たとえ性別が変わっても

てと

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「……冬也とうやくん、起きて」

 中性的で澄んだ声が、俺の鼓膜を優しく震わせた。
 それと同時に、肩に手が置かれるのを感じる。ゆらり、と控えめに揺さぶられた俺は、意識を徐々に浮上させた。

「……あー…………」

 机にうつ伏せで寝ていた状態から、ふいに頭を上げる。ほかの生徒たちはもう教室を出て行ったり、あるいは弁当を取り出してグループに固まっていたりしていた。

 ──いつの間にか、授業が終わって昼休みになっている。
 思いっきり居眠りしてしまったことに、ばつが悪い気持ちになりながら、俺は隣に立っているクラスメイトを見上げた。

「……目が覚めた?」

 くすりと笑う表情はあどけなく、まるで幼い子供のようだった。背の低さもあってか、同い年のはずなのにずっと年下にも見える。
 その髪はやや癖があって、ふんわりとした印象だった。そして顔立ちは繊美で、たおやかさも感じられる。
 美少年とは、まさにこのことだろうか。女性服を着たら、普通に少女と間違えられそうなほど可愛らしい容姿をしていた。

「……だ、だいじょうぶ?」

 ぼんやりと無言でいる俺を心配したのだろうか。わが親友たるクラスメイト──玲利れいりは、不安げな色を瞳に浮かべていた。

「……ああ、いや。大丈夫だいじょうぶ」

 俺はそう言いながら、苦笑をした。

「高崎先生の授業、なんであんなに眠くなるんだろうなぁ。気づいたら意識がなくなってたし」
「……寝不足なんじゃない?」
「いや、睡眠時間は普通なんだけどな。……あの喋り方が、どうにも退屈すぎて」
「あー、ちょっとわかるかも」

 抑揚がなく淡々とした口調で授業を進める彼の授業は、生徒たちからの評判がすこぶる悪かった。まあ居眠りしたり別のことをしていても、けっして怒らず無視するという割り切ったスタイルは、ある意味で楽といえば楽かもしれないが。……そのぶんテストは容赦ないけど。

「授業の合間にコーヒーでも飲んだら? ほら、最近はペットボトルのやつ、いっぱい売ってるし」
「……そういえば、コンビニでやたらと見かけるようになったな。こんど試してみるかぁ」

 俺は玲利と、そんな他愛のない会話をしつつ。
 財布を持って、一緒に教室を出ていく。

 二人とも弁当派ではないので、いつもコンビニか学内購買でパンなどを買って食べるようにしていた。今日はどちらも通学時にコンビニへ立ち寄っていなかったので、購買で食料を確保しなくてはならない。

 昼休みの廊下を並んで歩きながら──ふと玲利を横目で見る。
 俺の目の位置と、彼の頭の位置は、ほぼ同じくらいだった。べつに俺が長身というわけでなく、たんに玲利の背が低いだけだ。こちらが170センチに対して、向こうが150センチ後半くらいだったか。男子高校生としては、かなりの低身長だろう。

 その外見も、そして声も。男性的な二次性徴が薄いことから、男性ホルモンの影響が少ないことは明白だった。センシティブな問題なので本人に尋ねたことはないが、もしかしたら何らかの性腺機能に関わる疾患を抱えているのかもしれない。
 まあ、日常を見るかぎりでは健康そのものなので、わざわざ気にする必要もないのだろうが。

「……出遅れたな」
「もう……冬也くんが寝ているから」

 購買所は生徒の並ぶ列が伸びていた。
 パンが全部なくなる、ということはないが、たぶんカウンターにたどり着く頃には人気商品は消え去っているだろう。並ぶのに遅れると、大抵はサンドイッチや総菜パンが売り切れて菓子パンだけが残るのだ。昼に甘いものだけ食べるのは、健全なる男子高校生にとっては少し物足りなさがあった。

