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「――それでね、うちの寮の子が飲酒したのが監督生にバレて大騒ぎだったの」

 いつもと変わらない、ありふれた学校生活の昼間。
 私は食堂でランチを取りながら――対席のアレクシスと雑多な話に興じていた。
 先に食事を平らげていた彼は、頬杖をつきながら言葉を返す。

「お前のところの監督生、かなり厳しいって前に聞いたな」
「そうなのよ! 口を開けば礼儀、礼節だのお堅いことばっかり言うんだから」
「はは……まあ、監督生なんてそんなもんだろ」
「でも、あれはちょっと厳しすぎると思うんだけどなぁ。世話係になっている子も、いっつも叱られていて可哀想だし」

 寮制度の学校であるここは、複数のハウスに分かれて学生たちが生活している。そして学校生活の秩序は、基本的に上級生の中から選ばれた監督生によって守られていた。
 さらに監督生は、雑用係を下級生から選出して自分の補佐をさせるのが通例となっている。この監督生プリーフェクト使役生ファッグの関係は、まさしく貴族の主人と従者のそれに近しかった。私はああいう上下関係が本当に苦手である。

「監督生なんて封建社会の悪しき名残り、って感じよね。昔は貴族社会でも、身分の低い貴族が格上の貴族に従属してたんでしょ?」
「そうだな……。小さい貴族は、大きい貴族の家に従者や侍女として奉公するのが普通だった」
「あー、やだやだ! 二百年前に生まれなくて幸いだったわ。貴族社会なんて堅苦しいだけで最低よ」

 私が残ったポテトフライをモグモグしながら言うと、アレクシスは紅茶をすすりながら苦笑した。

「俺たちも貴族だろ」
「ただの地主で金持ちなだけでしょ」
「ま、それはそうだが……。あんまり大声では言うなよ。ここには“王子様”だっているんだから」

 王子様――それが指している人物のことを、私はすぐに理解した。
 べつに比喩ではない。文字どおり、この国の王の正式なる子息が在籍しているのである。私たちと同学年である、ローランド王子は――おそらくこの学校で一番の有名人だろう。
 もっとも、私にとっては縁の薄い他人でしかなかった。そもそも話したことすらないのだ。アレクシスはちょっと会話したことがあるらしいが、寮が違うのでそれ以上の関わりもないらしい。王族と貴族なんて、所詮はその程度の関係性だった。

「……ふぅ、ごちそうさま」

 ――なんて、どうでもいい話をしている間に、私も彼に続いて昼食を終える。

 何気なく周りを見渡してみると、ほかの学生たちもだいたい食事を済ませている様子だった。昼休みはわりと時間が設けられてるので、これからみんな思い思いに過ごすのだろう。野外でスポーツをする人もいれば、屋内でカードやボードゲームで遊ぶ人もいたりする。

 私は、どっちかというと屋内派だった。
 以前は寮の友達と、お茶を飲みながら歓談したり、カード遊びをしたりすることが多かったのだが――

「――アレクシス」
「ん?」
「今日という今日は、ぜったい負けないわよ」
「ああ、はいはい」

 余裕な表情で応える彼に、私はむっと険しい顔をした。……ムカつく。
 ここ最近は、昼間にアレクシスと遊ぶことも増えたのだが――だいたい昼食後にチェスを一戦やるようになっていた。ちなみに累計二十数戦して、私は一回も勝ったことがない。どうも彼の祖父がボードゲーム好きだったようで、幼いころからチェスやらナインメンズモリスやらを嗜んでいたらしい。道理で強いわけである。

 私は対抗心を燃やしつつ、食べおわった昼食の食器を片付けて、アレクシスと一緒に遊戯室のほうへ向かいはじめ――
 その道中の廊下で、ふいに見知った女の子の顔が映った。
 直接的な交流があるわけではないけれど、印象に強く残っている人物。
 いつも男子に惚れられて、可哀想なくらい求愛されている少女プリシラは――

 ――今日も、やっぱり男の子に話しかけられていた。

「……せ、先輩!」

 少し背が低くて童顔気味の下級生の男子が、緊張した面持ちでプリシラと向かい合っていた。
 ……と、とうとう年下からもアタックされているのね。
 などと勝手に衝撃を受けた私は、おもわず足をとめて二人を眺めてしまう。アレクシスは立ち止まったことに一瞬、不思議そうな顔を浮かべたが、プリシラのほうを見て納得したような顔色を浮かべた。どうやら彼も、彼女の逸話を把握しているらしい。

「ボクは、ベ……ベイリーと言います。そ、その……先輩をひとめ見た時から、気になって……。よ、よろしければ……こ、こんどの週末に――」
「え、えーっと……」
「ボクと、一緒に遊びに出掛けませんか……!?」

 わぁお、デートのお誘いだ!
 でも少年よ、それはちょっと無茶じゃないかな。
 だってプリシラの顔を見るに、どう考えても――

「ご、ごめんなさい……。わたし、あなたとお話しするのも初めてですし……」

 ですよねー。
 恋に落ちた少年の行動は勇ましかったものの、あえなく撃沈である。異性を狂わせるプリシラの魅力はなんと恐ろしく罪深いのだろうか。私にあんな呪いのようなものが備わっていなくて心底よかった……。
 と、勝手に安堵していると、ふいに肩をトントンと叩かれた。

 ――そちらに顔を向けると、アレクシスが廊下の先を指差している。遊戯室にさっさと行こう、というジェスチャーだった。どうやらプリシラたちのやり取りには、あまり興味がないようだ。
 野次馬としては、プリシラとベイリー少年のやり取りが気になるものの――
 私はアレクシスの意見を優先して、ふたたび歩きはじめることにした。

 隣り合って廊下を進みながら、ちょっと彼の顔をのぞき見る。
 アレクシスは少し眉間にしわを寄せていた。何か考え事をしている様子である。
 彼が口を開いたのは――プリシラたちの声が聞こえなくなったころだった。

「――なあミラベル」
「うん」

 相槌を打つと、アレクシスは自然な口調で言葉を続けた。

「今度の週末――街に遊びにいくか」
「――うん」

 私が笑顔で答えると、彼も穏やかな笑みを浮かべる。
 断る理由なんてなかった。だって、私たちはずいぶんと仲良くなったのだから。
 婚約者として顔を合わせて、そして学校で過ごすうちに話す頻度も増えて、今では誰よりも親密な間柄になって。
 そう……デートするくらいは、当たり前のことだった。

 ――願わくば、これからも彼との関係が末永く続きますように。

 私はそんなことを思いながら、そっとアレクシスに肩を近づけるのだった。










「……チェスで負けたほうが、デートでクレープを奢ることにするか」
「なによ、それーっ!?」


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