生き様がここから始まった。  佐藤翔太は日本人として生まれ育ち病死して眠りについた。  しかし、気がつくと異世界の神殿で"祝福"と言うステータスを貰うための儀式の時に完全に前世の記憶を取り戻した。さらには、転生した翔太=今世ではフィデリオ(愛称:リオ)は、突然のことで異世界転生した事実を受け入れることが出来なかった。  自身が神様によって転生させられた存在なのか  それとも世界の理の元、異世界に転生しただけの存在なのか  誰も説明されず、突然の何一つ理解できない状況にフィデリオは、混乱の末に現実逃避してしまった。  しかし、現実を少しずつ認識し異世界で過ごしていく内に、【世界中を旅して回りたいと言う好奇心】や【今世偉大な両親や祖父達と同じような冒険をする冒険者に憧れ】を持つようになる。  そして地道な修業と下積み、異世界の価値観の違いに悩まされながら成長して冒険していく物語である。 *初のオリジナル投稿小説です。 *少しでも面白いと思って頂けましたら、評価ポイント・ブックマーク・一言でもよろしいので感想・レビューを頂けましたらより嬉しく幸いでございます。 *無断転載は禁止しております。ご理解よろしくお願いします。 *小説家になろう・カクヨム・ノベルアップ+

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

処理中です...