 今日の昼食には期待できないな──

 そう思っていたのだが。
 並び待ったすえに、ようやく自分たちが買うタイミングとなり。
 ふと什器を覗くと、なんとコロッケパンが一つだけ残っているではないか。

 なんたる幸運か。これはもう運命である。このコロッケパンは俺に食われるために生まれてきたのだ。
 などと大袈裟に考えながら、手を伸ばした時──

 すっ……と隣の華奢な手が、俺のコロッケパンを奪っていった。

「おい」
「え? なに?」
「すっとぼけるなよ。そいつは俺のだ」
「ボクが先に取ったんだけどー?」
「うぐぐ……」

 子供っぽい口ぶりでわがままを通し、さっさと会計を済ませてしまう玲利。どことなく上機嫌な横顔を見ると、どうにも文句を言う気も失せてしまった。仕方なく、俺は残っていた菓子パンを適当に見繕って購入する。
 そして自販機で飲み物も買って、ようやく昼食の準備も整った形となった。俺たちは教室に戻るべく、また廊下を並んで歩く。

「…………」
「……怒ってる?」
「いやーべつにー」

 俺は口を尖らせて棒読みし、さも不機嫌なように装ったが、あくまでも冗談である。玲利もそれをわかっているので、おかしそうにクスクスと笑った。
 ふいに彼はコロッケパンを俺に見せると、少し上目遣いで若干はにかむような表情を浮かべて、ぽつりと言葉をこぼす。

「──はんぶん」

 呟きの意味が理解できなかった俺は、眉をひそめて彼の顔を直視した。その視線がおもはゆかったのか、玲利はぷいと顔をそむける。彼の柔らかな髪が、少し艶っぽく揺れた。

「………はんぶんこ、しよ?」

 それは、まるで恋人が食べ物を分け合う時のようなセリフだった。言葉を紡いだ玲利の口は、控えめで淑やかな笑みが浮かんでいる。男子高校生らしくない顔と雰囲気だった。
 こいつが女性だったら、さぞや男子から人気が出るだろう。そう確信してしまう程度には、玲利の容姿と振る舞いは可愛げがあった。

「……お前さぁ」
「え、なに……?」
「…………あー、なんでもない」

 迂闊にも、つね日頃から抱いている疑問を口にしそうになってしまい、俺は首を振った。なんとなく、そうではないかという臆見はあるが──確証はない。
 だから確認はしないほうがいいだろう。
 変なことを言って、意識させてしまっても嫌だから。

 どこか、もどかしさのようなものも感じつつ──
 俺は玲利に、自分の抱えているパンを見せた。

「──メロンパンとチョココロネ、どっちがいい?」
「んん……うーん、なやむ……! ……チョココロネの気分かなぁ?」
「おっけー。じゃ、半分ずつ分け合おうぜ」
「……うん。ありがと」

 やや照れたように、玲利は笑顔で頷いた。そもそも礼を言うべきは、もともとコロッケパンが食べたかった俺のほうなのではなかろうか。微妙に納得がいかない部分ではあったが、気にしたらいけないような気がした。

 ──そんなこんなで、教室に戻り。
 俺は自分の椅子を、玲利の机の横に移動させた。横着なやつは人の座席を勝手に使ったりしているが、玲利の四方はみんな女子生徒の席なので、さすがに椅子を借りる勇気はなかった。

 教室に残っている生徒は半数くらいだろうか。大人数の女子グループが空き教室に行ったり、部活グループが部室に集まったりしているため、昼食時の教室はそれほど混雑していなかった。
 高校二年の晩春ともなれば派閥がだいたい固まっているもので、教室で見かけるメンツはいつも同じだった。かくいう俺も、もうずっと昼は玲利とつるんでいる。ほかのクラスメイトからは、俺たち二人はお馴染みのペアとして見なされていることだろう。

 ──この一年ちょっとの間に、ずいぶん仲がよくなったものだ。
 去年から同じクラスである玲利との日常を振り返って、ふとそんなことを思ってしまう。

 最初に会話をしたのは、入学式の翌々日だったろうか。
 それまで午前で終わっていた日程と違い、その日は午後まで授業があるので、当然ながら昼休みがあった。学校生活の初動というやつは重要なもので、みんなぎこちないながらも必死にグループに入りこもうとしていたのが印象に残っている。そんな中で、俺はふとクラスメイトの動向を眺めて──困ったように佇んでいる玲利に気づいたのだった。

