3 / 5
003
しおりを挟む「――それでね、うちの寮の子が飲酒したのが監督生にバレて大騒ぎだったの」
いつもと変わらない、ありふれた学校生活の昼間。
私は食堂でランチを取りながら――対席のアレクシスと雑多な話に興じていた。
先に食事を平らげていた彼は、頬杖をつきながら言葉を返す。
「お前のところの監督生、かなり厳しいって前に聞いたな」
「そうなのよ! 口を開けば礼儀、礼節だのお堅いことばっかり言うんだから」
「はは……まあ、監督生なんてそんなもんだろ」
「でも、あれはちょっと厳しすぎると思うんだけどなぁ。世話係になっている子も、いっつも叱られていて可哀想だし」
寮制度の学校であるここは、複数の寮に分かれて学生たちが生活している。そして学校生活の秩序は、基本的に上級生の中から選ばれた監督生によって守られていた。
さらに監督生は、雑用係を下級生から選出して自分の補佐をさせるのが通例となっている。この監督生と使役生の関係は、まさしく貴族の主人と従者のそれに近しかった。私はああいう上下関係が本当に苦手である。
「監督生なんて封建社会の悪しき名残り、って感じよね。昔は貴族社会でも、身分の低い貴族が格上の貴族に従属してたんでしょ?」
「そうだな……。小さい貴族は、大きい貴族の家に従者や侍女として奉公するのが普通だった」
「あー、やだやだ! 二百年前に生まれなくて幸いだったわ。貴族社会なんて堅苦しいだけで最低よ」
私が残ったポテトフライをモグモグしながら言うと、アレクシスは紅茶をすすりながら苦笑した。
「俺たちも貴族だろ」
「ただの地主で金持ちなだけでしょ」
「ま、それはそうだが……。あんまり大声では言うなよ。ここには“王子様”だっているんだから」
王子様――それが指している人物のことを、私はすぐに理解した。
べつに比喩ではない。文字どおり、この国の王の正式なる子息が在籍しているのである。私たちと同学年である、ローランド王子は――おそらくこの学校で一番の有名人だろう。
もっとも、私にとっては縁の薄い他人でしかなかった。そもそも話したことすらないのだ。アレクシスはちょっと会話したことがあるらしいが、寮が違うのでそれ以上の関わりもないらしい。王族と貴族なんて、所詮はその程度の関係性だった。
「……ふぅ、ごちそうさま」
――なんて、どうでもいい話をしている間に、私も彼に続いて昼食を終える。
何気なく周りを見渡してみると、ほかの学生たちもだいたい食事を済ませている様子だった。昼休みはわりと時間が設けられてるので、これからみんな思い思いに過ごすのだろう。野外でスポーツをする人もいれば、屋内でカードやボードゲームで遊ぶ人もいたりする。
私は、どっちかというと屋内派だった。
以前は寮の友達と、お茶を飲みながら歓談したり、カード遊びをしたりすることが多かったのだが――
「――アレクシス」
「ん?」
「今日という今日は、ぜったい負けないわよ」
「ああ、はいはい」
余裕な表情で応える彼に、私はむっと険しい顔をした。……ムカつく。
ここ最近は、昼間にアレクシスと遊ぶことも増えたのだが――だいたい昼食後にチェスを一戦やるようになっていた。ちなみに累計二十数戦して、私は一回も勝ったことがない。どうも彼の祖父がボードゲーム好きだったようで、幼いころからチェスやらナインメンズモリスやらを嗜んでいたらしい。道理で強いわけである。
私は対抗心を燃やしつつ、食べおわった昼食の食器を片付けて、アレクシスと一緒に遊戯室のほうへ向かいはじめ――
その道中の廊下で、ふいに見知った女の子の顔が映った。
直接的な交流があるわけではないけれど、印象に強く残っている人物。
いつも男子に惚れられて、可哀想なくらい求愛されている少女プリシラは――
――今日も、やっぱり男の子に話しかけられていた。
「……せ、先輩!」
少し背が低くて童顔気味の下級生の男子が、緊張した面持ちでプリシラと向かい合っていた。
……と、とうとう年下からもアタックされているのね。
などと勝手に衝撃を受けた私は、おもわず足をとめて二人を眺めてしまう。アレクシスは立ち止まったことに一瞬、不思議そうな顔を浮かべたが、プリシラのほうを見て納得したような顔色を浮かべた。どうやら彼も、彼女の逸話を把握しているらしい。
「ボクは、ベ……ベイリーと言います。そ、その……先輩をひとめ見た時から、気になって……。よ、よろしければ……こ、こんどの週末に――」
「え、えーっと……」
「ボクと、一緒に遊びに出掛けませんか……!?」
わぁお、デートのお誘いだ!