 まだほんの数日でしかなかったが、それでも彼が教室で少し浮いているのは知っていた。一年前の玲利は今よりもさらに幼い顔つきで、女子生徒が男子制服を着ているのではないかと勘違いしそうなくらいだった。その女性的すぎる外見ゆえに、彼に声をかけるのをためらう男子が多かったのも納得がいくところである。

 自分から積極的に行動するような性格には見えなかったし、ほかの誰かが声をかける様子もない。
 それを理解してしまった俺は、仕方なく玲利に話しかけていた。

『──こっち来て、一緒に食おうぜ』

 そう言った直後、玲利はどぎまぎした表情で、けれども嬉しさをにじませた笑顔を浮かべて頷いたのを覚えている。
 そんな感じで彼を気遣って過ごしていた結果、グループが細分化されていくにしたがって、俺は玲利と二人でいることが多くなった。それがずっと続き、今もこうしているというわけである。

「──でさぁ、昨日ようやくイベントのやつクリアしたんだよ」

 パンを食べおわり、自販機で買ったカフェオレを飲みながら、俺はスマホのゲームを起動して言った。
 玲利のほうが食事スピードが遅いので、まだ彼の手にはパンが残っていた。俺が買ったチョココロネのやつである。
 コロッケパンの時のように半分にちぎると、中のチョコがこぼれそうでどうしたものか──という問題に直面したのだが、俺が半分食べてから残りをもらう、という玲利の提案で“はんぶんこ”は解決した。ひとが口をつけたものでいいのかという思いもあったが、本人はまったく気にしていないようだ。チョココロネを食べる玲利の表情は、幸せそうに甘く緩んでいた。

「んー……あの、むずいやつ?」
「そう。敵がクソみたいにタフなチャレンジクエスト」
「……ボク、あれ諦めちゃった」

 もぐもぐ食べながら、玲利はそう肩をすくめる。
 一年ほど前からスマホのRPGをプレイしているのだが、どうやら俺がやっているのに興味が湧いたらしく、玲利も数か月前から同じゲームを始めていた。とはいえ、さすがに半年以上の差があるので、攻略スピードは彼のほうがいつも遅かった。

「復刻の時にでもやればいいかなぁ、って」
「何年後だよそれ? というか、お前の手持ちならクリアできるはずだぞ」
「えぇー本当にー?」
「あれは単体特化のキャラを先頭に入れてだな……」

 イベントで先行した俺がアドバイスする……などというやり取りも恒例行事である。俺の丁寧な解説を聞きながら、玲利はどこか楽しそうに相槌を打ったりする。
 ようやくチョココロネも食べおえた彼は、お茶を飲んで一息つくと──ふいに椅子を動かしてきた。
 俺の隣に、椅子をくっつけて。横からスマホを覗きこむように、体を近づけてくる。

「……ねえ、見せてもらっていい? 編成とか」

 ニッコリと笑みを浮かべる彼に、「ああ、いいけど……」と返す。手元のスマホ画面を、二人で共有して眺める。同じ角度からでないと見づらいので、必然的に顔同士の距離も縮んだ。

「俺が採用したのはこのキャラなんだけどさ──」

 言いながら、スマホを操作する。キャラ情報を表示した時、玲利はさらに身を寄せてきた。その華奢な肩が、少しだけ接触する。わずかに熱が伝わってくるような気がした。

「……それ、ボク持ってないや」
「べつにほかのキャラでも代用できるぞ。たとえば──」

 話を続けるにしたがい、徐々に玲利の顔が近づいていることに気づいた。画面を見ることに夢中になっているのだろうか。横目でうかがうと、彼の顔立ちが間近で確認できた。
 さっきお茶を口にしたばかりだからだろうか。玲利の唇は瑞々しく湿っていた。妙な色っぽさを感じて、あわてて俺は視線を逸らす。

 ──どうにも、最近は玲利の様子がいつもと違って見えることがある。
 それは彼の振る舞いが微妙に変化しているからか、それとも俺の意識の問題なのか──あるいは、両方によるものか。

 なんとなく、思っていることはある。
 俺はべつに鈍感な人間ではないので、他人の機微はそれなりに捉えることができる。相手が自分に対して、どんなふうな感情を抱いているのか。ある程度を察することは、難しいことではない。

 だからこそ──

「──冬也くん?」
「……あ、ワリぃ」

 止めてしまっていた手を動かす。こんな時に沈思すべきではなかった。今はただ、ありふれた日常を過ごすべきなのだ。
 そうやって自分を言い聞かせて、男子高校生らしい雑談に俺たちは興じる。いたって普通の、親友同士の姿。周りからはそう見られているはずだった。

 ……すぐそばで、幸せそうにほほ笑んでいる玲利を感じながら。
 はたして、こんな関係がいつまで続くのだろうか。
 ふと、そんなことを思ってしまうのだった。



   ◇



 ──その日の夜。
 課題のプリントを仕上げた俺は、うんと唸りながら大きく伸びをした。長時間の集中は、さすがに疲労が湧き上がっていた。

「……もうこんな時間か」

 机に置いた時計に目を向けると、日付が変わる少し前の時刻だった。
 今日に出された宿題を、当日のうちに終わらせる──なんと俺はまじめな高校生なのだろうか。世の学生諸君も見習ってほしいものである。

 ……などと言うのは冗談で。
 実際のところ俺は部活もアルバイトもしていないので、勉強くらいはできないと話にならないのだが。
 いちおうクラスの中では上位の成績なので、まあ及第点といったところではある。玲利からは「冬也くんって見た目のわりに、意外と頭いいよね」などと言われたことがあるが、はたして俺の顔はそんなにバカっぽく見えるのだろうか。ふと、そんなつまらないことを思い出しつつ──俺はゆらりと椅子から立ち上がった。

 なんとなしに、窓際に近寄って外を眺める。
 見上げた深夜の空は、めずらしく星が少し見えていた。月もはっきり映えていて、なかなかに綺麗な夜景である。課題を終わらせた達成感もあってか、心が洗われるような清々しい心持ちだった。
 体の疲れが眠気に少しずつ変わるのを感じながら、ぼーっと外の景色を眺めてつづけて──

 ふいに視界の上のほうで、何かが光るのが目に入った。

「……あ」

 なんだ、と数秒ほど思考が停止したが、ようやく俺は思い当たった。一筋の短い煌めきは、おそらく流星だったのだろう。都会ではめったにお目にかかれない、貴重な光景だった。

「あー」

 もったいない。
 願い事でもしておくんだったかな。

 そんなことを思ったが、しかし俺の願いとはなんだろうか。いつも強く願っていることなど、正直あまりなかった。日々の生活にも不満はない。
 しいて言えば……普段の生活が平穏無事に続けばいいな、ということくらいだろうか。われながら、つまらない性格の高校生だった。

「…………」

 玲利はどうなのだろうか、と疑問が湧いた。
 いつも仲良くやっている親友は、いったいどんな願いを持っているのだろうか。将来の夢だとか、卒業後の進路だとか。そういった真剣な話も、まだしたことがなかった。毎日、そばにいるわりには……プライベートを深く掘り下げた会話をしていないように思えた。

 ──意外と、俺は彼について知らないのかもしれない。
 そして、俺がそう思うのと同じように。玲利も俺について、じつはそこまで理解していないのではなかろうか。

 ……もっと、話してみようか。いつもは触れないような話題について。
 たとえば、家族のこととか。たとえば、中学校より前のこととか。たとえば──好みのタイプとか。
 興味がないと言えば、嘘になる。だから、どこかで語り合えたらいいなと思った。

 ──そんな思考の最中に、スマホの着信が鳴り響いた。

「おわっ!?」

 静寂の中でいきなりメロディが流れたせいで、俺はびくりと驚いてしまった。まさか、こんな時間に通話が来るとは。さすがに非常識すぎる時刻だった。
 机の上に置いてあるスマホは、まだ着信を知らせつづけている。仕方なく、俺は眉根を寄せつつも通話を取ろうと近寄った。
 その画面に表示されていた名前は──

「……玲利?」

 めずらしい。
 というか、初めてではなかろうか。こんな深夜になって電話をかけてくるのは。
 ……もしかして、何か緊急事態でも起こったのだろうか。簡単な用件だったら、メッセージアプリで済ませればいいだけのはずだ。わざわざ文字ではなく声での対話を求めたのは、相応の理由があるように思えた。

 ──液晶画面をフリックし、通話状態にする。

「……もしもし」

 向こう側から声が聞こえてきた。
 ──その瞬間、俺は強烈な違和感を覚えた。

 その澄んだ声色は、たぶん玲利のものなのだろう。だが、普段とはちょっと違うようにも感じたのだ。
 具体的には──声がわずかに高かった。もとから男性らしくない声の持ち主ではあるが、今の聞こえ方は完全に女性のそれだった。
 喉の調子でも悪いのだろうか、あるいは意図的に女声を出しているのだろうか。それとも──

「あー……こんな時間に、どうした?」

 とりあえず、応答しないことには始まらない。俺はできるだけ優しげに、そう尋ねた。
 ややあって、玲利はおそるおそる声を上げた。

「……あの、ね」
「おう」
「……その……」

 なんだよ?
 まるで恋の告白でもしようかというような語調に、俺は思わず頭を掻いてしまう。声の様子だけでなく、本人の精神もあまり平常ではないように感じ取れた。本当にどうしたんだか。
 早く言えよ、などと急かすこともできず、俺は困った表情のまま待った。玲利はもごもごと口ごもっていたが、やがて決心したのだろうか。はっきりとして、澄み渡った声が響いてきた。

「──明日」
「……あした?」
「学校で、よろしく──ね?」
「……お、おう……?」

 ……はあ?
 なんだそりゃ?

 と、呆れた時には通話が切れていた。意味不明だった。いったい玲利は何を伝えたかったのだろうか。
 明日よろしく、も何も──いつも会って、いつも話しているのだから。約束するまでもないことである。それとも……普段どおりにはいかないような、何かが起こったとでも言うのか。

「……わからん」

 やっぱり俺は、あんまり玲利について知っていないらしい。
 親友が少し遠い存在のように思えて、俺は一抹の寂しさを感じてしまった。

 ……もっと、彼と近づくことはできるのだろうか。
 玲利について今より理解できるようになりたい──そう願いながら。
 俺はベッドに体を預け、明日を待ち望むのであった。



   ◇



 いつもより早く登校しすぎた。
 ……わけでもなく、その席は空いたままである。ほかの生徒たちは、ほとんど揃っているというのに。
 つまり、今や朝のホームルームが始まる直前というわけである。遅刻など年に数回あるかどうかの玲利にしては、かなりめずらしかった。

「…………」

 昨日のことが思い出されて、俺は目を細めて玲利の席を見つめてしまう。じっとそうしている俺は、どこか不自然だったのだろうか。玲利の次には親しいクラスの男子──宮田が、後ろから笑って声をかけてきた。

「なんだよ、恋人が心配なのか?」
「……ぶん殴るぞ?」
「おー、こわいこわい」

 俺と玲利がつるんでいることは、わりとよくネタにされていた。玲利の容姿が容姿なので、“そういう仲”だと冷やかされることが頻繁にあるのだ。まあ俺はそういう冗談を気にしないのだが、玲利のほうはどうだかわからない。いつも黙っているだけなので、その手のからかいに不快感を抱いているのかは判別できなかった。

「…………」

 ……けっきょく遅刻か?
 いちおうスマホで確認を取ってみるべきだろうか。メッセージを送って既読になれば、少なくともベッドから起きているという情報にもなる。まあ試してみるのも悪くない。

 ──そう考えて、ポケットからスマホを取り出した時だった。

 ちょんちょん、と肩を指で突っつかれた。
 また宮田のちょっかいか、と思ったのは一瞬だけだった。体への触れ方があまりにも違ったからだ。その控えめなボディタッチは、まぎれもなく──

 れい……り……?

 振り向いた目の前に、立っているのは──

 ふんわりと、軽いウェーブがかかったセミロングの髪に。
 学校指定のブレザーとスカートという、女子の制服姿。
 その胸板には、平均よりも大きめの膨らみがあり。
 ややぎこちなく、はにかんだような笑みを浮かべていた。

 どっからどう見ても、女子生徒のその子は──知らない人物のはずなのに。
 俺は直感的に、それが誰なのか理解してしまった。

 彼は──
 いや……彼女は。いつもより少し高い、澄んだ声色で。



「おはよう……冬也くん」

 そう、艶やかに言葉を紡いだ。
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