でも少年よ、それはちょっと無茶じゃないかな。
だってプリシラの顔を見るに、どう考えても――
「ご、ごめんなさい……。わたし、あなたとお話しするのも初めてですし……」
ですよねー。
恋に落ちた少年の行動は勇ましかったものの、あえなく撃沈である。異性を狂わせるプリシラの魅力はなんと恐ろしく罪深いのだろうか。私にあんな呪いのようなものが備わっていなくて心底よかった……。
と、勝手に安堵していると、ふいに肩をトントンと叩かれた。
――そちらに顔を向けると、アレクシスが廊下の先を指差している。遊戯室にさっさと行こう、というジェスチャーだった。どうやらプリシラたちのやり取りには、あまり興味がないようだ。
野次馬としては、プリシラとベイリー少年のやり取りが気になるものの――
私はアレクシスの意見を優先して、ふたたび歩きはじめることにした。
隣り合って廊下を進みながら、ちょっと彼の顔をのぞき見る。
アレクシスは少し眉間にしわを寄せていた。何か考え事をしている様子である。
彼が口を開いたのは――プリシラたちの声が聞こえなくなったころだった。
「――なあミラベル」
「うん」
相槌を打つと、アレクシスは自然な口調で言葉を続けた。
「今度の週末――街に遊びにいくか」
「――うん」
私が笑顔で答えると、彼も穏やかな笑みを浮かべる。
断る理由なんてなかった。だって、私たちはずいぶんと仲良くなったのだから。
婚約者として顔を合わせて、そして学校で過ごすうちに話す頻度も増えて、今では誰よりも親密な間柄になって。
そう……デートするくらいは、当たり前のことだった。
――願わくば、これからも彼との関係が末永く続きますように。
私はそんなことを思いながら、そっとアレクシスに肩を近づけるのだった。
「……チェスで負けたほうが、デートでクレープを奢ることにするか」
「なによ、それーっ!?」
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ある王国の王室の物語
朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。
顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。
それから
「承知しました」とだけ言った。
ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。
それからバウンドケーキに手を伸ばした。
カクヨムで公開したものに手を入れたものです。
【完結】もったいないですわ!乙女ゲームの世界に転生した悪役令嬢は、今日も生徒会活動に勤しむ~経済を回してる?それってただの無駄遣いですわ!~
鬼ヶ咲あちたん
恋愛
内容も知らない乙女ゲームの世界に転生してしまった悪役令嬢は、ヒロインや攻略対象者たちを放って今日も生徒会活動に勤しむ。もったいないおばけは日本人の心! まだ使える物を捨ててしまうなんて、もったいないですわ! 悪役令嬢が取り組む『もったいない革命』に、だんだん生徒会役員たちは巻き込まれていく。「このゲームのヒロインは私なのよ!?」荒れるヒロインから一方的に恨まれる悪役令嬢はどうなってしまうのか?
婚約破棄されたので、契約不履行により、秘密を明かします
tartan321
恋愛
婚約はある種の口止めだった。
だが、その婚約が破棄されてしまった以上、効力はない。しかも、婚約者は、悪役令嬢のスーザンだったのだ。
「へへへ、全部話しちゃいますか!!!」
悪役令嬢っぷりを発揮します!!!
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。
やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。
落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。
毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。
様子がおかしい青年に気づく。
ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。
ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
最終話まで予約投稿済です。
次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。
ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。
楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。
転生先は推しの婚約者のご令嬢でした
真咲
恋愛
馬に蹴られた私エイミー・シュタットフェルトは前世の記憶を取り戻し、大好きな乙女ゲームの最推し第二王子のリチャード様の婚約者に転生したことに気が付いた。
ライバルキャラではあるけれど悪役令嬢ではない。
ざまぁもないし、行きつく先は円満な婚約解消。
推しが尊い。だからこそ幸せになってほしい。
ヒロインと恋をして幸せになるならその時は身を引く覚悟はできている。
けれども婚約解消のその時までは、推しの隣にいる事をどうか許してほしいのです。
※「小説家になろう」にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる